セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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59話 お披露目会 その9

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ブラスは廊下へ逃げ出し、さて困ったぞと小首を傾げる、ブラスとしては鏡はもう珍しいものではなく、ガラス鏡店の隠れた目玉としている壁画も充分に鑑賞し見飽きてさえいる、故に店舗内でする事は基本的には無い、今日は折角の催し物でもあるし、何かあれば対応が必要であろうと思って顔を出した程度である、クロノスとイフナースと同行したのも単に丁度良く寮での作業の終わりとイフナースの下山が被った為の偶然であったりする、

「・・・冷凍箱どうなったかな・・・」

すっかりとやる事の無くなったブラスは、取り敢えずと屋敷内を見渡し目に付いた厨房から自身が設置した冷凍箱を連想し、最終確認まではしていなかったなと足を向けた、勿論であるがその必要は無い、サビナとは設置に関して打ち合わせ済みであり、特に問題があった等の報告も相談も無い、であれば上手い事動作し使えているはずなのである、つまりなんの問題も無いのは分かり切っているのであるが、手持無沙汰な上に、どうにも何かをしていなければ落ち着かない心境となってしまっているブラスとしては、頭では不要である事を理解していても自然と身体が動いてしまったのであった、

「失礼・・・あらっ」

ブラスが厨房へ顔を出すと、中ではケイスとパウラ、グルジアとレスタが茶を手にしており、ティルも加わってけだるくものんびりとした空間の中静かに談笑している様子である、先程見た内庭のそれと似た感じであったが、こちらの方がより流れる時間と大気が緩やかに感じられる、

「あっ、ブラスさんどうしたんですか?」

ケイスがヒョイと顔を上げ、釣られて他の顔も上がる、見知った顔ばかりであるが、一人は見た事がある程度であった、

「あー・・・特にあれなんだが」

とブラスは後ろ頭を誤魔化すように掻き毟り、

「冷凍箱がな、ちょっと気になってな」

と厨房の隅に設置された木箱へ視線を投げた、それは設置した当初のままそこにあり、二つ並んでいるのであるがその二つ共に陶器の操作板がチョコンと乗せられている、

「あ、そうなんですね、じゃ、ティルさんかな?」

「はいはい、どうかされました?」

ティルがスッと腰を上げ、ブラスはティルがここのメイドなのだと瞬時に理解し、庭で見た時は何かやっていたなとも思うが、

「お休みの所すいません」

と謝罪を口にしつつ、

「外枠は作ったんですがね、その後はサビナさんに丸投げしちゃったんで気になってまして、どうです使えてます?」

と若干丁寧な言葉を意識する、

「はい、好調ですよ、料理人の皆さんも喜んでます、どうぞ見てみて下さい」

「じゃ、遠慮なく」

ブラスは無意識であったが足音に注意して厨房に入り冷凍箱に手を置いた、乾燥し磨かれた木肌を感じ冷気が表に伝わっていない事を確認する、さらに腰を落として前面、横面、覆いかぶさるようにして裏面に手を回し、

「うん、木箱そのものは良いようですね」

満足そうに呟いた、

「触って分かるんですか?」

ティルが不思議そうに問う、

「あー、そうですね、大事なのは木箱そのものが冷たくなっていない事なんですよ、中の冷気が外に伝わっていない事が大事なんですよね、なもんで触っただけである程度分かるんです」

「へーへー、そういうもんなんですかー」

「そういうもんです、中もいいです?」

「どうぞ、どうぞ」

ブラスは確認しつつ操作板を横に置いて蓋を開け新しく付けたつっかえ棒を慣れた手つきで立てかける、すると冷気がフワリと霞になって零れ落ちた、

「わっ、いっぱいですね」

「そうなんです、おう・・・向こうから色々と持ち込まれるもので」

「ちゃんと冷えてます?」

「それは勿論です、向こうにも氷室はあるんですが使い勝手はこっちの方が段違いに良いですね、料理人達も絶賛してますよ」

ティルは王城の事を向こうと言い換えて答えている、ブラスがどこまでこちらの事情に精通しているか不明な為の当然の配慮であった、

「それは嬉しい、であれば一安心ですね・・・」

さらにブラスは蓋の裏にある陶器板の収まりを確認し、そこから伸びるグリーンスパイダーの蜘蛛糸の密閉部分に指を這わせた、サビナが自分でも出来るであろうとの事で完全に任せた部分であるが、その密閉はしっかりと為されており、流石サビナだなとブラスは舌を巻き、

