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本編
81話 掲げられた旗(フラグ) その11
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それから手にした矢を正に矢継ぎ早に投げつけるクロノス、その度に数人の帝国兵が塊になって吹き飛んだ、これはいかんと逃げ出す石弓兵、代わりに弓兵が進み出る、なるほどそうなるよなと納得するタロウ、どうやら帝国では石弓兵と弓兵を分業しているらしい、となると石弓はどうしても次弾の発射に手間と時間がかかる、帝国の石弓は金属製である為、その分威力はあるが引き搾るのに足で踏みつけ両手で引く必要があり、となれば連射にはまるで向かないのだ、ましてこの突発的な状況では準備もままならなかったのであろう、見れば威嚇の第一射を放った石弓兵がこちらに向かっているようで、しかし、その動きが遅いのはクロノスが弾き飛ばした肉塊となった戦友の姿をもろに見てしまったからであろう、動揺するなというのがまず無理だ、タロウから見ても人の所業とは思えぬ有様である、いかに精強で多くの国々を相手に勝利してきた帝国兵であろうと、矢一本を素手で投げつけ、挙句に人を塊にして吹き飛ばすような所業は、人であろうが魔物であろうが動物であろうが見た事は無いと思われる、そして、
「撃て!!」
先程の近衛が叫ぶ、やっとその役割を思い出したらしい、オワッとクロノスは笑いながら結界内に駆け戻る、その背を追った矢がキンと唸って空中に制止した、
「トーラー、槍だ!!」
息つく暇なく叫ぶクロノス、ハッとトーラーは荷馬車から一本の槍を取り出す、エッ、それ槍だったのと愕然とするタロウ、それを左手に掴むクロノス、その間にも帝国軍の騎馬兵がクロノス目掛けて突進してくる、これはと身構えるメインデルト、王国の近衛兵もガッと槍を構えるも指示も号令も無い、駆け寄る騎馬兵を睨みつけたままいいのかなと不安そうにチラチラと軍団長らを伺う近衛達、これだけの軍団長が居並んで指示が遅れているとは考えにくく、また怖気づいてる筈も無い、リンドがその雰囲気に気付き、
「近衛は待機だ、王太子殿下の戦い方、その目に焼き付けろ!!」
メインデルトもかくやとなる戦場独特の大声である、わっ、リンドさんもこの声が出せるんだと驚くタロウ、普段の紳士然とした口調と態度からはまるで想像できない覇気である、ハッと500人もの近衛が答え、ヨシッと返すリンド、犬かよとは思っても言わない方がいいなと黙るタロウである、そして、
「フッ、行くぞ」
クロノスが気合を入れ直して馬を翻し、騎馬兵を迎え撃つ、その瞬間、バギャッと耳慣れない音が響いた、血煙に染まる大気、真っ白に化粧された大地に鮮血が走った、クロノスが振り回した槍、その軌跡にいた騎馬兵が馬ごと真っ二つにされた挙句にその余波でもって吹き飛ばされたのだ、後方にいた騎馬兵にぶつかる同僚の半身と馬の頭部、男達の悲鳴とも呻きともとれる叫びが上がる、
「まだまだー」
勢いをかって進むクロノス、その手の槍が振るわれる度、裁断された人体と馬が曇天の下に弾け飛んだ、
「・・・これほどとは・・・」
トーラーが呟いた、
「・・・確かに・・・」
メインデルトも目が離せない、
「・・魔王ですな・・・」
リンドもそう口にせざるを得なかった、無論他の軍団長らも近衛兵もそしてボニファースですら唖然と見つめる他無い、ボニファースが今日のこの会談においてまずはクロノスが先に立てと直々に指示している、つまりは露払いですなと確認するクロノス、その通りと頷くボニファース、会談そのものはこの戦争の総大将となるメインデルトが努める事となり、実際にそのようになっていた、ボニファースはどうやらクロノスの本当の実力を知りたがっていたらしい、タロウも時折ボニファースから探りを入れられていた、タロウはのらりくらりと適当に答えていたが、なるほど、先の大戦から三年、四年目になるもその間大きな戦が無く、となればクロノスはリンドやパトリシアらと共に北ヘルデルの復興に注力する事となる、するとボニファースですらクロノスの実力を知る機会が無かったようで、それが一番ですよとタロウは微笑むしかなった、而してこれである、戯れのように投げつけた矢一本で数人の兵を屠り、槍の一薙ぎで馬ごと兵を裁断する、それも数人まとめて、この場にいる誰もが息を呑むのも仕方なく、その暴力を向けられた帝国はあまりの理不尽さに混乱する他無い、そしてタロウは、
