セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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60話 光と影の季節 その7

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タロウが勝手口から厨房へ入るとソフィアと数名の女生徒が皿洗いをしていた、

「戻った?」

水場の天井付近にはソフィアの光源魔法が浮いている、そのほのかな灯りの下、女性達が一斉に振り返った、

「なんだよ、怖いぞ、そんなに見つめないでくれよ」

タロウは困った顔で睨み返す、

「何言ってるのよ、こんな可愛い娘達に囲まれて少しは喜びなさいよ」

ソフィアがニヤニヤと言い返す、その隣りに立つのはオリビアとサレバとコミンであった、生徒達はこうして夕食後の皿洗いを手伝うのが習慣になっていた、昨日まではティルが皿洗いまでこなして屋敷に戻っており、その際にも交代交代で手伝いには来ている、それもまた生徒達にとっては勉強になっていた、主にその日の夕食の秘訣とかあれが美味しかったこれが美味しかったと、ワイワイととはいかないまでも静かな談笑が夕食後の食休めとして、また料理の知識を得る為の有意義な時間として貴重なものとなっていた、

「それは・・・嬉しいが・・・あー、おっさんをからかうな」

「あら、なによー、照れてるのー」

「お前な、そう言うことはもう少し慣れてからにしてくれ、返答に困る」

タロウはわざとらしく左手で頭を掻く、

「そうね、そういうことにしますか、ユーリが三階に上がったからそっちで話して来てー」

ソフィアはさっと振り向いて作業に戻った、しかし、

「あ、こっちは私たちで、あの、積もる話もあるでしょうから」

オリビアが気を利かせてソフィアを伺う、

「別に良いわよー」

ソフィアが適当に答えるも、

「駄目ですよ、ここは私たちにお任せ下さい」

コミンの妙に真面目な口調であった、ソフィアはあらっと顔を上げ、

「はい、それにすぐに終わりますし、気にしないで下さい」

サレバも忙しく手を動かしながら心強い言葉である、

「そう・・・じゃ、お願いしようかしら」

ソフィアはここで変に意地を張るのも違うかなと一歩引いて前掛けで手を拭いつつ、

「じゃ、行きましょうか?」

と食堂に入りかけていたタロウに声をかける、タロウは、おう、と小さく応えて二人は厨房から姿を消した、途端、

「えっと・・・正直な所どうです?」

ニヤリとサレバがオリビアを見上げる、

「何がです?」

いつも通りの冷めた表情でオリビアが問い返した、

「タロウさんですよ、なんか印象が違う感じで、微妙です、もっとなんか厳つい人を想像してました」

「そう?私はもっと真面目な感じの人だなー」

「真面目な感じ?だってソフィアさんの旦那さんだよー、なんか、あれです、スイランズ様ほどじゃないけど、筋骨隆々とした兵士上がりって感じかなって?」

「えー、私はもっと知的な想像だったー、だって、ソフィアさんの料理の師匠なんでしょ、だったらほら、細かい事が得意な感じ?で、なんかやたらとこう・・・凝り性な感じ?」

「そうかなー」

サレバとコミンは遠慮無く人物評に花を咲かせる、オリビアはその当人が既に目の前にいるのにと呆れつつ、私の想像だとコミンさんに近いかなと首を傾げた、オリビアは職人的で知的な人物を想像していたのである、具体的にはブラスとカトカを合わせた感じであった、オリビアからすればソフィアは実践的で博学な人物である、それは料理よりもエルフの話しやらガラス鏡云々の方が印象が強かった為であった、しかし、こうして他人の印象を聞くと千差万別なのであろうなと思う、それはソフィアに対する印象の違いも大きいのであろう、新入生達にすればまだ付き合いが浅く珍奇であるが恐ろしく美味しい料理を作る寮母であり、オリビア達からすればそれに留まらず料理器具からガラス鏡までその知見は幅広いものであった、さらにユスティーナあたりに聞けばまた変わってくるであろう、なにしろ彼女からすれば命の恩人なのである、そう考えるとその伴侶となるタロウに対する想像もそれぞれに大きく違うであろう事は理解できた、それよりも問題なのは、正体不明である事から来る無形の期待感が大きくなっていた事であろうか、オリビア自身もそう意識しないまでも聖人君子を思い描いていたように思う、しかし、実際のタロウはこう言っては失礼だが、背が高いのは良いとして、あまりにも薄汚れた風貌とその表情が分かりづらい髭面の為に、大変に悪印象を抱いてしまった、はっきり言ってしまえばまるでそこらのチンピラなのである、さらにその服装もよくわからない、少なくともオリビアが知る限り王国内のどの地域にも見られない服装であった、動きやすそうではあるが、それ以上にだらしなく見え、汚れと合わさってチンピラ以下の浮浪者と言われても信じてしまったかもしれない姿なのである、オリビアは服装や見た目が大事であると母から厳しく躾けられていた、その意味を再確認までしてしまったのであるから、タロウがどれだけその第一印象で酷い印象を与えたのかが理解できるというものであった、

「そうね、じゃ、テラさんにも聞いてみようかな、テラさんとグルジアさんは社会人経験が長いからね」

オリビアが何となく口にする、

「そうですね、それ知りたいです」

「うん、興味あるね」

サレバとコミンはキャッキャッと笑いつつもその手は休んでいない、オリビアは流石農家の娘は違うなーとまるで別の事に関心するのであった。



「おう、すまんな」

タロウとソフィアが三階へ顔を出すと、ユーリは一人作業場の中で杯を傾けていた、その傍のテーブルには小さな光柱が立っている、ゾーイが手慰みで作ったインク壺に仕込んだ光柱であった、同じものを食堂にも置いたのであるが、タロウが来なければ今日の夕食後はこれが話題の中心になったであろう代物である、

「はい、いらっしゃい、ここが私自慢の研究室よ、どうぞおあがりー」

ユーリは上機嫌でニヤニヤと二人を誘う、

「あら、吞んでるの?あっ、ここから土足だからそこのつっかけ使ってね」

ソフィアは甲斐甲斐しくタロウの世話を焼きながら自分もつっかけに履き替えた、

「あら、優しいわねー」

「あー、なんだお前さんも変わらんなー、数年ぶりか?」

「そうね、クロノスの城で別れたっきりだったわねー」

「そうだっけ?」

「そりゃそうでしょ、あんたと会ったのも数年ぶりだったんだから、タロウさんとはそれに足して半年分?それほどでもないか・・・まぁどうでもいいわ」

「そういえばそうか・・・」

「ねー・・・なによ、大事な嫁と子供ほっぽって何やってたのよ」

「いや、別にほっぽってたわけではないがさ」

「ほっぽってたでしょ、あっ、適当に座んなさい、酒はそれ、呑むでしょ」

「いいのか?」

「再会を祝っても罰は当たらないわよ」

「まぁな」

「ソフィアも」

「・・・少しだけよ」

「ふふん、良い心がけじゃのう」

ユーリは嬉しそうに二人に杯を渡し樽を小脇に抱えてその杯を満たす、食堂ではいかにも知ったふうな口でタロウを紹介したのであるが、実際の所はユーリの言葉通りにユーリとタロウが会ったのは戦後別れてから初めての事であった、お互いもういい齢である為そう大きな外見的な変化は無い、生徒達は薄汚いその姿に嫌悪感を感じていたであろうが、今よりも酷い姿をお互い知っている、冒険者であり大戦を経験したのであるから当然といえよう、血まみれ泥まみれ、最も酷かったのは臓物まみれ、半身に火傷を負って死にかけたこともある、それに比べれば長旅の汚れなど些細なものであった、

「じゃ、かんぱーい」

ニコニコと嬉しそうにユーリは杯を掲げ、タロウとソフィアも柔らかく微笑み、杯を掲げ静かに呷った、

「おっ、旨いな」

「そうね」

「だしょー」

ユーリはニヤニヤと二人を眺め、

「で、何してたの?」

と切り出す、

「その前に、クロノスの件だがな」

「あー、それはもう行ってもらってるわ」

「行く?」

「転送陣で繋げてるのよ」

「だろうな・・・」

「まぁね」

「で、応えは?」

「まだね、さっき紹介したゾーイに行ってもらったんだけど、あっちも夕食どきだからかな、話しが滞っているのかも」

「そうか、それはすまない事をさせたかな?」

「いや、いいわ、だから取り合えずそっちは待ちね、さっき少し考えたらさ、クロノス以上の話しはクロノスに任せるのが一番だと思ってね、私が口を挟むのは違うでしょ、それに、どうせめんどくさーい話しなんでしょ?」

「まぁな」

「じゃ、直接話しなさい」

「わかったよ」

タロウは気持ちよく杯を呷り、

「で?」

とユーリは先を促す、

「あー、まぁ・・・なんだ・・・あっちこっち行ってきた」

「どこ?」

「あっちこっちだよ」

「それだけ?」

「なんだよ、はっきり言えばだがな・・・」

タロウはクイッと杯を傾け、ソフィアに視線を向ける、ソフィアもまた杯を手にして静かにタロウを伺っていた、特に止める様子はない、好きに話せばいいという意思表示なのであろう、

