13 / 40
慰める気はない 前 〚早苗〛
しおりを挟む
葵との関係は順調だけど、少し懸念もあった。
志摩が、どうも気づき始めている。
最初の頃はニセモノを見て頬を染めていたのに、最近はどこか観察するようだ。
葵を慰める気なんてさらさらないから、友人のような関係からじりじりと進めていた。
俺から強引に迫るのは簡単だけど、初めのキスでそれはやめにした。
強引に迫って、流されて選ばれてなんになる?
俺が欲しいのは、あの瞳だ。
ファインダー越しに、相手の心まで透かし見ようとするような。
撮った写真から想いが溢れ出してしまうような。
だから、誰よりも近くにいて、少しずつ気持ちを向けさせようと、思っていたけど。
―――志摩への気持ちは、どれだけ整理できたんだろうか?
グラウンドでの二人を見ても、胸を押さえることは少なくなった。
けれど表情を見れば、平常心とは言い難い。
志摩が気づくのが早いか、葵が俺に堕ちるのが早いか、―――時間との勝負になりそうだった。
✢
テスト最終日の夜。
夕飯も済ませた頃に掛かってきた電話に、何かあったことを悟った。
電話の相手は、志摩。
暗く沈んだ固い声で、今から会えないか?という。
ふたりの家の中間にある母校で会う約束をして、電話を切った。
そこに向かえばまだ制服姿の志摩がいた。
ゆっくりと考え考え、切り出す。
聞いてほしい。
俺が探していた芹沢は、あの芹沢じゃなかった。
写真部の青井が、“芹沢葵”で、俺は本人の前で、違う人に告白したんだ。
「―――お前は、知って、いたんだな?」
確信に満ちた黒い目が、街灯の下で光る。
ひとつ頷くと、志摩がずるずるとベンチに座り込んだ。
やっぱりか。
なんでか、聞いてもいいか?
この後に及んで理由を聞くなんて、コイツは本当にフェアなやつだ。―――俺とは違う。
「葵の気持ちには、一番最初に写真を渡されたときから気づいていた。写真に想いが、詰まっていたから。」
図書室のことは知らなかったけど、葵はずっとお前を見ていた。
―――俺はその目が欲しかった。
俺を一切見ないくせに、強い想いを秘めた目が。
だから、お前の勘違いを敢えて否定しなかった。
ただ、せめて告白だけはフルネームですれば、自然とニセモノが打ち明けるだろうと思っては、いた。
予想以上にニセモノの性質(たち)が悪くて……あとは、知ってのとおりだ。
すまないとは思っているが、……手に入れるためなら、なんでもするつもりだった。
きっと過去に戻っても、同じことをするだろう。
「―――っは、それ、謝って、ねー。」
笑い飛ばそうとした声が隠しようもなく震えている。
せめて涙は見ないように背を向けた。
何度も深呼吸する音が聞こえ、最後に深い深いため息。
「あーもう。わかったよ。そもそも俺が直接聞けば良かったんだ。会って話したいけど駄目ですか、とか。……変なとこで日和ったから、付け込まれたんだよな。」
芹沢茜。あいつはやべーな。
そう言った志摩が立ち上がる気配。
俺の前に回り込んで、すこし濡れた目で俺を睨む。
「お前は、正直ずりーと思うけど……、逆の立場ならそうしたかもしんねー。だからもう、いいよ。本気なんだろ?」
その言葉に、はっきりと目を見て頷けば、志摩がすこし笑った。
でもやっぱムカつくから、一回殴らせろ。
大人しく頬を差し出したら、頭を強く叩かれた。
「ったく。そのキレーな顔を殴れるかよ、バカ。」
たぶんあおい、まだ帰ってねーと思うから、探してやれよ。
そんなことを言って後ろ手に手を振った背中をじっと見る。
大きくてフェアな、俺の親友。
俺とニセモノが邪魔しなければ、恋が実っていただろうに、こんな軽い一発で受け入れて。
俺の背中まで押して。
―――本当に、お人好しだ。
その背中にひとつ頭を下げて、葵を探して駆け出した。
✢
葵の行き先の心当たりはそれほどない。
けど幸いにも、一つ目で葵は見つかった。
学校のグラウンドの、用具入れ脇の木の下。
小さな体を小さく丸めて、蹲っている。
落ち葉を踏みながら近づいたら、その肩が小さく震えた。
「葵。―――風邪引くよ。」
反応は、ない。
顔も、あげない。
俺を、見ない。
帰らないの?と聞いても、びくりと肩を震わすだけ。
「―――うち、くる?」
その言葉にだけ、ひとつ頷いた。
✢
学校から徒歩数分。バス停までの途中に俺の家はある。
葵は予想外に泣いてはいなかったけど、表情が抜け落ちて人形みたいだ。
ロボットみたいに指示通り進み、寝間着代わりのスウェットを渡せばのろのろと着替える。
無造作に服を脱ぎ捨てていく白い肌が眩しくて、そっと目を背けた。
体格が違いすぎて袖も裾も余り過ぎて、つま先くらいしか出ていない。長めの髪から覗くうなじも鎖骨も丸見えだ。
触れたら壊れそうな体にそそられながらもそっと手を取ってベッドに座らせれば、その体は氷のように冷たい。
とりあえず布団で包んで暖房をつけ、ホットミルクを淹れてくることにした。
「なにか、あったの?」
学校帰りの寄り道のときは、元気だった。
何かあったのはそのあと。
詳しくは聞いてないけど、“あいつはやべー”と言った志摩の言葉からニセモノが何かをしたことだけはわかる。
マグカップを抱えるように両手でもち、長い睫毛をそっと伏せる。
そっと葵の横、ベッドの下に座り込んで、話し出すのを待つことにした。
「―――わかってたつもりだけど、わかってなかったみたい。付き合ってたら、そういうことだって、当たり前なのに。」
傷ついた顔で、眉を下げて、小さく笑う。
そんな顔、するな。
俺以外に、傷つくな。
そう思ったら、口付けていた。
1ヶ月以上ぶりに味わうそれをやわやわと食みながら、見開かれた目をじっと見つめる。
ゆるりと唇を舐めれば、それが誘うように開いた。
舌を差し入れ、くちゅりと舌を絡ませれば、恥じらうように小さく身体を震わせて―――いっそこのまま。
握りしめられたカップを脇に避けて、ゆっくりとベッドに押し倒せば、きょとんとした顔で見上げてくる。
―――くそ。
あまりにも無垢な表情に却って手を出せず、のしかかっていたところから横に寝転がった。
「あ、の……なんで?」
こてんと葵がこっちを向いて、じっと見つめてくる。
本当に無防備だな。自分がどうこうされるとか、考えないんだろうか?
こんなに小さくて細い体、無理矢理にだってできてしまうのに。
それに、なんでだって?そんなの―――
「ヒミツ。」
そう言って片目を瞑ったら、葵の頬がかぁっと赤くなった。
するりとそれを撫でて、もそもそと葵を抱きかかえる。
いつかの保健室と同じ格好になるようにして布団をかぶれば、しばらくして葵が力を抜いた。
とんとんと背中を叩きながら、眠かったら寝てもいいし、泣きたかったら泣いてもいいよ、と囁く。
俺はまた、寝ちゃうから、誰も見てない。
そう付け加えれば、腕の中で葵がくすりと笑った。
志摩が、どうも気づき始めている。
最初の頃はニセモノを見て頬を染めていたのに、最近はどこか観察するようだ。
葵を慰める気なんてさらさらないから、友人のような関係からじりじりと進めていた。
俺から強引に迫るのは簡単だけど、初めのキスでそれはやめにした。
強引に迫って、流されて選ばれてなんになる?
俺が欲しいのは、あの瞳だ。
ファインダー越しに、相手の心まで透かし見ようとするような。
撮った写真から想いが溢れ出してしまうような。
だから、誰よりも近くにいて、少しずつ気持ちを向けさせようと、思っていたけど。
―――志摩への気持ちは、どれだけ整理できたんだろうか?
グラウンドでの二人を見ても、胸を押さえることは少なくなった。
けれど表情を見れば、平常心とは言い難い。
志摩が気づくのが早いか、葵が俺に堕ちるのが早いか、―――時間との勝負になりそうだった。
✢
テスト最終日の夜。
夕飯も済ませた頃に掛かってきた電話に、何かあったことを悟った。
電話の相手は、志摩。
暗く沈んだ固い声で、今から会えないか?という。
ふたりの家の中間にある母校で会う約束をして、電話を切った。
そこに向かえばまだ制服姿の志摩がいた。
ゆっくりと考え考え、切り出す。
聞いてほしい。
俺が探していた芹沢は、あの芹沢じゃなかった。
写真部の青井が、“芹沢葵”で、俺は本人の前で、違う人に告白したんだ。
「―――お前は、知って、いたんだな?」
確信に満ちた黒い目が、街灯の下で光る。
ひとつ頷くと、志摩がずるずるとベンチに座り込んだ。
やっぱりか。
なんでか、聞いてもいいか?
この後に及んで理由を聞くなんて、コイツは本当にフェアなやつだ。―――俺とは違う。
「葵の気持ちには、一番最初に写真を渡されたときから気づいていた。写真に想いが、詰まっていたから。」
図書室のことは知らなかったけど、葵はずっとお前を見ていた。
―――俺はその目が欲しかった。
俺を一切見ないくせに、強い想いを秘めた目が。
だから、お前の勘違いを敢えて否定しなかった。
ただ、せめて告白だけはフルネームですれば、自然とニセモノが打ち明けるだろうと思っては、いた。
予想以上にニセモノの性質(たち)が悪くて……あとは、知ってのとおりだ。
すまないとは思っているが、……手に入れるためなら、なんでもするつもりだった。
きっと過去に戻っても、同じことをするだろう。
「―――っは、それ、謝って、ねー。」
笑い飛ばそうとした声が隠しようもなく震えている。
せめて涙は見ないように背を向けた。
何度も深呼吸する音が聞こえ、最後に深い深いため息。
「あーもう。わかったよ。そもそも俺が直接聞けば良かったんだ。会って話したいけど駄目ですか、とか。……変なとこで日和ったから、付け込まれたんだよな。」
芹沢茜。あいつはやべーな。
そう言った志摩が立ち上がる気配。
俺の前に回り込んで、すこし濡れた目で俺を睨む。
「お前は、正直ずりーと思うけど……、逆の立場ならそうしたかもしんねー。だからもう、いいよ。本気なんだろ?」
その言葉に、はっきりと目を見て頷けば、志摩がすこし笑った。
でもやっぱムカつくから、一回殴らせろ。
大人しく頬を差し出したら、頭を強く叩かれた。
「ったく。そのキレーな顔を殴れるかよ、バカ。」
たぶんあおい、まだ帰ってねーと思うから、探してやれよ。
そんなことを言って後ろ手に手を振った背中をじっと見る。
大きくてフェアな、俺の親友。
俺とニセモノが邪魔しなければ、恋が実っていただろうに、こんな軽い一発で受け入れて。
俺の背中まで押して。
―――本当に、お人好しだ。
その背中にひとつ頭を下げて、葵を探して駆け出した。
✢
葵の行き先の心当たりはそれほどない。
けど幸いにも、一つ目で葵は見つかった。
学校のグラウンドの、用具入れ脇の木の下。
小さな体を小さく丸めて、蹲っている。
落ち葉を踏みながら近づいたら、その肩が小さく震えた。
「葵。―――風邪引くよ。」
反応は、ない。
顔も、あげない。
俺を、見ない。
帰らないの?と聞いても、びくりと肩を震わすだけ。
「―――うち、くる?」
その言葉にだけ、ひとつ頷いた。
✢
学校から徒歩数分。バス停までの途中に俺の家はある。
葵は予想外に泣いてはいなかったけど、表情が抜け落ちて人形みたいだ。
ロボットみたいに指示通り進み、寝間着代わりのスウェットを渡せばのろのろと着替える。
無造作に服を脱ぎ捨てていく白い肌が眩しくて、そっと目を背けた。
体格が違いすぎて袖も裾も余り過ぎて、つま先くらいしか出ていない。長めの髪から覗くうなじも鎖骨も丸見えだ。
触れたら壊れそうな体にそそられながらもそっと手を取ってベッドに座らせれば、その体は氷のように冷たい。
とりあえず布団で包んで暖房をつけ、ホットミルクを淹れてくることにした。
「なにか、あったの?」
学校帰りの寄り道のときは、元気だった。
何かあったのはそのあと。
詳しくは聞いてないけど、“あいつはやべー”と言った志摩の言葉からニセモノが何かをしたことだけはわかる。
マグカップを抱えるように両手でもち、長い睫毛をそっと伏せる。
そっと葵の横、ベッドの下に座り込んで、話し出すのを待つことにした。
「―――わかってたつもりだけど、わかってなかったみたい。付き合ってたら、そういうことだって、当たり前なのに。」
傷ついた顔で、眉を下げて、小さく笑う。
そんな顔、するな。
俺以外に、傷つくな。
そう思ったら、口付けていた。
1ヶ月以上ぶりに味わうそれをやわやわと食みながら、見開かれた目をじっと見つめる。
ゆるりと唇を舐めれば、それが誘うように開いた。
舌を差し入れ、くちゅりと舌を絡ませれば、恥じらうように小さく身体を震わせて―――いっそこのまま。
握りしめられたカップを脇に避けて、ゆっくりとベッドに押し倒せば、きょとんとした顔で見上げてくる。
―――くそ。
あまりにも無垢な表情に却って手を出せず、のしかかっていたところから横に寝転がった。
「あ、の……なんで?」
こてんと葵がこっちを向いて、じっと見つめてくる。
本当に無防備だな。自分がどうこうされるとか、考えないんだろうか?
こんなに小さくて細い体、無理矢理にだってできてしまうのに。
それに、なんでだって?そんなの―――
「ヒミツ。」
そう言って片目を瞑ったら、葵の頬がかぁっと赤くなった。
するりとそれを撫でて、もそもそと葵を抱きかかえる。
いつかの保健室と同じ格好になるようにして布団をかぶれば、しばらくして葵が力を抜いた。
とんとんと背中を叩きながら、眠かったら寝てもいいし、泣きたかったら泣いてもいいよ、と囁く。
俺はまた、寝ちゃうから、誰も見てない。
そう付け加えれば、腕の中で葵がくすりと笑った。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
119
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる