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第2章:シエルの捜索
2-1.どうして帰ってこないのかしら
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*****
「おい、シエル! 今日も行くのか?」
コニーに呼び止められて、シエルは不承不承で振り向いた。
「あぁ」
コニーは良い奴だが、間が悪い。
今だって、こんなに急いでいるというのに……。シエルは苛立ちを隠しきれないまま、トゲのある返事をした。
「サーシャのことが心配なのはわかるけど……ほどほどにしとけよ。お前まで、まいっちまうぞ」
――そんなこと、お前に言われなくてもわかっている。
「でも、放っとけないだろう……!」
シエルが声を荒げた。
コニーが驚いたように目を見開いている。
いつもなら、こんなことくらいで心を乱すことはないのに……。シエルは自分の短気を恥じた。
――こんなことになったのも、あいつが帰ってこないせいだ。
シエルはサーシャのやつれきった姿を思い浮かべた。まだ若い彼女が今や一人では立つこともままならないほど痩せ衰えてしまったその姿を……。
サーシャの婚約者・レオポルトが行方不明になって、もう一ヶ月が過ぎていた。一緒に出立した他のメンバーは皆帰ってきたというのに……あいつだけがいつまで経っても帰ってこない。
レオポルトを待つ間に夏も終わってしまった。
一月前、レオポルトは領主の狩りの護衛に選ばれた。森の深部にまで足を伸ばす夏の狩猟は危険を伴うがゆえに、配下の騎士の中でも特に優秀と認められた者だけがお伴として従うことができる。そのメンバーにまだ年若いレオポルトが選抜されたのは、身内にとって、とても名誉なことだった。
シエルとサーシャは従兄妹である。
シエルにとってサーシャは妹も同然であり、子供の頃から、その成長を見守ってきたのだ。
サーシャの幼馴染であるレオポルトのことも、もちろん昔からよく知っている。
レオポルトはシエルより二歳ほど年少だったが、ここ何年かで急激に剣技を磨き、シエルが打ち負かされることも増えてきた。
それは腹立たしいことではあったけども、妹にも等しいサーシャの結婚相手としては頼もしいことでもあり、シエルは心強く感じていた。
それなのに――。
「心配なんだよ、サーシャのことが。あんなにやつれてしまって……。ほとんど食べていないんだ。夜も眠れていないみたいだし」
シエルは頭を抱えて呻いた。
「……そうだな。まったく、レオポルトはどこに行っちまったんだろう!? 可愛い婚約者が待ってるっていうのに……!」
コニーも嘆いた。
レオポルトとシエル、そしてコニーの三人は同じ班に所属する仲間でもあった。
レオポルトに非がないことはわかっている。
シエルもコニーも……二人とも、どこにぶつけていいのかわからない怒りや不安を持て余すしかなかった。
――あの夏の日。
名誉ある護衛メンバーに選ばれて意気揚々と出立していったレオポルトを、わずかな嫉妬と、それ以上の誇らしさとで見送った。
危険が伴うことはわかっていた。
それでも、レオポルトであれば、無事に帰還すると信じて疑わなかった。あの時は、まさかこんな事態になるなんて夢にも思ってもいなかったのだ。シエルもコニーも、サーシャも。
そして、おそらく、レオポルト本人も……。
どうして、こんなことになってしまったんだろう?
*****
「サーシャ。スープを持ってきたぞ。飲めるか?」
寝台に横たわるサーシャ。
夕暮れの淡い光が彼女の横顔を金色に染めていた。
部屋に入ってきたシエルの声にも、サーシャは何も反応しない。いつものことだ。
シエルは湯気の立った器を枕元の台に置くと、寝台に横たわるサーシャの背中に手を添えて、上体を起こした。
細い。
元々、華奢なサーシャの背中が、ますます細くなっている。服の上からでもゴツゴツと浮き上がった背骨の感触をありありと感じて、シエルの胸が痛んだ。
「アリガト、ウ」
サーシャが口の中で呟いた。
その声は小さくて、よくよく耳をすまさないと聞こえないほどだ。シエルは顔を寄せて、サーシャの不安定な息づかいに集中する。
「気にするな。さぁ、食べな」
シエルは匙で掬った温かいスープを甲斐甲斐しく彼女の口元へと運ぶ。
サーシャの目は虚ろだ。
シエルの方を向いてはいても、その瞳には誰の姿も映ってはいない。
……いや。
彼女の瞳はいつも此処にはいない誰かを見つめていた。
「ねぇ、シエル。レオは何処に行ってしまったんでしょうね」
サーシャはもう何度目かわからない問いを繰り返す。
「……心配するな。あいつはご主人様の命で、ちょっと遠出してるだけだ」
シエルは嘘をつくのが下手だった。
「もう……帰ってこないのかしら」
そう言って、サーシャは泣いた。
いつものことだ。
泣き顔を覆った手もすっかり痩せ衰えて、まるで老婆のようだった。
「サーシャ……」
こういう時、どうやって慰めればいいのか……不器用なシエルには見当もつかなかった。
だから、ただ黙って、その細い背中を撫でることしか出来ない。せめてサーシャが泣き止むまでそうしていようと思ったが、泣き止むよりも先に日が暮れてしまった。