「あー・・・トーラーさんね」
ソッと問いかける、
「えっ、あっ、ハイ、何でしょう」
クロノスの威容に集中していたトーラーが慌てて振り返る、
「あの・・・槍ってさ・・・」
「ハッ、クロノス殿下が作らせた専用の槍です」
即座に答えるトーラー、やっぱりなーと呆れるタロウ、先程荷馬車の上にあって何だこの鉄の杭はと首を傾げたそれがその槍であるらしい、いや、タロウから見ればそれは鉄の棒でしかなった、何の装飾も無い無骨な鉄の塊、辛うじて槍先には刃が付けられているようであるが、それであっても近衛兵の標準装備となる長剣と同等の長さがあるようで、あっ、これ薙刀じゃないの・・・と確信するタロウである、もう少し反りを加えて見栄えを良くすればそのままであった、そして問題はその柄である、槍は持ち手を木製にし重量を押さえ先に短い刃物を備えるのが共通した造りであろう、実際に王国もそうであるし、帝国もそうである、タロウが知るこちら側の国々の多くもそうであった、而してクロノスが振るそれは全てが鉄で出来ている、どれだけの重量があり、また扱いにくいか、挙句長大であった、王国の一般的な槍の二倍はある、それを左手一本で小枝のように振り回すクロノス、帝国兵もこれは対処のしようがないと距離をとる他無いようで、
「・・・なんだ、その程度か!!」
ブンと槍を振り下ろし叫ぶクロノス、振り下ろした槍から血しぶきが舞い、その槍先からは真っ赤な血液と肉片やら臓物がじっとりと滴り落ちた、
「・・・弓兵、一斉斉射!!」
先程の近衛が号令を掛けるも弓兵は慌てて矢をつがえだす、どうやら余りの有様に手が止まっていたようで、
「遅いわ!!」
クロノスはガッと馬の横腹を蹴り付け騎馬兵に突っ込んだ、こうなると友軍に当たりかねない弓は使えないものである、ウォッと騎馬兵が馬首を返すもそれもまた遅い、背後から切りつけられ真っ二つになる騎馬兵、慌てて逃げ出す騎馬兵達に、
「どうした、足りんぞ」
返り血に染まり叫ぶクロノス、
「・・・あれかな?止めた方がいいかな?」
今度はリンドに確認するタロウ、
「・・・どうなのでしょう、私もここまでの・・・その・・・有様は初めてでありまして・・・」
不安そうに返すリンド、トーラーも流石にこれはと目を細める、
「まぁ・・・うん、十分だよね・・・」
タロウはそっとその場を離れ総大将であるメインデルトに近寄ると、
「どうします?このままだと殺し尽くしかねないですよ」
と何とも適当に声を掛けた、ウオッと驚きタロウを見下ろすメインデルト、メインデルトはクロノスを呆然と見つめてしまっていた、話しでは聞いているし、実際に魔王を倒したともされている、しかし、その実力を目にするのはこれが初めての事である、そしてその様はメインデルトが知るクロノスの姿では無かった、少なくともメインデルトの記憶にあるクロノスは近衛としてそれらしい仕事をするが、取り立てる程の能力は無く、他の近衛と比べても頭二つ分はでかい巨躯の持ち主であっただけである、その巨躯故に目立った為かパトリシアの目に留まり、しかし生家の問題があり貴族籍を失い、近衛を離れ、軍も離れて冒険者となり、さらになんやかんやあって今こうして眼前で大暴れしている、何気に軍の指揮官として、また上官としても付き合いの長いメインデルトであった、それ故に人とは思えぬその有様に驚くと同時に言い知れぬ恐怖を感じてしまっていた、
