セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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54話 水銀の夢 その6

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公務時間終了の鐘の音が響き、ややあって事務所の厨房にはジャネット達の姿があった、

「そうなると、あれか、リンゴのソース?」

「はい、若しくはジャムにしてしまってもいいかと思ってました」

「そっか、ソースよりかは楽かな?」

「正直どっちでもいいと思うよ」

「なんでさー」

「だって、明確な違いが無いもの・・・」

「それもそうか・・・いや、いいのか?」

「うん、何が違うのかな?」

「甘くしてあるか、蜂蜜入れてあるかとかの違い?」

「じゃ、同じじゃない?」

「ドロドロかシャバシャバ?」

「あー、それは何か分かるなー」

「だねー」

「まっ、いいと思いますよ、あれです、店で出す時に分かればいいんですよ」

「それもそうだ」

祭りに向けての本格的な商品開発である、些細な違いを冗談のように言い合って、ジャネットとリーニーとパウラはリンゴを加工し煮詰めていく、作業台ではアニタとケイス、マフダがドーナッツの生地を捏ねている、

「リンゴの他にはどうします?」

「はい、梨も良いのが出回っておりました、それも使いたいなとテラさんとは話してまして」

「あー、梨かー、美味しいよねー」

「明日には届く予定です」

「そっか、じゃ今日はしっかりとリンゴを完成させないとだね」

その背後では、

「形どうしようか?」

「やっぱ変える?」

「うん、折角ほら丸と三角にしたんだし、リンゴも何か別な感じにしたいよねー」

「四角とか?」

「安易すぎない?」

「楽な方がいいと思うよ、それかあれだ、大きい三角?カスタードのは二つ折りだしね、見た目も結構変わるんじゃない?」

「リンゴの形がいいなー」

「難しくない?」

「型を作っちゃえばいいんだよー」

「時間無いと思うよ」

「それもそっか・・・じゃ、大きい三角で」

「やっぱり?大きすぎないかな?」

「そう?食べやすそうじゃない?実際ほらカスタードのは食べやすかったし、角があるから口に入りやすくて」

「・・・そう・・・かな?」

「うん、それには同意する」

リーニーとマフダが加わっての商品開発は思いのほか順調そうである、ジャネット達は慣れたものであるし、新規加入の二人も肩肘を張らずに作業を熟し、意見を出し合っていた、同年代である事もその関係に寄与しているのであろう、傍から見ると遊んでいるのかとさえ思える光景である、それだけ皆前向きで活発であった、

「こんなもん?形が残るくらいがいいと思うんだけど」

「そうですね、リンゴの食感を活かしたいんですよね、それに元々生で食べれますしね、保存を考えれば煮詰めるのが正しいんでしょうけど、煮詰めすぎると形が残らないから、店で出す事を考えれば保存性は二の次で良いかと思います」

「じゃ、こっちはこれでいいね」

「はい、じゃ、油用意しましょう」

「はいはーい、生地はどう?」

「もう少しー、ちょっと待ってねー」

「あ、ごめん、場所貸してー」

ジャネットが鍋を作業台に移し、リーニーが油の準備に取り掛かる、結局ドーナッツの開発はホイップとカスタードのように中身を変える方向で進められている、基本となる穴の開いた形はどうにも変化させるのが難しく、木の実やドライフルーツを細かくして混ぜ入れる等の案も出たが、どちらも高価である事が問題となり、季節的な事を考えると、ここは取り敢えずより調理が容易で変化を付けやすい方向を目指す事となった、

「いい匂いねー」

そこへ、テラがヒョイと顔を出し、厨房内に充満する甘い香りを胸いっぱいに吸い込む、

「お疲れ様です、試食はもうちょっと先ですよー」

アニタがニヤリと微笑むと、

「えっ、そろそろかと思ってたのに」

テラもわざとらしい笑みを浮かべて軽口を叩いた、

「リンゴのジャムなら試食できますよ」

「あら、どんな感じ?」

「はい、あまり煮込まない感じで仕上げてみました、甘さ控えめです」

「上品な感じ?」

「そのつもりです」

ジャネットが手にしたへらをそっと取り上げ、テラは左手の甲を差し出す、

「あっ、熱いかも」

「ふふん、大丈夫よ、年寄りは鈍くなるのよー」

「また、そんな事言ってー」

ジャネットは笑いながら軽く冷ましてからチョンと少量を差し出された甲に置く、

「あっ、熱・・・」

「ほらー」

冗談のようなやりとりに何をやっているのやらと皆柔らかい苦笑いを浮かべ、

「うん、上品ねー、リンゴの酸っぱい感じもあるし、甘さもあるし、良い感じね」

テラは一舐めして笑顔を見せ、

「えへへ、ありがとうございます」

ジャネットも笑顔になる、

「これがあれよね、毎回同じ味に出来ればいいんだけど・・・」

「あー、それは難しいですよねー」

しかし、一転テラは眉間に皺を寄せ、リーニーも鍋から視線を外さず同意した、

「分量とか量っているじゃないですか」

「それでもほら、リンゴは物によって味が違うしね、黒糖もムラがあるでしょ、塊で買ってるけど何処を削っても同じ甘さって訳じゃないし」

「そっか、それに作る人でも塩梅が変わるしね」

「うん、多分だけど煮込む時間とかでも結構ね」

「そうなのよ、他の食事処とかで食べるのは毎日違う料理でしょ、でも、どうしてもこういう料理だと味の違いが分かりやすいのよね・・・ま、それも味かしら・・・」

テラはうーんと小首を傾げる、テラが知る限り平民が通う食事処の料理には定番と呼ばれ看板となる料理は存在するが、それ以外は仕入れた材料によって毎日違った料理が提供されている、基本的に食材の保存が難しい為であり、季節毎に変わる食材と料理はそれはそれで楽しいものなのであるが、あれが美味しかったと思って再訪してもその料理は提供されない事がしばしばである、一般的にはそれが普通と生活しているが、軽食とはいえ同じ料理を提供しつづけている現業を考えると、日ごと若しくは調理者によって味が変わるのはあまり良くない事であるなとテラは認識していた、対策として様々な案を実行もしているが、それらは差異を少なくする事は出来ても同一の味を提供するという命題に対しては非常に遠いのが現実であった、

「ま、仕方ないかしら・・・でもな・・・」

とテラは鼻息を荒く吐き出す、テラの経験上、料理を提供する商会の仕事は初めてであり、自身も料理人という訳ではない、料理そのもについても苦手とは言わないまでも得意とは言えない分野である、羽振りの良い商会のお嬢様として育った為、料理は使用人が作るもので戯れに時々厨房に立つ程度であった為でもあるし、一人生きる事になった状態でもそこそこ腹が満ちればそれで良いのだなと気付いてしまった為に、食に対しては大変にぞんざいとなってしまったのであった、しかし、こちらで世話になってソフィアの料理のお陰で舌が着実に肥えてきている事も自覚しており、故に味に関してはどうしても気になってしまうのである、

「そこはほら、ねー」

「うん、あれですよ、お客様も今日のは美味しかったーとか言ってくれる感じですよ」

「うんうん、前食べたのより今日のが良いわねーって言われた事あるなー」

「逆にもっと甘くしてーって言われたなー」

「それは困るなー」

「うん、でも、ほら、基本的にはソースとかホイップの甘さだからねー、屋台に立ってる状態だと味の調整って難しいよね」

「あっ、そういう感じですか・・・確かに・・・そうですね」

「はい、ブロンパンにしろベールパンにしろ味の決め手はソースとかホイップですからね、生地は甘味は少ないですしね」

「ロールケーキも作り置きだしね、店に立っているとどうしようもない事あるよね」

「なるほど・・・」

「でも、それを含めてお客さんは楽しんでいる感じはするかなー」

パウラは鍋を覗き込んでボソリと呟く、

「あっ、それは分かる」

「うん、事務長先生なんかあれだよ、3日前のは甘すぎるとか、今日のは酸味が強いとか」

「あー、それ私も言われたー」

「だよねー、でも、嬉しそうなんだよねー、別に怒ってるわけじゃないみたいだし」

「常連さんはそんな感じだよね」

「それが屋台とかの面白さなんじゃないかなーって思うなー」

「そうですか・・・なら、良いのかな?」

テラはうーんと悩む、テラ自身は店舗の経験も屋台の経験も少ない、現場の声を聞くように努力しているつもりであるがやはりそれだけでは聞こえてこない事は多いようである、さらに客として考えてもいつも見る顔であったり知り合いであったりすれば口が軽くなるのは当然であり、そしてそのような客から見た評価こそが最重要なものなのであろうが、それは世間話的にその一瞬の遣り取りに溶けてしまい、情報として共有することは難しそうだと感じてしまう、現場であるからこそ見える事感じる事出来る事なのであろう、

「だって、ね、他の屋台で買い食いしても同じ味って無いですよ」

「そうだよねー」

「えっ、買い食いしてるの?」

「だって、こっちの寮は市場近いんだもん、学園帰りに寄っちゃうんだよどうしても」

「あー、いいなー、何か美味しいのある?」

「鳥の串焼きー」

「そればっかりだよねー」

「そうだけど、あれが一番腹に溜まるんだよー、美味いしさー」

「そうだけど、食べ過ぎじゃない?」

「いや、あんたらこそ良く保つよね、私昼過ぎくらいが一番お腹空くんだよー、修練の日の後とかさー」

「あー、それ分かるー」

微妙に話題が変わった所で、

「失礼しまーす」

来客のようである、テラはここは自分が対応するべきだわねと思考を切替え、

「じゃ、皆さん油には気を付けてね」

と一応年長者らしい事を口にして玄関へ向かった。
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