これも、いつものことだ。
「おい、シエル! 今日も行くのか?」
コニーに呼び止められて、シエルは不承不承で振り向いた。
「あぁ」
コニーは良い奴だが、間が悪い。
今だって、こんなに急いでいるというのに……。シエルは苛立ちを隠しきれないまま、トゲのある返事をした。
「サーシャのことが心配なのはわかるけど……ほどほどにしとけよ。お前まで、まいっちまうぞ」
――そんなこと、お前に言われなくてもわかっている。
「でも、放っとけないだろう……!」
シエルが声を荒げた。
コニーが驚いたように目を見開いている。
いつもなら、こんなことくらいで心を乱すことはないのに……。シエルは自分の短気を恥じた。
――こんなことになったのも、あいつが帰ってこないせいだ。
シエルはサーシャのやつれきった姿を思い浮かべた。まだ若い彼女が今や一人では立つこともままならないほど痩せ衰えてしまったその姿を……。
サーシャの婚約者・レオポルトが行方不明になって、もう一ヶ月が過ぎていた。一緒に出立した他のメンバーは皆帰ってきたというのに……あいつだけがいつまで経っても帰ってこない。
レオポルトを待つ間に夏も終わってしまった。
一月前、レオポルトは領主の狩りの護衛に選ばれた。森の深部にまで足を伸ばす夏の狩猟は危険を伴うがゆえに、配下の騎士の中でも特に優秀と認められた者だけがお伴として従うことができる。そのメンバーにまだ年若いレオポルトが選抜されたのは、身内にとって、とても名誉なことだった。
シエルとサーシャは従兄妹である。
シエルにとってサーシャは妹も同然であり、子供の頃から、その成長を見守ってきたのだ。
サーシャの幼馴染であるレオポルトのことも、もちろん昔からよく知っている。
レオポルトはシエルより二歳ほど年少だったが、ここ何年かで急激に剣技を磨き、シエルが打ち負かされることも増えてきた。
それは腹立たしいことではあったけども、妹にも等しいサーシャの結婚相手としては頼もしいことでもあり、シエルは心強く感じていた。
それなのに――。
「心配なんだよ、サーシャのことが。あんなにやつれてしまって……。ほとんど食べていないんだ。夜も眠れていないみたいだし」
シエルは頭を抱えて呻いた。
「……そうだな。まったく、レオポルトはどこに行っちまったんだろう!? 可愛い婚約者が待ってるっていうのに……!」
コニーも嘆いた。
レオポルトとシエル、そしてコニーの三人は同じ班に所属する仲間でもあった。
レオポルトに非がないことはわかっている。
シエルもコニーも……二人とも、どこにぶつけていいのかわからない怒りや不安を持て余すしかなかった。
――あの夏の日。
名誉ある護衛メンバーに選ばれて意気揚々と出立していったレオポルトを、わずかな嫉妬と、それ以上の誇らしさとで見送った。
危険が伴うことはわかっていた。
それでも、レオポルトであれば、無事に帰還すると信じて疑わなかった。あの時は、まさかこんな事態になるなんて夢にも思ってもいなかったのだ。シエルもコニーも、サーシャも。
そして、おそらく、レオポルト本人も……。
どうして、こんなことになってしまったんだろう?
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「サーシャ。スープを持ってきたぞ。飲めるか?」
寝台に横たわるサーシャ。
夕暮れの淡い光が彼女の横顔を金色に染めていた。
部屋に入ってきたシエルの声にも、サーシャは何も反応しない。いつものことだ。
シエルは湯気の立った器を枕元の台に置くと、寝台に横たわるサーシャの背中に手を添えて、上体を起こした。
細い。
元々、華奢なサーシャの背中が、ますます細くなっている。服の上からでもゴツゴツと浮き上がった背骨の感触をありありと感じて、シエルの胸が痛んだ。
「アリガト、ウ」
サーシャが口の中で呟いた。
その声は小さくて、よくよく耳をすまさないと聞こえないほどだ。シエルは顔を寄せて、サーシャの不安定な息づかいに集中する。
「気にするな。さぁ、食べな」
シエルは匙で掬った温かいスープを甲斐甲斐しく彼女の口元へと運ぶ。
サーシャの目は虚ろだ。
シエルの方を向いてはいても、その瞳には誰の姿も映ってはいない。
……いや。
彼女の瞳はいつも此処にはいない誰かを見つめていた。
「ねぇ、シエル。レオは何処に行ってしまったんでしょうね」
サーシャはもう何度目かわからない問いを繰り返す。
「……心配するな。あいつはご主人様の命で、ちょっと遠出してるだけだ」
シエルは嘘をつくのが下手だった。
「もう……帰ってこないのかしら」
そう言って、サーシャは泣いた。
いつものことだ。
泣き顔を覆った手もすっかり痩せ衰えて、まるで老婆のようだった。
「サーシャ……」
こういう時、どうやって慰めればいいのか……不器用なシエルには見当もつかなかった。
だから、ただ黙って、その細い背中を撫でることしか出来ない。せめてサーシャが泣き止むまでそうしていようと思ったが、泣き止むよりも先に日が暮れてしまった。
これも、いつものことだ。
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