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本編
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僕ことニコラス・ハーツィルトは、公爵子息という…自分で言うのもなんだけど優良物件でありながら、婚約者というものがいなかった。
それも全て両親の相手に求める理想が高すぎただけなんだけど。
そして14の時、ようやくそのお眼鏡に叶う人物が現れた。
何でも、相手は隣国の末の王女様らしい。
一体どんな少女なのか。
というか、あまり王女様だという点で良い予感はしていなかった。
「貴方が、私の婚約者ですって?……まぁ、くれぐれも問題は起こさないでくださいな。私の夫となるなら、常に完璧でいてもらわなくては困りますもの」
この子、性格合わなさそうだなぁ。
初対面で開口一番そう言われた僕は、直ぐにそう判断した。
実際、その少女─シャーロット・クロウヴィルはそれはもう、性格のキツい王女様だったのだ。
オブラートに包むということをしない口調に、ただでさえキツい顔立ちを更に鋭くさせて相手を威圧するその態度。
顔を合わせば罵り、僕のやること全てに因縁をつける。
一度鍛錬中に遠くから顔を見たことはあったけど、此方を睨みつけてくるだけだった。
明らかに全てが不愉快だと伝えてくる言動。
しかも、それは僕の前で一層顕著になるのだからタチが悪い。
王女だけあって礼節は重んじる割に、傲慢で不遜ともいえる態度をとる所に、正直言って、うんざりしていた。
だからこそ、ソレとはまるで正反対だったあの子に興味を持った。
貴族の間でも話題になった、ある一劇団の歌手。
歌姫だなんだと持て囃されるその子は、確かに実物もそう言っても過言じゃないほどだった。
愛らしくも儚げな容姿、丁寧な物腰。
そして何よりも、聴く人全てを魅了するような素晴らしい歌声。
欲しい、と思った。
あの歌声を、僕の為に聞かせて欲しいと。
だからこそ色々頑張ってみたけど、駄目だった。
どうやら彼女には、歌と同じ位大切な存在が既にいるらしい。
しかも、彼女には不釣り合いともいえる劇団の裏方ばかりの男。
しかし、試しに引っ掻き回してみても、お互いの想いは変わらないどころか、更に仲を深めさせるだけだった。
僕のものにはなってくれなさそうだったから、とても残念だけど、諦めるしかほかない。
それでも、彼女の歌を聴きに足繁く通っているのが現状だ。
僕が惹かれた、あの歌声を聴くために。
「──とまぁ、こんな所かな。で、どう?少しは楽しめた?」
「えぇえぇ、それはもう!歌姫とお貴族様、歌姫の想い人で起こった三角関係は、当人にとってはそんな感じだったんですねぇ…」
僕の話が一通り終わると、興奮したようにそう言う目の前の少女。
彼女は、学園で情報通だと噂されているディアナ・スペンティア嬢だ。
情報通というだけあって、貴族の裏情報や弱みなども多く手に入れている。
だからこそ貴族は彼女から情報を引き出したがるし、彼女もそれを対価に別の情報を手に入れる。
僕は彼女には大分好印象を持たれているからいいけど、彼女に対して威圧的に脅しをかけた貴族は、学園内で立場が弱くなったりもした。
そして、今回僕がこんな話をして手に入れたい情報…それは。
「それで、この話はどんな噂に脚色されて広まってるの?」
そう、僕のこの行いが下町や貴族の間で随分噂されているらしい。
それも、悪い方に弄られた状態で。
「『傲慢な』貴族様が『無理矢理』歌姫を手篭めにしようとするのを、歌姫の想い人が身を張って守ったって美談になってますよぉ?最も、ハーツィルト様からすれば只の醜聞ですけどねぇ」
「へぇ…やっぱりそんな感じなんだ?」
「大方劇団の情報操作でしょうねぇ…元々二人は付き合ってなく只の歌手と裏方。なのに噂では恋仲の二人を引き裂いたお貴族様が悪。今でも未練がましく歌姫を横からかっさらおうと、劇場に足を運んで機会を伺っているとかなんとか…いやいや、ハーツィルト様本人からお話を聞いてる間、何度か噴き出しかけましたよぉ」
「未練がましく、ね…」
そう呟くと、スペンティア嬢はニヤリと笑った。
「『別に彼女自身に興味はないのに』、ってところでしょうか?」
「っふふ、まぁね。僕が求めてたのはあの歌声だけだよ」