「・・・だな・・・止められるか?これでは主旨に反する」
口元を引き締めギロリとタロウを睨むメインデルト、直接話す事の少ない二人であった、事此処に至って指示を求められるとはと少しばかり意外に感じるメインデルトである、なにせクロノスやイフナースと共に勝手放題やっている男なのである、さらにはリューク情報参謀とやらもその姿は数度しか見ていない、何気に不愉快ではあった、
「ハッ・・・トーラーさん、馬車を前に」
サッと振り返り指示を出すタロウ、
「あっ、その前にリンドさん、矢を落してしまって」
ハッとリンドが答え、サッと手を大きく翻す、途端、結界によって空中に静止していた矢がバタバタと地表に落ちた、オオッと驚く軍団長達、イフナースやロキュスもこうなるのかと目を丸くする、
「ん、少々血生臭い・・・いや、まさに血生臭いな・・・手前でいいかな?」
タロウは呟き、ゆっくりと馬を進ませるトーラーに左手を上げ止まるようにと指示し、トーラーは手綱を引いて馬を止めた、ヒヒンと馬が軽く嘶く、タロウはそのまま荷馬車から机を二つ運び出す、トーラーも御者台から下りて手を貸し、王国の陣営から若干離れ、まだ血で汚れていない雪で覆われた場所に二つの長机を並べる、いつのまにやらリンドも馬を下りて椅子を数脚持って来ており、その間もクロノスは縦横無尽に暴れまわっていた、いや、騎馬兵は追い回し、弓兵とみれば馬で体当たりと、どうやら遊んでいるらしい、その手の槍を振るう事は無いようで、あっ、少しは理性が残っていたと安堵するタロウ、そして荒野のど真ん中、真っ白い雪の絨毯の上に即席の会談場が作られると、
「さて・・・では、軍団長、こちらへ、トーラーさん、リンドさん、計画通りに」
主要人物を見渡すタロウ、ハッとトーラーは荷馬車に向かい木箱を手にする、リンドも一度戻って馬を近衛に預け、メインデルトも、
「エメリンス」
と副官の名を呼び馬を下りた、懐かしい名前だなーと思うタロウ、無論毎日顔を合わせているが名を聞くのは久しぶりのような気がする、なにせ共に帝国の街に侵入した仲である、知らない人物では無い、ハッとエメリンスが馬を進め下馬し、さらに事前の打合せ通り、近衛の精鋭が20人程、騎乗したまま進み出る、
「ではこちらへ、皆様ここからは予定通りに」
タロウはニコリと微笑み振り返る、そこではいまだクロノスが猛り狂ってはいるが、人死にはでなくなったようで、弓兵達はもう遠くに逃げ出しており、騎馬兵と指示を出していた近衛がクロノスに追いかけられたり包囲したりとてんやわんやであった、さらにその後方でも何やら動きがある、さらなる増援であろうか、
「そこまで!!」
タロウが大きく叫んだ、無論帝国語を意識している、ビクリとこちらを見つめる帝国兵達、クロノスもオッと振り返り、長机が並んでいるのを目にすると、
「なんだ、もう少し遊びたかったな・・・」
ムーと顔を顰めてあっさりと馬首を返した、エッとその背を睨む帝国兵、
「アッハッハ、また遊んでやるぞ」
クロノスはニヤニヤと微笑みながら捨て台詞を吐き捨てる、無論その言葉の意味は分からないであろう帝国兵であった、そしてタロウはここからだなと気合を入れ直しクロノスと擦れ違うように帝国兵の前に進み出ると、
「会談の用意がある、貴殿のような近衛程度では話しにならん、イウス・サンクタム帝国、皇帝であるジウス・アンドロイス・シェザーレ・ミドレンシア5世陛下、若しくはバルフレード・ジルタ・ベリアヌス提督の来臨を賜りたい」
ポカンとタロウを見つめる近衛兵、生き残った騎馬兵達も唖然とタロウを見つめるしかない、ありゃ、翻訳されていないのかなとタロウはゆっくりと首を傾げてしまうも、
「来臨だと!!」
近衛がやっと反応を返した、アッ通じてたのねと安堵するタロウ、そして、
「その通りである、二度も言わぬ、帝国の兵は聾者ばかりか!!」
さらに気合を入れて返すタロウ、とてもではないがメインデルトやリンドのような覇気を纏った声にはならない、今一つだなー等と思ってしまう、
「・・・貴様らなどの前に出せると思うか!!」
近衛が猛り吠えた、まぁそうなるよなーと思うタロウ、しかしここは皇帝その人は無理でも提督様には出てきてもらわないとなーと思いつつ、
「それを判断するのは貴様ではない」
バシリと言い返す、ナッと黙する近衛兵、
「であろう、いいから戻って裁可を仰ぎなさい、せめてほら、どちらかが出てこないと話しにもならんのよ、こっちはほら、さっきも名乗ったでしょ、王の片腕である軍団長が直々にまかり越しているんだからさ、無論、あれだ、君が帝国を代表して会談に応じるとなればそれでいいんだけどね・・・無理でしょ・・・」
ニコリと微笑み普段通りに話しかけるタロウである、エッと目を丸くする近衛兵、タロウとしてはあくまで普段の調子で話しかけたつもりである、
「・・・まぁ、ほら、そういう訳だからさ、あっ、あれだ、君が確認に行っている間はあれは押さえておくから、大丈夫これ以上被害は無いよ・・・無駄に兵を減らす事は無い」
さらにニコリと微笑むタロウ、ムッと近衛兵が睨み返す、あーこれは優しくしてはいけない場面らしいとタロウは捉え、
「難しいようならあれを突っ込ませるぞ、貴様らの軍に、誰彼構わず吹き飛ばすからな、どうせいるんだろ?皇帝様も提督様も、すぐそこにさ、ついでに数万の軍もあれ一人で潰せるぞ、試してみるか?」
あまり使いたくない脅しである、タロウとしては冗談ではないんだけどなと思いつつ、また帝国兵らもこれはまずいと察したらしい、近衛は同僚らしい者に小声で確認し、その同僚らしき者が馬首を返して本体に駆けた、
「それでいい、じゃ、暫し待つ、待ちくたびれたらそう警告するから、その時は・・・」
タロウはニコリと微笑み腕を組んで踏ん反り返って見せた。
「撃て!!」
先程の近衛が叫ぶ、やっとその役割を思い出したらしい、オワッとクロノスは笑いながら結界内に駆け戻る、その背を追った矢がキンと唸って空中に制止した、
「トーラー、槍だ!!」
息つく暇なく叫ぶクロノス、ハッとトーラーは荷馬車から一本の槍を取り出す、エッ、それ槍だったのと愕然とするタロウ、それを左手に掴むクロノス、その間にも帝国軍の騎馬兵がクロノス目掛けて突進してくる、これはと身構えるメインデルト、王国の近衛兵もガッと槍を構えるも指示も号令も無い、駆け寄る騎馬兵を睨みつけたままいいのかなと不安そうにチラチラと軍団長らを伺う近衛達、これだけの軍団長が居並んで指示が遅れているとは考えにくく、また怖気づいてる筈も無い、リンドがその雰囲気に気付き、
「近衛は待機だ、王太子殿下の戦い方、その目に焼き付けろ!!」
メインデルトもかくやとなる戦場独特の大声である、わっ、リンドさんもこの声が出せるんだと驚くタロウ、普段の紳士然とした口調と態度からはまるで想像できない覇気である、ハッと500人もの近衛が答え、ヨシッと返すリンド、犬かよとは思っても言わない方がいいなと黙るタロウである、そして、
「フッ、行くぞ」
クロノスが気合を入れ直して馬を翻し、騎馬兵を迎え撃つ、その瞬間、バギャッと耳慣れない音が響いた、血煙に染まる大気、真っ白に化粧された大地に鮮血が走った、クロノスが振り回した槍、その軌跡にいた騎馬兵が馬ごと真っ二つにされた挙句にその余波でもって吹き飛ばされたのだ、後方にいた騎馬兵にぶつかる同僚の半身と馬の頭部、男達の悲鳴とも呻きともとれる叫びが上がる、
「まだまだー」
勢いをかって進むクロノス、その手の槍が振るわれる度、裁断された人体と馬が曇天の下に弾け飛んだ、
「・・・これほどとは・・・」
トーラーが呟いた、
「・・・確かに・・・」
メインデルトも目が離せない、
「・・魔王ですな・・・」
