禁じられた逢瀬

スケキヨ

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種火

種火③

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「はぁっ……はぁっ……はぁぁ」

 俺は楠ノ瀬くすのせの手を握りしめたまま、山の中を走った。
 靴を履いていない足の裏が痛い。

 無我夢中で走っているうちに、眼前にくすのき神社じんじゃの石段が現れた。
 どうやら俺は無意識のうちに神社まで来てしまったらしい。

「はぁっ……高遠たかとおく、ん……ちょっと、待っ……て」

 俺の後ろで楠ノ瀬が息も絶え絶えの様子で、石段に腰を下ろした。

「ぁ……ごめん」

 靴下を履いている俺はともかく、楠ノ瀬は裸足だ。彼女の足を見ると、白い足が傷だらけになって血が滲んでいる。

「ごめんっ! 俺、楠ノ瀬のこと考えないで、無茶した……」

 彼女の足元に膝をついて頭を下げる俺の頬に、楠ノ瀬のひんやりとした掌が触れた。

「はぁ……大丈夫……私は大丈夫だから。それより、」

 楠ノ瀬が胸に手を当てて一拍置いて息を整える。

「……嬉しかった」

 俺が頭を上げて視線をやると、彼女が目に涙を浮かべて笑っている。

「高遠くんが、私を連れ出してくれたこと……私の本心に気付いてくれたこと……本当に嬉しかった」

 楠ノ瀬が瞬きをして、目に湛えていた涙がぽろっと一粒、零れ落ちた。
 俺は自分の頬を撫でる楠ノ瀬のひんやりした掌の感触を感じながら、少しの間、目を閉じた。

「傷は大丈夫。あそこに行けば、ちょっと良くなると思うから」

 少し休んで落ち着いた楠ノ瀬が、明るい声で言った。

「あそこ?」

「うん、神社の奥の泉。高遠くんは、知ってるよね?」

「ああ」

 俺は楠ノ瀬の手を引いて神社の石段を登った。
 石段の石は滑らかで、山道に比べれば足への負担は少ない。
 ……段数の多さは、どうしようもないけど。

 俺は祖父じいさんに連れられて一度しか来たことはないが、楠ノ瀬は慣れているのか、まっすぐに目的地へと進んでいく。

「着いた……!」

 目の前に、甘い芳香を漂わせる泉が静かに広がっていた。
 前回来た時は朝の光を反射して翡翠色に輝いていた水面が、今は夕方の穏やかな光を受けて金色に煌めいていた。

「高遠くん、ハンカチ持ってる?」

 泉のほとりに進み出た楠ノ瀬が、俺を振り返って言った。
 俺はポケットに突っ込んであったチェックのハンカチを取り出して楠ノ瀬に差し出す。

「珍しいね。なかなかハンカチを常備してる男子っていないよ」

 ハンカチを広げながら、関心したように楠ノ瀬が言う。

「あー……子供の頃からうるさく言われてきたからな。もう習慣になってる」

 楠ノ瀬の誉め言葉(?)に、俺は照れくさくて頭を掻いた。
 高遠家の長男として、最低限のマナーについては昔からしつこく注意されてきたのだ。

 楠ノ瀬は俺の渡したハンカチをそっと泉に浸した。
 しばらく浸けておいて泉の碧い水を染み込ませると、水面から引き上げて水分を絞る。

 楠ノ瀬は泉の脇の草上に横座りすると、水を含ませたハンカチで自分の足を拭った。

「うっ……」

 小石や枯れ枝でついた擦り傷に沁みるのか……楠ノ瀬が小さく呻いて顔を歪めた。
 しかし何回か拭っているうちに――

「え……傷が減ってる?」

 念のため目をこすってから、楠ノ瀬の足をもう一度見つめる。

「そう。これが、この泉の力だよ。『お清め』もここの水でやるの」

「ちょっといい?」と、楠ノ瀬が俺の泥だらけの靴下を脱がせた。それから立ち上がって泉の縁へ行くと、両手で水を掬った。掬った水を零さないようにそろりそろりと俺の元へ歩いてくる。

「ごめん、ちょっと沁みるかもしれないけど……」

 楠ノ瀬は小さく謝ってから、俺の足に泉の水を振りかけた。
 水の飛沫が飛び散って、甘い香りが鼻をつく。
 濡れたところから、じんわりと温かさが広がっていく気がする。

 楠ノ瀬が俺の足に手を伸ばして、ゆっくり撫でた。彼女がひと撫でするたびに、足の痛みが引いていく。

「……すごい、な」

 思わず感嘆の声を漏らすと、

「こういう『治療』でいいなら、いくらでもやるんだけど……」

 楠ノ瀬が俺の足を撫でながら、ぽつりと言った。



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