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慰める気はない 後 〚早苗〛
しおりを挟む安らかな寝息が聞こえてきたのは、案外早かった。
それが嗚咽でなかったことに少し安堵しながら、少し長めの黒髪を梳く。
保健室の葵の独白は、今でも鮮明に思い出せる。
双子なのに似ていない、落ち着いて聞けたのはそこまでだった。
兄弟との扱いの差は、はっきり言って虐待レベルだ。
家族でなくて、召使のような扱い。
そして、ニセモノの言葉。
「他の男とキスとか、生意気。」という言葉に、ヤツの執着の根の深さを知る。
兄弟のくせに、そういう目で葵を見ているんだろう。
そうでなければ他の男という言葉にはならないはずだ。
そして今日の、「そういうこと」
志摩の様子からして事実ではないハズだけど、大方それを匂わせる何かを見せられたんだろう。
ヤツの執着が恋情、あるいは欲望を含んだものだとは確信している。
それでいて、志摩との様子を見るに―――葵を可愛がりたいのではなく、傷つけたいのだろう。
本当に、性質(たち)が悪い。
顔がどうこうより、性格がまったく似ていない。
さて、これでヤツはどう出るか。
いつまで経っても葵が戻らなければ、どうする?
あるいは、男の家に泊まったと知ったら?
―――早いうちに、危険の芽は潰そう。
✢
葵の携帯が震え始めたのは、23時をまわった頃だった。
そろそろかと思っていたから、出しておいた携帯を見る。
やはり、茜の文字。ヤツだ。
それだけ確認して、番号を控えてから電源を落とした。
こちらから電話をするのは、30分後。
繋がらなくなった携帯に、焦ればいい。
30分後。
葵の携帯から折り返せば1コールも鳴らずに電話に出た。
葵!?と呼ぶ声は、驚くほど葵に似ている。
似ているとこもある。当然だ。双子の弟だ。
そう思えばおかしくなって、少し笑ってしまった。
「―――お前、誰だよ。」
警戒心を顕にした声。
傲慢な物言いは、葵とはやはり似ていない。
顔立ちより何より、性格の違いが二人を似ていないように見せるのではないだろうか。
「誰だと思う?」
「早苗か。葵はどこだ。」
即答とは、まいったね。
話したことはないのに、声だけで特定されるくらいにはマークされていたらしい。
まぁ、掌中の珠を狙うカラスを警戒するのは、当然か。
「あたり。光栄だね、声だけでわかってもらえるなんて。―――葵なら、今俺の横で寝てるよ。」
「っ、……てっめぇ!!!俺の葵をかえせ!!!!」
俺の葵。
その言葉にぶちりとどこかが切れる音がする。
あはは、と嗤った声は、凍るような冷たいものになった。
「おもしろい冗談だね。誰が、誰のものだって?……大切なものを傷つけることしか出来ないガキが、いい気になるなよ。」
「なっ…………!!!」
「葵は、俺がもらう。日曜日の夜には返してあげるから。それまで指を咥えて待ってなよ?」
じゃあね♪とわざと明るい声を出して電話を切る。
すぐにまた掛かってくるかと思ったけど、それもない。
―――そーゆーとこが、甘いんだよ。
ひとつ嘲笑して、あたたかなベッドに舞い戻った。
✢
腕の中でまるまる体温が愛しくて、無防備な寝顔が可愛くてしばらくずっと眺めていたけど、いつの間にか寝ていたらしい。
朝が来て、もぞりと葵が身じろぎして目が覚めた。
そのままじっと見つめていると、稚く目をこすった葵が俺を見て大きく目を見開く。
「おはよ。………よく眠れた?」
微笑みかければ、何度も瞬いたあと少し頬を赤らめて目を伏せる。
色が白いから赤くなるのがわかりやすいな、と思って頬をそっと撫でれば、もっと顔が赤くなった。
「葵。かお、赤いよ。」
緩みきった顔のままそういえば、葵が「う、うるさい!」と言って布団に潜った。
ちらりと覗く耳まで真っ赤だ。
うん、感触は悪くない。
このまま、安心なんてさせない。
心をかき乱して、狼狽えさせて。
俺のことしか考えられないようにして。
これからニセモノは大きく動くだろうし、志摩だってどう出るかわからない。
だけど俺は、俺のスタンスで、葵を待とう。
悩んで、困って、動揺した葵が、俺を選ぶまで。
俺にこそ、奪われたいと思うまで。
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