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火の章
慣れと諦めと希望を胸に ★
しおりを挟む紫先輩の指の先、そこにいたのは――
「……男子?」
一人の男子生徒だった。
麗ちゃん先輩や奏くんと比べると細いけど、標準よりはだいぶ立派な筋肉男子。ただその顔は、いかにも不審人物ですって感じの目出し帽に隠されてた。それにしてもこんな強そうな人、私たちだけで捕まえられる?
「これ、奏くんにも協力してもらった方がいいんじゃ……」
「却下。おまえ、あのゴリラの全裸見たいか?」
あ、そっか。奏くん、今シャワー室だった。
「それに、剛が来るだろ」
ほんとに信頼してるんだなぁ。きっと今までも、麗ちゃん先輩は約束守ってきたんだろうな。
ひとまず視線を覆面ストーカーに戻す。ストーカーはこの状況に戸惑ってるらしくて、どう動けばいいか迷ってるみたい。
でも、ストーカーの正体がまさかの男子だったとは。奏くんのストーカーっていうから、私はてっきり聖や天音さんみたいな、ちょっと突き抜けた感じの女の子だと思ってた。だから天音さんが言ってた奏くんのストーカーの特徴聞いた時も、うわぁとは思ったけど、そういう女子もいるのかなぁって思っちゃったんだよね。
「あなたが現れるのは、桜小路くんが汗をかいた時だけ。そして桜小路くんのものが盗まれるのは、彼が運動で使ったあとの体操服や道着だけ。だから、必ず来るって思ってた。だって、ねえ? 司の妨害で一週間もおあずけくらってたのに、こんな新鮮な匂いのついた服、我慢できないでしょ?」
天音さんから聞いたストーカーの特徴を、微笑みながら本人に向かって語る紫先輩。それにストーカーから悔し気なうめきが返される。
『私も直接姿を見たことはないよ。だって、私が好きなのは女の人だもん。あ、男でもいけるけど男はやり捨てね。で、あいつはゴリ専。だから聖ちゃんがあのゴリラをストーキングすると、必然的にバッティングするのよ。でもでも、毎回必ずってわけじゃないの。あいつが現れるのは、ゴリラの体育とか部活のあとだけ。たぶんだけどね~、アイツ、体臭性愛――いわゆる匂いフェチってやつじゃないかな?』
天音さんはこのストーカーを匂いフェチだって言ってた。だから奏くんが今日部活だって知って、紫先輩は急遽奏くんをおとりにしたんだ。
いつもよりゆっくりめにシャワーを浴びて、ストーカに付け入る隙を作ってって。
「さ、観念なさい! その覆面を取っておとなし――」
「避けろ、紫!」
いきなり覆面ストーカーが突進してきた!
いち早く反応した風峯は紫先輩を突き飛ばすと、私をかばうように抱きしめてきて――
「風峯!」
どんっという重い衝撃が風峯越しに伝わってきた。小さなうめき声をもらして風峯がよろめく。
なんとかふんばってくれたけど……絶対痛かったでしょ、今の。かばうとか……風峯のくせにかっこつけんな。
風峯は私を離すと、覆面ストーカーが逃げていった方へと顔を向けた。それと同時に紫先輩も態勢を立て直す。
「剛! 遅い!!」
「麗! 受け止めて!!」
そして紫先輩は、手に持っていた縄を勢いよく引っ張った。
「ああん……って、いぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「おわっ!?」
紫先輩が引っ張った縄は林くんを縛っていたもの。だからそれを引いたのなら、林くんがついてくるのは当然のことで。
高速で地面を引きずられた林くんは、その勢いのまま覆面ストーカーの足へと絡まる。そして覆面ストーカーは全速で逃げていたことが仇になって、林くんが絡んだ衝撃で弾丸の如くふっとんだ。
「魔法少女エンジェル麗、プリティーに見・参☆」
直後、聞こえてきたのはふざけたセリフ。弾丸ストーカーの着弾点で彼を待ち構えるように麗ちゃん先輩がポーズを決めていた。
「麗ちゃん先輩!」
でも待って。麗ちゃん先輩、なんで魔法少女の衣装着てんの? え、わざわざ取りに行った忘れ物って、まさかそれ?
そんなわりとどうでもいいことを考えてる間に、弾丸ストーカーが麗ちゃん先輩に着弾した。
「悪い子には~、プリティー麗がお天道様に代わって~、お~しお~きよ~」
「ぐっ、離せ!!」
もがく覆面ストーカーの背にがっつりとまわされた麗ちゃん先輩の両腕。そのまま麗ちゃん先輩は大きく息を吸い込むと――
「ひっさつぅ~……天使の抱擁!!」
麗ちゃん先輩、後半は完全に野太い咆哮になってましたよ。魔法少女どこいった。完全に地声ですよね、それ。あと麗ちゃん先輩、それ天使じゃなくて完全にただの熊の抱擁です。
「んほぉぉぉぉぉおぉぉぉ」
麗ちゃん先輩の必殺技に、覆面ストーカーから悲痛な叫びが上がっ……悲痛?
いや待て。これ悲痛か? なんか……喜んでない?
「しゅご、しゅごいぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
メキメキと締め上げられ、気持ち悪い声を上げ続ける覆面ストーカー。
「成・敗!」
仕上げとばかりに麗ちゃん先輩が腕に力を込めた。すると覆面変態は聞いていられないような声を上げて果てた。
「これはこれで……また」
あ、変態泡吹いた。それにしてもきもっ! ほんときっも!!
「麗先輩、ありがとうございました!」
気絶した変態の覆面をはぎ取ったところで、更衣室から奏くんが走ってきた。
まだ髪の毛セットしてないからか、前髪が下がっててなんか雰囲気がいつもと違う。……あれ? ヒゲは濃いけど、ありっちゃあり? いや、私の好みではないけど、なんか思ったよりイケてない?
「逆十字先輩?」
地面に転がっている変態を見下ろして、奏くんが眉をひそめてつぶやいた。
「奏の知り合い?」
「……はい。同じ柔道部の先輩で、三年生の逆十字先輩です」
麗ちゃん先輩に悲しそうに答えた奏くん。
そりゃ悲しいというか、なんとも言えない気持ちになるよね。ようやく捕まえたストーカーが、普段よく顔を合わせる同じ部活の先輩だったなんて。
とりあえず転がってる変態を紫先輩が縄で縛り、私たちは彼が息を吹き返すのを待った。
しかしこの変態、めちゃくちゃ幸せそうな顔してるな。本気で気持ち悪いんですけど。
「あの、ところで麗ちゃん先輩。取りに行った忘れ物って、その衣装だったんですか?」
変態が起きるまでの間、特にやることがないので聞いてみた。
「そうよ~。一度やってみたかったの、魔法少女! 紫の趣味で戦隊やってるけど、私としては、本当は魔法少女隊やりたかったのよ」
あ……あっぶねぇぇぇぇぇぇ!
今の戦隊もだいぶ恥ずかしいけど、まだジャージだし、衣装的にはなんとか……。でも一時期、それぞれの色のサンバイザーで顔を隠すとかいう案も出てたな。もはや正体バレバレだし、今更かくしても遅すぎるわ! 今のところまだ採用されてないけど、採用されないことを願ってる!!
そうそう、衣装的にはまだ我慢できるんだよ。でも魔法少女隊なんてやったら……麗ちゃん先輩、絶対衣装とか凝っちゃうじゃないですか! 無理、絶対無理!! その衣装で必殺技とか名乗りとか決めポーズとか、絶対無理!!!
「だめに決まってるでしょ。こういうのはね、スポンサーの意見が一番なんだから。うちの部費、私のポケットマネーが大半なの忘れないでね」
「わかってるわよぉ。だからいつもはちゃんと戦隊やってるでしょ。ま、チャンスは毎回うかがってたけどね。今回はたまたま文化祭の衣装もあったし、今日ならいけるって思ったのよ」
突如背中に悪寒がはしり、あわてて振り向くと風峯がじっとこっちを見ていた。
「魔法少女か……悪くないな」
「やんないからね! あとそれ、風峯も着ることになるんだよ!?」
「玲のが見られるなら別にかまわないが」
「私がかまうから無理!!」
何を言い出すんだこの眼鏡は。麗ちゃん先輩がやる気になっちゃったらどうするんだよ!
