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本編
63話 荒野の果てには その12
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「ガクエンチョーセンセーはー?」
昼を過ぎた頃、三階にミナの大声が響いた、中央ホールで作業をしていたカトカとゾーイがヒョイと顔を上げ、
「そっちの部屋だよー」
カトカがニコリと微笑む、
「こっちー?」
「その手前」
「テマエー」
ミナは全く遠慮することなく研究室を駆け抜けて個人部屋へと突撃し、
「ガクエンチョー・・・いたー」
個人部屋の一つを覗き込んでニパーと笑顔を浮かべる、その部屋ではサビナと学園長が大量の木簡に囲まれ、上質紙を手にして難しい顔であった、
「おう、どうした、ミナちゃん」
学園長が顔を上げ、サビナも同時に振り返る、
「えっと、えっと、タローが呼んで来てって言ってたー、それと、それと、サビナに頼んだものがあるって言ってたー」
「こりゃ、そこはサビナさんと呼びなさい」
学園長もすっかりと落ち着いている為、自然と教育者らしい言葉が口を突く、
「うー、じゃー、サビナさん」
「うん、それでいいぞ」
学園長はニコリと微笑むと、
「大筋は良いと思う、しかし、やはり抜けがあるような感があるな、全体をまとめたら儂も改めて木簡を精査しよう」
「はい、ありがとうございます」
「いやいや、礼を言うのはこっちだよ、この短期間でよくここまでやってくれた、感謝、感謝じゃ」
実に優しく嬉しそうな笑顔を浮かべる学園長であった、
「そんな、勿体ないお言葉です」
「そう、固くなるな、そうじゃのう・・・特に問題がなければ・・・来月の20日前後までにまとめて・・・10日程かけて精査・・・そうすれば、来年頭に関係者に見せて・・・うん、ユーリ先生とも話した通りの予定で動けるな」
「そう・・・ですね」
「で、来期には正式に講師になって貰わねばな、どうする?生活科の一部門とするか、自由学科の一部門とするか、研究所も必要であろう?」
「・・・すいません、まだそこまでは考えられないです」
「そうか、そうだろうな、取り合えず今はこっちに集中するのが良かろう」
真摯な柔らかい笑顔でサビナの労を労いつつ将来の展望まで話題にする学園長であった、サビナはやはり冷静な学園長は話しが早いし理知的だなと感じる、一過性の暴力的な興奮はそれはそれで妙な行動力がある為否定する事は出来ないが、やはり王国立の学園の最高責任者なのである、興奮していてもこの程度には落ち着いて話せれば良いのになと感じてしまっていた、
「まだー?」
扉に抱きついて学園長を待つミナであった、
「おう、悪い悪い、では、そっちじゃな」
学園長は漸く腰を上げ、サビナもあれの事よねと、
「私も行きますね」
と上質紙を集め始める、
「うむ、ではタロウ殿のそのなんとやらを堪能するとしよう」
ニヤーと老人特有の厭らしい笑みを浮かべた学園長は、
「行くぞ、ミナちゃん」
と大股で歩き出し、
「うん、行くー」
ミナは階段へ駆けだした、そして二人が内庭に入ると、
「おう、エーリク先生、来てたのか」
内庭には荷車を中心に置いて、エーリクとその生徒達が何やら話し込んでおり、ブラスとリノルト、タロウが明るく笑い合っている、
「おう、学園長、どうやらこれも面白そうだぞ」
エーリクが手にした品を持ち上げて見せた、
「何じゃ?それは?」
「わからん」
即答するエーリクである、その品は銅か青銅の管である事は一目で分った、不可解なのはその形状である、一本の管を上下に何度も折り曲げ板状に形成しているようで、とてもではないが何を意図して作られたものか看破するのは難しい、
「わからんって・・・まぁそうだな、タロウ殿のやる事となるとそうもなろうな」
「うむ、での、こっちもじゃ」
エーリクは荷車に視線を落とす、そちらには複数の木箱が積まれており、その一つが開けられていた、
「これは?」
「捩じりバネって呼んでるみたいですよ」
タロウが学園長へ近寄り、ブラスもお疲れ様ですと学園長に会釈をする、
