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約束
約束(2)
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「はぁ……」
火神は小さく溜息を漏らしてパソコンから目を離した。
腕時計に目をやると、時刻はすでに二十二時を回っている。
従来の業務に加え、来月から休職する同僚の引継ぎに追われて残業が続いている。
一番面倒なのが、水泳部の顧問を任されてしまったことだ。
今までは部活とは名ばかりの「コンピュータ研究会」しか受け持っていなかったから部活動に割く時間はそれほどでもなかったが、運動部となればそうもいかないだろう。指導は外部の専門家に任せればいいにしても、事務作業やら試合の付き添いやらで週末も潰れるに違いない。
(せめて羽澄がいればな……)
火神は夏の終わりに見たひな子の水着姿を思い浮かべた。ひな子が水泳部を引退する前だったら、顧問になるのも悪くなかったかもしれない……。
「はぁ……何を考えてるんだ、俺は。……ちょっと寝るか」
火神はもう一度溜息を吐くと、職員室の奥にある仮眠室へと向かった。昔は宿直室として使われていた部屋で、今は教員たちの休憩所のような扱いになっている。女性の先生や家族持ちの職員たちはほとんど立ち入ることもないようだが、火神は今日のように残業で遅くなった時など、たまに利用していた。
狭い部屋だが、三〇センチほどの上がり框の上に畳が敷かれており、一組の布団と枕も備わっている。火神は靴を脱いで畳に上がると、布団を敷いて、その上にごろんと横になった。
薄汚れた天井を見つめながら、放課後、廊下で出くわしたひな子の様子がおかしかったことを思い出す。
羽澄との情事の証拠を真山に握られて以来、ひな子との必要以上の接触を避けていた。
あんな写真が出回ってしまえば……火神が責任を取るだけでは済まないだろう。きっと、ひな子も傷つけられる。教師のくせに、教え子の将来をつぶしてしまうかもしれないなんて――
「やっぱりダメだな……俺は……」
火神が天井に向かって呟くと、
「何がダメなんです?」
火神のひとり言に応えるかのように、狭い室内に女の声が響いた。
火神が身体を起こして声のした方に目をやると、仮眠室のドアを背にして真山が立っていた。口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「……まだ帰ってなかったんですか?」
うんざりした気分を隠そうともせずに、火神がぶっきらぼうに言うと、
「待ってる……と、言ったはずですけど?」
真山は口元に浮かべた笑みを絶やさぬまま、平然と応えた。
「遅くなるから先に帰ってください、と言いましたよね?」
「あら、そうだったかしら」
火神の素っ気ない態度にも動じることなく、真山は素知らぬ様子でしらばっくれてみせる。
「三十分ほど仮眠したいんで……出て行ってもらえませんか?」
真山の態度に呆れた火神が明からさまな追い出しにかかっても、
「ご一緒します」
「は?」
真山は火神の返事も聞かずにヒールを脱いでズカズカと上がりこむと、彼の隣に寄り添うようにして寝そべった。真山の長く細い指が、火神の臍の周りをぐるぐると撫でる。
「……学校ですよ」
怪しく動きまわる真山の指を諌めるように火神が注意すると、
「あら? 火神先生もそういうこと気にされるんですか?」
真山がわざとらしく驚いてみせる。
「むしろ、校内でスルのがお好きなのかと思ってました~」
憮然と黙り込む火神の耳に唇を寄せて、真山が囁く。
「もしかして、ココにも連れこんでるんですか……羽澄さんを。それとも……他にもいるのかしら?」
「いい加減にしろ……っ」
堪りかねた火神が最後まで言い終わる前に、真山の唇が火神のそれを塞いだ。赤く塗られた唇が、火神の薄い唇を食むようにむぎゅむぎゅと蠢く。
真山は身を起こして、火神の上に馬乗りになった。