「……はぅん」
気持ち悪い声と共に変態が目を覚ました。よだれ垂れてますよ、変態先輩。
「さて。ようやく起きたわね、逆十字先輩」
縛られていること、覆面がないことに慌てふためく変態先輩。けど、もう逃げられないってわかったのか、諦めたようにうなだれた。
「先輩……なんで、こんなこと」
奏くんが悲しそうに変態先輩を見つめる。それに変態先輩は、「我慢できなかったんだ」ってつぶやいた。
「初めて組み合った時、気づいてしまったんだ。他の誰より、部の中で一番、奏くんの匂いが一番気持ちよくなれるって! あと、奏くんの締め技が一番気持ちよかった!!」
「ひどい! 面倒見のいい、優しい先輩だって信じてたのに……あたしのこと、そんな目で見てたなんて。あたしやっぱり、柔道部なんて無理!! このままじゃあたしの魅力で、他の部員たちも道を踏み外しちゃうかもしれない」
いやいや、この変態先輩が特殊なだけであって、他の部員はそんなことないでしょうよ。奏くん、いくらなんでもそれは他の人に失礼だと思うよ。
「だが! 俺は今日、もう一人の昇天使を見つけた!! 魔法少女エンジェル麗、さっきのあれは最高の圧迫感だった」
「あら、それはどういたしまして。でも残念だけど、今のあなたとはもう二度と会うことはないんじゃないかしら」
え? 麗ちゃん先輩、なんか怖いこと言ってない?
「お待たせいたしました、紫さま」
そこへやって来たのはお馴染み、紫先輩のおうちの謎の黒服さんたち。夏休み前、豚男を連れ去ったあの人たち。
「洗の――矯正プログラム、お願い」
紫先輩の一言にうなずくと、黒服さんたちは変態先輩を絞めおとしてから回収していった。あれ、どこに連れていかれるんだろう……そして矯正プログラムって…………
※ ※ ※ ※
奏くんをストーカーしてた変態先輩は停学になったみたい。退学にならなかっただけましとはいえ、矯正プログラムって何をされてるんだろう……いや、これ以上は考えるのはやめよう。世の中には知らない方がいいこともある。
「お待たせしました~。魔法少女のハートキャッチパンケーキになりま~す」
今日は文化祭。そしてここは、麗ちゃん先輩たちのクラスの魔法少女喫茶。あのかわいい衣装を着た女子たちがいっぱいいた。
「すごい! 衣装も食べ物も、本物のお店みたい」
「でしょでしょ! なにせこの私がプロデュースしたんだもの」
かわいすぎる魔法少女のワンピースに身を包んだ麗ちゃん先輩が、これでもかとばかりに胸を張る。あ、衣装はちきれそう。
「さっすが麗先輩! こっちのガレットもおいし~」
「奏、私のケークサレと一口交換しない?」
「奏くん、私のチーズケーキとも交換して! その食べかけのとこ、ちょうだい!!」
一緒に回ってる奏くんと六花と聖も、麗ちゃん先輩プロデュースのスイーツの数々に舌鼓をうってる。あ、風峯は当然のごとく隣にいて。もはやいても気にならないレベルに馴染んできてて、ちょっとヤバいなって最近思ってる。
あと、たまきちもどっかにいる。たぶん潜んでる。聖あるところにたまきちあり。
「あ、玲ちゃーん! あとでうちのクラスにも寄ってね~」
通りかかった華ちゃんは廊下側の窓から手を振ると、笑いながら遠ざかっていった。
私たちのクラスは展示だから特にやることないし、今日は思う存分遊ぶんだ! ただバイトとかしてないから、お小遣いは少々心許ないけど。
卒業まであと二年と少し。
自由人たちに囲まれるのも悪くないなって思い始めてる。
絶対ノーマルなままで卒業してやる! この決意はまだ変わってないけど。
個性的な面々に囲まれて、ちょっと感覚がマヒしかけてる気もしないでもないけど……
――私の青春はジェットコースターだ!
☆ ★ ☆ ★
変態ファイル その4
名前:逆十字 那流詩栖
年齢:17
職業:学生
性癖:体臭性愛+窒息性愛
変態ファイル その5
名前:界楽 天音
年齢:16
職業:学生
性癖:ドMに内臓姦に獣姦に……書ききれないほどの性癖マスター
応援ありがとうございます!
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