揺り籠の計略

桃瀬わさび

文字の大きさ
12 / 40

青井と葵 後 〚志摩〛

しおりを挟む


早苗を問い詰めると、平然と「キスしたかったから」なんて言う。
直球すぎて赤面しつつ、こちらの結果を話しながら早苗の話を聞けば、ほんの少し、早苗が眉を下げた。
中学からの付き合いだけど、早苗のそんな顔初めて見る。
―――なんで、そんな気まずそうなんだ?
不思議に思ったけど、そんな表情も一瞬だった。
すぐに普段のお綺麗な澄まし顔に戻り、飄々と追求を躱す。
いつもの掴みどころのない早苗は手強くて、三人がかりで聞き出した情報は、ほんの僅かだった。

・まだこれから口説くところ
・話したこともほとんどない
・明日から登下校を共にするから、お前らとは帰れない。

お前から口説くなんて、初めてじゃねえ?なんてシオがからかったら、真剣な瞳で俺を見た。
え、俺?

「ああ。初めてだ。……手に入れるためなら、どんなことでもする。」

射抜くような、強い決意を秘めた瞳。
なんだよ、お前そんな目できんのかよ。
いつも何でも軽々とこなしながら、つまんなそーにしてたくせにさ。

「ちょっとこえーよ。……でも、応援する。」

その言葉に、ほうっとため息をついた早苗が頬を緩めた。
本当に今日は、早苗の珍しい表情が多い。
わいわいと騒ぎながら、安心したようなその表情が、強く印象に残った。





芹沢は、もしかしたら小悪魔なのかもしれない。
あの日の告白の返事はもらえないままだ。
もらえたのは、一言、『ありがとう』と書かれた付箋だけ。
これは、気持ちは嬉しいけど付き合うことは出来ないという意味だろうか?それとも保留?
グラウンドには来てくれるし、二人で話せば軽い接触さえもある。
する、と頬を撫でてきて睫毛ついてた、とか。
後ろから忍び寄ってだーれだ、とか。
そのたびにどきどきと心臓が跳ねるけど、芹沢はただ無邪気な顔で。
あぁ、きっと意識はされてないんだ。
けど、明確にフラレるまでは、諦めもつかない。
浮かれては落ち込む日々は、そうして始まった。



初めはただ浮かれるばかりたったけど、しばらくしたら疑念が湧いてきた。

本当に彼は、あの付箋の“芹沢葵”と同一人物なのだろうか?

まず、考え方がまるで違う。
繊細ながらも優しく包み込むような図書室の彼に対し、芹沢は無邪気で、……どこか、傲慢。
人が自分の思い通りになると思っているフシがある。
極めつけは、俺が好きになったきっかけの、あの本。
二人でいる時に、「あの本に、こんなシーンあったね。」なんて話を振ったら、明らかに知らないようだった。
誤魔化すように頬に触れられたけど、湧き上がる疑念に心臓も跳ねなかった。

本当は、付箋のやりとりの相手は“芹沢葵”じゃなかったんじゃないか?
字が似ているから俺がそう思い込んでいただけで、互いに名乗りあったことは一度もない。
やり取りの中で相手を呼んだのも、好きな人がいるか聞いたあの1回だけ。
慌てて取り消したから、あれに対する返事はなかった。

そんなもやもやの中始まった中間テスト。
部活は休みだからグラウンドで話すこともなかったのに、テスト最終日に芹沢が教室に来た。

「ねえ、志摩。今日ぼくの家に来ない?」

一緒にやりたいゲームがあるんだ。
その誘いに驚きつつ、頭のどこかでこれはチャンスだと囁く声がした。
部屋を見れば、本を読むかどうかわかるだろう。
さらに、付箋を見せてと頼めば―――彼が本物かどうかわかる。
別人だという確信はかなり強くなっていたけど、敢えてその誘いに乗った。





バスでかなり離れたところにある一軒家だった。
家族構成について聞けば、「両親と妹。ああ、あとひとり兄がいるかな。大丈夫、家には誰もいないから。」
家族を呼ぶ順番に言い知れぬ気持ち悪さを感じながら、普通の一軒家の扉をくぐった。

部屋の中には、ゲームや漫画はあったけど、小説は一冊もない。
ふたりっきりでいても、婀娜っぽい服を芹沢が着ていても、“付箋の彼”でないだけで心は動かなかった。
いや、でも。
本は他で保管しているかもしれない。かなり多く図書室で借りているから、本当に気に入った数冊しか持っていないということも有り得る。
しばらくゲームをして、キリのいいところで切り出した。

「あの、…………図書室の付箋、見せて欲しいんだ。もう、捨てちゃった?」

緊張で声は震えたけど、目は逸らさなかった。
じっとこちらを見上げる焦げ茶の目がつっと眇められて、くちびるが優雅な弧を描く。
いいよ、そんな言葉とともに彼は部屋を出ていった。
まさかあるのか?―――別人だと、確信していたのに?
そしてそのまさかは、あたった。

何度も開かれた形跡のあるノート。
開くと、1ページに付箋が二枚ずつ。
左側に付箋が貼られ、右側に繊細な文字で本のタイトルと作者名が控えられている。俺が奨めた本だ。
数枚めくると、俺の付箋に感想がつくようになった。
本のタイトルも2つになり、時々「再読」と小さなメモがある。

―――俺が彼の感想を楽しみにしていたように、彼も?

自分の悪筆に並ぶ繊細な文字は、ページを繰っても繰っても続き。
終わりが近づいて来た頃に、あの質問があった。
ひとつだけくしゃりと丸められたあと、伸ばされた付箋。
芹沢、好きな人いる?
そんな言葉が、まるく滲んでいた。

―――涙?

どうして、泣くことがある?
動揺のままページをめくれば、はらりと写真が落ちた。

―――俺、だ。

全部撮られた覚えがある。
写真部の青井が撮ったものだ。
水場で焦った顔をしたものと、その後の笑顔。
それから、新人戦のときの、スタート前の真剣な顔。

―――なんでこれが、ここに?

新人戦のものはわかる。売ってもいいと許可したから。
けど、水場の時のものは、俺だって見たことはなかった。
それなら、この写真はどうやって?

「こ、の、写真、どうやって……?」

そう呟けば、ああ、買ったんだ、なんて返されて、疑惑が確信に変わる。
芹沢は、嘘をついている。
ノートを手に持ったまま呆然としていたら、カシャンと門が閉まる音がした。
あ、やばい、兄だ。
そんな言葉とともに、急かされるようにして立ち上がる。
手にしていたノートを無造作に鞄に突っ込み階段を降りていけば、ちょうど玄関先にその人がいた。
―――青井?なんでここに?

「あ、かね……」

そう漏れ出た微かな声に、すべてのピースが嵌った気がした。
“あおい”。
名字だと思いこんでいたそれが、名前だったとしたら?
茜と呼ばれた芹沢の、兄だとしたら?
“芹沢葵”を探していた俺が、……相手を間違ったんだとしたら?

あの告白のときも、グラウンドのときも、“あおい”はそこにいた。
―――いったい、どう思っただろうか?
指紋がたくさんついた写真。
ぽたりと丸い、涙のあと。


「あっは、傑作だね。やっとわかったんだ?―――でももう手遅れだね。愛しの葵ちゃんはずたずたに傷ついて、逃げ出しちゃいましたー。」

残念だったね、とぺろっと舌を出す。
こいつは、いったい、どうして?
初対面の時も、告白の時も、俺は“芹沢葵”と呼んだはず。
そこで人違いだと、言ってくれていれば……

「な、んで……」

心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背中を伝う。
聞いてはだめだ、“やっとわかったんだ?”という言葉の裏の真実は、きっととても残酷なものだ。
それでも口をついて出た言葉に、芹沢は楽しそうに笑った。

「なんでって?葵はずっと、俺のものだから。俺にいじめられて泣いていればいいんだから。……だから、葵の初恋なんて、壊すしかないでしょ?」

可愛らしく小首を傾げて、にっこりと笑う。
その顔に背筋を怖気が走った。
これは、なんだ。
いったいどんな、歪みかただ。
ごくり、と息を飲めば、また芹沢が綺麗に笑った。

「ねえ、なんで葵、逃げてったと思う?……これ、何に見えたと思う?」

くいっと襟元を下げて見せたそれは、水性ペンの赤が滲んだもの。
近くで見ればただの汚れだけど、遠目ならばキスマークに見えるだろう。
それがなくても婀娜っぽい服だ。
どんなことをしていたか、連想させるような。
―――今日の目的は、それか。
俺はすべてこいつの掌の上で―――葵の初恋と、言ったか?

じゃあ、あの『ありがとう』は?
別れの挨拶、だったのか。

「言っとくけど、アンタも同罪だよ?初めに間違えたのはアンタなんだから。」

とん、と背中を押されるまま、靴をつっかけて玄関を出る。
じゃあ、さよーなら。バイバーイ♪
ご機嫌に手を振ったヤツが、バタンと扉を閉める。

普通の一軒家が、不気味にそこに佇んでいた。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

キミがいる

hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。 何が原因でイジメられていたかなんて分からない。 けれどずっと続いているイジメ。 だけどボクには親友の彼がいた。 明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。 彼のことを心から信じていたけれど…。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...