月と秘密とプールサイド

スケキヨ

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月に視られながら……

月に視られながら……(2)※

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*****

「んっ……」

 火神かがみの舌がひな子の耳を掠める。時折漏れる熱い息が耳をくすぐって、その度にひな子は小さく身体を震わせた。

「いいんだよな? ほんとに……」

 火神が耳元で囁く。
 さっきから何度となく同じことを言いつづけている。

「だから……いい、って言ってるじゃないですか」

 その度にひな子も同じ答えを繰り返す。
 火神がおずおずとひな子の前髪をかき上げて、額に軽く口づける。
 目尻、頬、鼻の先……。
 ゆっくりと下りてきた唇が、ようやくひな子のそれに触れる。柔らかな感触を味わうように触れ合わせていると、次第にお互いの唇が濡れてくる。どちらともなく口を開いて舌を絡ませあうと、くちゅくちゅという水音が暗くなり始めた部屋の中に響く。

「ふ、んぅ……ん、」

 ひな子が鼻から抜けるような甘ったるい声を漏らすと、それが合図かのように、火神がシャツの裾から手を差し入れた。臍をひと撫でしたあとで目的の双丘へと辿りつくと、やわやわと丁寧に揉み込んでいく。

「ほんとに、いいんだよな……?」
「もう! いい……って、言ってるでしょ……」

 何度も不安そうに呟く火神がひどく可愛く思えて、ひな子は彼の頭をぎゅうっと自分の胸元に抱き込んで。短くて柔らかな髪の毛を思うがままにかき混ぜる。

「おい! わかったから、髪の毛を毟るのは止めてくれ」

「ハゲたらどうすんだよ」と、小声で呟いた火神はペロリと舌を出して、ひな子の赤く膨らんだ乳首を口に含んだ。ちゅうちゅう、と音を立てて強めに吸いつかれると、

「んぅ……っ、ふぅ……はぁ……っ」

 久しぶりの刺激に、漏れ出る声が止まらない。
 胸を吸いながら、火神の手が脚のあいだへと滑り落ちていく。
 ひな子は身体の中心がじわじわと潤んでいくのがわかった。
 だけど火神の手のひらは、内腿の柔らかなところをスリスリと撫でるだけで、一番触れてほしいところにはなかなかやって来てくれない。

「もう……焦らさないで、ください」
「ん?」

 笑いを堪えているかのような火神の声。

 そうだった。
 このひとは、そういうひとだった。
 ひな子が望んでいることは充分わかっているはずなのに――簡単には与えてくれないのだ。

「先生のいじわる……」

 ひな子が目に涙を浮かべながらなじると、

「ははっ、……かわいいなぁ」
「あ、」

 いきなり敏感な粒を引っ掻かれて、ひな子の全身がゾワゾワと波打ち立つ。
 侵入してきた指が、ひな子の膣内で探るように蠢く。二本、三本と増やされても、痛みなんてほとんどなかった。
 悦んでいる。
 ずっと焦がれていた、火神の熱に触れて……触れられて。

 ――身体が悦んでいる。

 火神がベルトを外して自分自身を露出させると、そこは既に固く反り返っていた。
 早く、早く……。
 ひな子の焦燥は増すばかりなのに。
 火神はわざと浅いところを行ったり来たり……。
 陰茎の先が花芽を掠めるたびに、ムズムズとした感覚が全身に広がっていく。もどかしくて、どうかしてしまいそうだ。

 ――足りない。
 ――もう、全然、足りない……!

「せんせ……わたし、もう……」

 涙目で強請ねだるひな子に、

「もう『先生』じゃない。そう呼ばれると、なんかいけないことしてるみたいで、先に進めないだろう?」

 火神が困ったように眉を下げる。

「え? じゃ、あ……火神……さん?」

 的はずれな呼びかけに、火神ががっくりと肩を落とす。

「お前なぁ。こういう時は下の名前で呼ぶもんだろうが! まさか……知らないのか?」
「いやっ、あの、知ってます! は、遼馬はるま……さん? ですよね?」
「疑問形かよ?」

 くっくっと声を抑えて笑う火神。

「でも正解だから……、あげなきゃな」

 火神が意を決したように腰を前に進めた。
 ずぶずぶと穿つように侵入してくる太い杭。一枚一枚、襞をめくるように、ゆっくりと挿入はいってくる、火神の熱。
 
 ――もっと深く、もっと奥まで。

 貫かれるたびに、身体の中で、火花のような快感がぜた。

「あぁ、……はぁっ……あっ……んん!」

 あの夜。
 あの夏の日に、プールサイドで貫かれたことを思い出した。

 ――あの日の自分は普通じゃなかった。

 なのに。
 あの日と同じくらい、おかしなくらい感じている。ちょっと触れられただけで、どこもかしこも、オカシクなってしまいそう……。

 あの夜は月が出ていた。
 大きくて丸い、でも少しだけ欠けた月が。

 あの時、火神の顔はよく見えなかった。
 見たいとも思わなかった。

 ――今は?

 ひな子は火神の顔を見つめた。
 額に浮かぶ透明な汗の玉。
 余裕がなさそうに眉間に寄せる皺。
 同じリズムで弾む身体。

 すべてが愛おしかった。
 火神の表情、仕草、呼吸――その全部を目に焼きつけて、絶対に忘れないでいようと思った。

「んっ……」

 ふいに鎖骨辺りを強く吸われた。

「だめ……痕、付いちゃいます」
「いいだろう、付いたって」

 今度は首筋に顔を埋めて強く吸い付いてくる。

「あっ……」

 ふと、ひな子が窓の外に目をやると。
 いつのまにか、とっぷりと日が暮れて、大きな満月が浮かんでいた。カーテン越しに差し込む月の光が、ひな子と火神の身体を淡く照らしている。

 あぁ。

 ――月にられている。

 火神の温かい腕に抱かれながら、ひな子はそんなことを思った。

「どこを見ている?」
「……月、を」
「月? あぁ、綺麗だな」

 ひな子の視線を追って夜空を見上げた火神がそっと呟いた。
 何てことない一言なのに、ひな子はなんだかすごく満たされた気持ちになった。

「ふふっ。リーベ、ですね。私、あの時はてっきり先生が適当なこと言ってるんだと思ってたんですけど」

「ん? なに言ってんだ? 月はアレだろ、アレ……ほら……Mondモントだろ? それからリチウムとベリリウムは月には存在しないはずだぞ」

 生真面目に答える火神がおかしくて、ひな子は笑った。

「いいんです。気にしないでください。月……綺麗ですね」
「そうだな」

 柔らかな月の光に照らされながら、ひな子は火神とふたり、その丸い月を見つめた。


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