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第3章:女の正体
3-3.花嫁?
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「これじゃあ、花嫁というより娼婦じゃない?」
リリーは自分が身に纏った衣装を見下ろしながら呆れたように笑った。
笑えない喩えだが、彼女の言う通りだとアデルも思った。
その白いドレスは足首まで隠れるぐらい丈の長いものだが、生地が薄く、布の下の肌が透けて見える。
目のやり場に困ったアデルは彼女の姿を見ないようにして、夕暮れの道を西に向かって黙々と歩いた。森までの道のりはそう遠くないが、少女の足に合わせると、着くのは夜も更けた頃になるだろう。
アデルとリリーの他には誰もいない。
二人きりの花嫁道中だ。
そんな馬鹿なことがあるか、とアデルは怒りを隠せなかった。
ろくに口もきかないアデルに構ってほしいのか、彼の後ろを歩いていたリリーが小走りで前に回り込むと、スカートの端を両手で摘むと裾を広げて、クルッと一周してみせる。
「どう? きれい?」
アデルは何も答えないまま、下を向いてリリーを追い越してゆく。
「どうしたの? ずっと黙り込んで。さっきだって全然食べてなかったでしょう?」
アデルを追いかけてきたリリーが彼の顔を覗き込んだ。彼女は年上のアデルに対しても、まったく臆すことなく話しかけてくる。
アデルはつい先ほどまで村で催されていた宴会を思い出した。森に嫁ぐリリーを祝うための宴だ。
よく肥えた仔羊が一頭、丸焼きにされ、村の皆に振る舞われた。
村の皆といっても、リリーと同じ修道院で生活している子供たちはいない。
大人だけだ。
あの禿頭の修道士は参加していたかもしれないが。
肉と酒に食らいついて騒ぎに興じる大人たちを、アデルは冷ややかな目で見つめていた。
なぜ浮かれていられるのか。
なんの罪もない少女の命が奪われようとしているのに――。
アデルが自分でも抑えられない憤りに苛まれるなか、主役であるはずのリリーは口元にわずかな冷笑を浮かべたまま、燃えさかる火の一点を見据えていた。
その青みがかった灰色の瞳が炎に照らされてチロチロと光る様をアデルは見逃さなかった。
「キャッ!」
アデルのすぐ後ろを歩いていたはずのリリーが小さく悲鳴を上げた。
「どうした!?」
アデルが慌てて振り返ると、リリーが地面に膝をついて下を向いている。
「大丈夫か?」
アデルも片膝をついて腰を落とすと、リリーの顔を覗き込んだ。
「やっと、こっち向いた」
顔を上げたリリーがニヤリと悪戯っぽく笑う。
「……っ!?」
驚いたように身を引くアデルの顔を、リリーが真正面から見つめている。その青みがかった灰色の瞳に見つめられて、アデルは息が止まるかと思った。
――この娘は苦手だ。
彼は心の底からそう思った。
「……怪我はないか?」
ぶっきらぼうにそう告げると、アデルはリリーの視線から逃げるかのように、ひとりで先に立ち上がった。
「足を挫いたかもしれない。……起こして?」
リリーは四つん這いになったまま、顔だけ上を向けてアデルに訴えた。
「……くそっ」
リリーの奔放な振る舞いが、なぜか無性に腹立たしかった。
それでも放っておくわけにはいかず、請われたとおりに手を差し出すと、リリーが自分の手を重ねてきた。彼女の手は薄闇の中でも分かるくらい白く、そして冷たかった。
アデルがぐっと力を入れてリリーを引っ張りあげると、反動でよろめいた彼女が彼の胸に飛び込んでくる。
「あっ」
動揺したアデルは咄嗟にリリーの身体を引き離そうとしたが、彼女は自分の頬をアデルの胸にぴたりと寄せたまま動こうとしない。
少女の細い肩が震えていた。
――泣いているのだろうか?
