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馬小屋のダニー
しおりを挟むまだまだ寒い2月の風が悠仁を襲う。
「ううっ、冷えるな…」
突然小さく震えたリーネの肩にふわりと上着が掛けられる。
「え?」
「申し訳ございません。せめてこれを」
振り返った先にいたのはこの屋敷で執事を務めるセバスチャンだった。
初老の、グレーヘアーが見事な紳士であり、仕事もいつだって完璧な男だが、ヴィクターの無茶ぶりにいつも振り回され、万年胃痛にも悩まされている。
そして、ずっとリーネの事を気にかけてくれた人の1人であり、当初様付けでリーネが呼んでいたところ、どうかおやめ下さい。と泣きながら止められたのは記憶に新しい。敬語も禁止と言われてしまっては、リーネはいよいよ奴隷の立場って…と混乱してしまった。
「ありがとう、セバスチャンさん」
「いいえ。メアリー様は、ご主人様の幼なじみでして、今は亡きご両親が決めた許嫁でもあります…メアリー様のご実家は、この国の王の遠いとはいえ親戚筋にあたり…なおさら我々が止めることも出来ず」
ヴィクターのいない間に何か問題がおきて、ヴィクターの立場悪くなるのはまずい…そういうことだ。
酷く申し訳なさそうな顔をするセバスチャンに、リーネはニカッと笑ってみせる。
「いいよ。これまでがおかしかったんだ…」
「リーネ様」
「大丈夫だって。慣れてるし。馬番のダニーじいちゃん腰が痛いって言ってたし、手伝うよ。それでいいかな?」
「…わかりました。あとでそちらに寝具や食事を運び込ませます。もう少し辛抱してください。ヴィクター様が戻られたら」
すぐにあの女を追い出しますから。
そう言って、にっこり笑うセバスチャンに、あれ?こんな怖い笑顔しちゃうひとだっけ?とリーネは若干冷や汗を流しながら、屋敷に戻るセバスチャンを見送った。
リーネは勝手知ったる道と、屋敷の横にある馬小屋を目指す。
すると馬小屋の主であるダニエルことダニーがちょうど小屋から出てくるとこだった。
リーネはこんにちはと軽く頭を下げると、ダニーの冬を思わせる凍てついた顔が少しほころぶ。
「ん?どうした、リーネ。馬を触りに来たのか?ちょうどブラシをかけに行くところだ」
リーネが、じいちゃんと呼ぶダニー老人は、馬小屋の番や庭管理など、諸々と器用になんでもこなす、この屋敷の使用人の1人だ。
当初、ヴィクターはリーネを部屋閉じ込めようとしたが、ロイが色んな人と触れ合った方がリーネの心にとってもいいと掛け合い、リーネは敷地内なら何処へでも行っていいという許しを得た。
もともと人好きのするリーネは、行く先々の使用人たちと仲良くなり、彼のファンまで現れることになる。(アンやセバスチャンがその筆頭だった)
そのリーネを愛でる使用人の会の1人が、馬小屋の主である、ダニーだ。
彼の見た目はまるで絵本に出てくるトロールのようであり(挙句顔は年中しかめっ面だ)、リーネは初対面の時に驚いてしまったが、この国では、人ならざる者と人の間に生まれた子が多く存在していると聞いていた。実際にダニーはトロールと人の間に生まれた存在らしい。
リーネが思い切って話しかけてみると、かなり世話好きの老人らしく、ぶっきらぼうな口調ではあるが、リーネ似合う度に馬に触らせてくれたりしたのだった。
「ごめん、ダニーじいちゃん…俺、メアリー様怒らせちゃったみたいで…暫くここにいていい?」
「メアリー?だれだったか…ああ、あのくそ許嫁か」
リーネの言葉に、ダニーはケッと毒づく。
「あいつは人間様以外は人間様じゃないらしいからな」
心底嫌いだ…というような表情にリーネはわたわた慌てる。
「くそって、そんなこと言って大丈夫なの?」
「構わん。なぜあの女の言うことを聞く必要がある?んん?尊い身分??そうだったか?
