最低最悪の救世主

第三世界(うたかたとわ)

文字の大きさ
7 / 17

第七話 アンナ

しおりを挟む

 死屍累々。
 
 ミンチ肉が広がる大地。
 
 そう表現するしかない洞窟内を、クトウは一人歩く。
 
「少し、血なまぐさいな……」
 
 野盗を全滅させたクトウは、散策を開始していた。
 
 炸裂弾がばら撒かれたような洞窟奥の広場にて。
 
 赤黒い生血に彩られた大地を踏みしめながら、クトウは野盗を全滅させるために使った深淵魔法『禍汝側かながわ』について考察する。
 
 まず、野営広場で殺した野盗たちをアンデッドに変え、アジトに帰還させた。
 
 生前と同じ行動パターンを取る仲間を見て、誰も彼らが人間爆弾にされているとは思わない。
 
 すばらしい魔法だ。
 
 先制攻撃にも、敵対者の迎撃にも利用できる。
 
 宴会の最中、クトウが魔法を起動すると野盗たちは粉微塵になって消えた。

 勧善懲悪。
 
 阿鼻叫喚の中で、生者もアンデッドも等しく死という暗黒に吸い込まれていった。
 
 『禍汝側かながわ』は、こちらの魔力操作で威力や爆発の質を調整できるのも便利な点の一つだ。
 
 大爆発を起こしすぎて、洞窟を崩落させることもない。
 
「おや、生存者か」
 
「た、助けが来たの?」
 
 血と肉片が飛び散る洞窟内を掃除し終わると、クトウは囚われていた人間を救助する。
 
 野盗たちの死体は、すべてクトウの深淵魔法の材料となって消えた。
 
 生命反応がほとんど消えた、わびしい洞窟内にて。
 
 若い女性が一人、牢屋に取り残されている。

 運命の出会いであった。
 
 それが、彼女にとっての幸運であるかは、別の話である。
 
「助けていただき、ありがとうございます。私の名前はアンナ・スカーレットと申します」
 
 野盗たちが誰もいなくなったアジト内で、二人は自己紹介をする。
 
 アンナはスカーレット商会の若き会長で、父親から商会を相続したばかり。
 
 この洞窟には、誘拐されてきたようだ。
 
「街で商談をした帰り、盗賊に誘拐されてしまって……」
 
 アンナは自身が置かれていた状況を、簡潔に説明する。
 
 病死してしまった父親に代わって商会を経営し始めたばかりのアンナであるが、その能力は傑物と評されている。
 
 父が存命中から、彼女は商会の仕切りは任されていた。
 
 それも血縁が理由ではなく、実力で。
 
 アンナを妬み、殺そうとする立場の者は多い。
 
 いくつか犯人に目星をつけながら、アンナは街に帰還した後のことを考える。
 
「野営の準備をしましょうか」
 
 夜の帳。
 
 野盗たちの存在がすべて消えた洞窟の外で、二人は野営の準備を始めた。
 
 クトウによって、アンナが救出されたのは夜深く。
 
 日が出てから行動するのが合理的である。
 
 幸いなことに、盗賊が利用していた馬車と馬は無傷だった。
 
 街に戻るのは簡単だ。
 
「はあ、災難だったなぁ」
 
 沸かしたお茶を一飲みし、アンナは一息つく。
 
「帰ったら夫からも、謝礼がされると思いますので」

 夜の静寂が広がる、焚き火前。

 命が助かったことを理解した体が、本能的な興奮を沸き起こしている。

 夫の存在を示唆することで、アンナは自分の心に一線を引いた。

 目の前にいるのは、心が惹き込まれそうなほど、危険な男。

 商売を通じて多くの種族を見てきたアンナが出会ったことのない、闇の王すらも破滅させる存在。

 アンナは魂ごと、目の前の男に惹き込まれそうになっている。

 「はぁ」

 街に帰ったあとのことを考え、アンナは溜息をついた。

 汚い脅し、政略により婚約を結ばされたアンナは人質としての妻であり、夫を遠ざけている。

 仕事が忙しいという理由で、会話すら避けてきた。

 いつしか関わらないといけないことはわかっているが、どうしても体が拒否してしまう。

「私って何なんだろう……」

 気がつくと、甘い空気が流れている。

 仲睦まじく、アンナはクトウと並び、焚き火を見つめていた。

 まるで、心の奥に溜まっていた淀みが溶けていくかのよう。

 アンナはクトウに対し、自分の感情を吐露していく。

 アンナは今まで、こう生きなければ、正しくなければという義務感で生きてきた。

 それは、他人の評価は得られるが、心が重くなり、思考が軋んでいく人生の道。

 周りにいる女性は恋愛やオシャレなどをして人生を楽しんでいるが、自分は仕事ばかり。

 そのことは、特に何とも思っていない。

 自分には、普通の女の子のような恋に生きることは性に合わない。

 それは、理解している。

 いつしか、自分を犠牲にしなければという考えが当たり前になり、自分を縛り付けていた。

 それは、自作自演で自分を不幸にしているだけの行為。

 アンナは自己受容という、宝玉を手に入れる。

 クトウと話していると、数十年という人生の中で、少しずつズレてしまった自分の心が治っている。

 心が軽くなり、視界が明るくなった。

 明らかに、思考が明瞭になっている。

 まるで、清らかな朝日を浴びているかのよう。

 人と違う自分。

 人と同じになりたい自分。

 自分と他人の違いが認められなくて、他人と同じ他人を羨み、アンナは寂しいという気持ちを抱えていた。

 自分の道を歩むとは、誰かと違う道を進むこと。

 周りと違う自分を見て感じる、寂しさ、別れ、罪悪感。

 それは実在などではなく、生物的な本能による錯覚。

 理性で生きていない他人と同じ妄想の中を、自分も彷徨っていたことに気づく。

 自我、無明、執着という、自己中心性からの脱却。

 妄想に囚われて、アンナは自らが作り出した不幸の中で溺れていたのだ。

 自死すらも覚悟した、生き方からの生還。

 自分を見つめ直し、アンナの心が急速に修復されていく。

「今日だけ……旦那には内緒……」

 クトウに抱きしめられたアンナは、そのまま身も心も奪われてしまう。

 人間が味わうことのできる、究極の快楽。

 自己受容と、論理的な機能の理解。

 思考の深化。

 それは、新しい自分への変容を意味する。

 アンナが体験したのは、人類最高の快感。
 
 甘いご褒美、誘惑の時間。

「あっ……」

 アンナは恋を知った。

 魂の底までがとろけていく時間。

 ここは楽園。

 アンナの心と体は恋する相手に堕とされ、魂までが創り変えられていく。

 商会を経営する傑物として生きるはずだったアンナ。

 彼女はこの日、闇に潜む麗しき異物へと進化を遂げた。

 自分を脅し、不当に搾取する存在など粉砕し、新たなる道を創造する女神へと。

 周りに転がる、誰かが落とした利益などいらない。

 自分の心が、宝石のように光り輝いているから。

「そっかぁ。私を誘拐した犯人、分かっちゃった」

 アンナは魔の領域を歩む、深淵なる生命へと生まれ変わった。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...