セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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56話 三つ色の樹 その12

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午後になると、エレインは学園から戻ったオリビアを連れ屋敷へと向かった、明日の準備はジャネット達へと一任し、グルジア達もお手伝いに張り切っている、しっかりとした報酬がある為でもあるが、やはり田舎育ちの平民の娘が多い、机に向かい書を開くだけでは何とも手持ち無沙汰で後ろめたいらしく、何らかの作業なり仕事の方が手に馴染み落ち着けるとの事である、そのように感じる事は全く無いとエレインとテラは諭すが、ソフィアはそういうものだわねと笑っており、ユーリも成績評価はもう少し先でそこで落第しなければ何をしても構わないと放任主義全開であった、エレインとしても労働力を確保するという意味では有難い事で、また、ガラス鏡の店舗が軌道に乗った後、その屋敷の裏にある飲食店の構想を実現するにあたって、確実に人手不足に陥る事が目に見えている、その為人員配置を考えると現店舗の従業員として彼女達を雇いたいと考えており、それは口にする事は無かったが、彼女達が商会そのものと既存の従業員達と顔馴染みになっておくという点は有効であるとの思惑もある、都合の良い互恵関係ということであった、

「あら、お疲れ様」

二人は屋敷に入り、迎えに出たコーバと笑顔を交わす、そのまま店舗予定の部屋に足を踏み入れた瞬間、

「これは素晴らしい・・・」

「はい、確かに・・・」

油と泥臭さに一瞬顔を顰めるがすぐにその視線は壁画へと釘付けになった、午前中の内にテラ立ち合いの下で足場が外され壁画の全容が確認できるようになっており、まだ完全に乾いていないとの事であったが、やや水分を含んでテラテラと僅かな陽光を照り返す壁画は見事な姿を堂々と二人の前に曝け出している、

「お疲れ様です」

テラが微笑みつつ歩み寄る、

「お疲れ様、しかし、これはまた、想像以上ですわね・・・」

「そうなんですよ、見た者はみんな度肝を抜かれてしまうみたいです」

「でしょうね、吸い込まれるようで、でも暖かいわね・・・それに優しくて、力強くて・・・」

「はい、様々な感情が想起されるんです、でも、悪感情は無いのですよ、とんでもないですね」

テラもエレインとオリビアと共に壁画を振り仰ぐ、壁画はパトリシアらと一緒に描いた原案そのままの姿ではない、それは事前にそうなるであろうとパトリシアが話しており、その言葉通りに大きく違っているように見える、しかし、描かれたものには大きな差は無かった、中央のやや高い場所にある木窓に向かって床と壁から放射状の直線が斜めに伸び、それによる吸い込まれるような錯覚と広がりが感じられる解放感が心地良い、その木窓の左側には黒猫が二匹、原案から姿形は違えど、一匹は丸くなって寝ている様子で、それを見て片手を上げて悪戯しようとしている長い尻尾をタユンと揺らすもう一匹、その姿は微笑ましく愛らしい、今にも動き出しそうなその二匹は寝息と鳴き声までもが感じられるほどに写実的である、しかし、その対面、木窓の右側に描かれた大樹はまるで様相が異なる、大きく翼のように広げた葉とそれを支える太く無骨な幹、単純な絵に見えてよく見れば精緻に描かれたそれは雄々しい力強さと優しさが溢れ出るようで、物語を作るとすれば黒猫二匹を慈しみ見守る存在になるのであろうか、そして刮目すべきはその色である、どうやら三色しか使われていない、幹は赤を主体として黄色の影が入り、葉は緑を主体としてこちらも黄色を影として散りばめている、たったそれだけの色で形作られているが、見る者の目に鮮やかで生き生きとした大樹として強烈な存在感を刻み込む、

「ミナちゃんとレインちゃんが手伝ったって言ってましたけど・・・」

「そうですね、きっと、大樹の部分ですね、黄色と赤でしたから」

「そうですわよね・・・もう、何と言っていいのやら・・・」

エレインはツッと頬を流れる涙に気付いて慌てて袖に顔を埋める、テラはあらあらと微笑み、オリビアは慌てて手拭いを取り出すが、自身もまた涙が零れた事に気付いた、

「えっ・・・」

あまりにも自然にまるでそうあるのが当然だとばかりに次々と溢れてくる、

「お嬢様・・・」

オリビアは手拭いをそっとエレインの手に握らせ、自身は前掛けを持ち上げるとそれに顔を埋めた、

「オリビア・・・もう・・・」

「お嬢様こそ・・・」

二人は言葉も無く顔を見合わせ、すぐに恥ずかしそうに顔を背けた、

「ふふ、気持ちは分かります、感激ですね・・・素晴らしい作品です、称賛する言葉も無い・・・無学が悔やまれます・・・」

テラもグスリと鼻を鳴らす、

「そうね、うん」

「はい、何て幸せなんでしょう」

「頑張った甲斐が・・・いえ、そんな安っぽい言葉では言い表せないですわ・・・」

「はい・・・」

「こんな・・・これほど・・・」

「はい・・・」

エレインはオリビアの肩をそっと抱き寄せ、二人は暫くその感動を共有し静かに身を寄せるのであった。



「リシア様ー、ゴキゲンウルワシュー」

ミナが勢い良く駆け込んできた、部屋には中央にテーブルが置かれ、そこにパトリシアとエレイン、テラが同席して絵画を眺めている、オリビアは壁際に茶道具と共に控え、先程の醜態は若干その目元と濡れた前掛けに残る程度であった、

「いらっしゃい、ミナさん」

パトリシアは優雅に微笑み、アフラとソフィアが慌てて駆けて来る、

「すいません、パトリシア様」

「あー、御免なさいねー、驚かせたー」

パトリシアの前でピタリと止まったミナに二人は安堵の吐息を吐いた、パトリシアに何かあっては流石のソフィアも只では済まない、勿論アフラもそれ以上に責を問われる、

「ふふっ、大丈夫ですよ、ね」

ニコリとミナの頭に手を置くと、

「うん、大丈夫ー、お腹おっきくなったー?」

「そうね、順調ですわ」

「そっかー、良かったー」

満面の笑みを浮かべるミナにパトリシアも優しい笑顔で答える、

「もう、いきなり走り出すんだから」

「えー、だってー」

「だってじゃないでしょ、家の中では走っては駄目よ」

「でもー」

「でもじゃない」

ソフィアの叱責にミナは不満そうに口を尖らせる、あっという間に明るく姦しくなる雰囲気に、エレインとテラはニコニコと笑顔を浮かべた、

「あー、ニコは?ニコどこー」

ミナはソフィアの叱責をどこ吹く風と無視するとけたたましく叫ぶ、

「こら、うるさい」

「うー、だってー」

「ニコリーネはあそこですよ」

パトリシアが優雅に部屋の隅を指す、そこには薄汚れた毛布が丸まって転がっており、この部屋にもパトリシアの存在ともあまりにも似つかわしくない、

「えっ、あれー?」

「そうです」

「ニコー」

ミナはソフィアの手を振り切って駆け出し、

「こら、走るな」

ソフィアの一喝にピクリと反応して足を止め、恨みがましくソフィアを振り返り、やっとわざとらしくもゆっくりと歩き出す、

「まったく、ごめんなさいね、騒がしくて」

ソフィアはやれやれと謝罪した、

「いつもの事ですよ、さっ、ソフィアさんも座って、ゆっくりと楽しみましょう」

パトリシアが席を示し、視線を壁画に向けた、ソフィアはその視線に釣られるように壁画を仰ぎ見る、

「あら、これはいいわね・・・」

「ふふ、でしょう?」

「うん、昨日見た感じだと足場があったからな・・・うん、へー、カッコイイねー」

ソフィアはこの手の絵画にはまるで造詣が無い、それはしっかりと自覚し、故に昨日も大した興味の対象とはならなかった、しかし、足場を外し床や回りの壁を保護していた麻袋が無くなれば事情は変わる、レインとミナが大雑把に顔料を塗りつけた箇所には見事な大樹が屹立し、足場で見えなかった線画はその無機的な美しさをこれでもかと表明していた、無論檻から解き放たれた黒猫二匹も大きく印象が異なる、ソフィアにもその魅力が理解出来るほどに素晴らしい作品であった、

「そうですわね、これもレインちゃんとミナちゃんのお陰と聞いてますわ」

「あー、お陰と言われるとあれですが、まー、そうですねー」

ソフィアは適当に答えつつ席に着いた、そこでやっとソフィアの背後にレインがいる事にパトリシアは気付き、

「あら、レインちゃんも、さぁ、どうぞ」

と席を勧めるがその席が無い、オリビアがそれに気付いてサッと部屋から出たようで、アフラがすぐにお持ちしますと主に告げる、

「気にするな・・・しかし、良い絵師だな」

レインはその一連の落ち着いた騒動にはまるで無関心に絵画を眺めており、絵では無くニコリーネを褒めた、

「そうなんですのよ、ニコリーネもですけど、レインちゃん聞いてますよ、御助力に感謝致しますわ」

パトリシアは優雅に微笑みその功を労った、

「うむ、気持ちだけ頂いておこう」

何とも生意気な言葉を使うレインに、

「もー、失礼でしょ」

ソフィアは一応と叱責した、しかしレインは今さら何をと鼻で笑い、嬉しそうにじっくりと壁画を見上げるのであった。
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