4 / 40
残酷な現実 後 〚葵〛
しおりを挟む写真は、いろいろなものを写し取る。
その一瞬を切り取って、灼きつけて。
そのときの光景や表情、あるいは感情を。
―――そしてときには、好きな人が恋に落ちる瞬間まで。
新人戦のあの日、笑顔に滲む悔しさまで写し出したカメラは、志摩が恋に落ちる瞬間もまた、切り取ってしまった。
部員と何か立ち話をしていた志摩が、その部員の指差した方向を振り返り。
目を見開いて、固まった。
通り過ぎるその人を、ただじっと目で追って。
その頬に、夕日のせいでなく、朱がさして。
パシャリ、とシャッターを切る音が、心がひび割れる音に聞こえた。
―――なんで、茜。
通り過ぎたのは、全く似ていない双子の弟。
残酷で、天真爛漫で、無邪気で美人な、俺の弟。
俺の持っていないものをすべて持つ、茜が。
志摩さえも。
ぎゅっと唇を噛み締めたら、血の味がした。
帰ってからも散々だった。
皿を割り、片付けようとして手を切って、その痛みに少し涙がこぼれた。
痛い。くるしい。
見てるだけでいいと、思っていた。
見ていられたら、それでいいと。
でも、茜を見る志摩は、とても見ていられなかった。
あんなに、見惚れて。
ひと目で恋に落ちたとわかる、あんな顔で。
茜は、志摩を、選ぶんだろうか?
志摩には、幸せになってほしい。
自分が幸せにしたいなんて身の程知らずなことは考えてない。
誰でも、好きな人と、付き合ってくれれば。
―――でもそれが、茜だったら?
耐え切れないほど胸が痛んで、キッチンの床で蹲った。
✢
ある日、グラウンド脇を通りかかった茜に、志摩が話しかけた。
二、三言話したところで、茜がちらりとこっちを見て、不敵に笑った。
―――その顔を見たときから、こうなることはわかっていた。
あれからたまに、茜がグラウンドに来る。
志摩と親しげに笑いあって、笑みを含んだ目で俺を見やる。
まるで、お前の気持ちなどお見通しだと。
指を咥えて見ていろと、言わんばかりに。
わざと見せつけるかのように、志摩に触れ、華やかに笑う。
俺にだけわかるように、にっと意地悪く笑って。
いつだって、そうだ。
茜は、何もかも持っているのに、俺のものを欲しがる。
おもちゃも、文具も、衣類も、………恋まで?
ぎしぎしと痛む心に、志摩のことも見ることが出来なくなっていた。
壊れてしまった日常のなか、不思議な文通だけはいつもどおりだった。
オススメの本を聞き、教え、感想を交わす。
グラウンドでは胸が痛んで直視できないけど、言葉のやり取りは嬉しかった。
ファインダー越しに覗けなくなった志摩の心に、触れられる気がして。
『部活後、グラウンドに来てください』
だから、そんな付箋が入っていた時、心がざわついた。
グラウンドに来てください。
―――俺は、いつもグラウンドにいるのに。
そこで、まさか、という思いがよぎる。
俺は、たぶん、“青井”。
じゃあ、芹沢葵は誰?………もしかして茜と間違えられている?
少なくとも同学年に、芹沢は他にはいない。
じゃあこれはきっと、茜あてで。
今までも、茜だと思って、やり取りしていたのか。
残酷な現実に、心が軋む音がした。
―――茜にこれを、伝えなくてはいけない。
―――伝えてどうする?二人がくっつくところを、間近で見るのか?
―――伝えなければ、志摩は失恋して、まだ見ていることができるのに?
相反する心がせめぎ合って、くるしい。
茜の教室に行かなきゃ。
そして、どうにかしてこれを渡さなきゃ。
そう思っていたのに、固まった体は動くことができなかった。
ただのろのろと、いつものようにグラウンドに向かう。
きっと青ざめているのだろう。
陸上部の誰かに声を掛けられたけど、上の空で流した。
どうしよう、渡してない。
でも、茜が来なければ、まだここにいられる。
そう思っていたのに、茜は、来た。
―――やめて、
声は聞こえない遠くで、志摩が茜に何かを話す。
茜が、ちらりと俺を見て、にんまりと笑みを浮かべて。
つ、と志摩の首に手を掛けた茜が、少し目を伏せる。
―――いやだ、見たくない。
固まったままの志摩に、茜の顔が近付いて、
俺の心は、砕け散った。
✢
「お熱いことだね。」
後ろからかけられた声に、ぎゅっと瞑った目をのろのろと開く。
へたり込んだまま見上げるけど、逆光で誰かわからない。
誰だろう、と目を瞬いたら、唇にやわらかい何かが触れた。
―――え?
思考がついていかなくて、ただ呆然とする。
目の前に、黒くて長い睫毛が見える。
くっきりした二重に、精悍な眉。
見たことあるような気もするけど、近すぎてよくわからない。
そう、近すぎて。―――焦点が合わないほど近くに、なんで人の顔が?
ぺろり、と唇をなぞられて、ようやくわかる。
もしかして、キスみたいなやつなんじゃ……?
ようやく離れてくれたその人は、学年首位の会計サマだった。
えーと、確か名前は………ちょっとパッと出てこないけど。たぶん見ると思い出す。
天は二物も三物も与えるんだな、なんて思った美貌が目と鼻の先にあって。
―――なんで?
「ふっ、あはは。びっくりした?」
ええ、まぁ。
「知ってるかな?早苗侑生(さなえゆうき)って言うんだけど。」
…あぁ、なんかそんな名前でしたね。
「芹沢葵。君をもらうことにしたから。……覚悟してね?」
はあ。
……はあ?
もう一度ぺろりと唇を舐められて、完全に思考が固まった。
12
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
キミがいる
hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。
何が原因でイジメられていたかなんて分からない。
けれどずっと続いているイジメ。
だけどボクには親友の彼がいた。
明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。
彼のことを心から信じていたけれど…。
囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる