禁じられた逢瀬

スケキヨ

文字の大きさ
4 / 100
あの娘には近づくな

あの娘には近づくな②

しおりを挟む
楠ノ瀬くすのせ!」

 俺が後ろから声をかけると、彼女はピクっとかすかに肩を震わせた。
 しかし、反応したのはその一瞬だけ。
 俺の声が聞こえてないはずはないのに、こちらを見ようともしない。

「なぁ……ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 続けて問いかけてみたが、完全に無視される。
 仕方なく彼女の肩に手を置いて軽く揺する。
 すると彼女は目線だけを後ろに寄こし、

「……離して」

 ぞっとするほど冷たい声で言った。
 それを発した彼女の唇は白く乾いていて。
 あの夜……猛り立った俺のモノをくわえ込んで吸い付いた……あの唇と同じものだとは、とても思えなかった。

「ぁ……悪い」

 彼女の声に圧倒された俺は思わず謝って、肩から手を退ける。
 俺がなすすべもなく立ち尽くしている横で、楠ノ瀬は何事もなかったかのように、黙々とゴミ袋をポリ容器の中に放り込んでいる。
 手早く作業を終えてしまうと、さっさときびすを返して来た道を戻ろうとした。

「ちょ……ちょっと待ってくれ」

 このまま何も聞けないまま帰したのでは、俺はまた一人で悶々とした日々を過ごすハメになる。
 思い切って声をかけたが、彼女は俺の呼びかけを無視してスタスタと歩いていってしまう。

「おい、楠ノ瀬…………きよちゃん!」

 俺はイチかバチか……子供の頃の呼び方であいつの名を呼んだ。
「きよちゃん」と呼ばれた彼女は驚いたように肩を大きく揺らして……足を止めた。

 俺はこの機会を逃すまいと、あわてて彼女の側まで駆け寄る。
 俺が近づく気配を察したように、彼女が肩ごしにゆっくりと振り返った。

「……!」

 こちらを振り返ったあいつの顔を見て俺は……一瞬言葉を失う。

 ――なんで、そんな泣きそうな顔してんだよ。

 大きな目は涙で潤み、半開きの唇は何か言いたげに……わなわなと震えている。
 さっきまでの乾いた顔が嘘みたいだ。

 ――やっぱり。

 つやめいた表情で俺を見つめる彼女を見つめ返しながら、あの夜の逢瀬おうせが夢ではなかったことを確信した。

「……こんなところ見られたら、困る」

 俺を見上げていた楠ノ瀬が、目を伏せて俯きながら震える声で呟く。

「誰もいないよ」

 彼女を安心させるように言うと、

高遠たかとおくんはわかってない……私たちは監視されてる」

「は?」

 予想もしなかった彼女の発言に思わず声を上げてしまった。

 ――監視だと? え……誰に?

「言われてるでしょ? 楠ノ瀬の娘には近づくな、って」

「どうして、それを……」

 ――知ってるんだ?

 たしかに俺は昔から何度も言われてきた。

『楠ノ瀬の娘には近づくな』

 それは俺の家――高遠たかとお家の家訓みたいなものだ。

 俺だけじゃない。
 理由は知らないが昔からずっとそう言われている。今や一族全員の暗黙の了解事項だ。
 俺も子供の頃から、家族……特に祖父じいさん……から、うんざりするほど聞かされてきた。

「うちも同じだよ。高遠の息子には近づくな、ってずっと言われてきた……」

 楠ノ瀬の言葉に、俺は混乱する。

「じゃあなんで、あの夜……あんなことしたんだ?」

「……」

 俺の率直な質問に、楠ノ瀬は目を逸らして下を向いた。
 吹奏楽部の練習する音が遠くに聴こえる。
 楠ノ瀬は何も答えない。

「あれは現実にあったことなんだよな? 俺の夢……じゃないよな?」

「夢?」

 俺の言葉を繰り返した楠ノ瀬が、あざけるように笑った。

「高遠くんがそう思いたいなら……そういうことにしてもらっていいよ」

「ふざけんな!」

 彼女の刹那的な態度に、俺は思わず声を荒げた。
 楠ノ瀬の目が驚いたように見開かれる。

「夢なんかじゃなかっただろ? なかったことにすんなよ……したくないんだよ……」

 俺は懇願こんがんするように呻いた。

「念のため聞くけど……お前は、別に俺のことなんて……好きじゃないよな?」

「……っ!!」

 楠ノ瀬の大きく開かれた目に涙がじわじわと溜まっていく。

「なんでそんな泣きそうな顔するんだよ」

 俺の視線を避けるように彼女が俯く。

「……ごめんなさい」

 消え入りそうな声で楠ノ瀬が呟いた。
 今のは「俺のことなんて好きじゃない」を肯定したってことだよな……。

「じゃあなんで好きでもない男とあんなことしたんだ? 何だったんだ、あの夜は……」

 俺が苛立ちを紛らわせるように自分の髪をかき混ぜながら聞くと、下を向いた楠ノ瀬が小さな声で答えた。

「あれは……あれが、私の『役目』だから」

「役目?」

 ――どういうことだ?

 俺は楠ノ瀬の表情を伺おうとしたが、長い髪を下ろしているせいで影になってよく見えない。

「役目って、どういう……」

「清乃ちゃん!」

 楠ノ瀬を問いつめようとしたところで、誰かの声が俺たちの間に割って入った。
 声のした方に目を向けると、一人の女子生徒が立っている。長い髪と左の目元にある泣きぼくろが印象的な女だった。

「あやちゃん……」

 楠ノ瀬がその子の名前を呼んだ。
 友達だろうか……そういえば、二人が一緒にいるところを何度か見かけたことがある気がする。

「あやちゃん」と呼ばれた女はどことなく楠ノ瀬に似ていた。髪型や背格好がほとんど変わらない。
 あやちゃんは楠ノ瀬の側まで来ると、

「行こう!」

 きつい口調で言って、楠ノ瀬の腕を掴んだ。

「待ってくれ、まだ話が終わってない……」

 呼び止めようとした俺を、あやちゃんが睨みつけてきた。完全に敵意のこもった目だ。
 引きずられるように彼女についていく楠ノ瀬が、去り際に振り返って俺を見た。

「……っ!」

 ――だから!
 なんで、そんな顔するんだよ……!?

 名残惜しそうに振り返った楠ノ瀬は……。
 今にも泣きそうな、すがりつくような目で俺を見ていた。

 ――痛い。

 心臓がギシギシと音を立てるように軋んで痛い。どうしていいかわからないが、あいつのために何かしなければいけないという猛烈な焦燥感に襲われる。





 なぁ、きよちゃん。

 ――俺はどうすればいい?

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...