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風の章
出撃! 風林火山号
しおりを挟む保健室でジャージに着替えさせてもらい出てくると、なぜか武田《たけだ》先輩以外のメンバーも全員ジャージに着替えていた。私含め、なぜか全員あのカラフルジャージ。
「あの……何でわざわざみんなも着替えたんですか?」
「言ったじゃない、『出動』って。今度こそちゃんとこのコスチュームで悪を討つわよ!」
当の武田先輩は制服に白衣という相変わらずの意味不明な格好だ。
「山田《やまだ》さんのおかげで華《はな》の居場所は特定できたわ。あの子が連れていかれたのは化学準備室。今着いたばかりみたいだから、急ぎましょう」
あの変質者がどんな目的で黄龍院《きりゅういん》さんを連れて行ったのかはわからないど、事は一刻を争う。倒された時にひねった足がちょっと痛いけど、今はそんなこと言ってられない。
「玲《れい》、お前足、痛めてるだろ」
「え、あ……うん。でも大したことないから。なんなら私だけ置いてってもらっても構わないし」
びっくりした。よくわかったな、風峯《かざみね》。なるべく普通にしてたつもりだったんだけど……
「それに、急がないと黄龍院さんが心配だし。みんな早く行って――」
「心配には及ばないわ。山田さん、あなたもちゃんと連れていく。麗《うらら》、要《かなめ》、風峯くん……わかってるわね?」
武田先輩の目配せに三人がうなずく。
麗ちゃん先輩がしゃがみ、その後ろ両脇に風峯と林くんもしゃがみ込んだ。そして後ろに伸ばされた麗ちゃん先輩の両手がそれぞれ風峯、林くんの手と組まれる。
「さあ乗って、山田さん」
「いや……いやいやいやいや、無理! 嫌ですよ!!」
だってこれ、どう見ても騎馬戦の騎馬だし! しかも林くんちっちゃいからそこだけすっごいアンバランス。乗ったら私も傾くよ!!
「早くしろ、玲。黄龍院を助けたいんだろ?」
「いや、助けたいのはやまやまだけど……そうだ! 当然だけどこの事、先生たちには言ったんだよね?」
瞬間、全員一斉に私から目を逸らした。
ちょっと待て。揃いも揃って誰一人連絡してないの!?
「過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。さあ乗って、山田さん」
「いやいや、今からでも遅くないで――」
武田先輩はそのたおやかな外見とは裏腹にかなり力が強く、結局私は押し切られる形で無理やり騎馬へと乗せられてしまった。騎馬の三人が立ち上がると一気に視界が高くなる。不安定な足場にぐらつき、とっさに麗ちゃん先輩の首へとしがみついてしまった。一瞬舌打ちみたいな音が聞こえた気がしたけど……
「す、すみません」
「いいわよぉ、それよりしっかり捕まっててね。あ、あと要のところは手じゃなくてあの子の頭に足置いてね」
「思う存分足蹴にしてくれていいからね」
うわ、ちょっとやだなぁ。ちょうどひねった方の足だったので、私はなるべく林くんの方には体重をかけないようにした。下から「もっと、もっとぉ」という声が聞こえるけど無視しよう。聞こえない、何も聞こえない。無だ、私よ無になれ。
「出撃! 風林火山号、発進!!」
武田先輩の掛け声と同時に強烈なGが私を襲う。
この騎馬、ほぼほぼ麗ちゃん先輩じゃないですかぁぁぁぁ! 走り出した瞬間から風峯も林くんもただ引きずられてるだけだよ!! 騎馬の意味ねぇぇぇぇぇ!!!
廊下を爆走する女装男子に引きずられる男子二人としがみつく私。叫ぶと舌を噛みそうで、うっかり悲鳴をあげることさえ出来ない。
「もうすぐ化学準備室よ!」
ちゃっかり一人電動立ち乗り二輪車に乗り並走する武田先輩が叫んだ。ずるい! 私もそっちの方がよかった!!
