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強かな女、鈍感な男
強かな女(2)
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「いやぁ、火神にこんな綺麗なカノジョがいるとは知りませんでしたよ~」
周囲の雑音にかき消されないように声を張り上げて男が笑った。大きな口から覗く八重歯が印象的で見るからに人が良さそうな男だ。
「ヤダぁ、カノジョじゃないですよぉ……まだ。ねぇ?」
男の言葉に真山が身をくねらせて嬉しそうに答えた。最後の「ねぇ?」で、隣に座る火神の腕にしなだれかかって上目遣いをしてみせる。
真山の絡みつくような視線に耐えきれず、火神は思いっきり顔を逸らせて眉を顰めた。
ざわざわと騒がしい店内。
学校から車で二十分ほどのマンションまで真山を送り届けた火神はすぐにその場を離れようとしたものの……。
案の定、真山に袖を引かれ、部屋に寄っていかないかと誘われた。ひとり暮らしだという彼女の部屋に連れ込まれたら最後、何をされるかわからない……と、何とか真山を言いくるめて、行きつけの居酒屋へと連れてきたのだ。
真山が好みそうな小洒落た店も知らないわけではないが、そんな所へ行けばそれこそタダでは済まない気がして、敢えてムードもへったくれもない安居酒屋を選んだ。
「あれ、火神?」
女連れだろうがなんだろうが、空気を読まずに声をかけてきたのは、たまたまその店に居合わせた大学時代の先輩・丹野。
いつもなら、その空気の読めなさ具合にイラっとするところだが、今日は助かった。火神は心の中で礼を言い、丹野と相席することにしたのだった。
外面のいい真山は初対面の丹野ともあっという間に距離を縮めて、親しげに話しはじめた。
「いいよなぁ、火神は。昼は女子高生に囲まれて、夜はこんな綺麗な女と一緒なんて」
ガハハと豪快に笑うと、丹野が生ビールを煽った。ひと飲みでジョッキの半分ほどがなくなる。
「綺麗」と言われた真山は、謙遜するでもなく、ニコニコと笑顔を浮かべて丹野の話を聞いている。
「でもまぁ、火神に限って生徒に手ぇ出すなんてことはないだろうけど」
口の周りについた泡を拭いながら、酔い始めた丹野が火神の様子なんてお構いなしに捲し立てる。
「コイツは昔っからモテるくせに、全っ然、女に興味ないんですよ。そっち系か(?)って噂が出たこともあるくらいで……」
勢いづいた丹野の軽口が止まらない。
「あら、そんなことはないと思いますけど? 火神センセイも……やっぱり若い娘がお好きみたいですから」
薄っすらとピンクがかった白桃サワーに口をつけながら、真山が横目で火神を見た。
「マジかよ!? 火神ぃ……お前、それ犯罪だからな! 気をつけろよぉ~」
丹野が本気とも冗談ともつかない調子で釘を刺してくる。
火神は何も答えず仏頂面でウーロン茶を啜った。丹野の目を盗んで、無言のまま真山を睨みつける。
真山はその視線を平然と受け流して、優雅に微笑んだ。
先ほどから火神の太腿の上に置かれている真山の手が、いやらしく這いまわる。
内股へと伸びた白い手のひらが、火神の官能を呼び覚ますように、スリスリと上下に動く。
火神はワサビを多めに溶いた醤油に烏賊の刺身を浸して口に含み、そのコリコリとした触感に神経を集中させた。
ドリンクと料理が乱雑に並べられたテーブルの下で、真山の誘惑はエスカレートしていく。真珠貝のようにツヤツヤと整えられた爪が、ツツーッ……と衣服越しに、火神の一物をなぞった。
火神は黙々と烏賊の刺身を頬張っている。
「おれ、ちょっとトイレ」
ふたりのやり取りを知ってか知らずか……タイミングを見計らったように、丹野が席を立った。
先輩が席を外した隙に、火神は自分の股をまさぐる真山の細い手を強めに掴んで退ける。
「やっぱり、若い娘のほうがいいんですね」
紅くヌラヌラと光る唇を不満げに尖らせながら、真山が呟く。
「……何ですか、話って」
火神がニコリともせずに低い声で言うと、
