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本編
58話 胎動再び その11
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同じ頃内庭では、
「なんだ、お前ら?」
クロノスが宿舎の影で画板に向かう三人を見下ろす、
「クロノスだー」
流石に飽きてきていたミナが当たり前のように頭突きをかまし、こちらも当たり前のように軽くいなしたクロノスに、
「御機嫌麗しゅう・・・えっと、クロノス様・・・・」
とニコリーネが手を止めて直立不動になった、
「あー、ニコリーネ、こっちではスイランズだ、そう呼べ、それと、畏まらなくていいぞ、面倒だ」
ミナを振り回しながらクロノスは渋い顔となり、ニコリーネははいっと答えたはいいものの、幼少の頃からの習慣は簡単に抜けるものでは無い、どうしても王族や高位貴族を前にすると、姿勢を正してしまうもので、しかし面白い事に本気で絵画に向かっているときには完全にそれは忘れる事ができる、というかまるで気にならない、つまり今はそれほど本気で絵画に向かっていないという事でもある、
「まぁいい、で、あれの見物か?」
とクロノスはクレーンを見上げる、
「うん、面白かったー、えっとね、えっとね、みんなであれを回すと、あっちが持ち上がってね、でねでね、大工のおっちゃんがもういいぞーって言うと、あれが下がってくるの、でねでね、またいいぞーって言うと、持ち上がってね、で、あぁなったの、面白かったー」
ミナはクロノスの脇に抱えられたまま、あれだそれだとバタバタと両手足を振り回し子供らしく説明する、
「ほう、そうなのか、大したもんだな」
クロノスは話し半分に聞きつつ適当に答える、
「大したもんなのー」
ミナはニパーと嬉しそうな笑顔でクロノスを見上げ、クロノスはもう落ち着いたかなとミナを下ろすと、
「イースは来たか?」
ミナを見下ろす、
「うん、山に行ったー、さっきー、で、見物に来るって言ったけど戻ってないよー」
「そうか、じゃ、どうするかな・・・」
とクロノスは首を傾げる、いつものように裏山で修練をしても良いのだが、なんとなくそれではつまらんなと考えてしまう、そこへ、
「わっ、出来上がってるー」
「ホントだ・・・」
「いや、あれは出来上がってる訳では無くてー」
と黄色い歓声が響いて来た、グルジアとルル達である、
「あー、コミンだ、サレバだー、みんなお帰りー」
ミナはキャッキャッとそちらに合流する、
「戻ったよー、どうだった?面白かった?」
「うん、面白かった、えっとね、あっちがグルグルすると、こっちが持ち上がって、で、なんかなんかで、出来たー」
随分と適当な説明である、先程の説明からだいぶ簡略化もされている、クロノスはオイオイと目を細め、グルジア達は、
「そっかー、いいなー、見たかったなー、終わったのかなー」
「そだねー」
「でも、まだ作業してるねー」
「そだねー」
やはりグルジアは興味津々で楽しそうであるが、他の生徒達はこんなもんだろうとどこか素っ気ない、
「おーし、こっちは終わりでいいな、各部しっかり点検しろよー」
新しく組み上げられた足場を見上げブラスが大声を上げる、現場の内側から職人達の声が返ってくると、
「うっし、じゃ、重機は撤収だな」
と振り返る、その視線の先にクロノスとグルジア達の姿を見つけ、
「おわっ、スイランズ様、御機嫌ようです」
と埃にまみれた顔をクシャリと歪ませた、
「うむ、なんだ今日は終わりか?」
嬉しそうに駆けて来たブラスにクロノスは鷹揚に答え、
「はい、後は重機を撤収して終わりですね、少々手間取りましたが無事終わりです」
