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百花の章 ~廻る貴石の物語~
22.アワリティアに連なる者たち
しおりを挟む「というわけだ、オルロフ。お前はしばらくどこかへ行っていてくれ」
だしぬけに下された戦力外通告。けれどオルロフはカストールに文句を言うこともなく、納得顔でうなずいた。
オルロフの加護の力は「消滅」。彼を中心にして、一定範囲内の全ての加護の力を無効にしてしまう力。だからこそ、ミオソティスが救いを求めた力。けれど、一般的にはこの力が歓迎されることは少ない。
そして今はカストールの力を必要としているとき。いるだけで加護の力を無効化してしまうオルロフは、どうあがいても邪魔にしかならない。
「じゃあ、オルロフちゃんはワタシが責任もって預かっといてあげる。終わったら連絡ちょうだいね」
パーウォーは紅梅色の扉を出すとさっさと扉をくぐり抜け、向こう側からうきうき顔でオルロフを手招く。パーウォーのその妙な上機嫌さの理由がわからず、オルロフは眉間にしわをよせて首をかしげた。
「早く早く! ほら、さっさと終わらせちゃいましょ」
「そこまで急ぐことないだろうに」
パーウォーに急かされ、新世界への扉をくぐってしまったオルロフ。そんな彼の背中にこっそりと手を合わせたのは、マレフィキウムとカーバンクルの主従二人組、そしてヘルメスだった。
「さて。では、さっさと始めてしまいたいところだが……ウィル」
「おう、なんだ?」
カストールは窓の外へちらりと目をやると、再びウィルへと視線を戻す。
「悪いが、少しばかり外の様子を探っておいてほしい。もし何かあった場合、そこのポンコツでも誰でもいい。すぐに知らせてくれ」
「了解だ。まかせとけ!」
威勢よく返事をすると、ウィルは宙でくるりと一回転して消えてしまった。そしてカストールはマレフィキウムに向きなおると念を押す。
「力を使っている間、私とヘルメスは無防備になる。だから何か起きた場合……私たちが戻ってくるまで、絶対にミラビリスを守ってくれ」
「リコリスも! 僕が戻ってくるまで、お願いします」
「任せて!」
どんと胸を叩き、マレフィキウムは二人に向かって笑顔を返した。その自信に満ちた顔はしかし、マレフィキウムの力をいまいち信用していないカストールの不安を大きく煽ってしまった。
「俺も手伝いますから、心配しないでください」
苦笑いで補佐を名乗り出たのはファートゥム。それでようやく妥協したカストールは、ファートゥムに一言「頼む」と残すと、工房へ向かうためヘルメスと共に部屋を出ていった。
「さて、僕たちはどうしよっか~。とりあえず結界でも張っとく?」
「だめですよ、マレフィキウムさん。ウィルが外に出てるじゃないですか」
「あ、そっか。じゃ、どうしよっか」
「マレフィキウムさんは積極的に動かないでいてくれると助かります。今はカストールさんたちとウィルを待ちましょう」
ファートゥムはマレフィキウムの余計なお世話を封じると、改めてぐるりと部屋を見渡した。残っているのはマレフィキウム、カーバンクル、プリムラ、ミラビリス、リコリス。
そしてファートゥムは、この中では新顔となるリコリスに目を止めた。そわそわと落ち着かないリコリスの姿に、知り合いのいない今の状態は不安だろうと推測したファートゥム。
「リコリスさん、でしたよね。初めまして、俺はファートゥム。きみと同じ半石人で、魔法使いです。隣のこの子はプリムラ。ホムンクルスなんだ」
リコリスが少しでも馴染めればと思い、ファートゥムは自己紹介を始めた。そんなファートゥムの気遣いに気づいたリコリスは、ならばと意を決して皆の前で自己紹介を始めた。
「わたしは、リコリス。リコリス……アワリティア。お母さんは人間、お父さんは石人。ヘルメスと、旅してる」