リンドもそう口にせざるを得なかった、無論他の軍団長らも近衛兵もそしてボニファースですら唖然と見つめる他無い、ボニファースが今日のこの会談においてまずはクロノスが先に立てと直々に指示している、つまりは露払いですなと確認するクロノス、その通りと頷くボニファース、会談そのものはこの戦争の総大将となるメインデルトが努める事となり、実際にそのようになっていた、ボニファースはどうやらクロノスの本当の実力を知りたがっていたらしい、タロウも時折ボニファースから探りを入れられていた、タロウはのらりくらりと適当に答えていたが、なるほど、先の大戦から三年、四年目になるもその間大きな戦が無く、となればクロノスはリンドやパトリシアらと共に北ヘルデルの復興に注力する事となる、するとボニファースですらクロノスの実力を知る機会が無かったようで、それが一番ですよとタロウは微笑むしかなった、而してこれである、戯れのように投げつけた矢一本で数人の兵を屠り、槍の一薙ぎで馬ごと兵を裁断する、それも数人まとめて、この場にいる誰もが息を呑むのも仕方なく、その暴力を向けられた帝国はあまりの理不尽さに混乱する他無い、そしてタロウは、
「あー・・・トーラーさんね」
ソッと問いかける、
「えっ、あっ、ハイ、何でしょう」
クロノスの威容に集中していたトーラーが慌てて振り返る、
「あの・・・槍ってさ・・・」
「ハッ、クロノス殿下が作らせた専用の槍です」
即座に答えるトーラー、やっぱりなーと呆れるタロウ、先程荷馬車の上にあって何だこの鉄の杭はと首を傾げたそれがその槍であるらしい、いや、タロウから見ればそれは鉄の棒でしかなった、何の装飾も無い無骨な鉄の塊、辛うじて槍先には刃が付けられているようであるが、それであっても近衛兵の標準装備となる長剣と同等の長さがあるようで、あっ、これ薙刀じゃないの・・・と確信するタロウである、もう少し反りを加えて見栄えを良くすればそのままであった、そして問題はその柄である、槍は持ち手を木製にし重量を押さえ先に短い刃物を備えるのが共通した造りであろう、実際に王国もそうであるし、帝国もそうである、タロウが知るこちら側の国々の多くもそうであった、而してクロノスが振るそれは全てが鉄で出来ている、どれだけの重量があり、また扱いにくいか、挙句長大であった、王国の一般的な槍の二倍はある、それを左手一本で小枝のように振り回すクロノス、帝国兵もこれは対処のしようがないと距離をとる他無いようで、
「・・・なんだ、その程度か!!」
ブンと槍を振り下ろし叫ぶクロノス、振り下ろした槍から血しぶきが舞い、その槍先からは真っ赤な血液と肉片やら臓物がじっとりと滴り落ちた、
「・・・弓兵、一斉斉射!!」
先程の近衛が号令を掛けるも弓兵は慌てて矢をつがえだす、どうやら余りの有様に手が止まっていたようで、
「遅いわ!!」
クロノスはガッと馬の横腹を蹴り付け騎馬兵に突っ込んだ、こうなると友軍に当たりかねない弓は使えないものである、ウォッと騎馬兵が馬首を返すもそれもまた遅い、背後から切りつけられ真っ二つになる騎馬兵、慌てて逃げ出す騎馬兵達に、
「どうした、足りんぞ」
返り血に染まり叫ぶクロノス、
「・・・あれかな?止めた方がいいかな?」
今度はリンドに確認するタロウ、
「・・・どうなのでしょう、私もここまでの・・・その・・・有様は初めてでありまして・・・」
不安そうに返すリンド、トーラーも流石にこれはと目を細める、
「まぁ・・・うん、十分だよね・・・」
タロウはそっとその場を離れ総大将であるメインデルトに近寄ると、
「どうします?このままだと殺し尽くしかねないですよ」
と何とも適当に声を掛けた、ウオッと驚きタロウを見下ろすメインデルト、メインデルトはクロノスを呆然と見つめてしまっていた、話しでは聞いているし、実際に魔王を倒したともされている、しかし、その実力を目にするのはこれが初めての事である、そしてその様はメインデルトが知るクロノスの姿では無かった、少なくともメインデルトの記憶にあるクロノスは近衛としてそれらしい仕事をするが、取り立てる程の能力は無く、他の近衛と比べても頭二つ分はでかい巨躯の持ち主であっただけである、その巨躯故に目立った為かパトリシアの目に留まり、しかし生家の問題があり貴族籍を失い、近衛を離れ、軍も離れて冒険者となり、さらになんやかんやあって今こうして眼前で大暴れしている、何気に軍の指揮官として、また上官としても付き合いの長いメインデルトであった、それ故に人とは思えぬその有様に驚くと同時に言い知れぬ恐怖を感じてしまっていた、