「そうか・・・ふむ、そう言われれば重機をしっかりと見た事は無かった・・・見てもいいか?」
クロノスは顎先を掻きながらクレーンを見上げる、軍でも大型の重機を使用する事があるが、クロノスはその経歴上軍指揮下での建築の経験が少ない、それはどうしても工兵と一般兵の仕事である為で、騎兵として仕官を始めた場合携わる事が少ない業務であったりする、さらに言えばその騎士としての仕事も中途で離脱せざるを得なかった、故に現場の補佐官には微妙に蔑ろにされる事があり、それは頭では分かっているがやはり悔しい部分でもある、
「えっ、勿論ですけど、こっちにも興味がおありで?」
「いや、特には無いんだが、なんでも知っていなければならんとな、最近思い知ってな、うん、邪魔になるなら遠慮するが」
「えっ、そんな、ちょっとお待ち下さい、確認します」
ブラスはバタバタとクレーンに駆け寄り、人夫達と話し込んでいる様子である、クレーンを扱っているのは専門業者でありブラスの直接の部下では無い、その為ブラスの思い通りにならない事もある、しかし、ブラスと人夫は大声で笑い合うとなにやら同意したようで、
「じゃ、どうぞ、ゆっくりはあれですが、周辺を片付けながらですが近くで見て貰っても構いません」
ブラスは駆け戻りニコリと微笑む、
「そうか、すまんな」
クロノスはそのままクレーンに向かい、
「えー、ミナはー、ミナも見たいー」
しっかりと耳をそばだてていたミナがブラスの服を引っ張った、
「おう、いいぞ、ただし、乗るなよ、それと、駄目っていたら駄目だからな」
「わかったー」
ミナは満面の笑みを浮かべてクロノスを追いかけ、
「えー、いいなー、私達もいいですか?」
とグルジアの猫撫で声である、
「勿論だよ、今日はほら、ミナ坊と絵師さんかな、ずーっと見物してたからな、連中もそんなに好きなら少しくらいいいぞってね」
「やったー、行こう行こう」
グルジアはピョンと飛び跳ね駆け出すが、
「いいのかな?」
「うん、まぁ、珍しいは珍しいし・・・」
やはりここでも温度差は酷いもので、しかし折角だからと生徒達は足を向け、ニコリーネとレインもそれに続く、クレーンの側では、
「ほう、随分小さいんだな」
「はい、住宅用ですから、柱を立てられればそれでいいんですよ、なので地面の固定もしてないですね」
「なるほど・・・そうか、あれか城壁なんかでは基礎まで作ってるよな」
「そうなんです、重いものを持ち上げるには首も大事ですが、まず足場ですね、城壁用となると基礎を作って、でかい杭でガチガチに固めます、本体そのものにも重石を載せますしね」
「そうだな、傍目で見てると二度手間に見えるよな、あれ」
「ですが、そこが大事なんです、重機自体が倒れるような事になったら目も当てられんですから」
「それもそうだな」
人夫の棟梁であろう、やや年嵩の男がクロノスとクレーンを見ながら話し込んでおり、ミナはチョコマカと飛び跳ねたり蹲ったりとクレーンの周辺を動き回っている、
「触っても大丈夫ですか?」
そこへグルジアが遠慮無く突撃し、
「あー、そうだな、少しなら構わんよ」
と棟梁はやに下がる、若い女性に興味を持たれる事が少ないのであろう、さらに続々と自分の娘か孫かと思える年代の娘達が集まり、棟梁はいよいよ嬉しそうににやついて、
「じゃ、そうだな」
とクレーンの最も大事な機構部分を差し、
「どうだ動かせるかやってみるか?」
と挑発的に微笑んだ、クロノスはのほほんと眺めていたが、ブラスが流石に、
「おいおい、危なくないか」
と口を挟む、
「大丈夫だろう、どうせ動かん」
棟梁はニヤリと微笑み、
「やるー、動かす」
ミナがムンと胸を張って取っ手に縋りつき、
「じゃ、私も」
とグルジアも縋りつくが、ビクともしない、
「うー、駄目だー」
「だねー」
「はっはっは、だろう?」
棟梁は得意気に笑い、人夫達も片付けの手を止めてニコニコと微笑んで見つめている、
「そんなに重いのか?」
「そりゃもう、荷物を吊ったら男四人で何とかって代物です、吊らない状態であっても男二人は欲しいですね」
「そりゃそうか・・・なるほどな、良く出来ている」
「はい」
「するとあれか・・・あぁ、そうか、城壁の奴だと綱で引いていたな、あっちのが力が入るのか?」
「あー、あれはあれです、単純に作業場所が取れるからですね、街中で重機を使う場合はどうしてもその引っ張るにしても場所が無いですから、こんな感じになってます、力の効率はどうでしょう、似たようなもんだと思いますが、一度に作業にかかれる人数が桁違いに多いですからね、綱で引く方が・・・それに安全ですし、何を持ち上げるにしろ距離を取らないと危ないですから」
「なるほどな、そう言われると理解が早いな」
「えへへ、そうなんですよ」
詳細は聞いていないが見た目だけで高位貴族と分かるクロノスがフムフムと興味深げに頷く様子に、棟梁はいよいよ誇らしげな笑顔を浮かべ、その横では、
「むー、ダメー」
「だよねー」
「もっとこう・・・何とか・・・」
「えー、ぶら下がっても駄目なのにー」
ルル達も力試しと取っ手に縋るがまるで動く気配も無い、
「やっぱ、凄いんだねー」
「うん、男の仕事だね」
「そりゃそうだよー」
やっと諦めた様子の娘達の横では、
「凄いな、嬢ちゃん、絵師なのか?」
「えっ、あっ、はい、そうなんです」
「見ていいか?」
「あっ、はい、どうぞ」
人夫の一人がニコリーネの画板を覗き込む、それは昨日と同じ素描であったが、中央にクレーンが描かれ、その周辺には人夫達の働く姿が描かれていた、
「おぉ、凄いな、おい、これ、見てみろ、大したもんだ」
「なにが?」
「どれどれ?」
ニコリーネの周りにはあっという間に人夫が集まる、作業中、視界の端に見えるニコリーネの一心不乱な様子に興味を引かれていたのであった、何せ朝から始まって今の今まで画板に向かって何やら書き込んでいるのである、ミナやレインは途中で飽きたのか裏山に行ったり、寮に入ったりと作業の邪魔にならない程度に自由であった、
「これ、お前か?」
「えっ、そうなのか?」
「だよな?」
「はい、あの、そうです、似てませんか・・・ね?」
「いや、似てるよー、うん」
「そうなのか?」
「いや、少しあれだな男前過ぎるな・・・」
「ちょっと待て、どういう意味だよ」
「そのままだよ、するとこっちのハゲが俺か?」
「はい・・・駄目ですか?」
「いや、いいんだよ、でもさ、少し髪を増やしてくれると嬉しいかな?」
「なんでだよ、お前、ハゲ自慢してるじゃねぇか」
「自慢してるわけじゃねぇよ」
「そうなのか?」
肉体労働者独特の粗暴な口調の中でニコリーネはビクビクしながらも、どうやら喜んでくれていると理解し、
「じゃ、えっと、これは駄目ですけど・・・」
と紙を数枚捲って、
「あっ、これとこれなら、どうぞ、あの、お礼です」
二枚を抜き取って手渡す、
「えっ、いいのか?」
「はい、あの描いてて楽しかったです、とっても・・・えへへ」
「こりゃ、嬉しいな」
「うん、事務所に飾ろうぜ」
「ありゃ、こっちはあれか顔を中心に書いてあるのか」
「凄いな、嫁に見せてぇな」
「俺もだ」
「こりゃ大したもんだな・・・親方ー」
言葉遣いも言動も粗野な男達であるが気は優しい、そこへイフナースも合流して暫くワイワイと楽し気な声が響き、しかし、流石にいつまでも遊んでいられる筈も無く、ブラスと棟梁の掛け声がかかると人夫達と職人達は若干の心残りを感じつつ人払いの後に本格的な撤収作業に入るのであった。
「なんだ、お前ら?」
クロノスが宿舎の影で画板に向かう三人を見下ろす、
「クロノスだー」
流石に飽きてきていたミナが当たり前のように頭突きをかまし、こちらも当たり前のように軽くいなしたクロノスに、
「御機嫌麗しゅう・・・えっと、クロノス様・・・・」
とニコリーネが手を止めて直立不動になった、
「あー、ニコリーネ、こっちではスイランズだ、そう呼べ、それと、畏まらなくていいぞ、面倒だ」
ミナを振り回しながらクロノスは渋い顔となり、ニコリーネははいっと答えたはいいものの、幼少の頃からの習慣は簡単に抜けるものでは無い、どうしても王族や高位貴族を前にすると、姿勢を正してしまうもので、しかし面白い事に本気で絵画に向かっているときには完全にそれは忘れる事ができる、というかまるで気にならない、つまり今はそれほど本気で絵画に向かっていないという事でもある、
「まぁいい、で、あれの見物か?」
とクロノスはクレーンを見上げる、
「うん、面白かったー、えっとね、えっとね、みんなであれを回すと、あっちが持ち上がってね、でねでね、大工のおっちゃんがもういいぞーって言うと、あれが下がってくるの、でねでね、またいいぞーって言うと、持ち上がってね、で、あぁなったの、面白かったー」
ミナはクロノスの脇に抱えられたまま、あれだそれだとバタバタと両手足を振り回し子供らしく説明する、
「ほう、そうなのか、大したもんだな」
クロノスは話し半分に聞きつつ適当に答える、
「大したもんなのー」
ミナはニパーと嬉しそうな笑顔でクロノスを見上げ、クロノスはもう落ち着いたかなとミナを下ろすと、
「イースは来たか?」
ミナを見下ろす、
「うん、山に行ったー、さっきー、で、見物に来るって言ったけど戻ってないよー」
「そうか、じゃ、どうするかな・・・」
とクロノスは首を傾げる、いつものように裏山で修練をしても良いのだが、なんとなくそれではつまらんなと考えてしまう、そこへ、
「わっ、出来上がってるー」
「ホントだ・・・」
「いや、あれは出来上がってる訳では無くてー」
と黄色い歓声が響いて来た、グルジアとルル達である、
「あー、コミンだ、サレバだー、みんなお帰りー」
ミナはキャッキャッとそちらに合流する、
「戻ったよー、どうだった?面白かった?」
「うん、面白かった、えっとね、あっちがグルグルすると、こっちが持ち上がって、で、なんかなんかで、出来たー」
随分と適当な説明である、先程の説明からだいぶ簡略化もされている、クロノスはオイオイと目を細め、グルジア達は、
「そっかー、いいなー、見たかったなー、終わったのかなー」
「そだねー」
「でも、まだ作業してるねー」
「そだねー」
やはりグルジアは興味津々で楽しそうであるが、他の生徒達はこんなもんだろうとどこか素っ気ない、
「おーし、こっちは終わりでいいな、各部しっかり点検しろよー」
新しく組み上げられた足場を見上げブラスが大声を上げる、現場の内側から職人達の声が返ってくると、
「うっし、じゃ、重機は撤収だな」
と振り返る、その視線の先にクロノスとグルジア達の姿を見つけ、
「おわっ、スイランズ様、御機嫌ようです」
と埃にまみれた顔をクシャリと歪ませた、
「うむ、なんだ今日は終わりか?」
嬉しそうに駆けて来たブラスにクロノスは鷹揚に答え、
「はい、後は重機を撤収して終わりですね、少々手間取りましたが無事終わりです」
「そうか・・・ふむ、そう言われれば重機をしっかりと見た事は無かった・・・見てもいいか?」
クロノスは顎先を掻きながらクレーンを見上げる、軍でも大型の重機を使用する事があるが、クロノスはその経歴上軍指揮下での建築の経験が少ない、それはどうしても工兵と一般兵の仕事である為で、騎兵として仕官を始めた場合携わる事が少ない業務であったりする、さらに言えばその騎士としての仕事も中途で離脱せざるを得なかった、故に現場の補佐官には微妙に蔑ろにされる事があり、それは頭では分かっているがやはり悔しい部分でもある、