塔から出た当初はヘルメスの後ろに隠れてばかりだったリコリス。けれど、彼との旅を通して色々な人と関り、少しずつだが変わってきていた。喋り方こそまだ拙さが残るものの、外に出たての頃のようなぴりぴりとした怯えや不安定さはもうない。
そんな変化も相まって、この自己紹介をきっかけにリコリスはすんなりと輪の中へ。中でもミラビリスはヘルメスから話を聞いていたということもあり、リコリスにとって一番話しやすい相手だった。
「リコリスちゃん。アワリティアって、あのアワリティア商会? 私たち同じ町に住んでたのに、意外と会わないものなんだね」
ミラビリスの言葉にリコリスは、「わたし、ヘルメスと会うまで外、出たことなかった」と少し困ったように笑った。そこから語られたのは、彼女の生い立ち。
それを聞いていたミラビリスの脳裏に浮かんだのは、あのとき、あの研究所のフラスコの中で揺蕩っていた白い少女。それぞれ違う種類の貴石を両目に持った、かわいそうなホムンクルス。彼女のフラスコの下、台座にあった銘板に書かれていたのは、「HLY013」という型式と――納品先アワリティア商会本店――の文字。あのかわいそうな少女に埋め込まれていた呪いの瞳は、黄水晶。
ミラビリスがカストールに教えてもらった黄水晶の一般的によく知られている加護の力は、「潔白」、「幸福」、「友情」、「誠実」……そして黄金蒸着水晶と同じ、「繁栄」。
だから目の前の白い少女――リコリス――を見て、彼女の身の上を聞いて、ミラビリスは確信した。あのホムンクルスは、アワリティア商会が彼女の予備として発注していたものだったのだと。しかも呪いの瞳を植え付けて、加護の力のさらなる増幅を図った、強欲の犠牲者。
「でもね、ヘルメス、助けてくれた。空から来て、わたしを外、出してくれた!」
ぱっと花が咲いたような明るい笑顔で、リコリスはヘルメスがどんなに格好良いのか、どんなに頼りになるのか、なんでもできるのかということを、拙い喋りながらこれでもかと語り始めた。
無邪気に惚気る少女を微笑ましく見守る一同。しばしの和やかな時間は過ぎていき……
「あの、リコリスさん。ほんともう、そのくらいで勘弁していただけないでしょうか」
入口の向こうから涙目で部屋を覗き込んでいたのは、かわいそうなほど頬を真っ赤に染めたヘルメス。カストールは照れる少年を横目に、笑いを噛み殺しながら部屋へと入る。
「ただいま、ミラ。どうやら何もなかったようだね。きみが無事でよかった」
まっすぐミラビリスのもとへ行くと、ごく自然にいちゃつき始めたカストール。相変わらずの二人に部屋の中には呆れと羨望が入り混じったぬるい空気が流れる。対して照れてなかなか部屋に入ろうとしないヘルメスの方は、不思議そうな顔をしたリコリスが部屋へと無理やり引き込んだ。
カストールたちの記憶の再生が終わったので、マレフィキウムは孔雀石でパーウォーに連絡を入れる。すると次の瞬間、部屋の真ん中に紅梅色の扉が現れ、そこから怒鳴り散らすオルロフが飛び出してきた。
「いいか、あれは特例だからな! もう二度と、金輪際、絶対にやらないからな!!」
「も~、そんなに嫌がることないじゃないのよぉ。オルロフちゃん、すっごく似合ってたわよぉ」
「うるさいわ!! そもそも俺が欲しいのはミオソティスのだ!! なにが楽しくて――」
オルロフの身に何が起こったのかを一瞬で悟ったヘルメスは、心の底からの憐憫を彼に送った。一方、マレフィキウムとカーバンクルはオルロフから目を逸らし、肩を震わせながら笑いを必死でこらえていた。
「ヘルメス、調べてきたよ~」
雨の匂いと共にふわりと窓から入ってきたのは、薄緑を基調とした青年の姿をした精霊。ヘルメスの左耳の金の耳飾りを住処としている、風精霊シルフだった。
「カストール、動き出したぞ!」
同時に青白い炎と共に空中に現れたのはウィル。カボチャ頭の火精霊はカストールのもとへ行くと、「ガラの悪い男が三人、来るぞ」とだけ言い残し、荒事はごめんだとさっさと耳飾りの中へ戻ってしまった。
