18 / 43
約束
約束(2)
しおりを挟む
*****
「はぁ……」
火神は小さく溜息を漏らしてパソコンから目を離した。
腕時計に目をやると、時刻はすでに二十二時を回っている。
従来の業務に加え、来月から休職する同僚の引継ぎに追われて残業が続いている。
一番面倒なのが、水泳部の顧問を任されてしまったことだ。
今までは部活とは名ばかりの「コンピュータ研究会」しか受け持っていなかったから部活動に割く時間はそれほどでもなかったが、運動部となればそうもいかないだろう。指導は外部の専門家に任せればいいにしても、事務作業やら試合の付き添いやらで週末も潰れるに違いない。
(せめて羽澄がいればな……)
火神は夏の終わりに見たひな子の水着姿を思い浮かべた。ひな子が水泳部を引退する前だったら、顧問になるのも悪くなかったかもしれない……。
「はぁ……何を考えてるんだ、俺は。……ちょっと寝るか」
火神はもう一度溜息を吐くと、職員室の奥にある仮眠室へと向かった。昔は宿直室として使われていた部屋で、今は教員たちの休憩所のような扱いになっている。女性の先生や家族持ちの職員たちはほとんど立ち入ることもないようだが、火神は今日のように残業で遅くなった時など、たまに利用していた。
狭い部屋だが、三〇センチほどの上がり框の上に畳が敷かれており、一組の布団と枕も備わっている。火神は靴を脱いで畳に上がると、布団を敷いて、その上にごろんと横になった。
薄汚れた天井を見つめながら、放課後、廊下で出くわしたひな子の様子がおかしかったことを思い出す。
羽澄との情事の証拠を真山に握られて以来、ひな子との必要以上の接触を避けていた。
あんな写真が出回ってしまえば……火神が責任を取るだけでは済まないだろう。きっと、ひな子も傷つけられる。教師のくせに、教え子の将来をつぶしてしまうかもしれないなんて――
「やっぱりダメだな……俺は……」
火神が天井に向かって呟くと、
「何がダメなんです?」
火神のひとり言に応えるかのように、狭い室内に女の声が響いた。
火神が身体を起こして声のした方に目をやると、仮眠室のドアを背にして真山が立っていた。口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「……まだ帰ってなかったんですか?」
うんざりした気分を隠そうともせずに、火神がぶっきらぼうに言うと、
「待ってる……と、言ったはずですけど?」
真山は口元に浮かべた笑みを絶やさぬまま、平然と応えた。
「遅くなるから先に帰ってください、と言いましたよね?」
「あら、そうだったかしら」
火神の素っ気ない態度にも動じることなく、真山は素知らぬ様子でしらばっくれてみせる。
「三十分ほど仮眠したいんで……出て行ってもらえませんか?」
真山の態度に呆れた火神が明からさまな追い出しにかかっても、
「ご一緒します」
「は?」
真山は火神の返事も聞かずにヒールを脱いでズカズカと上がりこむと、彼の隣に寄り添うようにして寝そべった。真山の長く細い指が、火神の臍の周りをぐるぐると撫でる。
「……学校ですよ」
怪しく動きまわる真山の指を諌めるように火神が注意すると、
「あら? 火神先生もそういうこと気にされるんですか?」
真山がわざとらしく驚いてみせる。
「むしろ、校内でスルのがお好きなのかと思ってました~」
憮然と黙り込む火神の耳に唇を寄せて、真山が囁く。
「もしかして、ココにも連れこんでるんですか……羽澄さんを。それとも……他にもいるのかしら?」
「いい加減にしろ……っ」
堪りかねた火神が最後まで言い終わる前に、真山の唇が火神のそれを塞いだ。赤く塗られた唇が、火神の薄い唇を食むようにむぎゅむぎゅと蠢く。
真山は身を起こして、火神の上に馬乗りになった。
火神の顔を両手で固定すると、その口をこじ開けて、赤い舌をねじ込んでくる。喉の奥に引っ込めた舌を無理矢理に強く吸われて、火神は眉をしかめた。
息が止まるほどの強引なキスが終わったかと思うと、真山は火神のベルトに手を掛けた。バックルがガチャガチャと耳障りな音を立てる。ベルトを外してしまうと、真山はパンツの中に手を入れて火神の肉棒を扱き始めた。
