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第11話 血を呼ぶ声〈1〉
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もっと詳細が知りたい。
追跡仔細についての情報を求め、狛は聄の近場に、作業をするふりをしてさりげなく寄るよう努めた。
案の定、すぐに奴の得意気な声が届く。
「どうも一度、細作の兄様達は、あの子供を発見したらしいんだがね」
近くで興味ない風に薪割りをしつつ、狛は耳を側立てている。
「見つけたのに取り逃したのか? 韋虞の細作が?」
「それがよ。そのときガキを庇う巨漢浪人がひとり、邪魔だてしたんだと。しかもその漢がとんでもない凄腕だったらしくてな。こっち側が数人、瀕死の大怪我をさせられたらしい」
ために、それ以上の追跡を諦めざるを得なくなった……と。
途中から斧の手を止めていた狛は、そこまでを聞いて、とうとう抑えきれなくなった。
「巨漢て、武将だったのか? たまたま居合わせた?」
珍しく会話に入ってきた狛に聄は一瞬たじろぎ、次にうざったそうに眉を歪めた。
「さあな。そこまでは知らんよ。韋虞の細作がやられるほどだから、どこぞの侠客か賊将なんかじゃないか」
適当な返し。狛はさらに突っ込む。
「こっちがやられたって、誰が? 何人?」
「なんだ、よせよ、おりゃあ知らん知らん。上役の名前なんてわからないんだからな。もう終いだ。こんな話題してるの、上役に聞かれたら大変だ。さ、仕事仕事」
もとは自分が言い出したくせに、聄は狛を迷惑千万扱いして場を離れた。他の僮僕たちも散る。
残された狛は考えを巡らせた。
———— やられた細作……もしかして、無精髭かな。
追跡は終了したというのに、指導細作をまだ見ていない。
あんな男、仮に死んだとて狛には情の欠片も湧かないが、指導を受けられなくなるのは困る、と思う。自分の腕はまだまだ不充分なのだ。
……それはさておき。
遙が逃げおおせたらしいというのは、真実のようである。
死んでいないと知ってほっとした狛の心中で、次に湧いたのは、疑問の数々だ。
———— 居合わせた屈強漢って……もしや、始めから用意していた味方だったとか?
そんな可能性は考えにくい。かといって偶然にしては都合良すぎる気もする。
錫青の件も、遙と関係がないとは言い切れないままだ。
遙のやることは、どこか得体が知れない。
万が一、すべてが筋書きだとしたら……そんなこと、いったいどうやって?
———— いや、その前に。
狛は一歩立ち戻る。
———— そもそもなんで、逃亡なんかしたんだ。
賎民の狛などと違い、遙の郷での待遇は良かったはずだ。
自由を求める気持ちがあったとしても、こんな危険を冒してまで脱走に賭けるほどの明瞭な動機が、狛にはいまひとつみえない。
もしかして……待遇良くされているようで、本当は違っていた……?
なぜ。なぜ。どうやって。
謎と憶測ばかりが湧いて出る。答え合わせなんて、出来やしないのに。……
斧を持った狛はじっと動かず、割るべきの次の木片と睨み合う。
「……」
彼は知っていた。疑問の真相がどうあれ、ひとつだけ確実に言えることがあるのだ。
『遙が敢行し完遂した』という、動かせない事実。
それが己に、あまりな衝撃を残していること……。
狛は去った遙と、それが叶っていない己とを比べた。斧柄を握る手に、汗が滲む。
彼は唇を、きつく噛んだ。
◇◇◇
「狛。誰か知らんが、上役が呼んでるぜ」
遙が逃げおおせたとわかってから数日後の夜。狛は名指しで呼び出しをくらった。
———— こんな時刻に?
