セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

今卓&

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57話 異名土鍋祭り その12

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午後になりいつも通りの鐘が響いた、結局食堂では正午を回っても喧々諤々と真面目な討論が交わされ、それはイフナースの扱いに始まり軍の編成、魔法の軍事利用に関する方策等々と、とてもではないがたかだか寮の食堂で話し合われる内容では無い、ソフィアは時折意見を求められるが言いたい事は言ってしまった後でもあり、大した助言は思い浮かばす渋い顔を崩せなくなり、従者達もどこか困惑している、なにしろここには彼らを止める事の出来る者がいない、本来であれば筆頭従者であるリンドなりヨリックなりがその役を担うのであるが、帯同していなかった、あくまで祭り見物の予定であった事と、ヨリックはボニファースの予定変更の為に忙殺され、リンドは北ヘルデルで留守番であり、ブレフトはアフラと共に王妃達の対応をしている、随伴する従者達は勿論王国に忠誠を誓い、決して裏切る事の無いであろう精鋭であったが、かといって彼等に聞かせて良い内容とは彼等自身が聞いていても思えない内容であったりする、しかし鐘の音でやっとクロノスが、

「そんな時間か」

と冷めた茶を啜り、

「あー、母上達がうるさくなるな」

とイフナースも今日の最もめんどくさい用件を思い出す、

「そうか・・・であれば、うん、向こうに顔を出さねばか・・・面白くなってきた所だというのに」

ボニファースはやれやれと腰を上げると、

「ソフィアさん、邪魔したな、あー、相談役の件は後程正式に通知する、それとゾーイだったか、その三人に関してもしっかりと顕彰しよう」

「ありがとうございます、私の件は忘れて頂いて構いませんが、顕彰の件はどうか宜しく」

ソフィアはもう遠慮も敬語もあったものでは無い、流石にボニファースは眉根を寄せるが、それで良いと言ったのは自分である、

「まったく、わかったわかった」

とあっさりと受け取った、変に言葉を使うとより難解になる、妻が三人いた男の経験がそこで発揮され、短く答えて大袈裟に手を振った、

「では、転送陣を使いましょうか、イフナースお前はどうする?」

「はい、裏山へ、それほど時間は掛からないと思いますが」

「そうか、では、一人そちらへ付いてくれ」

クロノスも立ち上がりつつ従者へ指示を出し、イフナースは玄関へ向かい従者が一人付き従う、クロノスはサンダルを持って来るように指示を出して三階へ向かい、ボニファースはソフィアの用意した漬物を自ら嬉しそうに手にしてその後に続く、やがて食堂内には再びの静寂が訪れた、

「まったく、何が何やらだわ・・・」

ソフィアは一行を見送り大きく溜息を吐いた、しかし、

「・・・言い過ぎたかしらね・・・」

と小首を傾げて顎先を指で掻く、クロノスのせいにしたくはないが余りにも気安い雰囲気であった為、言いたい放題言ってしまった、よく考えれば、いや、よく考えなくとも相手は国王陛下である、本来であれば席を同じくして対等に話してよい存在では無い、向こうがそれを望んでいたとはいえ今回は流石に少々やりすぎたかしらとソフィアは考えるがそれも今更である、過ぎた事は仕方が無い、なにやら政の話しにもなっていたようであるし、ロキュスは一先ず置いておいても残りの三人は立派な為政者であり、立派で賢く威厳を纏って貰わないと困る存在なのだ、自分の口にした暴論が爪の先程度でもそれに寄与するのであれば幸いであるだろう、ソフィアはそう思って取り敢えず良しとする事にした、国王は何やらめんどくさそうな事を言っていたように思うが、真にめんどくさい事になったら田舎に戻ればいいかしら、ソフィアはどうせ大した事にはならないだろうとも結論付けてテーブルを片付け、盆とソーダ水の杯はまとめて店舗へ持って行った、店舗はそれなりに盛況である、それはいつもの事として、街路を歩く人波を見るに祭り見物から帰って来る姿が多いようであった、重そうな革袋を肩に下げウキウキと足取りが軽い子供達と、やや疲れたような顔の母親、若者の集団は帰路にあっても姦しく、店舗を指差してキャッキャッと騒がしい、

「お疲れ様」

ソフィアは邪魔にならないようにと店舗の脇から返却物を渡し、ケイスは、

「ありがとうございます、取りに行きましたのに」

と忙しい中でも笑顔を浮かべている、

「別にいいわよこれくらい、どう?忙しい?って聞くのも邪魔になるわね」

ソフィアはニコニコと微笑み軽く手を振って寮に戻った、丁度その頃町の広場では、

「はい、こんな感じです、違いますでしょ?」

「わっ、なるほど・・・うん、凄いわね・・・、これ?これ買えばいいの?」

「はい、こちらの品は爪磨き用に作ったやすりなので、使い勝手とか諸々考えてます、で、助言としましてはお客様の爪は薄くて柔らかいので御自分でなさる時は、力を入れないで撫でる感じで十分です、削り過ぎると痛い事になりますから、そうですね、やすりに関しては目の細かいのが丁度良いかもです」

「うん、ありがとう、なるほどね、確かにそうかもね、あー、でも綺麗ね、うん、嬉しいわー、あっちよね、って向こうも混んでるわね」

客である若い御婦人は磨かれた爪を見つめ、親指の腹で撫でつつその効果の程を実感して笑顔になる、

「すいません、では次の方・・・」

「あー、今日は何か並ぶ日ねー」

とすぐに別の客が席に着いた、愚痴っぽい口調であるが、ウキウキと嬉しそうな中年女性に、

「えっと、今日はお試しなので人差し指だけになりますが宜しいですか?」

と爪やすりを構えて確認するマフダである、その隣りではコッキーとリーニーが同じように女性達の爪を磨いていた、何の事は無い爪やすりの実践販売である、新商品として洗濯バサミと爪やすりを投入したエレインとブノワトであったが、洗濯バサミはあっという間に完売してしまった、主に今日非番である従業員の奥様方が友人を連れてきた事と、朝からレアンが大騒ぎをした事が原因である、売れる事は分かっていた為十分に在庫を用意し、販売数もブーブーと文句を言われながらも制限したが、あっという間も無く洗濯バサミは綺麗に捌け、レアンからは追加注文を受ける程の好評ぶりで、さらにユスティーナも店舗を訪れこれは良いと絶賛の声を上げた、ブノワトは貴族の奥様は直接使う事はないのではないかと思ったが、なんでも裁縫仕事に使えそうだとユスティーナは一目で感づいたらしい、ブノワトはなんにでも使える品と自分で言っておいて、それもそうかと膝を叩いた、しかし、爪やすりに関しては今一つであった、見た目だけでは小さな鉄の板である、爪やすりですと言ってもピンと来る客は少なく、勿論ユスティーナとレアンはこれは良いと複数本購入して行き、従業員の奥様方も友人に紹介して実際に使って見せる、そこで、やっとその友人達はその価値を知って購入に至った、それを見たブノワトはこれだとマフダに頼み、腰掛けの一画に木箱を置いてそこで実際に爪を磨いて見せたのである、そしてそれは徐々に周囲の女性達を惹き付け、見事に行列を形成する事になったのであった、可哀そうなのはコッキーである、コッキーはバーレントとデニスを伴い祭り見物に訪れ当然のように陣中見舞いとばかりに屋台に顔を出したのであるがそれが運の尽きであった、ブノワトに捕まり手伝っていけとなってマフダの隣りに座らされこの有様である、さらにそれでも足りないとなってリーニーがその列に加わる、それでやっと行列は邪魔にならない程度に緩和された、

「ありがとうございます」

而してその効果は絶大であった、ブノワトの明るく元気な声がひっきりなしであり、さらに髪留めから木工細工、勿論ドーナッツの売上も素晴らしいものとなる、そこへ、

「好評だねー」

のんびりとした声であった、サビナとカトカである、さらに三角帽子で顔が隠れた女性が一人その後について来ている、

「あっ、お疲れ様です」

ドーナッツの制作をアニタに代わったジャネットが気付いてニコリと微笑む、そして、

「わっ、何ですそれ、可愛らしい」

三人はお揃いのドライフラワーの花冠をちょこんと頭に飾っていた、サビナとカトカは馴染みの髪留めで固定しており、三角帽子の女性はその三角帽子の先に載せている、

「へへー、いいっしょー、神殿でね関係者とか協力者に配ってたのさ」

「へーへー、初めて見ましたよそういうのやってるんですねー」

三人は屋台の外れ、客の邪魔にならない所にそっと移動すると、

「やってるみたいよ、私達もほら、祭りでわざわざ神殿は行かないじゃない、毎年恒例なんだってさー」

「それは知りませんでした、いいなー、可愛いなー」

花冠はレースの布を下地に使い、それに様々なドライフラワーを纏わせた形である、遠目にも近くで見ても中々に洒落た代物であった、

「ふふん、ま、あれね、ゾーイさんがいたからねー、私らも御相伴に預かった感じ?」

「ゾーイさん?あっ、ゾーイさんだ、誰かと思いましたよー」

ジャネットは三角帽子の女性を下から覗き、女性はツイッと顔を上げニヤリと微笑む、誰でもないゾーイであった、

「そっか、あれですね、ユーリ先生と一緒な感じですね」

「そうね、正装なんだけど着る機会が極端に少ないのよね、これ、持って来ておいて良かったわ」

ゾーイは再び三角帽子で顔を隠しながら小さく答える、

「でもあれですね、お似合いですっていうのは何か違う感じですね」

「そうかもねー、みんな一緒に見えるしね」

「じゃ、もっとお洒落にしましょうよーって感じですか?」

「いや、それもどうかしら、難しい所ね、何気に楽でいいのよ、顔も隠せるし」

「またまた、そんなこと言ってー」

四人はやたらおばさん臭い井戸端会議となってしまうが、アニタが気付いて何か言いたげな視線をジャネットに向ける、それに気付いたカトカが、

「あー、邪魔しちゃ悪いわね、やっぱりあれか、朝一で来ないと駄目かー」

とジャネットに暗に仕事に戻れと含みを持たせつつ店舗の人だかりへ視線を移した、

「えへへ、そうですねー、でもほら、寮の店舗でも同じ物を扱ってますから、もしあれでしたらそちらに」

「別にいいわよ、ドーナッツって明日以降も店舗では出すんでしょ?」

「その予定です、あっ、でも明日は休みですね、なので、明後日から?」

「そっか、じゃ、それまで待つか・・・」

とカトカは振り返り、サビナとゾーイもそれが良さそうだと客の様子を眺めている、

「あっ、でもあれです、爪やすりの新作はまだあると思いますね、そっちは簡単には手に入らないかも、洗濯バサミはもう無いはずですね」

「えっ、そうなの?」

「はい、あっちの列で実践しているんですよ、爪やすり、マフダさんとリーニーさんとコッキーさんで」

「コッキーさんも・・・そりゃ大変だ・・・」

サビナとカトカはつま先立ちでそちらを伺い、あーと状況を理解して、

「うん、じゃ、そっちは買っていこうか、うん、ありがとね」

「はーい、毎度ですー」

三人はそそくさと小物の屋台に向かう、ドーナッツもベールパンもそろそろ材料が心許なくなってきた、ジャネットは作業に戻りながら、店じまいの準備を考えないとなとこちらも底が見えてきたソーダ水の準備に取り掛かるのであった。
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