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決意の灯
しおりを挟む冷たい石壁に囲まれた牢の中で、紗耶は拳を握りしめていた。
自分が王家の血を引いている――それが真実なら、彼女の運命はすでに決まっていたのかもしれない。
「私が……王家の血筋……?」
自分がただの貴族の娘ではなく、王位継承権を持つ者だったなんて。
「信じられない……」
紗耶は呆然と呟いた。
牢の隅では、エドモンドが静かに座っていた。彼は目を閉じたまま何かを考えているようだった。
「お前が王家の血を引いているなら、クラウスが狙う理由も理解できる。」
彼は低い声で言った。
「お前を利用し、王国の権力を手に入れる。それが奴の目的だろう。」
「でも……私はただ、自由が欲しかっただけなのに。」
「……」
エドモンドはゆっくりと目を開け、紗耶を見つめた。
「逃げるだけでは、自由は手に入らない。」
「……どういう意味?」
「お前が何者であるかを受け入れなければ、永遠に追われ続けるということだ。」
紗耶は息を呑んだ。
確かに、彼女はずっと逃げ続けてきた。父からも、貴族のしがらみからも。
そして今、王家の血を持つという運命からも――
「……そんなの……」
彼女は震える声で呟いた。
「私はただ、普通の人生を送りたかっただけなのに……」
「だが、お前は“特別”な存在だ。」
エドモンドの言葉は、鋭くもどこか優しかった。
「それを受け入れる覚悟がなければ、自由を掴むことはできない。」
「覚悟……」
「そうだ。お前がどう生きたいかを決めるのは、お前自身だ。」
エドモンドは立ち上がると、鉄格子越しに外を見やった。
「だが、私はお前をクラウスの好きにはさせない。」
「エドモンド……」
「お前が王家の血を引いていようといまいと、関係ない。」
彼は紗耶の方を振り返り、真っ直ぐに言った。
「私は、お前の意思を尊重する。」
紗耶の心が、大きく揺れた。
彼の言葉は、彼女の中にあった不安と恐れを少しずつ溶かしていくようだった。
エドモンドは、自分を利用しようとしているわけではない。
ただ純粋に、自分自身の意思を問うているのだ。
「……私は……」
紗耶は、膝を抱えて俯いた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「私は……自分の運命に向き合う。」
その言葉が口をついた瞬間、彼女の中に小さな決意の炎が灯った。
エドモンドは、満足そうに微かに口元を緩めた。
「ならば、まずはここから出ることが先決だ。」
「……でも、どうやって?」
「簡単なことだ。」
エドモンドは、囚われているとは思えないほど堂々と微笑んだ。
「私は、こういう場所からの脱出に慣れている。」
彼の言葉に、紗耶は驚いたように目を瞬かせた。
「あなた……まさか、脱出の方法があるの?」
「もちろんだ。」
エドモンドは、鎖で拘束された手首をゆっくりと回しながら言った。
「だが、それには少し時間が必要だ。」
「……でも、見張りがいるわ。」
「だからこそ、隙を作る必要がある。」
彼の瞳には、冷静な策謀の光が宿っていた。
「お前は、私に協力できるか?」
紗耶は、一瞬の迷いの後、小さく頷いた。
「……わかった。」
「いい返事だ。」
エドモンドは微かに微笑み、そして低く囁く。
「今夜、必ずここを脱出する。」
***
その夜、牢の外は静寂に包まれていた。
見張りの兵士は、交代の時間が近づいているのか、少し気を抜いた様子だった。
エドモンドは、その瞬間を待っていた。
彼は、手首の鎖に細工を施していた。
それは、彼の得意とする隠密技術のひとつだった。
「……今だ。」
エドモンドは、小さく呟くと、一瞬で鎖を外した。
「すごい……!」
紗耶が驚きの声を漏らす。
「静かに。」
エドモンドは手早く牢の扉の鍵を探し始めた。
しかし――
「……しまった。」
鍵が、ない。
「どうするの?」
「仕方ない。計画を変える。」
エドモンドは、紗耶に目配せをした。
「私が見張りを引きつける。その間に、お前は外に出ろ。」
「えっ、でも……!」
「心配するな。私は必ずお前の後を追う。」
彼の言葉に、紗耶は一瞬躊躇した。
だが――
「……わかった。」
彼を信じると決めたのだから。
「いい子だ。」
エドモンドは、そう言って牢の扉を蹴り、見張りの兵士を引きつけた。
「何だ!?」
兵士たちが慌てて駆け寄る。
「今だ、行け!」
紗耶は、一瞬だけエドモンドを振り返り、そして決意のままに走り出した。
外の空気が、冷たく肌を刺した。
だが、その冷たさが、彼女の心を覚醒させる。
「私は……逃げるんじゃない。」
紗耶は、自らの運命に向き合うために――前へ進むのだ。
その先に、どんな試練が待ち受けていようとも。
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