透明な回想録 ~Transparent reminiscences~

スーパーアドシスO

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大浴場 1

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中庭をぐるりと取り囲むひたすらに長い回廊から続く扉。
幾重にも重なる菱形の模様と無数の羽根のような模様が彫られた豪華な扉は、屈強な男が両手で押し開くような重厚な石扉だ。

扉の両脇にはベールを纏った女性の像が鎮座していた。

これは、……中々にたわわな胸部をしておられる。
だが、おっぱいは柔らかくなければおっぱいでは無い。
これはおっぱいでは無い、単なる石の半球だ。

俺は石像の下乳を見上げながら、扉を押し開く。
多少の力であっけなく開く扉。
そのサイズからは予想出来ないくらいに軽く、肩透かしを食らうようにすんなりと開いた。

扉の先には屋根の付いた列柱に囲まれた中庭があった。

おいおい、中庭の先に更に中庭だと……?


中庭の一番目立つ中央部分、親しみの湧くシルエットが目に入る。
周囲より一際高い、お立ち台の上で陰部を見せ付ける少年の像。

これは、……小便小僧なのか?


よくよく観察すると、俺の知っている小便小僧との差が二点。


天を見上げるように、彼の顔は90度上空へと向けられている。
その空を仰ぐ表情に何とも言えぬ哀愁の色を感じた。

そして、勢いを微塵にも感じないくらいに、なんとも弱々しく用を足す姿。
彼が放出する液体は放物線を描くことなく、足を伝いながら土台の下に位置する円形の水受けへ流れ出ていた。
これじゃ失禁小僧って呼んだほうがしっくりくる。


彼の小水は温泉なのだろうか?
イチモツから足にかけて析出物が付着しており、彼の悲壮感を体現させる装いであるように感じた。

浴槽からオーバーフローした湯がここに来るのだろう。
小僧の放尿量から見て、湧出湯量的にそれほど多くはないのだろうか。
しかし土台にこびりついた、餡掛けがそのまま固まったような析出物に温泉マニアとしては心が躍る。


「……これはすごいな。 早く浴室が見てみたいもんだ」

期待に胸を高鳴らせながら、小便小僧の放尿部をまじまじと眺める。
決して陰部を興味深そうに見ているわけではない、彼の垂れ流す小水の成分が気になっているだけだ。

「これだけ建物が豪華だときっとお風呂も凄く広いんでしょうね。 早く行きましょう!」

「あぁ、そうだな。 って、おい、あんまり引っ張らないでくれ」

少年の象さんに釘付けになっていた俺の手を引き、脱衣所とおぼしき部屋の扉を勢い良く開けるセリカ。


「ここはなんだか地味だな」

他の部屋が装飾過多なだけなんだろうが、脱衣所はすべてが灰色の石造りで出来ていた。

脱衣かごが置かれている棚は石壁に直接彫られており、石壁が四角くくり貫かれて棚としての形をなしている。
悪く言えば殺風景、良く言えばシックな印象。

これと言って変わった様子は無いように見受けられた。
……周囲がステンドグラスになった、使途不明な電話ボックスのようなものがある点以外は。

灰色の空間には浮きまくるド派手な箱。
片隅に立つそれは部屋全体の調和を乱すかのようにアンバランスなものに映った。

「……この防音室みたいなやつ、何かわかるか?」

セリカがコイツの正体に関して見当がつくはずないだろうと思いつつも、俺は尋ねずにはいられなかった。
それだけ超豪華版電話ボックスは存在感を放っていたのだ。

「それはセラさんが言っていた魔導具ってやつですね。 入浴後にその中に入ると身体も髪も一瞬で乾くそうです」

おぉ、コイツの正体を知っているとは。
魔導具というものは良くわからないが、巨大ドライヤーみたいなものだろうか?

「あぁ、だからここには拭くものも何も無いんだな」

脱衣所には、身体を拭くためのタオル的な物は一切用意されていなかった。
据え置き棚と目に優しくないド派手なこの箱があるだけである。

「おまけに洗浄、除菌、保湿の効果まで備えているらしいんですよ!」

深夜の通販番組の如く、食い気味にオーバーリアクションをかましてくるセリカ。
ショップジャ○ンもビックリな便利グッズってことか。

今後もこの独自の進化を遂げた異文明との接触に驚く機会が増えそうだ。



「じゃあ、入りましょうか」

魔導電話ボックスをまじまじと眺めている俺の耳にセリカの声と衣擦れの音が聞こえた。

「おい、待て。 ……何故そこで服を脱ごうとする?」

慌てて振り返った俺の目には、ガーターストッキングを片方脱いだ状態のセリカが映った。
もう脱いでらっしゃる。

「何故って、脱がないとお風呂には入れませんよ?」

きょとんとした顔をしながら、もう片方の足に手をかけるセリカ。
すべすべとした白く濃艶な脚に視線が釘付けになる。

「そ、そうじゃなくて、俺が居る状況で何故脱ぐのかって事だ」

「何か問題でもありますか?」

「問題しかないと思うんだが」

一瞬手を止めたが、再び脱ぎ去ろうとするセリカを慌てて制止する。

大問題だ。
俺はどちらかと言えば、ガーターストッキングは最後まで残しておいて欲しい派だ。
そんなフェチについては脇に置いておくとして、医務室を出る前に倫理的な問題について語ったばかりじゃないですか。

「え? 一緒に入らないんですか?」

「……それは俺に一線を越えろという幇助でしょうか?」

「そうですね、そういう想像をなさったのであれば、全力で幇助したいと思います」

「いや、そ、そこはなんというか、段階を踏んでというか……」

俺は何を答えているんだ……。
視線を泳がせつつ言いよどむ俺は、明らかに挙動不審のそれであった。


「なーんて、冗談ですっ」


ひと際甘い声でそう言うと、医務室で行った双子とのやりとりの時と同じように、例のあざといポーズを繰り出してきた。

「ごめんなさい、ご主人さまがあまりに建物ばっかり見てるので、ちょっと意地悪してみちゃいました。 ……ドキドキしましたか?」

セリカは脱いだストッキングをひらひらとさせながらそう言って俺をからかう。

「あぁ、せっかく伸ばしてもらった寿命が縮むかと思った」

「でも、冗談七割、本気三割ってところでしょうか?」

そう含みの有る言い方で、胸を撫で下ろしたばかりの俺にセリカは追撃してくる。
待て、その内訳はどこから算出された?

「ははっ……、あんまりいじめないでくれよ。 俺は外で待っとくから上がったら声かけてくれ」

「わかりました。 でも、ここでお待ちいただいても構いませんよ?」


理性を試すかのような言葉の応酬から、俺は逃げるようにして扉の外へと抜け出したのであった。
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