火神は薄く目を開いて汚れた天井の一点を見つめていた。
真山の手付きは慣れたもので、大抵の男であればとっくに反応してしまうだろうに……今日の火神は一向に勃起しなかった。真山は苛立ったように縮こまったままのそれを口に含んで、ズボッズボッという音が聞こえてきそうなくらい激しく抽送した。それでも、火神の一物は縮んだままだ。
真山は薄いピンク色のワイシャツのボタンを上から三つ目まで開けると、再び火神の肉棒を咥えた。
開いた胸元を見せつけるようにしながら、喉の奥まで深く頬張る。大きすぎす、小さすぎず……程よい大きさに膨らんだバストが垣間見えた。わずかに黒ずんだ胸の先が、真山の動きに合わせて、ブラの隙間からチラチラと覗いている。
それを目にした火神はどうしても……ひな子の桜桃の実のようにぷっくりと美味しそうに膨らんだ蕾を思い出さずにはいられなかった。
「羽澄……」
火神の口から思わず漏れたその名前に……。
先に気づいたのは真山の方だった。
「っ……信じられない……!」
真山は火神の股間から顔を上げると、手の甲でぐいと口を拭って、身を起こした。
手早くシャツのボタンを閉めると、目を吊り上げて火神を睨みつける。
「この淫行教師が……!」
地を這うような声で捨て台詞を吐いた真山が、コツコツと踵を鳴らして仮眠室を出て行く。ヒールの音がやけに耳についた。
「ハ、ハハ……」
どうやら美女のプライドを傷つけてしまったらしいと気づいたが、火神にはもうどうでもよかった。
「ハハハ……淫行教師か……違いねぇ」
腹の底から笑いが込み上げてくる。
火神はしばらくの間、ひとりで笑い続けた。
「はぁ……」
火神は小さく溜息を漏らしてパソコンから目を離した。
腕時計に目をやると、時刻はすでに二十二時を回っている。
従来の業務に加え、来月から休職する同僚の引継ぎに追われて残業が続いている。
一番面倒なのが、水泳部の顧問を任されてしまったことだ。
今までは部活とは名ばかりの「コンピュータ研究会」しか受け持っていなかったから部活動に割く時間はそれほどでもなかったが、運動部となればそうもいかないだろう。指導は外部の専門家に任せればいいにしても、事務作業やら試合の付き添いやらで週末も潰れるに違いない。
(せめて羽澄がいればな……)
火神は夏の終わりに見たひな子の水着姿を思い浮かべた。ひな子が水泳部を引退する前だったら、顧問になるのも悪くなかったかもしれない……。
「はぁ……何を考えてるんだ、俺は。……ちょっと寝るか」
火神はもう一度溜息を吐くと、職員室の奥にある仮眠室へと向かった。昔は宿直室として使われていた部屋で、今は教員たちの休憩所のような扱いになっている。女性の先生や家族持ちの職員たちはほとんど立ち入ることもないようだが、火神は今日のように残業で遅くなった時など、たまに利用していた。
狭い部屋だが、三〇センチほどの上がり框の上に畳が敷かれており、一組の布団と枕も備わっている。火神は靴を脱いで畳に上がると、布団を敷いて、その上にごろんと横になった。
薄汚れた天井を見つめながら、放課後、廊下で出くわしたひな子の様子がおかしかったことを思い出す。
羽澄との情事の証拠を真山に握られて以来、ひな子との必要以上の接触を避けていた。
あんな写真が出回ってしまえば……火神が責任を取るだけでは済まないだろう。きっと、ひな子も傷つけられる。教師のくせに、教え子の将来をつぶしてしまうかもしれないなんて――
「やっぱりダメだな……俺は……」
火神が天井に向かって呟くと、
「何がダメなんです?」
火神のひとり言に応えるかのように、狭い室内に女の声が響いた。
火神が身体を起こして声のした方に目をやると、仮眠室のドアを背にして真山が立っていた。口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「……まだ帰ってなかったんですか?」
うんざりした気分を隠そうともせずに、火神がぶっきらぼうに言うと、
「待ってる……と、言ったはずですけど?」
真山は口元に浮かべた笑みを絶やさぬまま、平然と応えた。
「遅くなるから先に帰ってください、と言いましたよね?」
「あら、そうだったかしら」
火神の素っ気ない態度にも動じることなく、真山は素知らぬ様子でしらばっくれてみせる。
「三十分ほど仮眠したいんで……出て行ってもらえませんか?」
真山の態度に呆れた火神が明からさまな追い出しにかかっても、
「ご一緒します」
「は?」
真山は火神の返事も聞かずにヒールを脱いでズカズカと上がりこむと、彼の隣に寄り添うようにして寝そべった。真山の長く細い指が、火神の臍の周りをぐるぐると撫でる。
「……学校ですよ」
怪しく動きまわる真山の指を諌めるように火神が注意すると、
「あら? 火神先生もそういうこと気にされるんですか?」
真山がわざとらしく驚いてみせる。
「むしろ、校内でスルのがお好きなのかと思ってました~」
憮然と黙り込む火神の耳に唇を寄せて、真山が囁く。
「もしかして、ココにも連れこんでるんですか……羽澄さんを。それとも……他にもいるのかしら?」
「いい加減にしろ……っ」
堪りかねた火神が最後まで言い終わる前に、真山の唇が火神のそれを塞いだ。赤く塗られた唇が、火神の薄い唇を食むようにむぎゅむぎゅと蠢く。
真山は身を起こして、火神の上に馬乗りになった。
火神の顔を両手で固定すると、その口をこじ開けて、赤い舌をねじ込んでくる。喉の奥に引っ込めた舌を無理矢理に強く吸われて、火神は眉をしかめた。
息が止まるほどの強引なキスが終わったかと思うと、真山は火神のベルトに手を掛けた。バックルがガチャガチャと耳障りな音を立てる。ベルトを外してしまうと、真山はパンツの中に手を入れて火神の肉棒を扱き始めた。
火神は薄く目を開いて汚れた天井の一点を見つめていた。
真山の手付きは慣れたもので、大抵の男であればとっくに反応してしまうだろうに……今日の火神は一向に勃起しなかった。真山は苛立ったように縮こまったままのそれを口に含んで、ズボッズボッという音が聞こえてきそうなくらい激しく抽送した。それでも、火神の一物は縮んだままだ。
真山は薄いピンク色のワイシャツのボタンを上から三つ目まで開けると、再び火神の肉棒を咥えた。
開いた胸元を見せつけるようにしながら、喉の奥まで深く頬張る。大きすぎす、小さすぎず……程よい大きさに膨らんだバストが垣間見えた。わずかに黒ずんだ胸の先が、真山の動きに合わせて、ブラの隙間からチラチラと覗いている。
それを目にした火神はどうしても……ひな子の桜桃の実のようにぷっくりと美味しそうに膨らんだ蕾を思い出さずにはいられなかった。
「羽澄……」
火神の口から思わず漏れたその名前に……。
先に気づいたのは真山の方だった。
「っ……信じられない……!」
真山は火神の股間から顔を上げると、手の甲でぐいと口を拭って、身を起こした。
手早くシャツのボタンを閉めると、目を吊り上げて火神を睨みつける。
「この淫行教師が……!」
地を這うような声で捨て台詞を吐いた真山が、コツコツと踵を鳴らして仮眠室を出て行く。ヒールの音がやけに耳についた。
「ハ、ハハ……」
どうやら美女のプライドを傷つけてしまったらしいと気づいたが、火神にはもうどうでもよかった。
「ハハハ……淫行教師か……違いねぇ」
腹の底から笑いが込み上げてくる。
火神はしばらくの間、ひとりで笑い続けた。
0
あなたにおすすめの小説
愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました
蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。
そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。
どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。
離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない!
夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー
※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる