堪忍袋の緒が切れて、ちょっと投げ飛ばしただけなのに ~異世界恋愛短編集~

貴様二太郎

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堪忍袋の緒が切れて、ちょっと投げ飛ばしただけなのに

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 私は、ずっと二番手だった。
 磨き上げられた黄金のように光り輝く豪奢な巻き髪、極上のサファイアのようなコーンフラワーブルーの瞳、神話の女神のように美しい顔に理想的な曲線を描くしなやかな体……
 そんな社交的で美しく優秀な姉の、まったく似ていない、スペアの双子の妹として。

「ドゥーエ、今日からお前がスフォルツァ侯爵家の次期当主だ」

 そんな姉が、一週間前に駆け落ちをした。
 財産も、身分も、婚約者も――すべてを私へと残して。

「承知いたしました」

 愛なんて不確かなものだけを手に、晴れやかに消えてしまった。


 ※ ※ ※ ※


「むーーーりーーー! 無理無理無理無理、絶対にいーーーやーーー‼」

 ベッドに飛び込むと枕に顔を埋め、外に漏れない程度の声で思いの丈を吐き出した。

「お姉様、ひどいです!」

 ドゥーエ・スフォルツァ、十六歳。美貌の姉とは似ても似つかない地味な双子の妹。通称、スフォルツァのじゃない方。ミルクティー色のくせ毛、空色の瞳、直線に近いなだらかな曲線を描く体は全体的にぼんやりとした印象で、光り輝く姉の影のよう。
 頭の中で世間の自分に対する評価を思い浮かべ、思わず自嘲の笑みがこぼれてしまった。

「私はずっと二番手で、万が一の時の予備で、お姉様の影に隠れた地味な妹として暮らしてきたのに」

 あくまで予備だから、責任とかそういうのとは無縁で、侯爵家っていう恵まれた環境である程度の義務を果たせば、この先も悠々自適なお嬢様生活が送れるって思ってたのに……

「なんで……なんで駆け落ちなんて馬鹿なことを!」

 おかげで私のぬるま湯ぬくぬく人生設計が狂っちゃったじゃない。ええい許すまじ、お姉様を誑かしたどこぞの馬の骨。

「百歩譲って、家を継ぐのはいい。予備としてお姉様と同じくきっちり学んできたし、どうにかなると思う。この家を出ないでいいのも、おうち大好き引きこもりな私には都合いいし。ただ……」

 脳裏に浮かぶのはひとりの男。褐色の肌に絹糸のような輝く白い髪と柘榴の実のような赤い瞳を持った、見た目だけは極上の男。

「なんでいなくなる前にあの男と婚約解消していってくれなかったのよ! あの男と結婚とか、絶対嫌‼」

 財産、家、領民への責任、光輝く姉に比べて影のような妹に対する嘲笑――それらを引き受けるのは構わない。ただひとつ、あの婚約者だけは断固受け取り拒否したかった。

「あんな男と結婚して子ども作らないといけないとか、本っ当に最悪。いくら見た目がよくても性格悪い男とこの先ずっと一緒に暮らさなきゃいけないなんて……見た目そこそこで優しくて浮気しない誠実で真面目なお婿さんが欲しかった」

 わかってる。いくら嫌だと言っても覆らないことくらい。だって、これは王命による政略結婚。我がピアネータ王国とウーニウェルスム帝国の間で決まってしまった契約。いくら優秀なお姉様だったとしても、そんな婚約を解消できたとは思ってない。