火神の顔を両手で固定すると、その口をこじ開けて、赤い舌をねじ込んでくる。喉の奥に引っ込めた舌を無理矢理に強く吸われて、火神は眉をしかめた。
息が止まるほどの強引なキスが終わったかと思うと、真山は火神のベルトに手を掛けた。バックルがガチャガチャと耳障りな音を立てる。ベルトを外してしまうと、真山はパンツの中に手を入れて火神の肉棒を扱き始めた。
火神は薄く目を開いて汚れた天井の一点を見つめていた。
真山の手付きは慣れたもので、大抵の男であればとっくに反応してしまうだろうに……今日の火神は一向に勃起しなかった。真山は苛立ったように縮こまったままのそれを口に含んで、ズボッズボッという音が聞こえてきそうなくらい激しく抽送した。それでも、火神の一物は縮んだままだ。
真山は薄いピンク色のワイシャツのボタンを上から三つ目まで開けると、再び火神の肉棒を咥えた。
開いた胸元を見せつけるようにしながら、喉の奥まで深く頬張る。大きすぎす、小さすぎず……程よい大きさに膨らんだバストが垣間見えた。わずかに黒ずんだ胸の先が、真山の動きに合わせて、ブラの隙間からチラチラと覗いている。
それを目にした火神はどうしても……ひな子の桜桃の実のようにぷっくりと美味しそうに膨らんだ蕾を思い出さずにはいられなかった。
「羽澄……」
火神の口から思わず漏れたその名前に……。
先に気づいたのは真山の方だった。
「っ……信じられない……!」
真山は火神の股間から顔を上げると、手の甲でぐいと口を拭って、身を起こした。
手早くシャツのボタンを閉めると、目を吊り上げて火神を睨みつける。
「この淫行教師が……!」
地を這うような声で捨て台詞を吐いた真山が、コツコツと踵を鳴らして仮眠室を出て行く。ヒールの音がやけに耳についた。
「ハ、ハハ……」
どうやら美女のプライドを傷つけてしまったらしいと気づいたが、火神にはもうどうでもよかった。
「ハハハ……淫行教師か……違いねぇ」
腹の底から笑いが込み上げてくる。
火神はしばらくの間、ひとりで笑い続けた。
「はぁ……」
火神は小さく溜息を漏らしてパソコンから目を離した。
腕時計に目をやると、時刻はすでに二十二時を回っている。
従来の業務に加え、来月から休職する同僚の引継ぎに追われて残業が続いている。
一番面倒なのが、水泳部の顧問を任されてしまったことだ。
今までは部活とは名ばかりの「コンピュータ研究会」しか受け持っていなかったから部活動に割く時間はそれほどでもなかったが、運動部となればそうもいかないだろう。指導は外部の専門家に任せればいいにしても、事務作業やら試合の付き添いやらで週末も潰れるに違いない。
(せめて羽澄がいればな……)
火神は夏の終わりに見たひな子の水着姿を思い浮かべた。ひな子が水泳部を引退する前だったら、顧問になるのも悪くなかったかもしれない……。
「はぁ……何を考えてるんだ、俺は。……ちょっと寝るか」
火神はもう一度溜息を吐くと、職員室の奥にある仮眠室へと向かった。昔は宿直室として使われていた部屋で、今は教員たちの休憩所のような扱いになっている。女性の先生や家族持ちの職員たちはほとんど立ち入ることもないようだが、火神は今日のように残業で遅くなった時など、たまに利用していた。
狭い部屋だが、三〇センチほどの上がり框の上に畳が敷かれており、一組の布団と枕も備わっている。火神は靴を脱いで畳に上がると、布団を敷いて、その上にごろんと横になった。
薄汚れた天井を見つめながら、放課後、廊下で出くわしたひな子の様子がおかしかったことを思い出す。
羽澄との情事の証拠を真山に握られて以来、ひな子との必要以上の接触を避けていた。
あんな写真が出回ってしまえば……火神が責任を取るだけでは済まないだろう。きっと、ひな子も傷つけられる。教師のくせに、教え子の将来をつぶしてしまうかもしれないなんて――
「やっぱりダメだな……俺は……」
火神が天井に向かって呟くと、
「何がダメなんです?」
