透明な回想録 ~Transparent reminiscences~

スーパーアドシスO

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大浴場 2

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いつからだろうか、異性に苦手意識を覚えるようになったのは。
一歩引き、穿った目で見るようになったのは。
互いに意識するだけでドキドキするような、そんなギャルゲーのように初々しくて甘酸っぱい青春を送りたいだけだったはずなんだが。

初めて出来た彼女はクソビッチだった。

まだウブだった俺は、あの子の事を考えると夜も眠れない、的な状況をリアルにやってしまう純粋な心を持っていた。
何気ない日常でも好きな子と一緒だと、全てが色付いてキラキラと輝くかのように見えたものだ。
一人で舞い上がっていただけという現実を衝きつけられるまでは。

「秘密にしてたことがあるんだけど、……子供が出来たの」

目を見つめたり、手を握ることさえ恥ずかしくて躊躇うような純情ボーイが、恐れ多くも性交渉に及ぶなんて胆力はあるはずが無かった。

「たぶん彼氏の子供だと思う。 だからもう連絡してこないで」

彼氏は俺じゃないの? あと、たぶんって何?

言葉の意味がわからない、いやわかってはいるが理解したくなかったのだろう。
俺の初めての恋愛はそれで終わった。


そんな傷痕を、遠距離恋愛ではあったが癒してくれた子が居た。

中々会う事は出来なかったが、その日あった何でも無い出来事を電話で報告し合ったり、次に会った時に一緒にどこに行きたいだの、とりとめの無い会話が楽しくて仕方がなかった。

声を聞くだけで抱きしめたくて堪らなくなるような、あの感覚が恋なのだと認識させられた。
半年ぶりに会う彼女が、三桁超えの力士と化すスーパーイリュージョンをやってのけるまではそう思っていた。

人は見た目じゃないと綺麗事では言えるかもしれない。
だが、生きていく中で視覚という情報が占める割合は重い。
百年の恋も一時に冷めるとはよく言ったものだ。

俺は彼女と土俵入りする事を拒絶した。


次に付き合った彼女はメンヘラだった。

家に帰り風呂の準備をしようと、灯りをつけた時の戦慄感は今でも忘れない。
服を着たまま、水を張った浴槽にリストカット状態で入り薄笑いを浮かべながら俺を見るあの目を。
そもそも俺は合鍵を彼女に渡した覚えは無い。

その後も俺の携帯電話の画面に包丁が突き刺さっていたり、靴が全て左右縫い合わされていたりと奇行が続いた。
彼女の精神的な弱さ含めて俺が丸ごとどうにかしてやる、という気概は少しずつ蝕まれていき、じきに限界が訪れた。


そんなこんなで俺は女性に対して深くトラウマを抱えている。
一時は女性と喋ることすら躊躇われた。

時間の経過と共に多少はマシになったのだが、どう接すれば良いのかわからなくなる場面もある。

今日忽然と俺の目の前に現れ、これでもかと好意を向けてくれている彼女は信じるに値すると思いつつも、どう向き合っていいのか正直わからないのである。

それが十年間連れ添った愛車であると言われれば尚のこと、彼女をどういう目で見ればいいのか困惑してしまう。


過去は過去……、それに縛られてばかりでは前に進むことなど出来ない。

俺は、前に進みたいのか?

前進も後退もしたくない、その場に立ち止まったままで良い。
そうすれば、それ以上傷付くことも無いのだから。

最後の恋が終わってから、俺はずっとそう思っていた。



――――――――――――



星空が近く感じた。

見慣れた空よりもずっと低く、手を伸ばせば届くんじゃないかと思うくらいに。
もっとも、そんな事はなく星々は遥か彼方にあり、手が届くことなんてないことは承知している。

そう感じさせるくらいに、この世界の星明りは明るく力強く光って見えた。

「ご主人さま、もう入ってきても良いですよ!」

小便小僧の横で彼と同じように、天を仰ぎながら回想にふけっていた俺に、セリカが扉の向こうから呼びかける。
彼女の声を聞くことで、沈んだ気分が少し晴れたような気がした。

「あぁ、早かったな」

静かに扉を開き中を伺う、そして中に入る事無く勢い良く扉を閉める。
俺の行動はあまりに無警戒過ぎたようだ。
事前にこうなることを予測するべきであった。

「……なぜ服を着ていない?」

髪で胸は隠れていたが、一糸纏わぬ姿で佇むセリカがそこには居た。
仄かな湯気を帯びたその身体は魅惑的で、脳が痺れるような錯覚を与えるものであった。

あの、あなたは異性に裸を見せ付ける趣味でも有るんですか?

「えー、着てますよ」

何を馬鹿なことを言ってるんだといわんばかりの表情で俺の問い掛けにそう答えるセリカ。

「俺の目には全裸にしか映らなかったんだが」

「そうですか。 残念ですね、これは変態には見えない服なんです」

待て、その言い分がまかり通るのであれば、公然わいせつ罪で捕まる人間は皆無になる。
百万歩譲って彼女の言い分が真実であると仮定しよう。
真実であれば、

「つまり女装して徘徊する俺は、変態ということで間違いないわけだな」

こう結論付けられるわけである。
変態には違いないかもしれないが、俺は紳士だ。
自分で言うのも何だが、『変態という名の紳士』ではなく『紳士』だ。

「そういうことになりますね。 もう一度確認しますか?」

そして自ら扉を開けようとするセリカ。
俺は慌てて扉を外側から抑え付ける。
力勝負で彼女に勝てる見込みが微塵も無いことは承知の上だ。

『男には、例え結果が解っているとしても、それに抗う必要に迫られることもある』ってギャンブル中毒の爺さんが言ってたな。


「いや、確認しても変態だと再認識するだけだ。 ……それより、服を着てくれ」

俺は扉を抑えたままで悲痛な呼び掛けを送る。
程なくして、内側から引っ張る力が消えた。
そして、扉の向こうから衣擦れの音が聞こえる。

やれやれ、どういうつもりなんだ……。

「冗談が過ぎましたね、ごめんなさい。 ただ、不公平かなって思ったんです」

衣擦れの音に混じって聞こえるセリカの声。

「俺に裸を見せ付けることで保たれる公平性なんてものが有るのか?」

「私はご主人さまの裸を見てますから。 ……これで、おあいこかなって」

確かに俺は目覚めるまで一糸纏わぬすっぽんぽんだった。
……彼女なりに気にしていたという訳なのだろう。

今しがた目にした光景は、俺の裸と等価だとはとても思えない位に素晴らしい光景だった気がするが。

「とにかく、……変な気を起こさないうちに早く服を着てくれ」


嘘だった。


そもそも服を着ていてもあの露出度じゃエロい事に変わりは無い。
おまけに容姿、スタイル抜群という完璧美少女だ。

今日一日の中で健全な男子であれば、とっくに下半身が反応している場面が幾度もあったはずだ。
しかし、俺の亀さんはやる気無くうなだれたままでいる。

度重なる女性関係での心因的なストレスからか、俺の男性としての尊厳は機能を停止した。



すなわち、……EDなのである。
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