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第3章:女の正体
3-4.早く行け
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リリーの目が真っ直ぐにアデルを見つめている。
見つめる、なんて言葉では足りない。
突き刺さる、と言ったほうがいいくらいの強い視線に、アデルの胸が軋む。
普段は青みがかっているリリーの瞳が、日暮れの光を反射して黄金色に煌めいて見えた。
「ヘタに同情するくらいなら、自分のお役目に徹してよ」
リリーが呆れたように笑った。
――イライラする。
アデルは掻きむしるように自分の胸元を抑えた。
どうしてかわからないが、彼女の笑いはたまらなくアデルの心をかき乱す。
「……さぁ、行きましょう」
リリーは低い声でそう告げると、アデルに目を向けることなく彼を追い抜いた。
やりきれない気持ちを抱えながらも、アデルは黙って彼女の後をついていくことしかできない。
不甲斐なかった。
それからひと言も話すことなく、ふたりはただ森に向かって歩きつづけた。
太陽は完全に沈み、代わって空に現れた月と星の光だけを頼りに宵闇の中を進む。
月は大きく丸かったが、やけに赤茶けた色をしていた。
夜が更けて闇が濃くなると、自分たちの足下すら、ろくに見えなくなってくる。
アデルは蝋燭を取り出して火を灯すと、その火を消さないように注意しながら足を早めて、リリーの横に並んだ。
「……危ないから」
アデルは下を向いたまま呟いた。
さっき言われたことが今もなお心に刺さっていて、リリーの顔を正面から見られない。
蝋燭の光がリリーの顔を橙色に照らし出す。疲れたように笑うリリーの表情がアデルの目に焼きついた。
まただ、とアデルは思った。
また、リリーが笑っている。
イライラした。
たまらなくイライラした。
自分でも何に対する苛立ちなのか分からない。
正体不明の感情がアデルの心を支配する。
リリーの笑みはどうしようもなくアデルの胸を騒つかせて止まないのだ!
アデルはドクドクと痛いほどに早鐘を打つ胸を抑えた。
「……どうしろと言うのだ?」
アデルが小さな声で呻いた。
「俺にどうしろって言うんだよ!」
アデルの怒鳴り声が夜の荒野に響いた。
アデルは騎士だ。
だが、まだ一人前ではない。
自分の思い通りに動くことなど許されてはいないのだ。
アデルは少女を哀れに思っても何もできないことが、たまらなく悔しかった。
「そうね……」
笑みを消したリリーが言葉を探すように目を伏せた。
「じゃあ……」
リリーがアデルの前に進み出る。
吐息がかかるほどの距離まで近づくと、アデルの首に両手を回した。
――苦しい。
灰色の瞳にひたと見据えられて、息もできない。
「私を……逃してくれる?」
「え……」
リリーの願いにアデルは言葉を失った。
予想していなかったわけではない。
彼女の置かれた状況からすれば、当然すぎる要求だ。
「一緒に逃げて……なんて言わないから。貴方は村に戻って、娘は無事に森まで送り届けたと言えばいい。あとは何も知らないフリをすればいい。それだけ」
リリーの囁きに、アデルが惑う。
たしかに、わけのわからない話には違いない。
『森に嫁ぐ』とはどういうことだ?
森への捧げ物に年端のいかない少女を差し出すなど尋常ではない。
雨乞いの生贄みたいなものなのだろうか?
村の者に尋ねてみても、その嫁ぎ先が誰なのか……相手は人間なのか、それとも他の何かなのか……誰ひとりとして知る者はいなかった。
それでも皆んな口を揃えてこう言うのだ。
少女を差し出さねば村に災厄が訪れる――と。
災厄とは何だ?
旱魃か? 疫病か? それとも、得体の知れぬ獣の群れに村が襲われるとでもいうのか?
「……馬鹿馬鹿しい」
アデルの目に昏い光が宿った。
「……え?」
様子のおかしいアデルをリリーが訝しむ。
「わかった。お前の好きにしろ」
「え、いいの……?」
「ああ」
アデルは自分の首に回されていたリリーの手を解くと、彼女から離れて踵を返した。
背中越しに息を呑む気配を感じる。
「……早く行け」
「あ……ありがとう」
そんな素直な物言いもできるんだな、とアデルが思っている間に、枝を踏み、土を蹴る音がして、リリーの気配が遠のいていく。
アデルはしばらくその場に留まっていたが、やがて彼女の足音が聞こえなくなると、元来た方向へとへと足を踏み出した――
「キャアァァァァ……ッ!」
「……!?」
夜の闇を切り裂くような甲高い悲鳴が耳をつく。
「この声は!?」
アデルは声のした方に振り返ると、脇目も振らずに駆け出した。
蝋燭の炎が揺れる。
辺りはとっぷりと深い闇に覆われていた。
手持ちの蝋燭と月星のかすかな光では足下も覚束ない。
アデルは何度も足を取られそうになりながら、悲鳴の主を探して全力で走った。
「あれか……!」
アデルの視線の先に何かが白く浮かびあがる。
――リリーの花嫁衣装に違いなかった。
「おい! 大丈夫か!?」
アデルは急いで駆け寄ると、地面に座り込むリリーの肩に手を置いた。
「た、たすけて……アァッ……!」
振り向いたリリーがアデルに縋り付く。
あの気の強い少女の顔が、涙でぐちゃぐちゃに濡れている。
「足……あし、に、何か……ひっ、引きずられて……」
リリーがうわ言のように喚きながらアデルの腕にしがみついた。
「足……?」