「うん、俺がほら遠い国から来たのは知ってるだろう?」

「そうね」

「でだ、こっちに来てからの一番の不満がな、食い物が少ないってことでな、量では無く種類な」

「それも聞いてる」

「そうだっけ?」

「あんたよくブーブー言ってたじゃない」

「そうだったか、じゃ、話しが早いな、探しに行ってたんだよ」

「食い物を?」

「食材をだ」

「わざわざ?」

「そうだよ」

「嫁と子供を置いて?」

「嫁と子供の為だよ」

「・・・何それ責任転嫁?」

「そのつもりは無い」

「・・・ソフィア、ホント?」

「ホントよー、だって、別れた後もギャーギャーうるさいんだもん、なら私とミナは田舎に帰るから、好きに行ってきなさいって、叩き出したのよ」

ソフィアがニヤリと口角を上げた、

「ホントに?それだけ?」

「まぁ・・・それだけって訳ではないがさ、俺一人なら何とでもなるが、ミナがいると難しくてな、それにレインも増えたし、ここは一旦安全な場所に落ち着かせたいって事もあったんだよ」

「ふーん・・・それだけって訳ではないのね・・・」

ユーリが片眉を上げる、

「まぁな・・・あー、じゃ、これだ」

タロウは左目を閉じて懐に腕を突っ込む、ユーリとソフィアはそうなっているんだ・・・その服、とタロウの意図する所とは別の所に目を見張る、

「こいつであれば、お前さんも知っているだろう」

タロウはよっと体を仰け反らせその懐から巨大な革袋を取り出した、それはとてもタロウの服の中に収まっていたとは思えない大きさで、子供であれば二人分はあろうか、さらにドンと実に重そうな音を立て床に置かれた、ユーリとソフィアはその異常な光景を当然のように受け止める、このタロウが言うところの収納魔法はタロウが冒険者時代から事あるごとに使用していた魔法である、二人にとっては見慣れたもので、残念な事に二人はこれを習得する事は出来たがタロウ程に使いこなしているとは言い難い、二人共に木箱三つ程度を十日間も維持できれば良いほうである、

「なに?」

「なに?」

ユーリとソフィアは身を乗り出す、収納魔法は慣れたものであるが、その革袋の中身には興味が湧く、

「ん、これだ」

革袋を雑に開いてタロウは中身を一掴み二人の前に差し出した、

「えっ、これ・・・そんなに?」

「全部?」

「そうだよ、魔族の大陸にも行ってきたんだよ」

「なっ・・・」

「えっ・・・」

流石の二人も絶句した、タロウの手にあったのは大小さまざまな赤色の魔法石である、タロウはどうだと言わんばかりに得意顔となるが、

「ちょっと、詳しく話しなさい」

「そうよ、私そこまで聞いてないわよ」

どうやら藪蛇であったらしい、ソフィアまでもが目の色を変えた、タロウはありゃ間違ったかなと首を傾げる、そこへ、

「戻りました・・・って、あっ、いらっしゃってたんですね」

奥の部屋からゾーイが現れた、

「あっ、お疲れ様、御免ね、向こう、どうだった?」

「はい、早速ですが明日の午後に顔を出すと、イフナース様とリンド殿も一緒との事ですが宜しいですか?」

「イフナース?」

タロウがゾーイに確認する、リンドは確か騎士団長だったよなとタロウは大戦時の記憶を掘り起こし、半年前にも会ったはずだとも思い出す、

「あー、いろいろあってね、あんた面識ないわよね、本物の王子様よ」

「本物の王子?」

「そうよ、クロノスみたいな入り婿と違う正真正銘の王子様」

「ありゃ・・・ま、クロノスが必要ならそれでいいが・・・」

「そっか、イフナース様もお願いしましょうか・・・」

ソフィアがニヤリとユーリを伺い、

「それもそうね・・・あんた丁度良いところに帰って来たわー」

ニヤーと邪悪な笑みを浮かべるユーリである、ゾーイはこれはまためんどくさそうな事になりそうだなと思いつつ、タロウの目の前の革袋をチラリと覗き込み、

「えっ、赤い魔法石ですか?こんなに?」

と思わず嬌声を上げた、ゾーイもそれを一目で分かるあたり大したものである、タロウはヘーっと素直に関心し、

「そうよー、忙しくなるわよー・・・って、あんたそれ全部よこしなさい」

「全部か?これと同じ袋であと三つはあるぞ?」

「そんなに?」

「うん、いろいろあってな、大量に貰って来た」

「・・・そんな簡単に・・・えっ、ありふれた代物なの?」

「うん、逆に邪魔にすらしていたな、それにこのままでは役に立たんぞ、形を整えて方向性を与えてやって、やっとだな、手間がかかるらしい、まぁ、それでもいいやって言って貰ってきたものだからな、この袋は丸っとやるよ」

「ホントに?有難いわー、うふふ、これは面白くなってきたわねー」

さらに邪悪な笑みを浮かべるユーリであった。
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