あっという間に化学準備室にたどり着いた私たち。武田先輩が扉に手をかける。でもそれは当然の如く施錠されていて……
「紫《ゆかり》、どいて」
首に私をぶら下げ、風峯と林くんを引きずったままの麗ちゃん先輩が扉の前に立つ。
「乙女の敵はぁ、お~しお~きよオラァ!!」
野太い掛け声と共に繰り出された強烈な蹴りが扉を破壊した。それと同時に武田先輩が麗ちゃん先輩の前へと躍り出る。
「この学園の平和を乱す悪は許さない! 学園戦隊風林火山、見参!!」
さっきまでこの学園の平和と風紀を乱していたのは私たちのような気もするけど……うん、もう考えるのやめよう。びしっと向けられた武田先輩の人差し指の先、そこにあの豚男はいた。いたにはいた、いたんだけど……
「うっわ、引くわぁ」
私は麗ちゃん先輩の首にぶら下がったまま、思わず豚男に絶対零度の視線を向けてしまった。
「いやだわ、なんて薄汚い豚野郎なのかしら」
「ほんと、さいってー」
武田先輩と麗ちゃん先輩の軽蔑のまなざしもそこに追加された。あ、風峯と林くんはそれどころではないらしくて動かない。動けないのか。
そこにいたのは黄龍院さんに踏みつけられている白衣にオムツ一丁の豚男。どこからどう見ても、紛《まご》うことなき立派な変態だ。
「あ……あ、ああ……」
足蹴にされている豚男は体を震わせ、意味をなさない声をもらす。気持ち悪い、はっきり言ってものすっごく気持ち悪い。
「華、やるじゃない。これ、あなたの豚?」
「そんなわけないでしょ! 知らないわよ、こんな変態!! もうやだ、助けてよぉ」
半泣きで豚男を容赦なく蹴りまくる黄龍院さん。かわいそうに。
「ずるい! 僕も、僕にもお願いします!!」
いつの間に復活したのか、林くんが黄龍院さんの足下にスライディングで飛び込んできた。
「いやぁぁぁぁ! もうやだぁ!!」
黄龍院さんはもはや半狂乱で豚男と林くんを蹴りまくり、それを武田先輩と麗ちゃん先輩が微笑ましそうに眺めている。そんなカオスを私は麗ちゃん先輩の首にぶら下がりながら見ていることしかできなかった。
「おい、いつまでくっついてるんだ」
不機嫌な声が聞こえた直後、両脇に手が差し込まれ麗ちゃん先輩から引きはがされた。振り返り見上げると、そこにあったのは眉間にしわを寄せた風峯の不満顔。
「何怒ってんの? ていうか、何で私が風峯に怒られなきゃいけないの?」
「うるさい。わかれ馬鹿」
なんか逆切れされたし。ほんとわけわかんないな、こいつの思考回路。
「さて、これじゃあ埒があかないわね。華、代わって」
武田先輩が豚男たちの方へと一歩進み出る。
「華、よく見なさい。この薄汚い豚はただのM野郎じゃないわ。巨乳に母性を見出し、赤ちゃんプレイをしながら虐げれれるのを望む、心底救いがたい腐った生ゴミ野郎よ」
「そんなの知らないし! 知りたくないし!!」
思わず黄龍院さんの叫びに全面同意してしまった。うん、ほんとどうでもいい情報ありがとうございます。できれば私も知りたくなかったです。
「見ていなさい、華。私がお手本を見せてあげる」
なんか武田先輩がとんでもないこと言い出した。いつの間に取り出したのか、先輩は愛用の赤い麻縄を手に豚男の尻に蹴りを入れた。豚男は床に突っ伏した状態で顔だけこちらへと向ける。気のせいかさっきより鼻息が荒い気がする。
「まったく、本当に困った豚野郎ちゃんだこと。自分一人じゃナニも出来ないなんて、人として恥ずかしいとは思わないのかしら? そんな風に育てた覚えはないわよ」
「ま……ママーーーー!」
豚男が床で芋虫のように悶え始めた。
そりゃ育てた覚えないでしょうよ、先輩。うっわ、気持ち悪い。本気で気持ち悪い。もうつっこむことさえためらうくらい気持ち悪い。
「ね、そんな悪い子にはお仕置きが必要だと思わない?」
「はいぃ! 僕ちゃん悪い子ですぅ。お仕置きしてください、ママ~」
「僕も、僕にもお願いします、紫様~」
目の前で繰り広げられる茶番にもう何も言葉が出てこない。なにこれ……ほんと、なにこれ!?
武田先輩は変態達を素早くかつ、それはそれは鮮やかに縛り上げた。二人は胡坐をかいた状態で後ろ手に縛られ、上半身を足首とくっつきそうなくらいの二つ折りの状態で固定されて転がされる。時折気持ち悪いハーモニーが聞こえてくるは気のせいだと思いたい。
「じゃあこの覆面、取っちゃいましょうか」
「オッケー。じゃあ麗が剥いてア・ゲ・ル」
「……なっ、チェンジ!」
「何よぅ、言っとくけどこの中で一番の巨乳は私よ」
「ちがっ、私が好きな乳は雄《お》っぱいじゃない、おっぱいなんだ!!」
「あってるじゃない、何が問題なのよ。さーて、いっくわよぉ……はい、御開帳~」
豚の被り物の下から出てきたのは、臨時で来ていた生物の先生の顔だった。涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃの汚い顔を赤らめ、私たちの軽蔑の視線に身もだえてる。うん、もはや救いようがない。
「もしもし、おじい様? ええ、見ていただけたかしら。……はい、というわけですので後の処理はよろしくお願いします」
「武田先輩、今のは?」
「この豚の恥ずかしい姿の一部始終を動画でおじい様に送ったの。その連絡よ」
「え……えぇ!? 一部始終って、ええ! じゃあ先輩のさっきのも全部……ですか?」
「何か問題でも?」
私には問題しか見当たらなかったんですけど。なんでそんな、さも不思議ですって顔してるの!? そっちの方が私には不思議だよ! 武田先輩の家っていったい……
何はともあれ黄龍院さんは無事だったし、犯人も捕らえることができたし。今回の騒動はこれで終わりかな。
「泥棒子狸!」
終わらなかった。黄龍院さんは私の前に立つと、仁王立ちで私を見下ろす。
「その……私のせいでケガさせちゃって、ごめんなさい。あと、助けようとしてくれて、ありがとう」
頬を膨らませ目を逸らし、けれど彼女は素直に謝罪と感謝を伝えてきた。
ああ、確かに悪い子じゃないんだなって実感した。ちょっと後先考えない暴走気味なところはあるけど、同好会のメンバーよりよっぽど素直な普通の子だ。
「でも、司《つかさ》のことは別よ! 絶対に負けないんだから!!」
彼女はかばんから教科書一式を取り出すと、ぐいっと私に押し付ける。そして私が受け取ったのを確認すると踵を返し、一言「負けないから」と言い残し猛スピードで走り去ってしまった。
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