確かに欲しいとは思ったし、手に入れようとも考えた。
だけどそれは僕の専属の歌手になって欲しいだけで、愛人や恋仲などとは露ほども考えていない。
それを勘違いして牽制してくるあの男が少し頭にきたので引っ掻き回してあげただけだ。
最も、そのお陰で恋仲になれたんだから感謝してほしい所だよね。
「ハーツィルト様にはシャーリーがいますのにねぇ…無粋な連中ですよ、全く」
そう言って、ため息をつくスペンティア嬢。
シャーリー、という呼び名に一瞬ピンと来なかったけど、直ぐに婚約者のことだと気づき驚く。
「もしかして、結構仲がいいのかな?」
「え?…あぁ」
しまった、といった顔を一瞬した後、友達ですよぉ~と笑う彼女。
あの性格のキツい彼女に友達だと言って貰える人がいるとは…
しかも、この情報を得ることに生きがいを持つような利害しか見ないような令嬢と、だ。
正直凄く衝撃を受けた。
でも、それならさっきの婚約者の下りは特段必要なかった気もするけど…まぁ過ぎたことだし気にしないでおこう。
「その噂をシャーリーが信じ切っているのが問題ですよねぇ…ハーツィルト様も、何か言われませんでした?」
「…というか、それに関していつも以上に罵られたから噂について聞きに来たんだよね」
「……納得しましたぁ」
苦笑いするスペンティア嬢を見ながらその時のことを思い出す。
『たかが歌の上手いだけの小娘一人に随分入れ込んでるんですのね?あれほど問題を起こさないよう忠告いたしましたのに、その頭の中は一体どれほどの常識がつまってらっしゃるのかしら。もう少し周りを見ていただけないと、私が恥をかくことになるのだから気をつけてくださる?』
久しぶりに顔を合わせた途端、そう捲し立てられた時の心境は言い表せられない。
「…婚約者様は僕のことが随分と気に食わないみたいだから。婚約者だというのに、会えるのは一週か二週に一度。会えば罵られる上睨まれる。ここまで不愉快って態度をとられると、ちょっと…ね」
「あー…」
「でも、だからといって婚約破棄はしたくないんだ。僕にとって最良な相手には違いないから」
「『最良』、ですかぁ……つまり、愛はないと?」
「まぁ、今のままの関係だと、ね…」
少し気まずく思いながらも、そう断言する。
すると、スペンティア嬢はいつになく真剣な顔で暫し考え込みはじめた。
「……スペンティア嬢?」
様子をおかしく思って呼びかければ、彼女は顔を上げていつもの顔で笑った。
「気が変わりました。今回だけ特別、対価無しにある情報を一つ教えて差し上げますよぉ」
「…………え?」
対価無し?
特別?
彼女らしくない言葉だ。
その情報はそんなにも僕だけに利益をもたらすようなものなのか?
「今日はもう時間ですし、そうですねぇ。…明日、学園から帰宅する際に『李桜亭』という料亭に行ってみてください。店の方には私が話をつけておきますから。それと、もう一つ。
『薔薇を見にきた』。
何か言われたらそう伝えるようお願いしますねぇ」
「『薔薇』…?」
何かの暗号だろうか。
罠などではなさそうだし、まず彼女が僕を嵌める理由がない。
『気が向いた』の言葉通り、本当に気が向いただけなんだろう。
「わかった。明日、一度いってみるよ。じゃあ、僕はこれで」
自分の中でそうある程度結論づけ、その場を後にしようとする。
「あぁ、ちょっと待ってください」
「ん?」
「ハーツィルト様、猫と犬ならどっちが好きですか?」
「…?犬だけど、それが?」
「いえいえ、ちょっと気になっただけですよぉ」
「そう?」
因みに私も犬派なんですよぉ、奇遇ですねぇ。
突然質問してきた上にそう返され、訝しく思う。
けどそれ以上は詮索すると不味そうなので、今度こそその場を後にした。
─・─・─・─・─
「…私だって、オトモダチの恋の手助けくらいはしますよぉ?」
まぁ、手助けどころじゃなさそうですけどねぇ…
そう呟く私の声は幸い彼には聞こえなかったようだ。
ふと、唯一のお友達の顔を思い浮かべる。
シャーリー。
不器用で面白く、とても可愛い私の親友。
ハーツィルト様は、彼女のあんな一面は知らないんだろう。
だからこそ、明日にかかっている。
彼女には気の毒だけど、今回の件は上手くいっても上手くいかなくても、彼女の恥を晒してしまうことになる。
できれば上手くいって欲しいけど、無理ならその時は……
