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本編
46話 秋の味覚と修練と その4
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所変わって寮である、正午を過ぎた頃合いで3階からクロノスが下りてきた、食堂にズカズカと入って来るが誰も居らず、少々肩透かしであったのか眉根を寄せて厨房から内庭へ出る、すると、
「あら、御出勤?」
勝手口を潜るクロノスへソフィアが軽く声をかける、
「おう、こっちか、なんだ休みか?」
クロノスはどこかホッとしつつもいつもの調子で切り返す、
「何言ってるのよ、これだって大事な仕事よ」
ソフィアは足元に並ぶ数個の大ぶりな甕へ視線を落とした、
「ん?何だ・・・あぁ、漬物か」
「そうよ、冬に向けてね野菜の確保」
ソフィアはジャネットとケイスの手を借りて倉庫から漬物用と思われる甕を運びだし洗浄作業中であった、去年使用していなかった為か、やはり土埃や蜘蛛の巣が張ったそれらはしっかりと洗浄しなければ使い物になる筈もない、一つ一つに井戸水を汲み入れ汚れを浮かし、さらに藁束で汚れを落とした、
「へー、寮母ってやつはそんな事までやるのか・・・」
クロノスは感心したような呆れたような物言いである、
「別にここまでする必要は無いらしいんだけどね、折角あるんだしと思ってね」
ソフィアはうーんと腰を叩きつつ伸びをする、作業は一段落しており、あとは甕を乾かすだけとなっていた、
「そうか・・・しかしあれだなお前さんがこんなに器用な女だとは思わなかったな」
クロノスが不思議そうな顔で並んだ甕を眺めている、
「何よ、その言い草」
ソフィアはムスッとクロノスを睨む、
「いや、そうだろう、初めて会った時の事覚えているか?俺はまたガキンチョが冒険者なんぞ命知らずもいいところだと思ったもんだが」
クロノスは片目を瞑ってソフィアへ視線を向ける、
「何年前の事よ・・・っていうほど昔でもないか・・・」
「だろう・・・5年、6年、7年は経ってないか・・・ユーリと二人で小汚い恰好でな、女だと分かった時は大したもんだと思ったもんだがな」
懐かしそうに微笑むクロノスである、
「それを言うならあんただって、小汚い貴族崩れがいつの間にやら立派なもんじゃない」
「・・・それもそうだな、ふっ、まぁいいさ、これはどうするんだ?」
クロノスが甕の一つに手をかける、
「あ、日陰に逆さまにして干したいのよね、待って、地べたに直置きは駄目だから」
ソフィアは慌てて藁束を持ち出し寮の外壁の側に即席の干場を設える、そこへクロノスが甕を並べ始めつつ、
「ガキンチョはいつもの買い物か?」
「そうよー、今日から生徒達がお休みでね、一緒に行ってもらったの、漬けたい野菜があったら買ってきてーって」
「そうか・・・学園長が言ってたな、来期も生徒を確保出来たと喜んでいたよ」
「そうなんだ、良かったわね」
「全くだ、学問もそうだが、就学に関する意識が高いのは良い事だな、この学園については強いて言えば魔法を使えるのが前提って所に難があるとも言えるが」
「へー、そう思ってるの?出資者としては?」
「まぁな、魔法学園として設立しているからそれは仕方が無い点なんだがさ、平民でも読み書きは出来て当たり前の世の中にしなきゃならんと陛下とも話していてな」
「それは確かにそうよねー、こっちは割とみんな読みは出来るみたいだけど、田舎だとそれも怪しい人が普通だしね」
「そうなんだよ、兵役に来た連中に最初にやるのが読み書きの確認だからな、それと言葉の統一だ、方言が強すぎると何言っているか分からなくてな、ま、同郷の者で組ませるのが普通だからそれはいいんだが・・・いや、それも問題なんだよな、優秀なやつを上に上げたくても言葉が壁になってな・・・難しいもんだ・・・ま、何にせよやはり読み書きは大事だよ」
「へー、しっかり領主様やってるのね」
「そりゃそうだろ、足りない頭がやっぱり足りてなかったって理解できるぞ、お前、やってみるか?」
「・・・やめとく・・・」
「うん、それがいいぞ、前にも言ったが俺にはあれだな王様は無理だな、イフナースが元気になってくれて心底ホッとしてるんだよ、実は」
「それは良かったわね」
「まったくだ、あ、陛下に聞いたぞ」
「何を?」
「レインの事だ」
ピタリと手を止めてクロノスを睨むソフィアである、クロノスはそれを感情を殺した顔で正面から受け止めた、
「何を聞いたの?」
ソフィアは冷たい声音で問う、