「あ、そうでした。実は火神先生に見せたいものがあって……」
まるで「今、思い出した!」とでもいうように、わざとらしく手を叩いてみせると、真山はブランド物のバックの中からショッキングピンクのスマホを取り出した。
指先で軽く操作すると、火神の視線の先に画面を突き出す。
そこには白いワイシャツを着た男の背中が写っていた。
それが誰かは顔を見なくてもわかる――火神だ。
ワイシャツ姿の火神が学校の駐車場に停めた自分の車の中で腰を浮かしている写真だった。フロントガラスに背を向けて、助手席に座る誰かに覆いかぶさっている。
火神がその写真を認識したのを確認すると、真山は画面をスライドさせて二枚目の画像を表示させた。
「……っ!」
これまで平静を装ってきた火神が、ついに小さく声を上げてしまった。
二枚目に見せられた画像には、はっきりと写し出されていた。
――助手席に座る……羽澄の顔が。
さらに真山は画面をスライドさせて、三枚目の画像を見せてきた。
そこには――助手席のシートに凭れかかってわずかに身をよじり、口を半開きにして、気持ちよさそうに目を閉じるひな子の姿。制服のブラウスははだけて、ひな子の豊満な胸とその上に置かれた火神の手がはっきりと確認できる。
「ダメじゃないですかぁ。こんな所でこんなコトしちゃ……。火神先生も意外に脇が甘いんですねぇ」
真山の嫌味に返す言葉もない火神。
胸を擦りつけるように、しなだれかかってくる真山を拒絶できない。
「でも火神センセイだけじゃないですから。……羽澄ひな子にたぶらかされてるのは」
火神の耳元で真山があやしく囁いた。
「……え?」
意味ありげな真山の発言に不審の声を上げたところで、
「お。なんだよぉ~、ぴったりと寄り添っちゃって~。お前ら、やっぱり付き合ってんだろ」
本格的に酔っ払った丹野がトイレから戻ってきた。
火神の腕にべったりとくっ付く真山を見て、ふたりを揶揄う。
「ヤダなぁ、丹野さんってばぁ、違いますよぉ~……でも、」
そこで言葉を止めた真山が、小首を傾げて火神を見上げながら満面の笑みを浮かべた。
「時間の問題かな? 火神センセイはもう……私の言うこと、なんでも聞いてくれますから。ね?」
「いやぁ、火神にこんな綺麗なカノジョがいるとは知りませんでしたよ~」
周囲の雑音にかき消されないように声を張り上げて男が笑った。大きな口から覗く八重歯が印象的で見るからに人が良さそうな男だ。
「ヤダぁ、カノジョじゃないですよぉ……まだ。ねぇ?」
男の言葉に真山が身をくねらせて嬉しそうに答えた。最後の「ねぇ?」で、隣に座る火神の腕にしなだれかかって上目遣いをしてみせる。
真山の絡みつくような視線に耐えきれず、火神は思いっきり顔を逸らせて眉を顰めた。
ざわざわと騒がしい店内。
学校から車で二十分ほどのマンションまで真山を送り届けた火神はすぐにその場を離れようとしたものの……。
案の定、真山に袖を引かれ、部屋に寄っていかないかと誘われた。ひとり暮らしだという彼女の部屋に連れ込まれたら最後、何をされるかわからない……と、何とか真山を言いくるめて、行きつけの居酒屋へと連れてきたのだ。
真山が好みそうな小洒落た店も知らないわけではないが、そんな所へ行けばそれこそタダでは済まない気がして、敢えてムードもへったくれもない安居酒屋を選んだ。
「あれ、火神?」
女連れだろうがなんだろうが、空気を読まずに声をかけてきたのは、たまたまその店に居合わせた大学時代の先輩・丹野。
いつもなら、その空気の読めなさ具合にイラっとするところだが、今日は助かった。火神は心の中で礼を言い、丹野と相席することにしたのだった。
外面のいい真山は初対面の丹野ともあっという間に距離を縮めて、親しげに話しはじめた。
「いいよなぁ、火神は。昼は女子高生に囲まれて、夜はこんな綺麗な女と一緒なんて」
ガハハと豪快に笑うと、丹野が生ビールを煽った。ひと飲みでジョッキの半分ほどがなくなる。
「綺麗」と言われた真山は、謙遜するでもなく、ニコニコと笑顔を浮かべて丹野の話を聞いている。
「でもまぁ、火神に限って生徒に手ぇ出すなんてことはないだろうけど」