「うん、大丈夫そうですね・・・」

ゆっくりと蓋を閉める、

「そうだ、もし改良点とかこうしたいとかあればお伺いしたいのですが」

「改良点ですか・・・」

ティルはうーんと小首を傾げ、

「そう・・・ですね、仕方の無い事だと思うのですが蓋が重いとか、毎朝の魔力の充填がめんどくさいとか?」

「あー、それは仕方無いですかねー」

「ですよねー、あっ、もう少しあれです内容量っていうんですか?増えてくれればとは言ってますね」

「それに関してはなんとかなりますよ、六花商会さんの地下にあるのはもっと大きいので」

「そうなんですか?」

「はい、但しあれです、蓋はより重くなりますし、魔力の充填もあっちの方が多かったはずですね」

「そうなんですか・・・そうなりますか・・・」

「ですねー、一応あれです、より効率的にはなっているんですけどね、これで都合三つ目かな?うん、なので、まだまだこれからの品ですね」

ブラスがニコニコと答えたところに、

「あの、これって馬車に載せる事も出来ます?」

グルジアがスルッとティルの隣りに立った、

「おう、それはできるぞ、前にユーリ先生とも話したんだが、遠距離輸送に使えないかってね」

ブラスがニヤリとグルジアを見下ろす、こちらは見慣れた顔であり学園の直接の後輩に当たる、その為いつもの口調に戻るのであった、

「で、どうなんです?」

「うん、ほら、まずはさっきもあったが内容量?これがそのまま積載量になるだろう?そうなると大量郵送には向かないだろうなって、で、木箱そのものも重いしな、馬車に設置するとなると、輸送したい物にもよるんだろうが、どっちにしろ馬車自体が重くなるからな、二頭馬車で良い所が四頭馬車が必要かもって、で、整備された街路以外は難しいだろうなって、うん、そこまで考えると採算が合うかどうか?って事になってね、正直俺も先生もその辺の計算は出来なくてさ、そのうち運送業者を巻き込んで一つ作ってみたいって事にはなったんだが、ほら、実際に運用するに当たっては魔力持ちが常に付いていないと駄目だしね、俺の知り合いの運送業者は資材運搬はやるんだが、こんな特殊なものは使えないだろうしなって、先生も知り合いにはいないらしくてね、そんなこんなで先の話しだなって、そんな感じ」

「・・・なるほど、考えてはいたんですね」

「まぁな、ユーリ先生は好きにすればって感じだったけどな」

ブラスはアッハッハと明るく笑う、ユーリの本懐とする研究とはズレている事もありユーリはそれほど乗り気では無く、ブラスとしても注文があれば対応する程度の腹積もりであったりする、二人共に本気で取り組んではいないのであった、

「そうですか・・・」

グルジアは真剣な瞳で冷凍箱を見つめて沈思する、グルジアはそれなりに大きな商家の娘である、その本拠はヘルデルにあり、モニケンダムは勿論北ヘルデルにも支店を置いていた、故にガラス鏡に関してもこの冷凍箱に関しても、その他六花商会が取り扱うあらゆる商品に興味を惹かれていた、それは若い娘なら当然であるし、若い娘でなくてもそうなのであろうが、グルジアはあくまで商売として興味を惹かれていたのである、商家の娘であり自身も数か月前には今のテラのように客先に立つこともあった、商売としての売り買いの楽しさも苦しさも知っている身なのである、しかし、こちらに来てからその経験や実績を口にする事は一切無かったし、そうするべきでは無いと強く自制していた、それは自分はあくまで学生としてこの地にいるのであり、家業とは縁を切ったつもりはないが距離を置き学業に集中する為でもある、

「うーん」

グルジアは思わず大きく首を捻る、ガラス鏡に関しては寮や商会の事務所で見た時からこれは確実にどのような方法であっても売れる品である事は自明であったし、この冷凍箱に関しても流通に大きな革命を引き起こすのは確実であろう、その他コンロや下着類、やわらかクリームも同様である、モニケンダムにある支店の責任者を今すぐに呼び寄せ、六花商会と正式に取引を行いたいと何度か思ったのであるが、それを躊躇わせる様々な要因が多すぎた、まずはエレインのその影響力、子爵家の御令嬢というのは理解できるが、その周りにいる貴族達はどう見ても高位貴族であるし、領主一家とも仲良くしている、同年代の令嬢がいるとかであればまだ分るが、相手は婦人とまだ子供のレアンである、どのようにしてあそこまでの関係を築いたのかまるで想像できなかった、次にユーリとその研究所の技術力、光柱の一件もそうであるがこの冷凍箱に関しても量産すれば一財産は確実に築ける品である、それをまるで戯れのように扱う様はあまりに一般常識とかけ離れており違和感を拭えない、さらにソフィアの存在である、寮母というにはあまりにもあらゆる面で知識が広すぎるとグルジアは感じていた、料理は言わずもがなであるが、寮の改築しかり、コンロの扱いしかり、その上ユーリでさえ頼りにしている人物なのである、つまり、グルジアが見る限り、エレインを中心に据えるべきかユーリを中心に据えるべきか、ソフィアを中心に据えるべきか難しいのであるが、この一党に関して、分からない事が多すぎるのであった、まるで理解が及ばないのである、

「ま、そのうち、依頼があれば作るだろ、俺が担当しているのはガワだけだからな、この陶器板が一番大事だし、こればっかりはユーリ先生のところの品だから」

ブラスがグルジアが悩む内容とはまるで異なる事を口にして微笑んでいる、

「そうですね、うん、楽しみにしています」

グルジアは取り敢えず当たり障りのない事を口にして小さく微笑んだ、ブラスに関してはまだ理解の範疇にある事に小さく安堵する、若く気の良い大工であり、腕も立つし気配りも出来る、ちょっとした木工細工も得意としている生粋の職人肌で、お節介に感じるほどの先輩風を吹かせる気の良い人物なのである、

「あら、こちらでしたか」

そこへエレインがスッと顔を出した、

「わっ、何かありましたか」

ティルが慌てて振り返るが、

「大丈夫よ、ブラスさん、上に、スイランズ様がお呼びです」

「えっ、はい、わざわざすいません」

ブラスはワタワタと廊下に向かい、エレインは、

「あっ、お土産用意しておいてね、そろそろ皆さんお帰りみたいだから」

ケイスとパウラにそう言い含めてスッと引っ込んだ、

「ん、じゃ、持って行けばいいのかな?」

「はい、玄関ホールのテーブルに置いておいてます」

「了解」

ケイスとパウラが腰を上げ、じゃ私もとレスタも腰を上げる、結局五人総出でドーナッツの詰まった藁箱を玄関ホールへ運び出し見送りの準備を整えた。
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