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青井と葵 後 〚志摩〛
しおりを挟む早苗を問い詰めると、平然と「キスしたかったから」なんて言う。
直球すぎて赤面しつつ、こちらの結果を話しながら早苗の話を聞けば、ほんの少し、早苗が眉を下げた。
中学からの付き合いだけど、早苗のそんな顔初めて見る。
―――なんで、そんな気まずそうなんだ?
不思議に思ったけど、そんな表情も一瞬だった。
すぐに普段のお綺麗な澄まし顔に戻り、飄々と追求を躱す。
いつもの掴みどころのない早苗は手強くて、三人がかりで聞き出した情報は、ほんの僅かだった。
・まだこれから口説くところ
・話したこともほとんどない
・明日から登下校を共にするから、お前らとは帰れない。
お前から口説くなんて、初めてじゃねえ?なんてシオがからかったら、真剣な瞳で俺を見た。
え、俺?
「ああ。初めてだ。……手に入れるためなら、どんなことでもする。」
射抜くような、強い決意を秘めた瞳。
なんだよ、お前そんな目できんのかよ。
いつも何でも軽々とこなしながら、つまんなそーにしてたくせにさ。
「ちょっとこえーよ。……でも、応援する。」
その言葉に、ほうっとため息をついた早苗が頬を緩めた。
本当に今日は、早苗の珍しい表情が多い。
わいわいと騒ぎながら、安心したようなその表情が、強く印象に残った。
✢
芹沢は、もしかしたら小悪魔なのかもしれない。
あの日の告白の返事はもらえないままだ。
もらえたのは、一言、『ありがとう』と書かれた付箋だけ。
これは、気持ちは嬉しいけど付き合うことは出来ないという意味だろうか?それとも保留?
グラウンドには来てくれるし、二人で話せば軽い接触さえもある。
する、と頬を撫でてきて睫毛ついてた、とか。
後ろから忍び寄ってだーれだ、とか。
そのたびにどきどきと心臓が跳ねるけど、芹沢はただ無邪気な顔で。
あぁ、きっと意識はされてないんだ。
けど、明確にフラレるまでは、諦めもつかない。
浮かれては落ち込む日々は、そうして始まった。
初めはただ浮かれるばかりたったけど、しばらくしたら疑念が湧いてきた。
本当に彼は、あの付箋の“芹沢葵”と同一人物なのだろうか?
まず、考え方がまるで違う。
繊細ながらも優しく包み込むような図書室の彼に対し、芹沢は無邪気で、……どこか、傲慢。
人が自分の思い通りになると思っているフシがある。
極めつけは、俺が好きになったきっかけの、あの本。
二人でいる時に、「あの本に、こんなシーンあったね。」なんて話を振ったら、明らかに知らないようだった。
誤魔化すように頬に触れられたけど、湧き上がる疑念に心臓も跳ねなかった。
本当は、付箋のやりとりの相手は“芹沢葵”じゃなかったんじゃないか?
字が似ているから俺がそう思い込んでいただけで、互いに名乗りあったことは一度もない。
やり取りの中で相手を呼んだのも、好きな人がいるか聞いたあの1回だけ。
慌てて取り消したから、あれに対する返事はなかった。
そんなもやもやの中始まった中間テスト。
部活は休みだからグラウンドで話すこともなかったのに、テスト最終日に芹沢が教室に来た。
「ねえ、志摩。今日ぼくの家に来ない?」
一緒にやりたいゲームがあるんだ。
その誘いに驚きつつ、頭のどこかでこれはチャンスだと囁く声がした。
部屋を見れば、本を読むかどうかわかるだろう。
さらに、付箋を見せてと頼めば―――彼が本物かどうかわかる。
別人だという確信はかなり強くなっていたけど、敢えてその誘いに乗った。
✢
バスでかなり離れたところにある一軒家だった。
家族構成について聞けば、「両親と妹。ああ、あとひとり兄がいるかな。大丈夫、家には誰もいないから。」
家族を呼ぶ順番に言い知れぬ気持ち悪さを感じながら、普通の一軒家の扉をくぐった。
部屋の中には、ゲームや漫画はあったけど、小説は一冊もない。
ふたりっきりでいても、婀娜っぽい服を芹沢が着ていても、“付箋の彼”でないだけで心は動かなかった。
いや、でも。
本は他で保管しているかもしれない。かなり多く図書室で借りているから、本当に気に入った数冊しか持っていないということも有り得る。
しばらくゲームをして、キリのいいところで切り出した。
「あの、…………図書室の付箋、見せて欲しいんだ。もう、捨てちゃった?」
緊張で声は震えたけど、目は逸らさなかった。
じっとこちらを見上げる焦げ茶の目がつっと眇められて、くちびるが優雅な弧を描く。
いいよ、そんな言葉とともに彼は部屋を出ていった。
まさかあるのか?―――別人だと、確信していたのに?
そしてそのまさかは、あたった。
何度も開かれた形跡のあるノート。
開くと、1ページに付箋が二枚ずつ。
左側に付箋が貼られ、右側に繊細な文字で本のタイトルと作者名が控えられている。俺が奨めた本だ。
数枚めくると、俺の付箋に感想がつくようになった。
本のタイトルも2つになり、時々「再読」と小さなメモがある。
―――俺が彼の感想を楽しみにしていたように、彼も?
自分の悪筆に並ぶ繊細な文字は、ページを繰っても繰っても続き。
終わりが近づいて来た頃に、あの質問があった。
ひとつだけくしゃりと丸められたあと、伸ばされた付箋。
芹沢、好きな人いる?
そんな言葉が、まるく滲んでいた。
―――涙?
どうして、泣くことがある?
動揺のままページをめくれば、はらりと写真が落ちた。
―――俺、だ。
全部撮られた覚えがある。
写真部の青井が撮ったものだ。
水場で焦った顔をしたものと、その後の笑顔。
それから、新人戦のときの、スタート前の真剣な顔。
―――なんでこれが、ここに?
新人戦のものはわかる。売ってもいいと許可したから。
けど、水場の時のものは、俺だって見たことはなかった。
それなら、この写真はどうやって?
「こ、の、写真、どうやって……?」
そう呟けば、ああ、買ったんだ、なんて返されて、疑惑が確信に変わる。
芹沢は、嘘をついている。
ノートを手に持ったまま呆然としていたら、カシャンと門が閉まる音がした。
あ、やばい、兄だ。
そんな言葉とともに、急かされるようにして立ち上がる。
手にしていたノートを無造作に鞄に突っ込み階段を降りていけば、ちょうど玄関先にその人がいた。
―――青井?なんでここに?
「あ、かね……」
そう漏れ出た微かな声に、すべてのピースが嵌った気がした。
“あおい”。
名字だと思いこんでいたそれが、名前だったとしたら?
茜と呼ばれた芹沢の、兄だとしたら?
“芹沢葵”を探していた俺が、……相手を間違ったんだとしたら?
あの告白のときも、グラウンドのときも、“あおい”はそこにいた。
―――いったい、どう思っただろうか?
指紋がたくさんついた写真。
ぽたりと丸い、涙のあと。
「あっは、傑作だね。やっとわかったんだ?―――でももう手遅れだね。愛しの葵ちゃんはずたずたに傷ついて、逃げ出しちゃいましたー。」
残念だったね、とぺろっと舌を出す。
こいつは、いったい、どうして?
初対面の時も、告白の時も、俺は“芹沢葵”と呼んだはず。
そこで人違いだと、言ってくれていれば……
「な、んで……」
心臓が早鐘を打ち、嫌な汗が背中を伝う。
聞いてはだめだ、“やっとわかったんだ?”という言葉の裏の真実は、きっととても残酷なものだ。
それでも口をついて出た言葉に、芹沢は楽しそうに笑った。
「なんでって?葵はずっと、俺のものだから。俺にいじめられて泣いていればいいんだから。……だから、葵の初恋なんて、壊すしかないでしょ?」
可愛らしく小首を傾げて、にっこりと笑う。
その顔に背筋を怖気が走った。
これは、なんだ。
いったいどんな、歪みかただ。
ごくり、と息を飲めば、また芹沢が綺麗に笑った。
「ねえ、なんで葵、逃げてったと思う?……これ、何に見えたと思う?」
くいっと襟元を下げて見せたそれは、水性ペンの赤が滲んだもの。
近くで見ればただの汚れだけど、遠目ならばキスマークに見えるだろう。
それがなくても婀娜っぽい服だ。
どんなことをしていたか、連想させるような。
―――今日の目的は、それか。
俺はすべてこいつの掌の上で―――葵の初恋と、言ったか?
じゃあ、あの『ありがとう』は?
別れの挨拶、だったのか。
「言っとくけど、アンタも同罪だよ?初めに間違えたのはアンタなんだから。」
とん、と背中を押されるまま、靴をつっかけて玄関を出る。
じゃあ、さよーなら。バイバーイ♪
ご機嫌に手を振ったヤツが、バタンと扉を閉める。
普通の一軒家が、不気味にそこに佇んでいた。
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