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碧い目
碧い目③
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楠ノ瀬家の住居は山の中腹にある。
俺と祖父さんは湖を後にすると、山を下りて楠ノ瀬の母屋へと足を向けた。
鬱蒼とした山の中に人里離れて建つ楠ノ瀬家はとにかく古くてデカかった。
歴史を感じさせる書院造の邸宅を、高さ三メートルほどの土塀がぐるっと取り囲んでいる。
突然訪れても相手にされないのでは……と心配していたが、俺たちは特に門前払いされることもなく、広間に通された。
――祖父さんがあらかじめ連絡していたのだろうか?
歓迎という感じでもないが拒絶されるわけでもない楠ノ瀬家の対応は、きっと祖父さんの根回しのおかげに違いない……と俺は思った。
「お待たせした」
嗄れた声で俺たちを迎えのは、楠ノ瀬の婆さんだった。
白くなった髪を一つに束ね、白衣に紫色の袴を身に着けたその風貌は現代人とは思えない。俗世離れした印象はいかにも神社の主といった貫禄だ。
面と向かうのは数年ぶりだが、トカゲみたいな印象も変わっていなかった。
全体的に昔より小さくなった気もするが、狙った獲物を睨めつける爬虫類のような目は相変わらず健在だ。
やっぱり俺は、この人の前に出ると萎縮してしまう……。
「要件は?」
世間話の一つもなく、楠ノ瀬の婆さんはいきなり本題を切り出した。
「……此奴を儂の後継者とする。高遠の当主として実質的に家をまとめるのはもう少し先になるだろうが、『神憑り』の務めはすぐにでも譲りたいと思う」
「……猶予はあるのか?」
婆さんが低い声で尋ねる。
「……名前を知られている。時間は少ない」
祖父さんの言葉に、婆さんが顔を顰めた。
「うちの孫娘もようやく『役目』に慣れてきたところで忙しい。高遠にばかり構っていられないというのが本音だが……」
――孫娘というのは楠ノ瀬のことだよな?
『役目』って、何だろう? あいつもそんなことを言っていたけど……。
「何とか融通してくれないか。そもそもうちの孫がこんなに早く『開眼』したのは、おたくの孫娘のせいでもある」
――え?
俺は祖父さんの方から楠ノ瀬の話を持ち出したことに驚いた。
しかも今の言い方だと、まるであいつに非があるみたいな言い方じゃないか……。
「……我を脅すか。さすが高遠の主は抜け目がない」
婆さんが片方の口角だけを持ち上げて苦笑した。
「わかった。数十年に一度の大試練、可能な限り便宜を図ろう」
祖父さんが礼を言う代わりに、大きく一度頭を下げる。
「いつから始める?」
婆さんの問いかけに、
「先日のようなことがいつ起こるかわからない。できれば今日からでもお願いしたいが……」
祖父さんにしては珍しく恐縮したような様子で言った。
「……承知した。理森殿、ついてらっしゃい」
婆さんは突然俺の名を呼ぶと、襖を開けて長い廊下をしずしずと歩いていく。
「祖父さん……」
これから何が始まるのか不安になった俺は小さな子供のように頼りなげな声で祖父さんを見た。
しかし――
「早く行きなさい!」
祖父さんは厳しい声で一喝して、俺の背中を押した。
俺は慌てて立ち上がると、先を行く楠ノ瀬の婆さんの後を追った。
*****
「この中で待っていなさい」
連れてこられたのは、主屋から少しばかり距離のある離れのようだった。
婆さんは俺を一人残して去っていく。
言われた通りに襖を開けて中に入ると、
「ここは……」
――見覚えがある。
楠ノ瀬と過ごしたあの夜、俺が寝かされていた和室に違いなかった。
「なんだ、楠ノ瀬の家だったのか」
この前と同じようにだだっ広い部屋には一組の布団が敷いてある。
――まさか。
俺が大きな不安と微かな期待に胸を震わせていると――
背後で襖の開く音がした。
ひんやりとした風が吹き込んだ後、嗅ぎ覚えのある甘い芳香が室内に漂った。
俺と祖父さんは湖を後にすると、山を下りて楠ノ瀬の母屋へと足を向けた。
鬱蒼とした山の中に人里離れて建つ楠ノ瀬家はとにかく古くてデカかった。
歴史を感じさせる書院造の邸宅を、高さ三メートルほどの土塀がぐるっと取り囲んでいる。
突然訪れても相手にされないのでは……と心配していたが、俺たちは特に門前払いされることもなく、広間に通された。
――祖父さんがあらかじめ連絡していたのだろうか?