「陛下が知っている事をだ、全てと言っても大した量じゃない、俺がどこまで知っているのか確認されたんだよ」
「で?」
「知らないと言ったら、知っておけと言われた、それだけなんだが・・・どういう経緯でお前の側にいるんだ?」
「経緯と言われてもね・・・詳しくは話せないわ・・・」
「タロウは知っているのか?」
「それは勿論知っているわ」
「・・・そうか、なら良いか・・・」
「いいの?」
「まぁな、前にユーリと一緒に問い詰めた事があっただろう、適当に誤魔化そうとしていたが・・・真相を知れば、気持ちは理解できるよ、良く分からんものを説明しろと言われても分からんとしか言えんしな」
「あら、御理解頂いて嬉しいわ」
冷ややかに答えるソフィアである、
「・・・そう固くなるな、陛下からも現状維持で必要以上に関与するなと言われている、で・・・」
クロノスは言葉を区切って悩んでいる様子である、
「何よ・・・」
ソフィアが先を促すと、
「うん、ま、色々あるがこの話しは忘れてくれ、俺も知らなかった事にする」
「今更何言ってるのよ」
「別に、タロウから祝福を分けてもらった時の事を思い出してな・・・」
今日のクロノスはやたら感傷的である、何かあったのかしらとソフィアは訝しく思いつつ、
「なに?思い出話をしに来たの?」
「違うよ、ただ、お前さんと静かに話せるのは何気に貴重な事だからな、ガキンチョ共は離れないし、いないと思えばユーリがいるしで、お前さんは人を寄せる質なんだろうな」
「・・・なに?リシア様と何かあったの?」
「素直に聞けよ、何もありはしないさ」
冷笑を浮かべるクロノスである、
「そう言って、そんな顔で、死んだ人・・・いっぱいいるわよ」
「ふっ、そうだな・・・」
鼻で笑うクロノスである、
「ま、別にいいんだけど、あんたはチョクシンバンチョーでいて貰わないとこっちの調子が狂うのよ」
「なんだよ、懐かしい事を言い出しやがって」
「そっか、あれでしょ、加齢でしょ」
「かもな」
「絶対それよ、少しお酒を摂生なさいな、老けるらしいわよ」
「数少ない楽しみを奪うのかよ」
「減らしなさいって言ってるの」
「酔わない酒に意味はないぞ」
「寿命縮めてたら世話ないわよ」
「・・・それもそうかな・・・」
「そりゃそうでしょ」
どうやら二人は途轍もなく大きい問題を有耶無耶にする事にしたようである、人界の英雄である二人であっても解決出来ない問題は多く、理解の及ばない事物は永遠に理解できないものである、それを二人は先の大戦で骨身に染みて痛感し、また、それに頼って英雄となっている、知れば知るほど知らずを知る、どこかで諦めるなり納得するなりしなければ下世話な好奇心によって自分の首を締める事になりかねない、かの大戦で共に戦った仲間は二人を含めその理解の瀬戸際に片足を突っ込み、慌てて引き抜いて何とか戻ってきた者達でもある、とある人物はその存在理由からしてそれに囚われ続けているのであるが、それを二人は知ることは無く、また理解できるとすれば一人しかいない、
「失礼」
二人の間に沈黙が下りる、共に思う事があるのか黙して語らず、そこへヒョイとイフナースが顔を出した、
「あら、殿下、御機嫌よう」
ニコヤカに微笑むソフィアと、
「おう、行くか」
顔を上げニヤリと微笑むクロノスである、
「これは珍しい、お二人だけとは」
「そうだな、いや、扱き使われていた所だ、もう少し早く来てくれれば泣いて感謝した所だぞ」
クロノスは早速の軽口である、逆さまに並べられた甕の底をポンと叩いた、
「あん、自分で動いてたじゃないの」
「そりゃあな、肉体労働をしている御婦人を助けるのも紳士の勤めだろう」
「えっ・・・紳士・・・どこに?」
「ここに」
「・・・えっとね、前にねリンドさんに聞いた事があってね」
ソフィアは腰に手を当てて呆れたように語りだす、
「はいはい」
クロノスは右手をヒラヒラさせて背を向けた、
「お前、従者は?」
「ブレフトが来ております、エレイン会長と打ち合わせに入りました」
「お前はいいのか?」
「屋敷の事ですからね、私では何の役にも立ちますまい」
「そうか、じゃ、ソフィア、漬物楽しみにしてるぞ」
「期待されても困るわよ」
「期待はしてない」
「あら、それは失礼」
いつもの調子に戻った様子の二人である、しかし、それは上辺を装う一つの仮面でしかないのであろう、故にやや過剰な言動や態度になっているのである、そしてそれはいつしか日常の姿として固着していた、イフナースはその微細な機微を知ってか知らずか、まったくこの人達はと苦笑いを浮かべてクロノスと共に裏山へと足を向けるのであった。
「あら、御出勤?」
勝手口を潜るクロノスへソフィアが軽く声をかける、
「おう、こっちか、なんだ休みか?」
クロノスはどこかホッとしつつもいつもの調子で切り返す、
「何言ってるのよ、これだって大事な仕事よ」
ソフィアは足元に並ぶ数個の大ぶりな甕へ視線を落とした、
「ん?何だ・・・あぁ、漬物か」
「そうよ、冬に向けてね野菜の確保」
ソフィアはジャネットとケイスの手を借りて倉庫から漬物用と思われる甕を運びだし洗浄作業中であった、去年使用していなかった為か、やはり土埃や蜘蛛の巣が張ったそれらはしっかりと洗浄しなければ使い物になる筈もない、一つ一つに井戸水を汲み入れ汚れを浮かし、さらに藁束で汚れを落とした、
「へー、寮母ってやつはそんな事までやるのか・・・」
クロノスは感心したような呆れたような物言いである、
「別にここまでする必要は無いらしいんだけどね、折角あるんだしと思ってね」
ソフィアはうーんと腰を叩きつつ伸びをする、作業は一段落しており、あとは甕を乾かすだけとなっていた、
「そうか・・・しかしあれだなお前さんがこんなに器用な女だとは思わなかったな」
クロノスが不思議そうな顔で並んだ甕を眺めている、
「何よ、その言い草」
ソフィアはムスッとクロノスを睨む、
「いや、そうだろう、初めて会った時の事覚えているか?俺はまたガキンチョが冒険者なんぞ命知らずもいいところだと思ったもんだが」
クロノスは片目を瞑ってソフィアへ視線を向ける、
「何年前の事よ・・・っていうほど昔でもないか・・・」
「だろう・・・5年、6年、7年は経ってないか・・・ユーリと二人で小汚い恰好でな、女だと分かった時は大したもんだと思ったもんだがな」
懐かしそうに微笑むクロノスである、
「それを言うならあんただって、小汚い貴族崩れがいつの間にやら立派なもんじゃない」
「・・・それもそうだな、ふっ、まぁいいさ、これはどうするんだ?」
クロノスが甕の一つに手をかける、
「あ、日陰に逆さまにして干したいのよね、待って、地べたに直置きは駄目だから」
ソフィアは慌てて藁束を持ち出し寮の外壁の側に即席の干場を設える、そこへクロノスが甕を並べ始めつつ、
「ガキンチョはいつもの買い物か?」
「そうよー、今日から生徒達がお休みでね、一緒に行ってもらったの、漬けたい野菜があったら買ってきてーって」
「そうか・・・学園長が言ってたな、来期も生徒を確保出来たと喜んでいたよ」
「そうなんだ、良かったわね」
「全くだ、学問もそうだが、就学に関する意識が高いのは良い事だな、この学園については強いて言えば魔法を使えるのが前提って所に難があるとも言えるが」
「へー、そう思ってるの?出資者としては?」
「まぁな、魔法学園として設立しているからそれは仕方が無い点なんだがさ、平民でも読み書きは出来て当たり前の世の中にしなきゃならんと陛下とも話していてな」
「それは確かにそうよねー、こっちは割とみんな読みは出来るみたいだけど、田舎だとそれも怪しい人が普通だしね」
「そうなんだよ、兵役に来た連中に最初にやるのが読み書きの確認だからな、それと言葉の統一だ、方言が強すぎると何言っているか分からなくてな、ま、同郷の者で組ませるのが普通だからそれはいいんだが・・・いや、それも問題なんだよな、優秀なやつを上に上げたくても言葉が壁になってな・・・難しいもんだ・・・ま、何にせよやはり読み書きは大事だよ」
「へー、しっかり領主様やってるのね」
「そりゃそうだろ、足りない頭がやっぱり足りてなかったって理解できるぞ、お前、やってみるか?」
「・・・やめとく・・・」
「うん、それがいいぞ、前にも言ったが俺にはあれだな王様は無理だな、イフナースが元気になってくれて心底ホッとしてるんだよ、実は」
「それは良かったわね」
「まったくだ、あ、陛下に聞いたぞ」
「何を?」
「レインの事だ」
ピタリと手を止めてクロノスを睨むソフィアである、クロノスはそれを感情を殺した顔で正面から受け止めた、
「何を聞いたの?」
ソフィアは冷たい声音で問う、
「陛下が知っている事をだ、全てと言っても大した量じゃない、俺がどこまで知っているのか確認されたんだよ」
「で?」
「知らないと言ったら、知っておけと言われた、それだけなんだが・・・どういう経緯でお前の側にいるんだ?」
「経緯と言われてもね・・・詳しくは話せないわ・・・」
「タロウは知っているのか?」
「それは勿論知っているわ」
「・・・そうか、なら良いか・・・」
「いいの?」
「まぁな、前にユーリと一緒に問い詰めた事があっただろう、適当に誤魔化そうとしていたが・・・真相を知れば、気持ちは理解できるよ、良く分からんものを説明しろと言われても分からんとしか言えんしな」
「あら、御理解頂いて嬉しいわ」
冷ややかに答えるソフィアである、
「・・・そう固くなるな、陛下からも現状維持で必要以上に関与するなと言われている、で・・・」
クロノスは言葉を区切って悩んでいる様子である、
「何よ・・・」
ソフィアが先を促すと、
「うん、ま、色々あるがこの話しは忘れてくれ、俺も知らなかった事にする」
「今更何言ってるのよ」
「別に、タロウから祝福を分けてもらった時の事を思い出してな・・・」
今日のクロノスはやたら感傷的である、何かあったのかしらとソフィアは訝しく思いつつ、
「なに?思い出話をしに来たの?」
「違うよ、ただ、お前さんと静かに話せるのは何気に貴重な事だからな、ガキンチョ共は離れないし、いないと思えばユーリがいるしで、お前さんは人を寄せる質なんだろうな」
「・・・なに?リシア様と何かあったの?」
「素直に聞けよ、何もありはしないさ」
冷笑を浮かべるクロノスである、
「そう言って、そんな顔で、死んだ人・・・いっぱいいるわよ」
「ふっ、そうだな・・・」
鼻で笑うクロノスである、
「ま、別にいいんだけど、あんたはチョクシンバンチョーでいて貰わないとこっちの調子が狂うのよ」
「なんだよ、懐かしい事を言い出しやがって」
「そっか、あれでしょ、加齢でしょ」
「かもな」
「絶対それよ、少しお酒を摂生なさいな、老けるらしいわよ」
「数少ない楽しみを奪うのかよ」
「減らしなさいって言ってるの」
「酔わない酒に意味はないぞ」
「寿命縮めてたら世話ないわよ」
「・・・それもそうかな・・・」
「そりゃそうでしょ」
どうやら二人は途轍もなく大きい問題を有耶無耶にする事にしたようである、人界の英雄である二人であっても解決出来ない問題は多く、理解の及ばない事物は永遠に理解できないものである、それを二人は先の大戦で骨身に染みて痛感し、また、それに頼って英雄となっている、知れば知るほど知らずを知る、どこかで諦めるなり納得するなりしなければ下世話な好奇心によって自分の首を締める事になりかねない、かの大戦で共に戦った仲間は二人を含めその理解の瀬戸際に片足を突っ込み、慌てて引き抜いて何とか戻ってきた者達でもある、とある人物はその存在理由からしてそれに囚われ続けているのであるが、それを二人は知ることは無く、また理解できるとすれば一人しかいない、
「失礼」
二人の間に沈黙が下りる、共に思う事があるのか黙して語らず、そこへヒョイとイフナースが顔を出した、
「あら、殿下、御機嫌よう」
ニコヤカに微笑むソフィアと、
「おう、行くか」
顔を上げニヤリと微笑むクロノスである、
「これは珍しい、お二人だけとは」
「そうだな、いや、扱き使われていた所だ、もう少し早く来てくれれば泣いて感謝した所だぞ」
クロノスは早速の軽口である、逆さまに並べられた甕の底をポンと叩いた、
「あん、自分で動いてたじゃないの」
「そりゃあな、肉体労働をしている御婦人を助けるのも紳士の勤めだろう」
「えっ・・・紳士・・・どこに?」
「ここに」
「・・・えっとね、前にねリンドさんに聞いた事があってね」
ソフィアは腰に手を当てて呆れたように語りだす、
「はいはい」
クロノスは右手をヒラヒラさせて背を向けた、
「お前、従者は?」
「ブレフトが来ております、エレイン会長と打ち合わせに入りました」
「お前はいいのか?」
「屋敷の事ですからね、私では何の役にも立ちますまい」
「そうか、じゃ、ソフィア、漬物楽しみにしてるぞ」
「期待されても困るわよ」
「期待はしてない」
「あら、それは失礼」
いつもの調子に戻った様子の二人である、しかし、それは上辺を装う一つの仮面でしかないのであろう、故にやや過剰な言動や態度になっているのである、そしてそれはいつしか日常の姿として固着していた、イフナースはその微細な機微を知ってか知らずか、まったくこの人達はと苦笑いを浮かべてクロノスと共に裏山へと足を向けるのであった。
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※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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