「シャーリーの為に、一肌脱ぎますかねぇ…」
まぁ、上手くいくんだろう。
だって彼は、私と同類なんだから。
それも全て両親の相手に求める理想が高すぎただけなんだけど。
そして14の時、ようやくそのお眼鏡に叶う人物が現れた。
何でも、相手は隣国の末の王女様らしい。
一体どんな少女なのか。
というか、あまり王女様だという点で良い予感はしていなかった。
「貴方が、私の婚約者ですって?……まぁ、くれぐれも問題は起こさないでくださいな。私の夫となるなら、常に完璧でいてもらわなくては困りますもの」
この子、性格合わなさそうだなぁ。
初対面で開口一番そう言われた僕は、直ぐにそう判断した。
実際、その少女─シャーロット・クロウヴィルはそれはもう、性格のキツい王女様だったのだ。
オブラートに包むということをしない口調に、ただでさえキツい顔立ちを更に鋭くさせて相手を威圧するその態度。
顔を合わせば罵り、僕のやること全てに因縁をつける。
一度鍛錬中に遠くから顔を見たことはあったけど、此方を睨みつけてくるだけだった。
明らかに全てが不愉快だと伝えてくる言動。
しかも、それは僕の前で一層顕著になるのだからタチが悪い。
王女だけあって礼節は重んじる割に、傲慢で不遜ともいえる態度をとる所に、正直言って、うんざりしていた。
だからこそ、ソレとはまるで正反対だったあの子に興味を持った。
貴族の間でも話題になった、ある一劇団の歌手。
歌姫だなんだと持て囃されるその子は、確かに実物もそう言っても過言じゃないほどだった。
愛らしくも儚げな容姿、丁寧な物腰。
そして何よりも、聴く人全てを魅了するような素晴らしい歌声。
欲しい、と思った。
あの歌声を、僕の為に聞かせて欲しいと。
だからこそ色々頑張ってみたけど、駄目だった。
どうやら彼女には、歌と同じ位大切な存在が既にいるらしい。
しかも、彼女には不釣り合いともいえる劇団の裏方ばかりの男。
しかし、試しに引っ掻き回してみても、お互いの想いは変わらないどころか、更に仲を深めさせるだけだった。
僕のものにはなってくれなさそうだったから、とても残念だけど、諦めるしかほかない。
それでも、彼女の歌を聴きに足繁く通っているのが現状だ。
僕が惹かれた、あの歌声を聴くために。
「──とまぁ、こんな所かな。で、どう?少しは楽しめた?」
「えぇえぇ、それはもう!歌姫とお貴族様、歌姫の想い人で起こった三角関係は、当人にとってはそんな感じだったんですねぇ…」
僕の話が一通り終わると、興奮したようにそう言う目の前の少女。
彼女は、学園で情報通だと噂されているディアナ・スペンティア嬢だ。
情報通というだけあって、貴族の裏情報や弱みなども多く手に入れている。
だからこそ貴族は彼女から情報を引き出したがるし、彼女もそれを対価に別の情報を手に入れる。
僕は彼女には大分好印象を持たれているからいいけど、彼女に対して威圧的に脅しをかけた貴族は、学園内で立場が弱くなったりもした。
そして、今回僕がこんな話をして手に入れたい情報…それは。
「それで、この話はどんな噂に脚色されて広まってるの?」
そう、僕のこの行いが下町や貴族の間で随分噂されているらしい。
それも、悪い方に弄られた状態で。
「『傲慢な』貴族様が『無理矢理』歌姫を手篭めにしようとするのを、歌姫の想い人が身を張って守ったって美談になってますよぉ?最も、ハーツィルト様からすれば只の醜聞ですけどねぇ」
「へぇ…やっぱりそんな感じなんだ?」
「大方劇団の情報操作でしょうねぇ…元々二人は付き合ってなく只の歌手と裏方。なのに噂では恋仲の二人を引き裂いたお貴族様が悪。今でも未練がましく歌姫を横からかっさらおうと、劇場に足を運んで機会を伺っているとかなんとか…いやいや、ハーツィルト様本人からお話を聞いてる間、何度か噴き出しかけましたよぉ」
「未練がましく、ね…」
そう呟くと、スペンティア嬢はニヤリと笑った。
「『別に彼女自身に興味はないのに』、ってところでしょうか?」
「っふふ、まぁね。僕が求めてたのはあの歌声だけだよ」
確かに欲しいとは思ったし、手に入れようとも考えた。
だけどそれは僕の専属の歌手になって欲しいだけで、愛人や恋仲などとは露ほども考えていない。
それを勘違いして牽制してくるあの男が少し頭にきたので引っ掻き回してあげただけだ。