「おう、それは分かるぞ、この独特の形状はそれとしか言えん、しかし、この大きさでは何をするにも半端ではないかな?」
「そうですね、ちょっとこっち・・・大工関係では使わない大きさかもです、機械関係では逆にもう少し大きいですよね」
ブラスが捩じりバネを手にしてこちらも不思議そうに見つめ、タロウはニヤニヤとほくそ笑んでいる、
「だろうな、しかし、こんなに使って何をするつもりじゃ?」
「あー、こっちは今日は手を付けないので、完成したら披露しますよ」
タロウは誤魔化し笑いを浮かべる、その四つほどある木箱の全てがその捩じりバネなのであろう、かなりの量である、捩じりバネそのものもそこそこ大きい、大人の手と同じ程度の大きさであった、
「じゃ、どうしようかな・・・取り合えず、あっちから?」
タロウがここは自分が進めるべきだなとリノルトへ微笑みかけると、
「そうですね、先にこちらから」
ブラスと共に準備していたらしい大掛かりな木枠へ一同を誘う、
「これ、なにー?」
ミナがその木枠をポンポン叩き、
「また、大袈裟じゃのう」
レインも呆れて見上げている、
「まぁね、ちゃんと見れるようにしようと思ったらさ突貫だけどこうなったんだ」
ブラスがニヤニヤと二人に答える、そこへ、サビナが大荷物を持って合流した、
「あっ、御免ねサビナさん、さきにこっちやってみるから、そっちは後からになる」
タロウが律儀に謝罪すると、
「構いません、でも、それ、なんです?」
サビナもその仕掛けに目を奪われた、
「まぁ、ここまでする必要も無いんだけどね、ま、見ててよ」
とタロウは微笑みつつ、
「では、実験ですねー」
と一同を集めた、
「ジッケン、ジッケン」
楽しそうにピョンピョン跳ねるミナと、今日はまた次から次へと忙しい日だと目を細めるレインである、
「でね、これはリノルトさんに寮で使うオマル、便器だね、作ってもらいまして、その動作確認です」
「ほう・・・先日のトラップだな」
エーリクがギラリと目を輝かせ、
「それは良い、見てみたかったのじゃ」
学園長もズイッと身を乗り出す、
「はい、じゃ、リノルトさんお願いできる?」
「了解です、まずは通常はこういう風にオマルの中に水が溜まるようになっております」
リノルトが解説を始めた、その仕掛けは何のことは無い、成人男性程度の大きさの木枠を作り、その中心に青銅製の便器と配管を仕込んだもので、上部には桶が乗せられ水が流れるようになっている、つまり実際に設置するそのままを再現する為の工作物であった、タロウですらそこまでしなくてもと呆れてしまったのであるが、生徒達の手が余っていた為午前中の内に大雑把に組まれたものらしい、
「ほう、こうなるのか」
「なるほど・・・そして、ここで用を足すと」
「ふむ、汚物が丸わかりだのう」
「確かに」
学園長とエーリクが木枠の中を覗き込み、サビナはその脇から、ミナも背伸びをし、生徒達も交代交代で確認する、
「で、これに水を流す・・・」
ブラスが脚立に立って上部の桶に水を注いだ、すると、便器の内側を舐めるように水が流れ、ある程度溜まると、ズオッとばかりに便器内の水が排水される、
「おお、これは面白い」
「うむうむ、あれじゃな、まさにトラップじゃな」
「良い感じだねー」
「そうなのー?」
「うん、勢いもあるし、配管を太くしたのがいいかもね」
ちょこまかと歩き回るミナをタロウが抱き上げて一緒になって覗き込む、
「どうでしょう、確認したいのがこの水の溜まり具合とか、それと実際に流れるかどうかなんですよね、その汚物が」
リノルトがタロウに確認する、
「そうだね、溜まりはいいと思うよ、もう少しあっても良いと思うけど、配管と便器の大きさの兼ね合いもあるだろ?微調整できるようにしたいところだけど・・・難しいかな?上からの水が全体を流れるのは注文通りだね、理想的だ」
「へへ、苦労しました」
嬉しそうに微笑むリノルトである、
「ほう、さっきの流れも意図したものか?」
「そうですね、こういう形の便器ですと、こう座るんですが、ここ、溜まりの部分に汚物が、で、その周辺に尿が当たる事になるんです、そうなると、できればその尿の所も水で洗い流したいんですよね」