「・・・だな・・・止められるか?これでは主旨に反する」
口元を引き締めギロリとタロウを睨むメインデルト、直接話す事の少ない二人であった、事此処に至って指示を求められるとはと少しばかり意外に感じるメインデルトである、なにせクロノスやイフナースと共に勝手放題やっている男なのである、さらにはリューク情報参謀とやらもその姿は数度しか見ていない、何気に不愉快ではあった、
「ハッ・・・トーラーさん、馬車を前に」
サッと振り返り指示を出すタロウ、
「あっ、その前にリンドさん、矢を落してしまって」
ハッとリンドが答え、サッと手を大きく翻す、途端、結界によって空中に静止していた矢がバタバタと地表に落ちた、オオッと驚く軍団長達、イフナースやロキュスもこうなるのかと目を丸くする、
「ん、少々血生臭い・・・いや、まさに血生臭いな・・・手前でいいかな?」
タロウは呟き、ゆっくりと馬を進ませるトーラーに左手を上げ止まるようにと指示し、トーラーは手綱を引いて馬を止めた、ヒヒンと馬が軽く嘶く、タロウはそのまま荷馬車から机を二つ運び出す、トーラーも御者台から下りて手を貸し、王国の陣営から若干離れ、まだ血で汚れていない雪で覆われた場所に二つの長机を並べる、いつのまにやらリンドも馬を下りて椅子を数脚持って来ており、その間もクロノスは縦横無尽に暴れまわっていた、いや、騎馬兵は追い回し、弓兵とみれば馬で体当たりと、どうやら遊んでいるらしい、その手の槍を振るう事は無いようで、あっ、少しは理性が残っていたと安堵するタロウ、そして荒野のど真ん中、真っ白い雪の絨毯の上に即席の会談場が作られると、
「さて・・・では、軍団長、こちらへ、トーラーさん、リンドさん、計画通りに」
主要人物を見渡すタロウ、ハッとトーラーは荷馬車に向かい木箱を手にする、リンドも一度戻って馬を近衛に預け、メインデルトも、
「エメリンス」
と副官の名を呼び馬を下りた、懐かしい名前だなーと思うタロウ、無論毎日顔を合わせているが名を聞くのは久しぶりのような気がする、なにせ共に帝国の街に侵入した仲である、知らない人物では無い、ハッとエメリンスが馬を進め下馬し、さらに事前の打合せ通り、近衛の精鋭が20人程、騎乗したまま進み出る、
「ではこちらへ、皆様ここからは予定通りに」
タロウはニコリと微笑み振り返る、そこではいまだクロノスが猛り狂ってはいるが、人死にはでなくなったようで、弓兵達はもう遠くに逃げ出しており、騎馬兵と指示を出していた近衛がクロノスに追いかけられたり包囲したりとてんやわんやであった、さらにその後方でも何やら動きがある、さらなる増援であろうか、
「そこまで!!」
タロウが大きく叫んだ、無論帝国語を意識している、ビクリとこちらを見つめる帝国兵達、クロノスもオッと振り返り、長机が並んでいるのを目にすると、
「なんだ、もう少し遊びたかったな・・・」
ムーと顔を顰めてあっさりと馬首を返した、エッとその背を睨む帝国兵、
「アッハッハ、また遊んでやるぞ」
クロノスはニヤニヤと微笑みながら捨て台詞を吐き捨てる、無論その言葉の意味は分からないであろう帝国兵であった、そしてタロウはここからだなと気合を入れ直しクロノスと擦れ違うように帝国兵の前に進み出ると、
「会談の用意がある、貴殿のような近衛程度では話しにならん、イウス・サンクタム帝国、皇帝であるジウス・アンドロイス・シェザーレ・ミドレンシア5世陛下、若しくはバルフレード・ジルタ・ベリアヌス提督の来臨を賜りたい」
ポカンとタロウを見つめる近衛兵、生き残った騎馬兵達も唖然とタロウを見つめるしかない、ありゃ、翻訳されていないのかなとタロウはゆっくりと首を傾げてしまうも、