歓迎という感じでもないが拒絶されるわけでもない楠ノ瀬家の対応は、きっと祖父さんの根回しのおかげに違いない……と俺は思った。
「お待たせした」
嗄れた声で俺たちを迎えのは、楠ノ瀬の婆さんだった。
白くなった髪を一つに束ね、白衣に紫色の袴を身に着けたその風貌は現代人とは思えない。俗世離れした印象はいかにも神社の主といった貫禄だ。
面と向かうのは数年ぶりだが、トカゲみたいな印象も変わっていなかった。
全体的に昔より小さくなった気もするが、狙った獲物を睨めつける爬虫類のような目は相変わらず健在だ。
やっぱり俺は、この人の前に出ると萎縮してしまう……。
「要件は?」
世間話の一つもなく、楠ノ瀬の婆さんはいきなり本題を切り出した。
「……此奴を儂の後継者とする。高遠の当主として実質的に家をまとめるのはもう少し先になるだろうが、『神憑り』の務めはすぐにでも譲りたいと思う」
「……猶予はあるのか?」
婆さんが低い声で尋ねる。
「……名前を知られている。時間は少ない」
祖父さんの言葉に、婆さんが顔を顰めた。
「うちの孫娘もようやく『役目』に慣れてきたところで忙しい。高遠にばかり構っていられないというのが本音だが……」
――孫娘というのは楠ノ瀬のことだよな?
『役目』って、何だろう? あいつもそんなことを言っていたけど……。
「何とか融通してくれないか。そもそもうちの孫がこんなに早く『開眼』したのは、おたくの孫娘のせいでもある」
――え?
俺は祖父さんの方から楠ノ瀬の話を持ち出したことに驚いた。
しかも今の言い方だと、まるであいつに非があるみたいな言い方じゃないか……。
「……我を脅すか。さすが高遠の主は抜け目がない」
婆さんが片方の口角だけを持ち上げて苦笑した。
「わかった。数十年に一度の大試練、可能な限り便宜を図ろう」
祖父さんが礼を言う代わりに、大きく一度頭を下げる。
「いつから始める?」
婆さんの問いかけに、
「先日のようなことがいつ起こるかわからない。できれば今日からでもお願いしたいが……」
祖父さんにしては珍しく恐縮したような様子で言った。
「……承知した。理森殿、ついてらっしゃい」
婆さんは突然俺の名を呼ぶと、襖を開けて長い廊下をしずしずと歩いていく。
「祖父さん……」
これから何が始まるのか不安になった俺は小さな子供のように頼りなげな声で祖父さんを見た。
しかし――
「早く行きなさい!」
祖父さんは厳しい声で一喝して、俺の背中を押した。
俺は慌てて立ち上がると、先を行く楠ノ瀬の婆さんの後を追った。
*****
「この中で待っていなさい」
連れてこられたのは、主屋から少しばかり距離のある離れのようだった。
婆さんは俺を一人残して去っていく。
言われた通りに襖を開けて中に入ると、
「ここは……」
――見覚えがある。
楠ノ瀬と過ごしたあの夜、俺が寝かされていた和室に違いなかった。
「なんだ、楠ノ瀬の家だったのか」
この前と同じようにだだっ広い部屋には一組の布団が敷いてある。
――まさか。
俺が大きな不安と微かな期待に胸を震わせていると――
背後で襖の開く音がした。
ひんやりとした風が吹き込んだ後、嗅ぎ覚えのある甘い芳香が室内に漂った。
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