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召喚

守護天使の凱旋

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いったい何が起きたというのか。


オートクラス帝国により徐々に支配という毒を広げられていたと聞いていたのに。

いったいこの光景は何だろう…アステリ共和国の密命を受け、人魚たちが住む島にたどり着いた時の光景は今まで生きてきた中でもっとも驚くべき光景だった。


自尊心の高く、横暴であると知られていたオートクラス帝国の軍人たちが我さきを競うかのように武器を捨て逃げていく。次々と船が出港し、中には船に乗り損ね…それでも逃げようと海に落ちていく人間。

私は唖然としながらも、逃げ惑う人々に逆らうように何とか足を進める。

悪魔だ、魔王だ、地獄の主だなどという叫び声が聞こえる。


その中に人魚たちの姿は見えない。彼らは独特の色彩の髪をしており、よく見れば耳の後ろから首にかけてエラの名残のようなものがあるから、見ればすぐわかる。だが、周りの誰一人、そうではないのだ。今こうして、逃げ惑うのは人間たちのみだ。

「あ、あんたも人間なら早く逃げろ!!奴が来る!!」

怯え切った男に声を掛けられる。一体どういうことかと尋ねようとしたが、男は叫び声をあげながら港へと何度も転びながら走り去っていた。


「誰が、これを…」


広場にたどり着く。人魚たちの姿は依然として見えない。

オートクラス帝国が秘密裏に鎖国状態であったはずの人魚の国セリーニ国に軍隊を送り、傀儡…いや植民地にしようとしているという情報が我が国の宗主の耳に入ったのは、2か月も前のことであった。

人魚はその特異な性質から、他の国との国交を断ち数百年となる。今ではほとんど伝説扱いであり、不死になれるだとか、その声を聴く者はすぐに人魚の傀儡になってしまうなど、おとぎ話のような情報しかない。

だが、代々人魚たちの国へは不可侵であるというのが、人間や獣人たちの間で暗黙の了解であったはずだ。それは世界の均衡を保つためであるといわれている。

それなのに欲深いオートクラス帝国は不可侵を破ってしまったのだ。それも、他の国に知らせることなく。

「密命である。セリーニ国へと参り、その情勢を調べよ。場合によれば、わが軍を出しオートクラス帝国どもを排除する。すべては世界の安定のためである。だがもし、もし…守護天使が現れたのなら、すぐに引き返せ。怒りに触れてしまったのなら、世界に明日はない」

雇い主であり、国の宗主は震える声で俺に命令を出した。

守護天使。伝説の存在。

世界が不条理に傾くとき、人魚族だけが手にすることができる最終兵器。
神に次ぐ力を持つ存在。
光と闇を従え、炎を放ち、水で満たし、風をまとい、土を築く…


ゾクッと背筋が凍る感覚に俺は慌てて意識を戻す。


「あ…」

広場には美しい白亜の石で作られた噴水が中央に座している。かつては美しい広場だったのに、今は戦争の跡のように瓦礫が至る所に落ちていた。

その壊れかけた噴水の淵に男がゆったりと座っているようだ。

「お、おい」

汗が止まらない。息もうまくできない。

まるで観光の休憩中にふと疲れたから座っていると言わんばかりのその自然な雰囲気に、町の喧騒が嘘のように感じられる。
振り向けば、人間のほとんどがこの町から去ってしまったのだろう。叫び声はどんどんと遠くなっていく。

「あれ?まだいる感じですかね」

男は首を傾げ私を見上げた。深くかぶられたフードがさらりと外される。
その瞬間私は、この密偵を生業としているこの私が、思わず息をのみ、膝から崩れ落ちてしまう。

「く、黒い、髪…」

「あれ?ご存じでした?」

この世のものではない色をまとう男は困ったように笑い、私のほうへとゆったりとした歩調で歩いてくる。

終わりだ。何もかも終わり。私はこの後死ぬだろう。八つ裂きにされ、燃やされ、塵一つ残らず。この美しい神の代理の男がすべてを終わらせるのだ。

静寂を打ち破ったのは、どこか歌を思わせる声。

「「「守護天使様」」」

いつの間にか現れた美しい三人の人魚たちが、守護天使と言われた男のもとへとひしと体を寄せていた。まるで愛する王に寄り添う美しい妃たちのようだ。男はその真ん中で、困ったような笑みを崩すことなく私を見ている。

「どうされますか」

一人の人魚が男に問う。

どうやら私はここまでのようだ。

深く頭を下げ、お望みのままにと腰に差してあった短剣は横に置く。

不思議と穏やかな気持ちだった。

なぜなら遅かれ早かれ世界は終わるのだから。

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