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17. どうですか、うちの娘の働きぶりは
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小田桐が鴻上を連れていったのは社長室だった。
七階建ての自社ビルの最上階に設置されたその部屋は、南向きの壁一面がガラス張りになっており、天気のよい日は電気を点けなくてもそれなりに明るい。部屋の隅に置かれた観葉植物も大人の背丈ほどによく育っている。
この社長室には、鴻上も最初の挨拶の際に一度だけ訪れたことがあった。
今日で二度目になるが、やはり居心地のいいものではない。それもすぐ目の前に社長がいるとなると……。
「お疲れ様です。鴻上課長をお連れしました」
社長に対峙した小田桐が、彼の後ろに控えていた鴻上を紹介した。
小田桐にとって社長は父親であろうが、小田桐の態度から父子の気安さなどまったく感じられない。場をわきまえたその姿勢に、鴻上の彼に対する好感度がまた上がってしまう。
「あぁ、ご苦労さま。鴻上くんも、忙しいところ呼び出して悪かったね」
客用のソファに腰かけていた社長が立ち上がって、朗らかに笑った。
小田桐正人。
息子の直人に較べるとだいぶふくよかだが、垂れ目がちの穏やかな目元は直人とよく似ている。歳は還暦に近いはずであるが肌にハリがあって年齢を感じさせず、まだまだ生気に満ち溢れている印象だ。
「いえ、ちょうど打合せも終わったところでしたので。それより、私に何か御用でしょうか?」
さしあたって社長に呼び出される覚えのない鴻上は、社長の顔色をうかがいながら、慎重に口を開いた。この社長……一見すると「優しそうな好々爺」といった風貌だが、一代でこの会社を従業員二千人超の規模にまで成長させた辣腕経営者である。油断してはならない。
「専務、こちらが営業二課の新しい課長、鴻上さんです」
つづいて小田桐は社長の向かい側に座っていたもう一人の人物に鴻上を紹介した。
「専務」と呼ばれているが、鴻上には見覚えがない。
不思議がる鴻上をよそに、その男性はゆったりと腰を上げて、鴻上の正面にやってきた。一八〇センチを超える鴻上と並んでも、ほとんど目線が変わらない。小田桐社長と同年輩のようだが、こちらは痩せ型である。
「タワダフーズの咲坂と申します」
男性は柔らかな口調でそう名乗ると、洗練された動きで鴻上に名刺を差し出した。
「咲坂?」
馴染みのある苗字に思わず聞き返した鴻上。
あわてて名刺を確認すると、こう記されていた。
『タワダフーズ株式会社 取締役専務 咲坂蓮太郎』
その会社なら鴻上もよく知っている。業界では知らない者のいない大手だ。
「いつも娘がお世話になっております」
うろたえる鴻上に、咲坂は柔らかく微笑みかけた。
鴻上は咲坂の娘――咲坂琴子の顔を思い浮かべる。言われてみれば、涼やかな目元と真面目で誠実そうな雰囲気は似ている気がする。「気がする」としか言えないのは、いま咲坂専務が浮かべているような柔らかに微笑む琴子の表情を見たことがないからだ。
鴻上の記憶にある琴子の表情といえば、困ったような苦笑いか、本能のまま抑えられない欲情に上気する激しい女の表情のどちらかだった。
「営業二課というと、琴子と同じ部署ですよね?」
「え? あ、はい……そうです」
咲坂に話しかけられ、鴻上はあわてて脳裏に浮かんだ琴子の痴態を振り払った。
「どうですか、うちの娘の働きぶりは」
「慣れない私をいつもフォローしていただいていて、とても助かっています」
これは本心だった。
鴻上はこれまで特定の状況下にある琴子しか知らなかったが、職場での彼女は非常にありがたい部下だった。仕事は速くて丁寧だし、よく気も利く。頼りになるからこそ、いまは柿澤ら若手のサポートに回ってもらっているが、できれば自分の下についてほしいくらいなのだ。
「琴子ちゃんは真面目だからなぁ。本当は早く直人と結婚して、こいつを支えてやってもらいたんだが。なぁ?」
「そうだな」
二人の会話を聞いていた小田桐社長が笑いながら口を挟むと、琴子の父も同意する。父親二人はやけに嬉しそうだ。
反応に困った鴻上は空気を読んで、とりあえず曖昧に笑っておくしかなかった。