ふん。だがなリーネ、おまえここで暮らすっていっても、ここはただ屋根と壁があるだけの場所だ。風邪でも引いたらどうする?お前さえ良ければ儂の家にこないか?寝床なら客人用のがある」
心底リーネを心配しているダニーに、リーネはありがとうと言ってから首を横に振った。
「命令は、馬小屋で生活しろ…だから。俺がヴィクター様の奥方様の命令に背く訳にはいかないよ。
せっかく、よくしてもらったのに…これ以上不興は買いたくない」
悲しげに笑うリーネに、ダニーは腹ただしい!と頭から火を出しそうな勢いだ。
何なら手に持っていた馬用のブラシがバキッとくだけだ。
「とにかく!手伝うよ。馬のブラシ、かけてくる…それはもう使えなさそうだね」
そう言ってリーネは無理やり笑うと、用具入れからブラシを取り出し、行ってきますと馬の元へと向かっていった。
その後ろ姿を見ながらダニーはため息を着く。
「これもどれも、ヴィクター、お前の責任だぞ。つまらん女なんぞ放置しとくから…はぁ、やれやれ…まあ、あの女がいる屋敷にリーネをおいておくほうが危険か。
毛布と、ランプ…それから、枕もいるな…セバの奴にも何かいいものがないか聞きに行くか」
そ言ってダニーは自分の家へと、リーネがせめて少しでも快適に過ごせるようなものを探しに戻るのだった。
セバスチャンやダニーたちが、いろいろと用意をしてくれたお陰で、リーネの馬小屋生活はかなり過ごしやすいものになっていた。
かつては、家にいれて貰えず外で寝た日も多くあったし、買い手が見つからない時は、狭い檻の中で縮こまって寝たこともあった。
それに比べたら天国とも言えるようなこの環境にリーネはすぐに慣れて、いつもの愛らしく元気のある笑みを浮かべながら、馬の面倒をみたり、馬小屋の掃除をしたりして過ごしていた。
「リーネ、必要なものはないか?」
「ありがとう、ダニーじいちゃん!大丈夫だって。逆に迷惑かけてない?」
リーネが少し心配そうな目をして、俯いてしまう。それをダニーは慌てて否定した。愛しい子供の辛い姿は見たくない。
「迷惑なんてことあるわけないだろう!馬の扱いも上手い。掃除も手を抜かぬ…こんなによく出来た子どもはおらん」
「へへ、ありがとう。俺、昔馬の世話…してて、少し慣れてるからかな。なんでも言って!体力もだいぶ戻ってきたし。
ダニーもたまには休みなよ。庭師のハワードとたまには街にでも行ってきたら?俺、ちゃんとやっとくから」
万年人手不足のこの屋敷は、ヴィクターの気難しさから、優秀でかつ真面目で忠誠心が高くない限りはここの仕事が続かない。逆に、優秀な人間が集まってるからこそ、この屋敷は回っている訳なのだが…
そのせいで、たった一人しかいない庭師のハワードと馬の世話を任されているダニーは一年中仕事だらけで休みがない。
だからこそたまには息抜きしてきてくれとリーネが提案したのだ。
すでに孫のように思えるリーネの言葉に、ダニーはウッと涙腺を緩ませる。
なんていい子。なんて優しい子。
ちょうどひと段落仕事が終わったハワードが合流し、ダニーがリーネの言葉を伝えると、彼も間はウっと涙腺を緩ませる。
「もー--泣かないでよ」
「年を取ると涙腺が緩くなるんだよリーネ。嗚呼、可愛い子」
本当に庭師なのだろうか、と疑いたくなるほどハワードの雰囲気はまるで舞台俳優のようだ。髪の色も変わっていて、リーネの国では見たことがないような新緑を思わせる色をしている。しかも、その髪には四季折々の花が必ず一つ咲いているのだ。
この独特な風貌なのは彼が木の妖精と人間の間に生まれたかららしい。そのおかげで木や花は私の思うがままさ!というのが彼の自慢だ。
「わかった。土産を買ってる。明日の昼には帰るからか」
「ありがとう。愛しい子、無理をしては行けないよ…」
「おう!まかせて!」
彼らが見えなくなるまで手を振った後、リーネは顔をパンと叩いて気合を入れなおした。
「さーて!まずは掃除からやるぞー!」
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