上も下も、そろそろ皆眠りにつくころだ。
しかも来るよう言われた場所は、あの代価仕事室。
「……」
今日の作業はきちんと終えているし、今夜はそちら仕事があるとは聞いていない。
「……わかった。行く」
昨今の狛は、人に対しての恐怖や不安といったものを持つことが失せていたのだが、このときは漠然と、なんとも言えぬ鬱気を覚えた。
警戒心を抱えながら独り向う。
「狛です。呼ばれました」
腰をかがめて開けた扉、室奥のそこに。
「ふふん。やっと来たか」
「……⁉︎」
ギョッとした。坐しているのは、なんとあの指導細作ではないか。
—— ……なんだ。やられてなかったか。
残念なのかほっとしたのか、よくわからない心持ちで入室した狛は、男から離れた床に手と額をつけてつくばった。
「久しぶりだな。ずいぶん元気そうじゃないかよ」
人一倍枯れた濁声が威圧する。
男は酒を煽っていた。顔の下部を覆う髭は、これでもかと無精さを増している。
狛は眉をひそめた。
相手はどう見ても猛烈に機嫌が悪い。おそらく遙取り逃がしの件で、上からこっ酷く叱責でもされたのだろう。
しかも、相当に酔っている。
……嫌な、予感がした。
<次回~ 第12話 「血を呼ぶ声〈2〉」>
追跡仔細についての情報を求め、狛は聄の近場に、作業をするふりをしてさりげなく寄るよう努めた。
案の定、すぐに奴の得意気な声が届く。
「どうも一度、細作の兄様達は、あの子供を発見したらしいんだがね」
近くで興味ない風に薪割りをしつつ、狛は耳を側立てている。
「見つけたのに取り逃したのか? 韋虞の細作が?」
「それがよ。そのときガキを庇う巨漢浪人がひとり、邪魔だてしたんだと。しかもその漢がとんでもない凄腕だったらしくてな。こっち側が数人、瀕死の大怪我をさせられたらしい」
ために、それ以上の追跡を諦めざるを得なくなった……と。
途中から斧の手を止めていた狛は、そこまでを聞いて、とうとう抑えきれなくなった。
「巨漢て、武将だったのか? たまたま居合わせた?」
珍しく会話に入ってきた狛に聄は一瞬たじろぎ、次にうざったそうに眉を歪めた。
「さあな。そこまでは知らんよ。韋虞の細作がやられるほどだから、どこぞの侠客か賊将なんかじゃないか」
適当な返し。狛はさらに突っ込む。
「こっちがやられたって、誰が? 何人?」
「なんだ、よせよ、おりゃあ知らん知らん。上役の名前なんてわからないんだからな。もう終いだ。こんな話題してるの、上役に聞かれたら大変だ。さ、仕事仕事」
もとは自分が言い出したくせに、聄は狛を迷惑千万扱いして場を離れた。他の僮僕たちも散る。
残された狛は考えを巡らせた。
———— やられた細作……もしかして、無精髭かな。
追跡は終了したというのに、指導細作をまだ見ていない。
あんな男、仮に死んだとて狛には情の欠片も湧かないが、指導を受けられなくなるのは困る、と思う。自分の腕はまだまだ不充分なのだ。
……それはさておき。
遙が逃げおおせたらしいというのは、真実のようである。
死んでいないと知ってほっとした狛の心中で、次に湧いたのは、疑問の数々だ。
———— 居合わせた屈強漢って……もしや、始めから用意していた味方だったとか?
そんな可能性は考えにくい。かといって偶然にしては都合良すぎる気もする。
錫青の件も、遙と関係がないとは言い切れないままだ。
遙のやることは、どこか得体が知れない。
万が一、すべてが筋書きだとしたら……そんなこと、いったいどうやって?
———— いや、その前に。
狛は一歩立ち戻る。
———— そもそもなんで、逃亡なんかしたんだ。
賎民の狛などと違い、遙の郷での待遇は良かったはずだ。
自由を求める気持ちがあったとしても、こんな危険を冒してまで脱走に賭けるほどの明瞭な動機が、狛にはいまひとつみえない。
もしかして……待遇良くされているようで、本当は違っていた……?
なぜ。なぜ。どうやって。
謎と憶測ばかりが湧いて出る。答え合わせなんて、出来やしないのに。……
斧を持った狛はじっと動かず、割るべきの次の木片と睨み合う。
「……」
彼は知っていた。疑問の真相がどうあれ、ひとつだけ確実に言えることがあるのだ。
『遙が敢行し完遂した』という、動かせない事実。
それが己に、あまりな衝撃を残していること……。
狛は去った遙と、それが叶っていない己とを比べた。斧柄を握る手に、汗が滲む。
彼は唇を、きつく噛んだ。
◇◇◇
「狛。誰か知らんが、上役が呼んでるぜ」
遙が逃げおおせたとわかってから数日後の夜。狛は名指しで呼び出しをくらった。
———— こんな時刻に?
上も下も、そろそろ皆眠りにつくころだ。
しかも来るよう言われた場所は、あの代価仕事室。
「……」
今日の作業はきちんと終えているし、今夜はそちら仕事があるとは聞いていない。
「……わかった。行く」
昨今の狛は、人に対しての恐怖や不安といったものを持つことが失せていたのだが、このときは漠然と、なんとも言えぬ鬱気を覚えた。
警戒心を抱えながら独り向う。
「狛です。呼ばれました」
腰をかがめて開けた扉、室奥のそこに。
「ふふん。やっと来たか」
「……⁉︎」
ギョッとした。坐しているのは、なんとあの指導細作ではないか。
—— ……なんだ。やられてなかったか。
残念なのかほっとしたのか、よくわからない心持ちで入室した狛は、男から離れた床に手と額をつけてつくばった。
「久しぶりだな。ずいぶん元気そうじゃないかよ」
人一倍枯れた濁声が威圧する。
男は酒を煽っていた。顔の下部を覆う髭は、これでもかと無精さを増している。
狛は眉をひそめた。
相手はどう見ても猛烈に機嫌が悪い。おそらく遙取り逃がしの件で、上からこっ酷く叱責でもされたのだろう。
しかも、相当に酔っている。
……嫌な、予感がした。
<次回~ 第12話 「血を呼ぶ声〈2〉」>
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