「えっ、勿論ですけど、こっちにも興味がおありで?」
「いや、特には無いんだが、なんでも知っていなければならんとな、最近思い知ってな、うん、邪魔になるなら遠慮するが」
「えっ、そんな、ちょっとお待ち下さい、確認します」
ブラスはバタバタとクレーンに駆け寄り、人夫達と話し込んでいる様子である、クレーンを扱っているのは専門業者でありブラスの直接の部下では無い、その為ブラスの思い通りにならない事もある、しかし、ブラスと人夫は大声で笑い合うとなにやら同意したようで、
「じゃ、どうぞ、ゆっくりはあれですが、周辺を片付けながらですが近くで見て貰っても構いません」
ブラスは駆け戻りニコリと微笑む、
「そうか、すまんな」
クロノスはそのままクレーンに向かい、
「えー、ミナはー、ミナも見たいー」
しっかりと耳をそばだてていたミナがブラスの服を引っ張った、
「おう、いいぞ、ただし、乗るなよ、それと、駄目っていたら駄目だからな」
「わかったー」
ミナは満面の笑みを浮かべてクロノスを追いかけ、
「えー、いいなー、私達もいいですか?」
とグルジアの猫撫で声である、
「勿論だよ、今日はほら、ミナ坊と絵師さんかな、ずーっと見物してたからな、連中もそんなに好きなら少しくらいいいぞってね」
「やったー、行こう行こう」
グルジアはピョンと飛び跳ね駆け出すが、
「いいのかな?」
「うん、まぁ、珍しいは珍しいし・・・」
やはりここでも温度差は酷いもので、しかし折角だからと生徒達は足を向け、ニコリーネとレインもそれに続く、クレーンの側では、
「ほう、随分小さいんだな」
「はい、住宅用ですから、柱を立てられればそれでいいんですよ、なので地面の固定もしてないですね」
「なるほど・・・そうか、あれか城壁なんかでは基礎まで作ってるよな」
「そうなんです、重いものを持ち上げるには首も大事ですが、まず足場ですね、城壁用となると基礎を作って、でかい杭でガチガチに固めます、本体そのものにも重石を載せますしね」
「そうだな、傍目で見てると二度手間に見えるよな、あれ」
「ですが、そこが大事なんです、重機自体が倒れるような事になったら目も当てられんですから」
「それもそうだな」
人夫の棟梁であろう、やや年嵩の男がクロノスとクレーンを見ながら話し込んでおり、ミナはチョコマカと飛び跳ねたり蹲ったりとクレーンの周辺を動き回っている、
「触っても大丈夫ですか?」
そこへグルジアが遠慮無く突撃し、
「あー、そうだな、少しなら構わんよ」
と棟梁はやに下がる、若い女性に興味を持たれる事が少ないのであろう、さらに続々と自分の娘か孫かと思える年代の娘達が集まり、棟梁はいよいよ嬉しそうににやついて、
「じゃ、そうだな」
とクレーンの最も大事な機構部分を差し、
「どうだ動かせるかやってみるか?」
と挑発的に微笑んだ、クロノスはのほほんと眺めていたが、ブラスが流石に、
「おいおい、危なくないか」
と口を挟む、
「大丈夫だろう、どうせ動かん」
棟梁はニヤリと微笑み、
「やるー、動かす」
ミナがムンと胸を張って取っ手に縋りつき、
「じゃ、私も」
とグルジアも縋りつくが、ビクともしない、
「うー、駄目だー」
「だねー」
「はっはっは、だろう?」
棟梁は得意気に笑い、人夫達も片付けの手を止めてニコニコと微笑んで見つめている、
「そんなに重いのか?」
「そりゃもう、荷物を吊ったら男四人で何とかって代物です、吊らない状態であっても男二人は欲しいですね」
「そりゃそうか・・・なるほどな、良く出来ている」