口の周りについた泡を拭いながら、酔い始めた丹野が火神の様子なんてお構いなしに捲し立てる。
「コイツは昔っからモテるくせに、全っ然、女に興味ないんですよ。そっち系か(?)って噂が出たこともあるくらいで……」
勢いづいた丹野の軽口が止まらない。
「あら、そんなことはないと思いますけど? 火神センセイも……やっぱり若い娘がお好きみたいですから」
薄っすらとピンクがかった白桃サワーに口をつけながら、真山が横目で火神を見た。
「マジかよ!? 火神ぃ……お前、それ犯罪だからな! 気をつけろよぉ~」
丹野が本気とも冗談ともつかない調子で釘を刺してくる。
火神は何も答えず仏頂面でウーロン茶を啜った。丹野の目を盗んで、無言のまま真山を睨みつける。
真山はその視線を平然と受け流して、優雅に微笑んだ。
先ほどから火神の太腿の上に置かれている真山の手が、いやらしく這いまわる。
内股へと伸びた白い手のひらが、火神の官能を呼び覚ますように、スリスリと上下に動く。
火神はワサビを多めに溶いた醤油に烏賊の刺身を浸して口に含み、そのコリコリとした触感に神経を集中させた。
ドリンクと料理が乱雑に並べられたテーブルの下で、真山の誘惑はエスカレートしていく。真珠貝のようにツヤツヤと整えられた爪が、ツツーッ……と衣服越しに、火神の一物をなぞった。
火神は黙々と烏賊の刺身を頬張っている。
「おれ、ちょっとトイレ」
ふたりのやり取りを知ってか知らずか……タイミングを見計らったように、丹野が席を立った。
先輩が席を外した隙に、火神は自分の股をまさぐる真山の細い手を強めに掴んで退ける。
「やっぱり、若い娘のほうがいいんですね」
紅くヌラヌラと光る唇を不満げに尖らせながら、真山が呟く。
「……何ですか、話って」
火神がニコリともせずに低い声で言うと、
「あ、そうでした。実は火神先生に見せたいものがあって……」
まるで「今、思い出した!」とでもいうように、わざとらしく手を叩いてみせると、真山はブランド物のバックの中からショッキングピンクのスマホを取り出した。
指先で軽く操作すると、火神の視線の先に画面を突き出す。
そこには白いワイシャツを着た男の背中が写っていた。
それが誰かは顔を見なくてもわかる――火神だ。
ワイシャツ姿の火神が学校の駐車場に停めた自分の車の中で腰を浮かしている写真だった。フロントガラスに背を向けて、助手席に座る誰かに覆いかぶさっている。
火神がその写真を認識したのを確認すると、真山は画面をスライドさせて二枚目の画像を表示させた。
「……っ!」
これまで平静を装ってきた火神が、ついに小さく声を上げてしまった。
二枚目に見せられた画像には、はっきりと写し出されていた。
――助手席に座る……羽澄の顔が。
さらに真山は画面をスライドさせて、三枚目の画像を見せてきた。
そこには――助手席のシートに凭れかかってわずかに身をよじり、口を半開きにして、気持ちよさそうに目を閉じるひな子の姿。制服のブラウスははだけて、ひな子の豊満な胸とその上に置かれた火神の手がはっきりと確認できる。
「ダメじゃないですかぁ。こんな所でこんなコトしちゃ……。火神先生も意外に脇が甘いんですねぇ」
真山の嫌味に返す言葉もない火神。
胸を擦りつけるように、しなだれかかってくる真山を拒絶できない。
「でも火神センセイだけじゃないですから。……羽澄ひな子にたぶらかされてるのは」
火神の耳元で真山があやしく囁いた。
「……え?」
意味ありげな真山の発言に不審の声を上げたところで、
「お。なんだよぉ~、ぴったりと寄り添っちゃって~。お前ら、やっぱり付き合ってんだろ」
本格的に酔っ払った丹野がトイレから戻ってきた。
火神の腕にべったりとくっ付く真山を見て、ふたりを揶揄う。
「ヤダなぁ、丹野さんってばぁ、違いますよぉ~……でも、」
そこで言葉を止めた真山が、小首を傾げて火神を見上げながら満面の笑みを浮かべた。
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