火神のひとり言に応えるかのように、狭い室内に女の声が響いた。
火神が身体を起こして声のした方に目をやると、仮眠室のドアを背にして真山が立っていた。口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「……まだ帰ってなかったんですか?」
うんざりした気分を隠そうともせずに、火神がぶっきらぼうに言うと、
「待ってる……と、言ったはずですけど?」
真山は口元に浮かべた笑みを絶やさぬまま、平然と応えた。
「遅くなるから先に帰ってください、と言いましたよね?」
「あら、そうだったかしら」
火神の素っ気ない態度にも動じることなく、真山は素知らぬ様子でしらばっくれてみせる。
「三十分ほど仮眠したいんで……出て行ってもらえませんか?」
真山の態度に呆れた火神が明からさまな追い出しにかかっても、
「ご一緒します」
「は?」
真山は火神の返事も聞かずにヒールを脱いでズカズカと上がりこむと、彼の隣に寄り添うようにして寝そべった。真山の長く細い指が、火神の臍の周りをぐるぐると撫でる。
「……学校ですよ」
怪しく動きまわる真山の指を諌めるように火神が注意すると、
「あら? 火神先生もそういうこと気にされるんですか?」
真山がわざとらしく驚いてみせる。
「むしろ、校内でスルのがお好きなのかと思ってました~」
憮然と黙り込む火神の耳に唇を寄せて、真山が囁く。
「もしかして、ココにも連れこんでるんですか……羽澄さんを。それとも……他にもいるのかしら?」
「いい加減にしろ……っ」
堪りかねた火神が最後まで言い終わる前に、真山の唇が火神のそれを塞いだ。赤く塗られた唇が、火神の薄い唇を食むようにむぎゅむぎゅと蠢く。
真山は身を起こして、火神の上に馬乗りになった。
火神の顔を両手で固定すると、その口をこじ開けて、赤い舌をねじ込んでくる。喉の奥に引っ込めた舌を無理矢理に強く吸われて、火神は眉をしかめた。
息が止まるほどの強引なキスが終わったかと思うと、真山は火神のベルトに手を掛けた。バックルがガチャガチャと耳障りな音を立てる。ベルトを外してしまうと、真山はパンツの中に手を入れて火神の肉棒を扱き始めた。
火神は薄く目を開いて汚れた天井の一点を見つめていた。
真山の手付きは慣れたもので、大抵の男であればとっくに反応してしまうだろうに……今日の火神は一向に勃起しなかった。真山は苛立ったように縮こまったままのそれを口に含んで、ズボッズボッという音が聞こえてきそうなくらい激しく抽送した。それでも、火神の一物は縮んだままだ。
真山は薄いピンク色のワイシャツのボタンを上から三つ目まで開けると、再び火神の肉棒を咥えた。
開いた胸元を見せつけるようにしながら、喉の奥まで深く頬張る。大きすぎす、小さすぎず……程よい大きさに膨らんだバストが垣間見えた。わずかに黒ずんだ胸の先が、真山の動きに合わせて、ブラの隙間からチラチラと覗いている。
それを目にした火神はどうしても……ひな子の桜桃の実のようにぷっくりと美味しそうに膨らんだ蕾を思い出さずにはいられなかった。
「羽澄……」
火神の口から思わず漏れたその名前に……。
先に気づいたのは真山の方だった。
「っ……信じられない……!」
真山は火神の股間から顔を上げると、手の甲でぐいと口を拭って、身を起こした。
手早くシャツのボタンを閉めると、目を吊り上げて火神を睨みつける。
「この淫行教師が……!」
地を這うような声で捨て台詞を吐いた真山が、コツコツと踵を鳴らして仮眠室を出て行く。ヒールの音がやけに耳についた。
「ハ、ハハ……」
どうやら美女のプライドを傷つけてしまったらしいと気づいたが、火神にはもうどうでもよかった。
「ハハハ……淫行教師か……違いねぇ」
腹の底から笑いが込み上げてくる。
火神はしばらくの間、ひとりで笑い続けた。
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