「なるほど、なるほど、その通りじゃな」
タロウがミナを抱えながらも身振り手振りで説明し、学園長やエーリク、生徒達もより理解を深める、
「では、どうしましょう、泥で試してみますか」
「そうだね」
流石にこの場で実際の汚物を使うわけにもいかず、リノルトは前回同様に内庭の外れから両手いっぱいの土塊を拾い上げ便器の溜まりへ滑り落とす、
「では、流します」
ブラスが再び桶に水を注ぐと、先程と同じように便器の内側を水が流れ、一定の高さになった瞬間、綺麗に土塊ごと排出された、排水管の先は庭の外れまで伸びており、あっという間に土塊と水が塊になって押し出された様子である、
「おお、上手くいくものじゃ」
「ほんとだー、綺麗になったー」
「うん、なんだ良い感じじゃない」
どうやら便器の試作品は上々の出来らしい、さらにサビナが持って来た荷物から、実際に便座として使う予定であった陶器を合わせてみたり、排水管の様子を調べてみたりと忙しくなる、
「しかし、これは実際に使ってみないと分らんじゃろうな・・・」
学園長が腕を組んで首を傾げた、
「そうですね、でも、現状よりかは遥かに楽で清潔ですよ」
「それは分るぞ、学園長どうだ、学園にも設置しようではないか」
エーリクも興奮気味である、生徒達から改築に関する状況を報告されており、それは聞けば聞くほどに興味をかき立てられるものであった、無論自身でも排水トラップに関して研究を始め、さらに建築物の中へ配管を通すという点に関しても考察程度であるが毎晩頭を悩ませている、
「そうだな・・・実に素晴らしい・・・学園としても欲しいが・・・実際にこれが完成するのはいつになる?」
しかし学園長は慎重であった、首を傾げて疑問を口にしタロウを睨む、
「そうですね、ブラスさん、完成はいつ?」
「えーっと・・・まずはこいつを必要なだけ作成する必要があるのと、風呂場の仕上げを・・・」
とブラスがタロウを伺う、
「あっ・・・それもあったね」
タロウがアチャーと頭をかいた、
「はい、それとその、今日のそっちのそれも設置しないとですから・・・他には厨房ですね、配管は済ませてありますんで、どうしたものかと・・・」
とどうやらブラスのタロウに配慮した曖昧な弁によると、大元の工事は大体完成しているらしい、残ったのは建築部分から先、便器なり浴槽なりといった実用部分であり、それには悉くタロウが口を出していた、その為当初の予定から若干なりとも変更点が多く、ブラスとしてはタロウからの指示待ち的な状態であったのである、ブラスとしては急遽生徒達の分の手が増えた為作業全体が早まったという事もあり、今この場で初めて口にする事でもあった、
「あー、そういう事ね・・・悪い、俺が急がなきゃだな」
タロウは申し訳なさそうな顔となる、
「うん、であれば、そちらを進めて欲しい、スイランズ様や領主様へも報告したいと思う、なにせあれだろう、これを活用するとするならば地下の遺跡を使うのが最も賢いであろう?」
「そうみたいですね、俺もそのうち見に行こうと思って行ってないんですよねー」
「うむ、そうなると政治的な話しになってくる、学園に浄化槽を新たに作るにしても・・・手間であろうしな」
学園長は寂しそうに口を開けている浄化槽を睨んだ、そちらは先日の排水試験の後から何もしていない状態である、
「確かに、そうなると、俺次第って事かな?取り合えず」
「そうですね、すいません」
タロウは苦笑いとなりブラスも曖昧な笑みで答えとする、
「そうか、そうなるとやはりちゃんと完成を見た方が良かろう、この便器も素晴らしいが風呂とやらも気になる、合わせて建物内での水の活用や取り回しを全体として見なければ片手落ちになろう、これはこの便器だけの問題では無さそうだからな」
「確かに、確かに、その通りだな、流石学園長だ良く見えている」
学園長の言葉にエーリクは実に嬉しそうに大きく頷いた、そこへ、
「学園長・・・わっ、エーリク先生も」
ユーリがバタバタと内庭へ駆け込んできた、
「おう、ユーリ先生どうした?」
「どうしたもこうしたも、会議ですよ、来てください」
「むっ、そんな時間か?」
