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貴方のために
しおりを挟むその日、ヴィクター・シェラードがその端正な顔を怒りで歪ませた。その原因は一通の手紙が届いたことによる。
「リーネ宛の手紙?」
「はい。間違いなくリーネ様宛です」
ヴィクターとロイ、そしてリーネで、アフタヌーンティーを嗜んでいた時だった。セバスチャンがおずおずといったふうに、一通の手紙をヴィクターに差し出した。
やたら高そうな封筒に、美しいシーリングスタンプ。リーネは自分の名前が呼ばれ、その手紙を見れば、確かにそこにはリーネ様とある。
差出人は?とヴィクターがスタンプの紋章をみると、次第にその顔が曇っていく。
「は?フィン?」
「フィン…あの将軍フィン・スペンサーからですか?」
ロイの言葉に、ヴィクターは小さく頷く。
「あの…あけないんですか?」
恐る恐るリーネがヴィクターに尋ねる。自分の名前が書かれた大層な手紙、内容が気にならないわけない。
そわそわするリーネに、ヴィクターは嫌そうな顔をする。
「…開けたいの?」
「ご主人様が、その、いいなら」
「…いいよ。読みあげるなら、許す」
ヴィクターに手紙を投げられ、リーネはうまくキャッチする。そっと封をあければ、中には数枚の手紙が入っていた。
読めるか?とロイに問われ、リーネは手紙に目を奪われながら頷く。これでもシャルドン家はリーネにきちんとした教育を施してくれたのだ。ちょっとした本ぐらいならすらすら読める。
「リーネ。読み上げて」
「あ、はい。えっと…」
内容は先日の失礼を許して欲しいということと、やはり気が変わったら騎士学校にはいらないか?学費などの面倒はみる…という話だった。
こんなに自分のことを考えてくれている人がいる、というのはリーネにとって正直嬉しくて、少し頬が緩んでしまう。
「それでリーネは騎士学校行きたいの?」
読み終わったところで、ヴィクターにそう問われリーネは言葉を詰まらせる。
「えっと、」
「奴隷なんてやめたい?こんなとこ、はやく出ていきたいの?」
「そんなこと!」
やたら噛み付いてくるヴィクターに、リーネはなんと返せばいいか分からず泣きそうになる。どうしてこもう意地悪なことを言うのだろうか。
さっきまであんなに穏やかにお茶をしていたのに。
「まあ、リーネはそんなことない!って絶対言うよね。だって、リーネは僕の奴隷だからね」
「ヴィクター様!!いい加減にリーネを虐めるのやめてもらっていいですか!?」
ロイが痺れを切らしてヴィクターをしかりつける。
涙が滲む目で、許してくださいとリーネを見つめる目に、ようやく気がついたヴィクターはハッとして、小さく「ごすまない」とリーネに謝る。
「リーネが言い返せない立場なの、あんたが1番よく分かってるでしょ…」
「リーネ…」
(自由になりたい?)
その言葉はヴィクターの胸の中で留まったまま。
(自由にしたら、きっと遠くに行ってしまう)
それならば奴隷として、このまま、ずっと自分の箱庭の中で。
ーーーーーーー
怒らせてしまった。
不機嫌にさせてしまった。
喜んで欲しくて、庭の掃除や馬小屋の手伝いをすれば、それはリーネの仕事じゃないと怒られ
少しでも役に立ちたくて、勉強がしたいと伝えれば、ここを出ていく気?と強く抱きしめられ泣きそうな声でダメだと言われる
リーネはもうどうしたらいいか分からなくて萎縮してしまう。
そんなある日のことだ。
その日はヴィクターとロイが2人揃って王都へ、重要な会議に出かけてく予定だった。
王都へは馬車で行けば半日かからないくらいの距離のため、早ければ明日の昼には戻るということだ。
リーネは2人を見送ったあと、ドニーの手伝いをしたりして過ごしていた。上手にブラシをかけ、さて掃除をしようと思っている、屋敷の中が慌ただしくなるのが聞こえた。リーネはどうしたのか?と馬小屋から顔を出と、そこには、酷く焦った顔をしたセバスチャンが、急いで早馬を!と叫んでいた。
「どったの?セバスチャンさん」
「あ、ああ、リーネくん。実はね、今日の会議に必要な書類…というかとある貴族を糾弾する証拠品なんだけど、それをどうやら忘れて行ってしまったみたいで…」
「え、それってかなりまずいんじゃないの?」
「まずいです」
死にそうな顔をするセバスチャンの手元には、ぐるぐるに紐で封をされた、大きな封筒。いかにも重要で機密といいたげなそれに、リーネは何してるのご主人様ー!と思わず叫ぶ。
「早馬を出せば、今なら会議に間に合うはずですが…」
「使者が見つからない?」
そうなんですぅううう!といよいよ、この世の終わりともいいたげなセバスチャンに、リーネはその証拠書類とやらをじっと見つめてから、崩れ落ち項垂れるセバスチャンの肩をガシ!っと掴んだ。
「セバスチャンさん!俺が行くよ!!」
「えええ!?リーネくんが?!ダメです!怒られます!!!」
ひいいい!と怒られることを想像して悲鳴をあげるセバスチャンにリーネは笑いかける。
「大丈夫。俺が勝手にしたって言ってよ。
俺、最近ご主人様のこと、怒らせてばっかだから…たまには役に立ってから怒られたいや」
「それ結局怒られてますよ…」
「たしかに!」
さあ、貸して!というリーネに、恐る恐るセバスチャンは書類を渡す。
「あとは頼みます、リーネくん」
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