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林の章
登れ! このはてしなく遠い男の娘坂をよ…
しおりを挟む「早きこと数で補い、静かなることストーキングに生かし、花園を侵略することピッキング、動かざること我が性癖! かわいい子大好き、モブおじさん参上!!」
…………
………………
……………………うわぁ。
うわぁうわぁうわぁ! 最低、なんかとにかく最低!! キモい、気持ち悪い!!!
「乙女の花園を荒らす害虫は、殺虫剤に代わって私がお仕置きよ!」
「おいで、カワイ子ちゃん! おじさんがいっぱい遊んでアゲルよぉ」
襲い掛かる麗ちゃん先輩を避けるため、モブおじさんは白藤さんからいったん離れた。その後もモブおじさんは麗ちゃん先輩の剛腕をひょいひょいと危なげなく避けながら、その合間に麗ちゃん先輩の耳元に何かを囁きかけていた。そのたびに麗ちゃん先輩の額に青筋が増えて、どんどん動きが単調になっていく。
「風峯、あれヤバくない?」
「剛のやつ、完全に遊ばれてるな。しかしあいつが触れられもしない相手となると、正攻法じゃ俺にはどうしようもない」
モブおじさんは麗ちゃん先輩をいなしながら白藤さんのまわりをウロチョロとしている。あれじゃ白藤さん、逃げられないよ。
「せめて白藤さんだけでも助けないと!」
居ても立ってもいられなくて助けに行こうとしたら、あっという間に風峯にホールドされた。
「バカ! 俺なんかに簡単に止められるお前が行ってどうする」
「だって! このままじゃ白藤さんが――」
あのモブおじさん、さっきからどんどん白藤さんとの距離詰めてるんだよ。もう気が気じゃなくて……
「山田さん、あなたの気持ちはわかってるから。まかせて」
前に出た紫先輩は振り返ってうなずくと、再びモブおじさんに向き合った。
でも、本当に大丈夫? ちなみにさっきは全然大丈夫じゃなかったですよ。
「覚悟なさい、いたいけな乙女を狙う卑劣漢!」
堂々とした紫先輩の宣戦布告。途端、モブおじさんのにやけ顔がしかめっ面に変わった。
「一つ、訂正していただきますよぉ」
とうとう白藤さんの背後に陣取ったモブおじさんが何か言い始めた。
「おじさんは! 乙女になど!! 興味ありません!!!」
…………は?
え、どういうこと? 乙女に興味ないのに、女の子にストーキングやら覗きやらするの? 意味わかんないんだけど。
「おじさんが愛でるのは、男の娘、のみ! 少年の儚さ、少女の危うさ、その両方を併せ持つ――男の娘――こそ我が至高!!」
己の性癖を思う存分ぶちまけたモブおじさん。その興奮のまま、再び白藤さんへ脂っぽい手を伸ばし――
「ボクに触れていいのは……」
たら、掴まれた!
「お姉さま、だけなんだよこのクソキモモブがぁぁぁぁぁ!!」
裂帛の気合とともに発射されたモブおじさんが、きれいな放物線を描きながらこちらへと飛んできた。白藤さん、あの細い体のどこにそんな力が!?
迫りくる気持ち悪い弾丸を見て、紫先輩と風峯は即時退避。ちなみに風峯にホールドされたままだった私も無事退避。というわけで、あとその場に残っていたのは……
「ずるい! みんなずるい!!」
縛られ転がされていた、林くんだけだった。
芋虫のようにのたうち回る林くんめがけて落ちていくモブおじさん。あ、これ大惨事になるやつだ。
「僕の貞操と生殺与奪は、紫さまだけのものぉぉぉぉぉぉ!!」
「私はそんなものいらないわよ」
紫先輩のつぶやきに力をもらっちゃったのか、次の瞬間、林くんは絡まっていた縄から抜け出した。というより飛び出した。
枝豆とか、某アニメの怪盗の孫のように――
「見るな!!」
風峯の焦った声と同時に視界が閉ざされた。閉ざされたんだけど…………見えちゃった。一瞬だったけど、見えちゃったよ。
「さっさと服を着るか前を隠せ! 玲にそんなモノ見せるな!!」
「ふざけんなよ、風峯! 今すぐその手をどかせ!! 山田ちゃんの視界に僕を入れろ!!!」
「うるさい黙れ! そこの変態オヤジにでも見てもらえ」
「お断りだ! 僕が見せたいのは女の子だけだ!!」
聞こえてくる不穏な会話の内容に、やっぱりさっきのは見間違いじゃなかったんだって確信した。縄抜けって初めて見たや。でも普通、服着たまま抜けるんじゃないの? なんで全裸になったの?