アデルが蝋燭の火をリリーの足下にかざすと――
「……な、なんだ、アレは……う、わ、あぁぁ……っ!」
見つめる、なんて言葉では足りない。
突き刺さる、と言ったほうがいいくらいの強い視線に、アデルの胸が軋む。
普段は青みがかっているリリーの瞳が、日暮れの光を反射して黄金色に煌めいて見えた。
「ヘタに同情するくらいなら、自分のお役目に徹してよ」
リリーが呆れたように笑った。
――イライラする。
アデルは掻きむしるように自分の胸元を抑えた。
どうしてかわからないが、彼女の笑いはたまらなくアデルの心をかき乱す。
「……さぁ、行きましょう」
リリーは低い声でそう告げると、アデルに目を向けることなく彼を追い抜いた。
やりきれない気持ちを抱えながらも、アデルは黙って彼女の後をついていくことしかできない。
不甲斐なかった。
それからひと言も話すことなく、ふたりはただ森に向かって歩きつづけた。
太陽は完全に沈み、代わって空に現れた月と星の光だけを頼りに宵闇の中を進む。
月は大きく丸かったが、やけに赤茶けた色をしていた。
夜が更けて闇が濃くなると、自分たちの足下すら、ろくに見えなくなってくる。
アデルは蝋燭を取り出して火を灯すと、その火を消さないように注意しながら足を早めて、リリーの横に並んだ。
「……危ないから」
アデルは下を向いたまま呟いた。
さっき言われたことが今もなお心に刺さっていて、リリーの顔を正面から見られない。
蝋燭の光がリリーの顔を橙色に照らし出す。疲れたように笑うリリーの表情がアデルの目に焼きついた。
まただ、とアデルは思った。
また、リリーが笑っている。
イライラした。
たまらなくイライラした。
自分でも何に対する苛立ちなのか分からない。
正体不明の感情がアデルの心を支配する。
リリーの笑みはどうしようもなくアデルの胸を騒つかせて止まないのだ!
アデルはドクドクと痛いほどに早鐘を打つ胸を抑えた。
「……どうしろと言うのだ?」
アデルが小さな声で呻いた。
「俺にどうしろって言うんだよ!」
アデルの怒鳴り声が夜の荒野に響いた。
アデルは騎士だ。
だが、まだ一人前ではない。
自分の思い通りに動くことなど許されてはいないのだ。
アデルは少女を哀れに思っても何もできないことが、たまらなく悔しかった。
「そうね……」
笑みを消したリリーが言葉を探すように目を伏せた。
「じゃあ……」
リリーがアデルの前に進み出る。
吐息がかかるほどの距離まで近づくと、アデルの首に両手を回した。
――苦しい。
灰色の瞳にひたと見据えられて、息もできない。
「私を……逃してくれる?」
「え……」
リリーの願いにアデルは言葉を失った。
予想していなかったわけではない。
彼女の置かれた状況からすれば、当然すぎる要求だ。
「一緒に逃げて……なんて言わないから。貴方は村に戻って、娘は無事に森まで送り届けたと言えばいい。あとは何も知らないフリをすればいい。それだけ」
リリーの囁きに、アデルが惑う。
たしかに、わけのわからない話には違いない。
『森に嫁ぐ』とはどういうことだ?
森への捧げ物に年端のいかない少女を差し出すなど尋常ではない。
雨乞いの生贄みたいなものなのだろうか?
村の者に尋ねてみても、その嫁ぎ先が誰なのか……相手は人間なのか、それとも他の何かなのか……誰ひとりとして知る者はいなかった。
それでも皆んな口を揃えてこう言うのだ。
少女を差し出さねば村に災厄が訪れる――と。
災厄とは何だ?
旱魃か? 疫病か? それとも、得体の知れぬ獣の群れに村が襲われるとでもいうのか?
「……馬鹿馬鹿しい」
アデルの目に昏い光が宿った。
「……え?」
様子のおかしいアデルをリリーが訝しむ。
「わかった。お前の好きにしろ」
「え、いいの……?」
「ああ」
アデルは自分の首に回されていたリリーの手を解くと、彼女から離れて踵を返した。
背中越しに息を呑む気配を感じる。
「……早く行け」
「あ……ありがとう」
そんな素直な物言いもできるんだな、とアデルが思っている間に、枝を踏み、土を蹴る音がして、リリーの気配が遠のいていく。
アデルはしばらくその場に留まっていたが、やがて彼女の足音が聞こえなくなると、元来た方向へとへと足を踏み出した――
「キャアァァァァ……ッ!」
「……!?」
夜の闇を切り裂くような甲高い悲鳴が耳をつく。
「この声は!?」
アデルは声のした方に振り返ると、脇目も振らずに駆け出した。
蝋燭の炎が揺れる。
辺りはとっぷりと深い闇に覆われていた。
手持ちの蝋燭と月星のかすかな光では足下も覚束ない。
アデルは何度も足を取られそうになりながら、悲鳴の主を探して全力で走った。
「あれか……!」
アデルの視線の先に何かが白く浮かびあがる。
――リリーの花嫁衣装に違いなかった。
「おい! 大丈夫か!?」
アデルは急いで駆け寄ると、地面に座り込むリリーの肩に手を置いた。
「た、たすけて……アァッ……!」
振り向いたリリーがアデルに縋り付く。
あの気の強い少女の顔が、涙でぐちゃぐちゃに濡れている。
「足……あし、に、何か……ひっ、引きずられて……」
リリーがうわ言のように喚きながらアデルの腕にしがみついた。
「足……?」
アデルが蝋燭の火をリリーの足下にかざすと――
「……な、なんだ、アレは……う、わ、あぁぁ……っ!」
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