「あんなのでも、いちおう皇子様だものね」

 姉の婚約者だった男。そして姉がいなくなった現在、私の婚約者になってしまった男。
 
 デキムス・ウーニウェルスム・レナートゥス

 大陸の覇者ウーニウェルスム帝国の第八皇子。砂漠の民の第三妃を母に持つ、十人兄弟の末子。私の一つ上の十七歳。異国情緒あふれる美形の皇子様。ただいま我が国に留学中。

「見た目だけなら文句ないのに」

 むしろ見た目だけで言うのならば、地味な私にはもったいないというのが世間の大多数の意見だと思う。ええ、ええ、そうでしょう。私もそう思うもの。お姉様だったらアイツと並んでも一切見劣りしないでしょうけど、私じゃたぶん存在をかき消されるわ。
 でも、でもね! 人間は見た目だけじゃないと思うの。いくら見た目がきれいでも、性格が合わなければ一緒にいても苦痛でしかない。贅沢だの勘違いするなだの言われようが、地味な方にだって断る権利くらいあって然るべきだと思う。
 こういうとき地味で平凡な方が断ると、なんでみんな信じられないって顔するのかしら。美形には無条件で従わないといけないなんて決まりないのに。

「あーあーもう! ウーノお姉様の裏切者ぉぉぉ」


 ※ ※ ※ ※


「おい、地味女。俺の婚約者となったのだから、挨拶くらい来るべきだろう」

 せっかく息抜きにって図書館に来たのに。あーあ、最悪。

「おい、聞いてるのか! 返事くらいしろ、地味女」

 本当、最悪。このままだと図書館の他の人たちに迷惑だし、今日はもう帰るしかないじゃない。

「おい!」

 図書館を出ようと席を立って歩きだした瞬間、強い力で腕を掴まれた。

「殿下。女性の体に断りなく触れるなど、何をお考えなのですか。失礼にもほどがあります」
「う、うるさい! お前が無視するからだろ」
「無視などした覚えはありませんが。もしや、場の迷惑省みず隣で大声を出されていたのは、私に話しかけていらっしゃったのですか?」
「お前以外いないだろ! きれいに無視しやがって」

 知ってたけど。でもあなた、私の名前呼んでなかったじゃない。地味女地味女って、私の名前も憶えられないくらい頭悪いのかしら。
 
「では改めまして。殿下、わたくしに何か御用でしょうか?」
「だから――」
「殿下、ここは図書館です。お静かに願います。場所を移動いたしましょう」

 口も悪いし性格も悪いし、まるで下町のガラの悪い平民みたい。この男、本当に皇子なの?
 とりあえず近くの公園でいいわよね。まったく、どうして私がこんなバカの面倒見ないといけないのかしら。

 図書館の隣に広がる大きな公園へとやって来た。先にやっておいた侍女が確保した四阿ガゼボに腰かけると、おとなしくついて来た殿下も向かいに腰を下ろした。

「いちおう護衛たちに周囲の人払いはさせましたが、あまりお声を荒げませんように。仮にも帝国の皇子ともあろうものが、品位を疑われますよ?」
「生意気で小賢しい上に、かわいげも胸もない女だな」
「ご用件をどうぞ」

 ほんっと口は悪いしデリカシーは皆無だし、いったいなんなのよこの男は。腹立たしいったらない。

「ウーノ嬢が出奔し、それに伴いお前が俺の婚約者になった」
「承知しております。この度は誠に申し訳ございませんでした」
「いや、いい。スフォルツァ家からの正式な謝罪も賠償もすでに受けている。それに、契約はお前がいれば履行できる。問題ない」

 そうね、契約履行には問題ない。問題があるとしたら、お互い相手が気にくわないってことくらい。

「わたくしが相手では御不満でしょうが、どうかご容赦ください」
「そんなこと一言も言ってないだろ。お前、卑屈が過ぎるぞ。鬱陶しい」

 地味女地味女って、出くわすたびに何かしら人を貶めるようなことを言ってくるあなたの方が鬱陶しいのよ。それに私は客観的な事実を言ったまで。卑屈なんて言われる筋合いない。

「ご用件はそのことだけですか? でしたらわたくしはこれで失礼したいのですが」
「お前さぁ、そのかわいげゼロの喋り方やめろよ。なんか腹立つんだよ、それ」
「そう仰られましても。わたくし、生意気で小賢しくかわいげのない女ですので」
「一つ抜けてる。生意気で小賢しい上に、かわいげも胸もないだぞ」

 胸胸ってしつこい‼ そんなに大きな胸が好きなら乳牛とでも結婚しなさいよ!