「はぁ……はぁ……はぁ……ああ、おじさん、もう我慢できない」
「うるさいな! 僕は今、大事な交渉中なんだよ!!」
何にも見えないけど、目の前であのモブおじさんが縛り上げられてるらしいことは音でなんとなくわかった。最終的にはぁはぁがもごもごになってから、たぶん猿ぐつわでもされたんだろうな。今回はどんな縛られ方されてるんだろう……見たくないなぁ…………
「おい、林! いい加減その見苦しいモノを隠せよ。ズル……お姉さまに失礼だろ!」
「ああ、紫さまに見られてるぅぅぅ。カ・イ・カ・ン……」
「くそっ、こんなことになるなんて」
林くん、いい加減服着てください。あと白藤さん、ズルいって言いかけてたよね。それとこんなことになるなんてってことは、林くんのところにモブおじさん飛ばしたの、わざと?
それから少しの間ガサガサしてたと思ったら、やっと風峯の手がどかされた。
「……うわぁ」
地面に転がってたのはモブおじさんと林くん。モブおじさんの方は口に穴の開いたボールをはめられ、毎度おなじみ亀甲縛りで転がされていた。林くんは応急処置なんだろう、新聞紙が巻かれて縛られてた。
「それにしても白藤ちゃん、あなたやるじゃない!」
むすっと立っていた白藤さんに麗ちゃん先輩が駆け寄ってきた。
「いえ、たいしたことないです。アイツ油断してたし、なにより先輩が事前に体力削っててくれてたおかげです」
「あら、立ててくれるのね、ありがと。でもやっぱり、あなたすごいわよ。そんな細い体で、よくあんな重いもの投げられたわね」
「ボク、合気道やってるんです。あと細いとはいえ、いちおう男ですから」
ああ、武術やってる人だったんだ。それに男なら……
「男!?」
思わず叫んだ私にみんなの視線が一斉に集まった。
「あ~、やっぱり! 僕のセンサーが反応しなかったわけだぁ」
新聞紙に包まれた林くんは一人うんうんと納得している。そして思わず見上げた風峯からは、呆れたような視線が返ってきた。
「じゃあ、風峯が白藤さんに無反応だったのって……」
「一目瞭然だろう。俺は男の乳なんぞ微塵も興味ない」
「……だよねぇ」
「あと言っておくが、女なら誰でもいいってわけでもないからな」
あーあ、まさか白藤さんが男の娘だったなんて。女の子だったら風峯ももう少し違う反応してたのかな? うーん……それはそれでなんかやっぱり腹立つというか、なんていうか…………
「ね、だから言ったでしょう? 今回の囮に最適なのは要だって」
隣に立っていた紫先輩が胸をそらし、得意げに言ってきた。
「紫先輩は知ってたんですか? 白藤さんが男子だったってこと」
「ええ。金づ――生徒たちのことを把握するのは、経営者として当たり前のことだもの」
今、金づるって言いかけましたね先輩。それ意訳すると、「金づるの秘密や弱みを把握しておくのは経営者の嗜み」ってことでしょうか。……怖っ!
「あの演劇部はね、脚本担当の女子一人を除いて、あとは全員男子で構成されているの」
「全員男子って……確かに半分は明らかに男子でしたけど、もう半分はどう見ても女子にしか……」
たしかにヒゲ美さんとかハイビスカス先輩とかはおっさんとかアニキにしか見えなかった。でも緑色先輩を呼んできてくれた子とか白藤さんとか、どう見ても女の子にしか見えない子もいたから……。なんかもう、完全によくわからなくなってた。
「あの中で女子は、寄生木先輩だけよ。でも彼女は被害に遭ってないって言ってたから、そうなると犯人の狙いは残る男子部員でしょ。だから囮作戦、山田さんは次点だったの。山田さんもいけないことはないと思ったけど、やっぱり確実にいきたいじゃない?」
男の娘でいけないことはないと思われてたのか。紫先輩は女の子に優しいとかじゃなく、ただ単に確率高い方を選んだだけだったんですね。
あと寄生木先輩って、あの緑色先輩だよね? だから林くんが妙に反応してたのか……恐るべし、林センサー。
「これにて一件落着、ね」
紫先輩の終息宣言と同時に、またあの人たちがやってきた。
あ、モブおじさんが麻袋に詰められた。あれ、最終的にどこへ行くんだろう。知りたいような……いや、やっぱいいや。世の中には知らない方がいいってこともあるよね。
※ ※ ※ ※
あれから一週間――
「帰れ、偽装女子!」
「死ね、変態男子!」
部室に白藤さんがちょくちょく顔を出すようになった。黄龍院さんや六花もたまに顔を出すから、そういう日はまさにお祭り状態。
卒業まであと二年半。
こんな自由人たちに染まってたまるか!
絶対ノーマルなままで卒業してやる!
……なんて思ってたけど。こんな日々も案外悪くないな、なんて思い始めてたり。
――私の変化は未知数だ!
☆ ★ ☆ ★
変態ファイル その3
名前:茂部 是有珠
年齢:56
職業:不動産貸付業(大家)
性癖:男の娘好き
ごめんなさい。男の娘好きは見つけられませんでした……
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