貴石奇譚

貴様二太郎

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黒玉の章 ~ジェット~

14.自分の強さ

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 結局ミオソティスは翌一日を寝て過ごし、外出ができるようになるまでさらにもう一日を費やした。
 そして王宮に出頭し、事件の取り調べを受けた。とはいっても、あくまでミオソティスの扱いは被害者であり、とがめられることはなかったが。さらに言えば、担当の兵士が陽気でおしゃべり好きな若者だったこともあり、調書を作り終わったというのに、今も彼とのおしゃべりは続いていた。

「あ、俺の守護石は鉄礬柘榴石アルマンディン・ガーネットなんですよ。加護は“実行力の勝利”なんですって。だからかなぁ? 『考えてから行動しろ』ってよく言われるんですよね。あ、ちなみにミオソティス様の守護石は何なんですか? ていうか、何で隠してるんですか?」

 人懐っこい兵士は、ミオソティスの眼帯を不思議がりはするが嫌悪はしない、という珍しい人種だった。

「私の守護石は黒玉ジェットなのですが、少々厄介な加護なので。こうして眼帯で封じておかないと、色々と面倒なのです」
「へぇ、大変なんですね。あ、でも眼帯の女の子って、ちょっとミステリアスでいいと思います」
「はぁ……」

 正直、ミオソティスは拍子抜けしていた。いくら石人が種族の特質的にお気楽な性質の者が多いとはいえ、王宮の兵士なのだから、もっと厳格だと思っていたのだ。それがふたを開けてみればこの有様。この兵士だけなのかもしれないが、ミオソティスは少しだけこの国のことが心配になった。
 しかし、今はそのお気楽さに助けられている。おかげで難なく色々と教えてもらえるから。

「ねえ、あの二人……私の恩人たちは、あれからどうなったの?」

 アルビジアから聞いたとはいえ、助けてくれた二人――ヘルメス少年リコリス少女――のことはいまだ気になっていた。だから少しでも情報が欲しくて聞いてみたのだが、結局はアルビジアの話以上のことは聞きだせなかった。
 お礼もできず見送りもできなかったことが非常に心残りだが、こうなってはもはや彼らの旅の無事と、これからの幸せを祈るより他にない。もしもまた会うことがあったのなら、その時は彼らの力になろう。そう心の中で誓うと、ミオソティスは石人たちの信仰する双子神、モースとヌープに祈りを捧げた。
 そして次は意識を取り戻してから最も気になっていたこと、オルロフのことを聞いてみた。

「オルロフ殿下? ああ、今頃蓮華姫の看病を受けているんじゃないかな。いいよねぇ、あーんな美人に毎日のように看病してもらえるなんて」

 容態を聞いたはずなのに、あまり聞きたくなかった方の情報が入ってきてしまい、思わず固まるミオソティス。その目の前で、青年は能天気に「うらやましい」と連呼している。

「看病って……ねえ、オルロフ殿下は大丈夫なの? もしかして、何か後遺症のようなものが?」
「ないない、それはありませんって。グーロの秘薬のおかげでぴんぴんしてますよ。今は大事を取ってお休みしてるだけみたいです」

 青年の言葉にミオソティスはほうっと安堵のため息をつく。それを見た青年は、まるで何かを企むかのようなにやにや笑いを浮かべた。

「もしかして、ですけど。ミオソティス様って……」

 やけに楽しそうな青年の様子に、ミオソティスは不思議に思い首を傾げた。

「オルロフ殿下のこと、好きなんですか?」

 一瞬、ミオソティスは何を言われたのかわからなかった。しかし、一拍置いてその言葉の意味を理解すると、ミオソティスの顔は火を吹くんじゃないかと思えるくらい熱くなってきて。

「ななな、何を言っているのですか!? ちが、違います! ……って、ちょっと待って、待ってください!!」

 青年は動揺するミオソティスに「またまたー」などと言いながら、なぜかうきうきと部屋を出て行こうとしている。それになんだか嫌な予感がしたミオソティスは必死に青年を止めようとした。しかし、筋肉痛で動きの鈍いミオソティスでは、楽しそうに走り去る彼を止めることはできなかった。

「……本当に大丈夫なのかしら、この国」

 一人取り残された部屋の中に、疲れきったミオソティスの声が空しく響いた。


 事件の調査はすでに終わっているし、担当者はいなくなってしまったしで、ミオソティスはもう帰ってしまおうと部屋を出た。しかし、馬車に乗ろうと足をかけたその時、背後から彼女に声がかけられた。

「ミオソティス・フォシル伯爵令嬢とお見受けします。少々お時間よろしいでしょうか?」

 訊ねる形はとっているが有無を言わせない雰囲気の声に、ミオソティスは警戒しながら振り返った。そこにいたのは見覚えのない女性で、どうやらどこかの侍女のようで。馬車を待たせているため、ミオソティスは彼女に向き合うと手短に用件を訊ねた。