「殿下。他人の身体的特徴を揶揄するのは品性下劣というものです。心底軽蔑いたします」

 ほんっとこのバカ、信じられない。そういうことを言われて相手が傷つくかもしれないって思い至らないの?
 地味女、じゃない方、残りカス、かわいそう……もうたくさん! そんなこと他人から言われなくたって、自分が一番わかってる。だから地味に、静かに、分相応に。誰にも迷惑かけないようにおとなしくしてるのに。

「おい。ちょっ、待――」

 さっきと同じように腕を掴まれ、怒りで判断が鈍っていた私はつい反射で、

「女性の体に断りなく、みだりに触れない‼」

 趣味で極めた護身術で、殿下を投げ飛ばしていた。
 

 ※ ※ ※ ※


「殿下、誠に……誠に申し訳ございませんでした!」

 我に返り慌てて跪いて謝罪をするも、時すでに遅し。殿下の護衛たちの見てる前で、殿下に足払いをかけて思い切り投げ飛ばしてしまった。
 もー、殿下の護衛たちは何してるの! ちゃんと仕事しなさいよ。なんで誰も私を止めてくれなかったのよ。というか、なんで今も遠巻きに見守ってるの⁉

「あー……いや、いい」

 呆然自失の状態から復帰した殿下は、なぜかすっきりしたような顔で赦しの言葉をくれると、手を差し出してきた。

「その……俺こそ悪かった」

 え、謝……った? あの傍若無人で無礼千万でデリカシーゼロの殿下が⁉

「俺はただ、もっとお前と会話がしたくて……すまない、貶めるつもりはなかったんだ」

 え? 待って、どういうこと? 状況がまったく把握できない。

「俺は素直に甘えてくるタイプより、懸命に毛を逆立てて威嚇してくる野良猫みたいな方がタイプなんだ」
「……はぁ」

 いや、そんなよくわからない殿下の性癖を突然披露されても。なにこれ、私どう答えれば正解?

「あと俺は、肉感的で豊満な体型よりも儚げで華奢な体型が好みだ! 当然、胸も控えめが好ましい‼」

 …………待って。これ、私、何を聞かされているの?
 思わず周囲に助けを求め見回すが、侍女も護衛も皆一様に顔をそむけている。相手は大国の皇子、どうやら全員長い物に巻かれるつもりらしい。

「殿下、承知いたしました。要約いたしますと、今までの数々の発言には悪気はなく、私を貶めるつもりはなかった……ということでよろしいでしょうか?」
「おう。あー、だがひとつだけ。地味女って揶揄ったのは悪かった。地味女って呼ぶとお前、いつもより口数増えるから、つい……これは本当に申し訳なかった」

 何それ、バカみたい。なんなのこの人。意味がわからない。

「本当に申し訳なかった。これからはおま……ドゥーエ嬢のことを貶めるようなことは言わない。誤解させるような発言にも気を付けるし、みだりに体に触れるようなこともしない」

 本当にどうしたの? もしかしてさっき投げ飛ばした時、頭打った? やだ、気持ち悪い。
 
「どうか今一度、俺に機会チャンスをください。これからはドゥーエ嬢を一番に尊重するし、他には目を向けることなく、生涯貴女だけを見続けることを誓う」

 重い。なぜ、どうしてこんなことに? これ、完全に頭打っておかしくなっているのでは?

「殿下、そこまで思いつめていただかなくても。私としてはスフォルツァ家を盛り立てていく同志として――」
「殿下などという他人行儀な呼び方ではなく、ルネと。それと同志ではなく、死が分かつまで生涯を共にする伴侶として……いや、死してなお、東方の伝説にある比翼の鳥のように永遠に共に……」

 やだーーー! なんかブツブツ怖いこと言い始めてるーーー‼
 どうして、本当になぜこんなことに? 私がいったい何をしたというの⁉

「不束者だが、これからよろしく。全力でいくので覚悟してくれ、ドゥーエ嬢」
「どうか……どうか、本当にどうかお手柔らかにお願いします」

 どうして……どうしてこんなことに……
 堪忍袋の緒が切れて、ちょっと投げ飛ばしただけなのに。
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