透明な回想録 ~Transparent reminiscences~

スーパーアドシスO

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天使の誘惑

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「あぁ、おやすみ。 だから、忍び込まないから安心しろ」

俺はセリカとの漫才を終え、自室の扉に手をかけた。
歩き回ったせいで疲労物質が蓄積した身体を、引き摺るようにしてベッドへと向かう。

ボフッ。

沈み込む身体を包み込む布団と、それを押し戻そうとする感触が心地良い。
ただ、このベッドの広さだけは、やはり落ち着かない。

今日一日の出来事を頭の中で振り返っていると、すぐに訪れるまどろみ。
まどろみの中で思い浮かべるのは、神殿に帰ってきてからのセラとのやりとり。

――明らかにセラの様子はおかしかった。

顔は笑顔だったが、どう見ても無理に作った表情、作り笑顔。
口元だけで作ったそれに、俺はなんともいえない不自然さを感じた。

その理由が気にならないわけではない。
しかし、首をつっこんだところで俺に何が出来る?
理由を尋ねるということは、それに対しての答を用意しなければならないということだ。

それが例え、最適解でないにしても。

俺は知ってしまった事実に、確答することが出来るだろうか。

「……それは、まだ無理だな」

命の恩人と言えど、文字通りセラとは昨日今日見知った仲である。
だからこそ些細な表情の変化などは目に付きやすいのだが、それが意図するところを汲み取るに到らない。

足りないのだ、圧倒的に、親交が。

端からみればセラは、天界から厄介事を押し付けられた挙句、更なる厄難を被った被害者と言える。
もっとも当の本人にはその意識は無く、ただただ優しいだけなのが気が咎める。

そうこう思索にふけっているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。

……どのぐらい眠っていただろうか。

眠りを妨げるように発せられる物音により、睡眠状態から覚醒する。
どうやら灯りも消さずに眠りこけていたようだ。
長いあくびをしてから、重い瞼を薄っすらと見開き辺りを見渡す。

眠りを妨げる正体はすぐに判明した。

コンッ、……コンッ、……コンッ、コンッ。

物音の正体は、扉を弱々しく叩く音。
それも何故か外側からではなく、内側から。

何故、……内側から音がする?

周囲が暗闇だとしたら、間違いなくホラーな光景。


「あぁー、やっとぉ、お目覚めですねぇー」

発せられた言葉と一緒に届く、鼻を突く臭気。
アルコールの匂いだ。

それも強烈な。

「ここまで来たんですけどぉ、もぉ……、一歩も歩けませぇーんっ」

ここまであからさまな酔っ払いを目にしたのは久しぶりだ。
足を崩してペタンと床に座り込み、扉にもたれ掛かるようにしてヘラヘラ顔でこちらを見るセラ。
あぁ、セラさん……、なんてだらしない表情をしてるんだ……。

「セラさん、どうしてこんなところに……。 って、くっさ!」

上気したように頬を染めて潤んだ瞳で俺を見つめる。
酔っ払いでなければ堪らなくぐっとくる表情だ。

……だが、猛烈に臭い。

「どうしてってぇ、よばいですよぉー、よばぁーいっ。 異性の寝室に忍び込むのにぃ、ほかに理由がありますかぁー?」

この天使は、夜這いと申すか。
明らかにうまくまわっていない舌で、上機嫌そうに言う。

「アンドウ様はぁ、わたくしではご不満ですかぁ?」

幼児体型から成熟した大人の女性の身体へと進化していく過渡期のような肉体、目にするだけでタブーに触れている心地。
不文律を犯すことへの甘美な誘い。

不満だなんて滅相もない。

おいおい、身体とは対照的になんてエロい下着を着けているんだ、この天使は。

「不満も何も、なぜ服を着ていない……」

どうしてこう、セリカといいセラといい闖入する時は必ず下着姿なんだ。
汗ばんだか細い肢体が照明の光を反射して艶めかしく光る。

「ふふふ、なんで、……でしょうねぇ。 理由を確かめてみますぅ?」

こちらを見つめたまま、腰を浮かせながらゆっくりと、下着に手をかける。
待て、何故脱ぐ?

この状況で興奮しない男は、ゲイか仏かどちらかだろう。
興奮はしているが、沈黙を貫き通す我が愚息、もはや完全に悟りを開いてやがる。

「だから、それ以上脱ごうとするなって、な」

慌てて駆け寄った俺は、覆いかぶさるようにセラの両手首をガシっと掴む。
今この部屋に入って来た者がこの光景を目にしたなら、どう見ても俺が襲い掛かっているようにしか見えない構図だ。