「コランダム公爵家より使いとして参りました。こちらを」

 侍女が差し出したのは、一通の封筒。差出人は――ロートゥス・アルミナ・コランダム――公爵令嬢からだった。

「確かに受け取りました。お返事は後日でよろしいでしょうか?」
「かしこまりました。主人にはそのようにお伝えいたします」

 コランダム公爵家の侍女は役目を終え、お手本のような綺麗なお辞儀をすると王宮の中に戻っていった。
 彼女の後姿を見送ったミオソティスは、手の中の封筒を見つめ、そっと小さなため息をもらした。


※ ※ ※ ※


 ロートゥスからの手紙の中身は、公爵家でのお茶会への招待状だった。
 しかし、招待客はミオソティス一人だけ。それの意味するところは、一対一の話し合い。十中八九オルロフのことだろうと思うと、ミオソティスはつい欠席できないものかと考えてしまう。

「ロートゥス様かぁ……。どうしよう、『オルロフ様に近づかないで!』とか言われるのかなぁ」

 ぐだぐだと机に突っ伏したまま、横目で招待状を眺める。
 ロートゥス相手にまったく勝てる気がしなくて、ミオソティスは一人唸りながら返事をどうしようかと悩んでいた。もちろん格上相手にお断りなどできるわけもなく、選択肢は出席一択なのだが。

「でも、もしも近づかないでって言われたとしても、私、それは聞けないだろうなぁ」
「そんなの聞く必要ないでしょ」

 不意打ちで背後からかけられた返事にびっくりして振り返ると、腰に手を当て口を尖らせたアルビジアがいた。

「びっくりしたぁ。もう、驚かさないでよ、ジア」
「何回もノックしたわよ。それなのに返事がないから覗いてみれば、ティスってばまた一人でぶつぶつと悲観的なこと言っているし」
「うーん、つい、ね。だって、ロートゥス様だよ。家格も見た目もまるで敵わないも――痛っ!」

 全て言い終わる前に、アルビジアの手刀てがたながミオソティスの脳天に落とされた。

「それは聞き捨てならないわ。いい? ティスの見た目は私とそっくりなの。そのティスが自分の見た目を貶めるということは、私の見た目も貶めるということよ。言っておくけど、私はロートゥス様に敵わないなんて思ったこと、今の今まで一度だってないわ」

 誇り高き妹の言葉に、ミオソティスはまたも自分を恥じた。
 いつでも背筋をピンと伸ばし、悔しいことがあってもそれを糧に前へ進もうと努力している。そんな彼女の姿はいつだってミオソティスの憧れであり、誇りであり、そして羨望の的だった。
 だから、そんな妹に恥じない姉になりたくて、ミオソティスも自分なりに努力してきたつもりだった。けれど、ここ最近のミオソティスはいつも土壇場どたんばで怖気づいてしまっていて。ミオソティスはアルビジアのように、自分に自信が持てない。

「ごめんなさい。ジアをけなすつもりはなかったの。でも、やっぱり私、自分には自信が持てない。今の私は、ジアみたいに自分を信じられない」

 ミオソティスの弱気な言葉に、アルビジアはこれみよがしに盛大なため息をついた。そしてさっきと同じように手刀を落とす。けれど、今度はただ置くだけの力で。

「私は信じてる。ティスは本当は強いんだって」

 アルビジアはひざまずくと、ミオソティスの両手に自分のそれを重ねる。

「落ち着いているようでまったく落ち着きはないし、思い立ったら考えないで行動しちゃうし、考えたら考えたで明後日の方向にいっちゃうし……」

 励まされているのか貶されているのかわからないアルビジアの言葉に、ミオソティスは笑えばいいのか怒ればいいのか判断に迷った。しかしアルビジアの言葉にはまだ続きがあるようで、とりあえずはおとなしく耳を傾けることにする。

「でも、何度忘れられたってまた誰かに話しかけてるし、何度忘れられたって泣かないし、何度忘れられたって人と関わることは絶対諦めない。ね? ティスって自分で気づいていないだけで、本当は強いの。しかも、ものすごく諦めも悪いの」

 ミオソティスはずっと、オルロフに出会ってからの自分を、心の弱い卑屈な臆病者だと思っていた。実際、今でもそう思っている。だから、自信が持てない。
 けれど、アルビジアはそんなミオソティスの強さを信じると言ってくれた。そこまで言われてしまってはミオソティスとて、姉として妹に情けない姿ばかり見せていてはいられない。

 では、自分で自分を信じられないのならば、アルビジアが信じてくれた自分を信じてみよう。

 ミオソティスは心の中で誓うと、アルビジアを抱きしめた。
 
 
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