少しするとウィルの警告通り、男が三人やって来た。腕っぷしに自信がありそうな禿頭の筋肉質な男と、貧相だが小狡い顔つきの油断ならなそうな男、そして上等な紳士服を身に着けた、どこか爬虫類を思わせるくすんだ金髪の青年。
「そろそろ見つかったのではないですか?」
薄い唇を弓なりにし、青年は丁寧な物言いで微笑んだ。しかし、その微動だにしないつり気味の蒼い双眸は凍った湖のようで、かえって彼の笑顔を寒々しいものにしていた。
「先日お話した通り、あなたの先生とはきちんと書面で約束を取り交わしてあります。私があなたにこの家の鍵を預けたのは、青薔薇の作業手順書を見つけてもらうため。言ったでしょう、持ち逃げは許しませんよ、と」
「わかってるよ。アンタしつこそうだし、僕だってできれば天下のアワリティア商会と敵対なんて面倒なことしたくないし」
ヘルメスは皮肉をこめた笑みを浮かべると、持っていた紙束を青年へと差し出した。
「見つけたよ。これがあの人の残した青薔薇の作り方。これでいい?」
「赤毛くん!?」
慌てたのはマレフィキウム。せっかく見つけた青薔薇への手がかり。それをあっさり手放してしまおうとしているヘルメスに慌てて駆け寄ろうとした。けれど――
「ちょっ、どいてよ、カストール!」
マレフィキウムの行く手をふさいだのはカストール。彼は首を横に振ると、「あれは諦めろ」と断言した。
「どう見ても白紙のようですが……」
青年の言葉に、マレフィキウムもカストールの肩越しに手順書を覗き見た。ちらりと見えた紙の束は確かに白紙で、マレフィキウムも首をかしげる。
「魔術錬金術師の書いた手順書だよ」
「ああ、なるほど。ネズミ」
ネズミと呼ばれた貧相な男は渡された手順書を手に取ると、裏と表と確認する。そして彼は目を閉じると、手順書へと魔力を注ぎみ始めた。すると見る見るうちに、無地だった紙の上に文字が浮き出てきた。
「どうやら本物のようだな。ご苦労だったね。おかげで無事、彼に貸した金を全額回収できたよ。ああ、ここの鍵は好きにしてくれて構わない。どうせ更地になる場所だ」
結局、青薔薇の作り方の手順書は青年に持っていかれてしまった。三人が立ち去るまで、「いいから今は動くな」とカストールに制止されていたマレフィキウムはぷりぷりと頬を膨らませ憤慨していた。
「なんであげちゃうのさ! あんな人間三人くらい、やっつけてさっさと逃げちゃえばよかったのに!!」
「アンタねぇ……そんな短絡的な思考だから毎回失敗するのよ」
「まったくだ。考えなしにもほどがある」
「じゃあパーウォーや王子様は、なんで渡しちゃったかわかるの!?」
パーウォーとオルロフはそろって首を横に振ると、カストールとヘルメスを見た。
「確かにあれは本物の青薔薇の作り方だったよ。でもね、あれの通りに作ったとしても、僕にはおそらく同じものは作れない」
苦笑いするヘルメスに、マレフィキウムはわけがわからないと地団太を踏む。
「まあまあ、ちょっと聞いて。あのね、そもそもあれを一から作るとなると……素材が揃ってたとしても、たぶん軽く一年以上かかっちゃう。もし素材が揃わなければその素材づくりからだから、こうなるともう何年かかるかわからない。マレフィキウムさん、それでも待てる?」
「待てるよ! 何年でも、ニアに会うためなら待つよ!」
「だが、彼女は待てるのか?」
即答したマレフィキウムの胸元を指さし、カストールが問う。パエオーニアの魂は、いつまで人魚石の中にいられるのか? と。
「そもそも青薔薇が彼女の復活の何に必要なのかはわからないが、手に入れるならなるべく早い方がいいだろう。それに……」
「まったく当てがないのに、あんな簡単にあげちゃうわけないじゃん」
カストールとヘルメスはいたずらが成功した子供のように、にやりと得意げに笑った。
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