「ふふふ、アンドウ様は意外と積極的なんですねぇー」

「す、すまない、いきなり触れてしまって。 って、そうじゃなくて、……履け、それ以上見える前に」

華奢な手首から伝わる柔らかな感触。
煩悩を振り切るように、そのままセラの手首を上へと押し戻す。
面積の少ないどぎついピンク色の下着が、あるべき位置へと戻る。

「あらあらぁ、着たままのほうがお好みですかぁ?」

まぁ、その面積であれば履いたまま致すことも出来ようが、別にシチュエーション的な意味で履かせたわけじゃない。

「嫌いじゃないが、とりあえず、これを着なさい」

このままでは埒が明かないので、まずは視覚的にどうにかする事に。
俺は頂き物の真っ黒ローブで、セラを封印した。

背中の翼が邪魔だったので、後ろ前逆になってしまったが遮蔽は成功だ。


「すまん、セラさん。 少々手荒だが、このまま部屋まで連れていく」

まともな成人男性並みの腕力があったなら、ここでお姫様抱っこでも出来るのだろう。
しかし、俺のもやし体型では不可能である。

悪戦苦闘の末、どうにかこうにかセラの身体を背中に担ぐことに成功した。
腰にかかる重量を感じながら、そのままつんのめるようにして立ち上がった。

見るからに軽そうな身体をおんぶするだけで、ここまで手こずるとは自身の非力さが憎い。

「はぁ……、良し、このままおぶっていくから、セラさんの部屋まで案内してくれ」

背中にしなだれかかるセラに、振り返るようにして声をかける。
俺の右肩に顎を乗せていたセラの顔と俺の顔とが急接近する。

……近すぎる。

普段は顔半分を隠す前髪のせいで顔全体が見えることは無い。
初めて至近距離で見る、露わになったセラの顔に、俺は胸の高鳴りを感じた。

幸いなことに、瞳は閉じられている。
この距離で見つめ合ったら俺の心臓が持たない。

……だが、凄烈に臭い。

「おい、もう少しだけ頑張ってくれ。 直ぐ、部屋に連れていってやるから」

「えー、いやですぅ、帰りたくなぁーっい」

その瞬間、全身に電流が走るような感覚。
カクンと抜けるように力が入らなくなった俺は、堪らず膝からその場に崩れる。
一瞬何が起きたか理解出来なかったが、事態を把握するまでにそう時間を要することはなかった。

この天使……、耳を甘噛みしやがった。

「いっ、いきなり噛まないでくれ、セラさん」

「鈍感なアンドウ様にはぁ、お仕置きですよぉ」

そのまま突っ伏す俺の背中にのしかかる様な体勢で、セラが耳元で囁く。

「だってー、見つめ合うような距離でぇ、女の子が目を閉じたらぁ、何を待っているかなんてぇ……、一つしかないですよねぇー?」

……意図的に閉じてたのか、あれ。

「こうなったらもぉー、実力行使ですっ」

馬乗りになったセラが、ゴロンと俺を仰向けに転がす。
歩けないとか言ってたくせに、なんてパワーなんだ。

撚金糸のように上品な輝きを帯びた長い前髪を、片手で押さえながらセラが顔を近付けてくる。
腹の上で完全にマウントポジションを取られた俺は無抵抗だった。

「ふふふ、かぁーわいぃ」

触れ合う唇と唇。
セラの熱い体温が、柔らかい感触を通して流れ込んでくるような感覚。

時間差で訪れた、鼻に抜ける筆舌に尽くし難い臭気。

「ぷっ、はぁっ、くっさ!」

「あー、乙女の口づけに対してぇ、その反応は酷いですよぉー」

むくれ顔になったセラが、俺の唇を人差し指でそっと撫でる。

「つ、つい正直な感想が……」

「もぉ、意地悪ぅー。 そんなこと言う人はぁ、こぉですよっ」

倒れ込むように、俺に抱き着いてくるセラ。
俺の目に、根元付近から無くなった、翼であったであろう残骸が映る。

「ごめんな、……翼、俺のせいで」

居た堪れない気持ちになった俺は、セラを抱き締め返し背中を撫でた。

「いいんですよぉー、あなたが無事なら、それで……」

身動きが取れない俺をよそに、そのまま突如静かになる。
すーすーと吐息が漏れる音が耳に届く。

「やれやれ……、いきなりおやすみか」


余力を振り絞り、俺はセラをベッドに移動させた。
椅子に腰掛け、無邪気な寝顔を見つめながら、想像し難い彼女の変貌ぶりと、夕刻の彼女を脳内で比較する。

あの陰のある様子が、ここまでの深酒に至る要因であるのは間違いないだろう。
先程の出来事が全て嘘であったかのように、可愛らしい寝息を上げて眠るセラ。

思えば、セラに対しては異性として意識しても、名前で呼ぶことに抵抗が無い。
好意を持つ異性に呼びかける際に、名前を口にしようとするとどもるヘタレなのに何故か。

それはセラが『天使』という存在だからか、もしくは自分より立場が上だという認識からか、それとも好意がないからだろうか。

最後の仮定は否定せざるを得ない。
現に、寝顔を見ているだけなのに、未だ胸の高鳴りが収まらない。

結局、俺は一睡も出来ず、辺りが白み始めるまでセラの寝息を聞いていた。
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