当事者である小田桐も笑っていた。張り付いたような笑みを浮かべたまま、しかし何も答えなかった。
七階建ての自社ビルの最上階に設置されたその部屋は、南向きの壁一面がガラス張りになっており、天気のよい日は電気を点けなくてもそれなりに明るい。部屋の隅に置かれた観葉植物も大人の背丈ほどによく育っている。
この社長室には、鴻上も最初の挨拶の際に一度だけ訪れたことがあった。
今日で二度目になるが、やはり居心地のいいものではない。それもすぐ目の前に社長がいるとなると……。
「お疲れ様です。鴻上課長をお連れしました」
社長に対峙した小田桐が、彼の後ろに控えていた鴻上を紹介した。
小田桐にとって社長は父親であろうが、小田桐の態度から父子の気安さなどまったく感じられない。場をわきまえたその姿勢に、鴻上の彼に対する好感度がまた上がってしまう。
「あぁ、ご苦労さま。鴻上くんも、忙しいところ呼び出して悪かったね」
客用のソファに腰かけていた社長が立ち上がって、朗らかに笑った。
小田桐正人。
息子の直人に較べるとだいぶふくよかだが、垂れ目がちの穏やかな目元は直人とよく似ている。歳は還暦に近いはずであるが肌にハリがあって年齢を感じさせず、まだまだ生気に満ち溢れている印象だ。
「いえ、ちょうど打合せも終わったところでしたので。それより、私に何か御用でしょうか?」
さしあたって社長に呼び出される覚えのない鴻上は、社長の顔色をうかがいながら、慎重に口を開いた。この社長……一見すると「優しそうな好々爺」といった風貌だが、一代でこの会社を従業員二千人超の規模にまで成長させた辣腕経営者である。油断してはならない。
「専務、こちらが営業二課の新しい課長、鴻上さんです」
つづいて小田桐は社長の向かい側に座っていたもう一人の人物に鴻上を紹介した。
「専務」と呼ばれているが、鴻上には見覚えがない。
不思議がる鴻上をよそに、その男性はゆったりと腰を上げて、鴻上の正面にやってきた。一八〇センチを超える鴻上と並んでも、ほとんど目線が変わらない。小田桐社長と同年輩のようだが、こちらは痩せ型である。
「タワダフーズの咲坂と申します」
男性は柔らかな口調でそう名乗ると、洗練された動きで鴻上に名刺を差し出した。
「咲坂?」
馴染みのある苗字に思わず聞き返した鴻上。
あわてて名刺を確認すると、こう記されていた。
『タワダフーズ株式会社 取締役専務 咲坂蓮太郎』
その会社なら鴻上もよく知っている。業界では知らない者のいない大手だ。
「いつも娘がお世話になっております」
うろたえる鴻上に、咲坂は柔らかく微笑みかけた。
鴻上は咲坂の娘――咲坂琴子の顔を思い浮かべる。言われてみれば、涼やかな目元と真面目で誠実そうな雰囲気は似ている気がする。「気がする」としか言えないのは、いま咲坂専務が浮かべているような柔らかに微笑む琴子の表情を見たことがないからだ。
鴻上の記憶にある琴子の表情といえば、困ったような苦笑いか、本能のまま抑えられない欲情に上気する激しい女の表情のどちらかだった。
「営業二課というと、琴子と同じ部署ですよね?」
「え? あ、はい……そうです」
咲坂に話しかけられ、鴻上はあわてて脳裏に浮かんだ琴子の痴態を振り払った。
「どうですか、うちの娘の働きぶりは」
「慣れない私をいつもフォローしていただいていて、とても助かっています」
これは本心だった。
鴻上はこれまで特定の状況下にある琴子しか知らなかったが、職場での彼女は非常にありがたい部下だった。仕事は速くて丁寧だし、よく気も利く。頼りになるからこそ、いまは柿澤ら若手のサポートに回ってもらっているが、できれば自分の下についてほしいくらいなのだ。
「琴子ちゃんは真面目だからなぁ。本当は早く直人と結婚して、こいつを支えてやってもらいたんだが。なぁ?」
「そうだな」
二人の会話を聞いていた小田桐社長が笑いながら口を挟むと、琴子の父も同意する。父親二人はやけに嬉しそうだ。
反応に困った鴻上は空気を読んで、とりあえず曖昧に笑っておくしかなかった。
当事者である小田桐も笑っていた。張り付いたような笑みを浮かべたまま、しかし何も答えなかった。
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