リフレイン

桃瀬わさび

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本編

リフレインsideB 6 〚カナ〛

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その次のライブは、“plena”としても初めてのスリーマンライブだった。
しかも相手からのオファー。前回のライブを見たひとが、一緒にやってほしいと言ってくれるなんて、想像できるだろうか?
物販の場所も設けていいと言われたけど、それは断った。前のCDには皆が求める声は入っていないから、売るわけにもいかない。
早くバイトしてお金を貯めて、CDを作りたい。
キサちゃんの声を、たくさんのひとに届けたい。

ライブの度に洗練されていくキサちゃんは、いったいどこまで行ってしまうんだろう。
俺はどこまでついていけるだろうか。どこまででも、なんとかついていきたい。
追いつくことは出来なくても、なんとかあの背中を追いかけていきたい。
今回はアンコールを見越して、一曲少なく切り上げた。
案の定かかったアンコールで再登場してもう一曲。
俺が歌ったわけでもないのに、全力疾走したあとみたいに汗だくだ。
額の汗を拭っていたらキサちゃんがばさりとTシャツを脱ぐから、思わず目を背けた。
俺がゲイだってわかってんのかな。いつもどきどきして仕方ないのに、半裸なんて刺激が強すぎる。

「ちょっとクールダウンしてくる。」

新しい服に着替えて水を片手に出ていったキサちゃんを見送って、はああと崩れ落ちる。
キサちゃんはあんなに普通にしてるけど、俺は正直死にそうだ。好きな人の裸とか、きれいな腹筋を汗が伝うところとか、そんなカッコのまま髪を掻き上げるとか、いったいどんなサービスなのか。死ねる。

「なんつーか、キサはあれだな、色々無自覚だな。」
「ホントだよ。CD置かないのだって最後まで反対してたもんね。あれが俺が好きになった“plena”だなんて、嬉しいけどわかってないよね。」

うん。ほんとわかってない。
自分がどんなに魅力的で、どんなにすごいか。
どんなに、俺を、皆を、夢中にさせるのか。

顔の熱が引くのを待って立ち上がった。
キサちゃんはたぶん、前と同じ非常階段だろう。
俺もクールダウンしないと、キサちゃんの声が耳に残って他の声なんか入ってこない。まだ、入れたくない。
察して手を振ったふたりに手を振り返して、控室を出る。
しんとした廊下を抜けて、キサちゃんを追いかけて非常階段に向かった。





「ほんっと、てめーらホモは理解に苦しむぜ。チンコなんか自分ので十分じゃねーか。」


特徴のない平凡な声。嘲る言葉。カズだ。
上を見上げれば、階段の隙間からふたり分の足が見えた。キサちゃんを追いかけるカズと、ゆったりと進むキサちゃん。―――どうしてカズがここに?なんで、キサちゃんと?
差別と偏見に満ちた卑しい声に足が竦む。戻ることも進むことも出来ず、いけないと思うのに聞き耳を立ててしまう。
キサちゃんの声は、聞こえない。

「なぁ、ルナの具合は?あいつなら女みてーだから抱いてやるって言ったのにな。男のがイイって本当か?」

その言葉にぎしりと心が軋んだ。
あのとき、俺はそこまで落ちぶれてなんかいない、そう思ったのは俺なのに。いま改めてその言葉を聞いて、全く違うことを考える浅ましい自分がいる。
もし、万が一、それを言ったのがキサちゃんだったら。
「抱いてやる」と何かの気まぐれで言ってくれたなら、喜んで俺は抱かれるだろう。たった一度でも、キサちゃんと深く繋がれるなら。
そんなこと、あり得るはずもないけど。

大きな音がして階段が揺れた。そのすぐあと、今度はだんっという大きな音。
慌てて階段を駆け上がれば、踊り場にカズの襟首を掴むキサちゃんがいた。

「お前にあいつの何がわかる。」

地を這うような低い声。
怒りを顕にした唸るような声。―――3年前のあの時、四人の男に囲まれても、こんな声はしていなかったのに。
怯んだカズがまた聞くに耐えないことを叫んで、耳を塞ぎたくなった。
ゲイが嫌いなら、俺が嫌いなら、なんで放っておいてくれないのか。
なんでキサちゃんに、そんな生々しいことを言うのか。
悔しくて悲しくてくちびるを噛んだら、鈍い音がした。
一発、二発。キサちゃんがカズを殴って、蹴って、また拳を握りしめて。
―――いけない。あの手は、ギターを弾く手なのに。
思わず階段を駆け上れば、キサちゃんの手がぴたりと止まった。
目を眇めて俺を見るキサちゃんに目を合わせられず、ただカズだけを睨みつける。
久しぶりと挨拶はしたけど、さっさといなくなれという気持ちを籠めて睨んでいたら、突然キサちゃんに抱き込まれた。
きつくきつく抱きしめられて、キサちゃんの心臓の音しか聞こえない。
なんで、いきなり。
俺の心臓は破裂しそうなのに、キサちゃんは当然平常運転で憎らしい。
こんなにぎゅっと抱きしめられたら、勘違いしそうだ。
同じ男の俺でも、少しでもキサちゃんの特別になれる可能性があるんじゃないかなんて、そんなバカな勘違いを。


「………………っぁの、キサちゃん、」

ずっとこうしていたかったけどさすがに心臓が限界で声をかけたら、優しく身体が離された。
まじまじと俺を見るのはきっと、夜目でもわかるくらい真っ赤だからなんだろう。―――仕方ないじゃないか!
少しふてくされて俯いたら、そろりと耳を撫でられて身体が震えた。

―――もうだめだ、頭がパンクして泣きそうだ。

なんで、そんなに優しく俺に触れるの。
なんで、そんなに優しい目で俺を見るの。

「…カナ。俺、歌を作るよ。」

ふわっと笑った彼が、どこか満足気に笑う。
初めて見るその表情に、その言葉に、驚きすぎて声も出ない。
夢かと思って何度も瞬くけど、やっぱりそれは夢ではなくて。

―――すきだ。

いつもの退屈そうな顔も。
歌うときの真剣な顔も。
甘さを秘めたマスタードボイスも、強くひとを射抜く瞳も。
それから、どこまでも甘く優しい、笑顔も。
きっと誰も見たことのない笑顔。
それを見れたことが嬉しくて、けれど手には入らないそれに焦がれて。


嬉しくて切なくてくしゃりと笑った。



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