「はい」
「するとあれか・・・あぁ、そうか、城壁の奴だと綱で引いていたな、あっちのが力が入るのか?」
「あー、あれはあれです、単純に作業場所が取れるからですね、街中で重機を使う場合はどうしてもその引っ張るにしても場所が無いですから、こんな感じになってます、力の効率はどうでしょう、似たようなもんだと思いますが、一度に作業にかかれる人数が桁違いに多いですからね、綱で引く方が・・・それに安全ですし、何を持ち上げるにしろ距離を取らないと危ないですから」
「なるほどな、そう言われると理解が早いな」
「えへへ、そうなんですよ」
詳細は聞いていないが見た目だけで高位貴族と分かるクロノスがフムフムと興味深げに頷く様子に、棟梁はいよいよ誇らしげな笑顔を浮かべ、その横では、
「むー、ダメー」
「だよねー」
「もっとこう・・・何とか・・・」
「えー、ぶら下がっても駄目なのにー」
ルル達も力試しと取っ手に縋るがまるで動く気配も無い、
「やっぱ、凄いんだねー」
「うん、男の仕事だね」
「そりゃそうだよー」
やっと諦めた様子の娘達の横では、
「凄いな、嬢ちゃん、絵師なのか?」
「えっ、あっ、はい、そうなんです」
「見ていいか?」
「あっ、はい、どうぞ」
人夫の一人がニコリーネの画板を覗き込む、それは昨日と同じ素描であったが、中央にクレーンが描かれ、その周辺には人夫達の働く姿が描かれていた、
「おぉ、凄いな、おい、これ、見てみろ、大したもんだ」
「なにが?」
「どれどれ?」
ニコリーネの周りにはあっという間に人夫が集まる、作業中、視界の端に見えるニコリーネの一心不乱な様子に興味を引かれていたのであった、何せ朝から始まって今の今まで画板に向かって何やら書き込んでいるのである、ミナやレインは途中で飽きたのか裏山に行ったり、寮に入ったりと作業の邪魔にならない程度に自由であった、
「これ、お前か?」
「えっ、そうなのか?」
「だよな?」
「はい、あの、そうです、似てませんか・・・ね?」
「いや、似てるよー、うん」
「そうなのか?」
「いや、少しあれだな男前過ぎるな・・・」
「ちょっと待て、どういう意味だよ」
「そのままだよ、するとこっちのハゲが俺か?」
「はい・・・駄目ですか?」
「いや、いいんだよ、でもさ、少し髪を増やしてくれると嬉しいかな?」
「なんでだよ、お前、ハゲ自慢してるじゃねぇか」
「自慢してるわけじゃねぇよ」
「そうなのか?」
肉体労働者独特の粗暴な口調の中でニコリーネはビクビクしながらも、どうやら喜んでくれていると理解し、
「じゃ、えっと、これは駄目ですけど・・・」
と紙を数枚捲って、
「あっ、これとこれなら、どうぞ、あの、お礼です」
二枚を抜き取って手渡す、
「えっ、いいのか?」
「はい、あの描いてて楽しかったです、とっても・・・えへへ」
「こりゃ、嬉しいな」
「うん、事務所に飾ろうぜ」
「ありゃ、こっちはあれか顔を中心に書いてあるのか」
「凄いな、嫁に見せてぇな」
「俺もだ」
「こりゃ大したもんだな・・・親方ー」
言葉遣いも言動も粗野な男達であるが気は優しい、そこへイフナースも合流して暫くワイワイと楽し気な声が響き、しかし、流石にいつまでも遊んでいられる筈も無く、ブラスと棟梁の掛け声がかかると人夫達と職人達は若干の心残りを感じつつ人払いの後に本格的な撤収作業に入るのであった。
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「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
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