「来臨だと!!」
近衛がやっと反応を返した、アッ通じてたのねと安堵するタロウ、そして、
「その通りである、二度も言わぬ、帝国の兵は聾者ばかりか!!」
さらに気合を入れて返すタロウ、とてもではないがメインデルトやリンドのような覇気を纏った声にはならない、今一つだなー等と思ってしまう、
「・・・貴様らなどの前に出せると思うか!!」
近衛が猛り吠えた、まぁそうなるよなーと思うタロウ、しかしここは皇帝その人は無理でも提督様には出てきてもらわないとなーと思いつつ、
「それを判断するのは貴様ではない」
バシリと言い返す、ナッと黙する近衛兵、
「であろう、いいから戻って裁可を仰ぎなさい、せめてほら、どちらかが出てこないと話しにもならんのよ、こっちはほら、さっきも名乗ったでしょ、王の片腕である軍団長が直々にまかり越しているんだからさ、無論、あれだ、君が帝国を代表して会談に応じるとなればそれでいいんだけどね・・・無理でしょ・・・」
ニコリと微笑み普段通りに話しかけるタロウである、エッと目を丸くする近衛兵、タロウとしてはあくまで普段の調子で話しかけたつもりである、
「・・・まぁ、ほら、そういう訳だからさ、あっ、あれだ、君が確認に行っている間はあれは押さえておくから、大丈夫これ以上被害は無いよ・・・無駄に兵を減らす事は無い」
さらにニコリと微笑むタロウ、ムッと近衛兵が睨み返す、あーこれは優しくしてはいけない場面らしいとタロウは捉え、
「難しいようならあれを突っ込ませるぞ、貴様らの軍に、誰彼構わず吹き飛ばすからな、どうせいるんだろ?皇帝様も提督様も、すぐそこにさ、ついでに数万の軍もあれ一人で潰せるぞ、試してみるか?」
あまり使いたくない脅しである、タロウとしては冗談ではないんだけどなと思いつつ、また帝国兵らもこれはまずいと察したらしい、近衛は同僚らしい者に小声で確認し、その同僚らしき者が馬首を返して本体に駆けた、
「それでいい、じゃ、暫し待つ、待ちくたびれたらそう警告するから、その時は・・・」
タロウはニコリと微笑み腕を組んで踏ん反り返って見せた。
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勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
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アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
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⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』
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追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~
-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
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ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
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※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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