アデルはリリーが落ち着くまで、彼女の好きにさせてやるしかないと腹を括った。
華奢な少女の身体が自分の胸の中にすっぽりと収まっているかと思うと、居心地が悪くてたまらない。息を凝らしてじっとしていると、破裂しそうな勢いで脈打つ心臓の音が彼女に聞こえてしまいそうだった。
アデルは恐る恐る手を伸ばし、震えるリリーの背中を撫でた。子どもの頃、初めて馬の背を撫でた時みたいに……。
少女の手のひらはあんなに冷たかったのに、背中はしっとりと温かかった。
「……っく、……ふ、っ」
アデルの胸の中で、リリーがかすかな声を漏らす。
彼女の呼気でアデルの胸が湿った。
「……大丈夫か?」
心配したアデルがリリーの顔を覗き込むと、
「ふっ……ふっ、ふ、……は、ハハッ、アハハ、ハ」
堪えきれないといったように、リリーがお腹を抱えて笑い出した。
「え……?」
呆気にとられるアデル。
「なんで笑ってるんだ……?」
彼女の行動が理解できないアデルが呆然としつつ問いかけると、
「ハハッ……だって、オカシイでしょう?」
リリーが笑いながら言った。
「オカシイ……? 何がだ?」
「どうして、騎士さんがそんなに緊張してるの? あなた、何にも関係ないじゃない。私を森の入り口まで送り届けて、それでおしまい。明日の明け方には村に帰って、いつもどおりの朝を迎える……。違う?」
リリーの容赦ない物言いに、アデルは口ごもるしかなかった。
「これじゃあ、花嫁というより娼婦じゃない?」
リリーは自分が身に纏った衣装を見下ろしながら呆れたように笑った。
笑えない喩えだが、彼女の言う通りだとアデルも思った。
その白いドレスは足首まで隠れるぐらい丈の長いものだが、生地が薄く、布の下の肌が透けて見える。
目のやり場に困ったアデルは彼女の姿を見ないようにして、夕暮れの道を西に向かって黙々と歩いた。森までの道のりはそう遠くないが、少女の足に合わせると、着くのは夜も更けた頃になるだろう。
アデルとリリーの他には誰もいない。
二人きりの花嫁道中だ。
そんな馬鹿なことがあるか、とアデルは怒りを隠せなかった。
ろくに口もきかないアデルに構ってほしいのか、彼の後ろを歩いていたリリーが小走りで前に回り込むと、スカートの端を両手で摘むと裾を広げて、クルッと一周してみせる。
「どう? きれい?」
アデルは何も答えないまま、下を向いてリリーを追い越してゆく。
「どうしたの? ずっと黙り込んで。さっきだって全然食べてなかったでしょう?」
アデルを追いかけてきたリリーが彼の顔を覗き込んだ。彼女は年上のアデルに対しても、まったく臆すことなく話しかけてくる。
アデルはつい先ほどまで村で催されていた宴会を思い出した。森に嫁ぐリリーを祝うための宴だ。
よく肥えた仔羊が一頭、丸焼きにされ、村の皆に振る舞われた。
村の皆といっても、リリーと同じ修道院で生活している子供たちはいない。
大人だけだ。
あの禿頭の修道士は参加していたかもしれないが。
肉と酒に食らいついて騒ぎに興じる大人たちを、アデルは冷ややかな目で見つめていた。
なぜ浮かれていられるのか。
なんの罪もない少女の命が奪われようとしているのに――。
アデルが自分でも抑えられない憤りに苛まれるなか、主役であるはずのリリーは口元にわずかな冷笑を浮かべたまま、燃えさかる火の一点を見据えていた。
その青みがかった灰色の瞳が炎に照らされてチロチロと光る様をアデルは見逃さなかった。
「キャッ!」
アデルのすぐ後ろを歩いていたはずのリリーが小さく悲鳴を上げた。
「どうした!?」
アデルが慌てて振り返ると、リリーが地面に膝をついて下を向いている。
「大丈夫か?」
アデルも片膝をついて腰を落とすと、リリーの顔を覗き込んだ。
「やっと、こっち向いた」
顔を上げたリリーがニヤリと悪戯っぽく笑う。
「……っ!?」
驚いたように身を引くアデルの顔を、リリーが真正面から見つめている。その青みがかった灰色の瞳に見つめられて、アデルは息が止まるかと思った。
――この娘は苦手だ。
彼は心の底からそう思った。
「……怪我はないか?」
ぶっきらぼうにそう告げると、アデルはリリーの視線から逃げるかのように、ひとりで先に立ち上がった。
「足を挫いたかもしれない。……起こして?」
リリーは四つん這いになったまま、顔だけ上を向けてアデルに訴えた。
「……くそっ」
リリーの奔放な振る舞いが、なぜか無性に腹立たしかった。
それでも放っておくわけにはいかず、請われたとおりに手を差し出すと、リリーが自分の手を重ねてきた。彼女の手は薄闇の中でも分かるくらい白く、そして冷たかった。
アデルがぐっと力を入れてリリーを引っ張りあげると、反動でよろめいた彼女が彼の胸に飛び込んでくる。
「あっ」
動揺したアデルは咄嗟にリリーの身体を引き離そうとしたが、彼女は自分の頬をアデルの胸にぴたりと寄せたまま動こうとしない。
少女の細い肩が震えていた。
――泣いているのだろうか?
アデルはリリーが落ち着くまで、彼女の好きにさせてやるしかないと腹を括った。
華奢な少女の身体が自分の胸の中にすっぽりと収まっているかと思うと、居心地が悪くてたまらない。息を凝らしてじっとしていると、破裂しそうな勢いで脈打つ心臓の音が彼女に聞こえてしまいそうだった。
アデルは恐る恐る手を伸ばし、震えるリリーの背中を撫でた。子どもの頃、初めて馬の背を撫でた時みたいに……。
少女の手のひらはあんなに冷たかったのに、背中はしっとりと温かかった。
「……っく、……ふ、っ」
アデルの胸の中で、リリーがかすかな声を漏らす。
彼女の呼気でアデルの胸が湿った。
「……大丈夫か?」
心配したアデルがリリーの顔を覗き込むと、
「ふっ……ふっ、ふ、……は、ハハッ、アハハ、ハ」
堪えきれないといったように、リリーがお腹を抱えて笑い出した。
「え……?」
呆気にとられるアデル。
「なんで笑ってるんだ……?」
彼女の行動が理解できないアデルが呆然としつつ問いかけると、
「ハハッ……だって、オカシイでしょう?」
リリーが笑いながら言った。
「オカシイ……? 何がだ?」
「どうして、騎士さんがそんなに緊張してるの? あなた、何にも関係ないじゃない。私を森の入り口まで送り届けて、それでおしまい。明日の明け方には村に帰って、いつもどおりの朝を迎える……。違う?」
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