最も、そのお陰で恋仲になれたんだから感謝してほしい所だよね。
「ハーツィルト様にはシャーリーがいますのにねぇ…無粋な連中ですよ、全く」
そう言って、ため息をつくスペンティア嬢。
シャーリー、という呼び名に一瞬ピンと来なかったけど、直ぐに婚約者のことだと気づき驚く。
「もしかして、結構仲がいいのかな?」
「え?…あぁ」
しまった、といった顔を一瞬した後、友達ですよぉ~と笑う彼女。
あの性格のキツい彼女に友達だと言って貰える人がいるとは…
しかも、この情報を得ることに生きがいを持つような利害しか見ないような令嬢と、だ。
正直凄く衝撃を受けた。
でも、それならさっきの婚約者の下りは特段必要なかった気もするけど…まぁ過ぎたことだし気にしないでおこう。
「その噂をシャーリーが信じ切っているのが問題ですよねぇ…ハーツィルト様も、何か言われませんでした?」
「…というか、それに関していつも以上に罵られたから噂について聞きに来たんだよね」
「……納得しましたぁ」
苦笑いするスペンティア嬢を見ながらその時のことを思い出す。
『たかが歌の上手いだけの小娘一人に随分入れ込んでるんですのね?あれほど問題を起こさないよう忠告いたしましたのに、その頭の中は一体どれほどの常識がつまってらっしゃるのかしら。もう少し周りを見ていただけないと、私が恥をかくことになるのだから気をつけてくださる?』
久しぶりに顔を合わせた途端、そう捲し立てられた時の心境は言い表せられない。
「…婚約者様は僕のことが随分と気に食わないみたいだから。婚約者だというのに、会えるのは一週か二週に一度。会えば罵られる上睨まれる。ここまで不愉快って態度をとられると、ちょっと…ね」
「あー…」
「でも、だからといって婚約破棄はしたくないんだ。僕にとって最良な相手には違いないから」
「『最良』、ですかぁ……つまり、愛はないと?」
「まぁ、今のままの関係だと、ね…」
少し気まずく思いながらも、そう断言する。
すると、スペンティア嬢はいつになく真剣な顔で暫し考え込みはじめた。
「……スペンティア嬢?」
様子をおかしく思って呼びかければ、彼女は顔を上げていつもの顔で笑った。
「気が変わりました。今回だけ特別、対価無しにある情報を一つ教えて差し上げますよぉ」
「…………え?」
対価無し?
特別?
彼女らしくない言葉だ。
その情報はそんなにも僕だけに利益をもたらすようなものなのか?
「今日はもう時間ですし、そうですねぇ。…明日、学園から帰宅する際に『李桜亭』という料亭に行ってみてください。店の方には私が話をつけておきますから。それと、もう一つ。
『薔薇を見にきた』。
何か言われたらそう伝えるようお願いしますねぇ」
「『薔薇』…?」
何かの暗号だろうか。
罠などではなさそうだし、まず彼女が僕を嵌める理由がない。
『気が向いた』の言葉通り、本当に気が向いただけなんだろう。
「わかった。明日、一度いってみるよ。じゃあ、僕はこれで」
自分の中でそうある程度結論づけ、その場を後にしようとする。
「あぁ、ちょっと待ってください」
「ん?」
「ハーツィルト様、猫と犬ならどっちが好きですか?」
「…?犬だけど、それが?」
「いえいえ、ちょっと気になっただけですよぉ」
「そう?」
因みに私も犬派なんですよぉ、奇遇ですねぇ。
突然質問してきた上にそう返され、訝しく思う。
けどそれ以上は詮索すると不味そうなので、今度こそその場を後にした。
─・─・─・─・─
「…私だって、オトモダチの恋の手助けくらいはしますよぉ?」
まぁ、手助けどころじゃなさそうですけどねぇ…
そう呟く私の声は幸い彼には聞こえなかったようだ。
ふと、唯一のお友達の顔を思い浮かべる。
シャーリー。
不器用で面白く、とても可愛い私の親友。
ハーツィルト様は、彼女のあんな一面は知らないんだろう。
だからこそ、明日にかかっている。
彼女には気の毒だけど、今回の件は上手くいっても上手くいかなくても、彼女の恥を晒してしまうことになる。
できれば上手くいって欲しいけど、無理ならその時は……
「シャーリーの為に、一肌脱ぎますかねぇ…」
まぁ、上手くいくんだろう。
だって彼は、私と同類なんだから。
応援ありがとうございます!
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