「まだ、早いですけどね、学園長がいないと示しってものがつかないんです」
「むぅ・・・しかしだな」
「しかしもなにもないですよ、今日は居て貰わないと困るんです」
腰に両手を当てて踏ん反り返り、ギリッと学園長を睨みつけるユーリであった、そして、
「エーリク先生もです、学園祭の打ち合わせなんだから顔を出して下さい、まさか何も発表されないつもりですか?」
とキツイ視線をエーリクに向ける、
「むっ、しかしだな」
「だから、しかしもなにもないんですよ、絶対に顔を出すようにと厳命したと思いますが」
ユーリは頬をひく付かせて二人に詰め寄る、タロウはこれは本気で怒ってるようだとその経験から察し、
「あー、先生方、先にそちらを、こちらはほら、生徒さん達もいますから」
「・・・そうか・・・」
「しかしだな・・・」
と愚図る老人二人に、ユーリはいよいよ大声を上げそうになった瞬間、
「おう、タロウいるか?」
さらにめんどくさい顔がヒョイと現れる、クロノスとイフナースであった。
昼を過ぎた頃、三階にミナの大声が響いた、中央ホールで作業をしていたカトカとゾーイがヒョイと顔を上げ、
「そっちの部屋だよー」
カトカがニコリと微笑む、
「こっちー?」
「その手前」
「テマエー」
ミナは全く遠慮することなく研究室を駆け抜けて個人部屋へと突撃し、
「ガクエンチョー・・・いたー」
個人部屋の一つを覗き込んでニパーと笑顔を浮かべる、その部屋ではサビナと学園長が大量の木簡に囲まれ、上質紙を手にして難しい顔であった、
「おう、どうした、ミナちゃん」
学園長が顔を上げ、サビナも同時に振り返る、
「えっと、えっと、タローが呼んで来てって言ってたー、それと、それと、サビナに頼んだものがあるって言ってたー」
「こりゃ、そこはサビナさんと呼びなさい」
学園長もすっかりと落ち着いている為、自然と教育者らしい言葉が口を突く、
「うー、じゃー、サビナさん」
「うん、それでいいぞ」
学園長はニコリと微笑むと、
「大筋は良いと思う、しかし、やはり抜けがあるような感があるな、全体をまとめたら儂も改めて木簡を精査しよう」
「はい、ありがとうございます」
「いやいや、礼を言うのはこっちだよ、この短期間でよくここまでやってくれた、感謝、感謝じゃ」
実に優しく嬉しそうな笑顔を浮かべる学園長であった、
「そんな、勿体ないお言葉です」
「そう、固くなるな、そうじゃのう・・・特に問題がなければ・・・来月の20日前後までにまとめて・・・10日程かけて精査・・・そうすれば、来年頭に関係者に見せて・・・うん、ユーリ先生とも話した通りの予定で動けるな」
「そう・・・ですね」
「で、来期には正式に講師になって貰わねばな、どうする?生活科の一部門とするか、自由学科の一部門とするか、研究所も必要であろう?」
「・・・すいません、まだそこまでは考えられないです」
「そうか、そうだろうな、取り合えず今はこっちに集中するのが良かろう」
真摯な柔らかい笑顔でサビナの労を労いつつ将来の展望まで話題にする学園長であった、サビナはやはり冷静な学園長は話しが早いし理知的だなと感じる、一過性の暴力的な興奮はそれはそれで妙な行動力がある為否定する事は出来ないが、やはり王国立の学園の最高責任者なのである、興奮していてもこの程度には落ち着いて話せれば良いのになと感じてしまっていた、
「まだー?」
扉に抱きついて学園長を待つミナであった、
「おう、悪い悪い、では、そっちじゃな」
学園長は漸く腰を上げ、サビナもあれの事よねと、
「私も行きますね」
と上質紙を集め始める、
「うむ、ではタロウ殿のそのなんとやらを堪能するとしよう」
ニヤーと老人特有の厭らしい笑みを浮かべた学園長は、
「行くぞ、ミナちゃん」
と大股で歩き出し、
「うん、行くー」
ミナは階段へ駆けだした、そして二人が内庭に入ると、
「おう、エーリク先生、来てたのか」
内庭には荷車を中心に置いて、エーリクとその生徒達が何やら話し込んでおり、ブラスとリノルト、タロウが明るく笑い合っている、
「おう、学園長、どうやらこれも面白そうだぞ」
エーリクが手にした品を持ち上げて見せた、
「何じゃ?それは?」
「わからん」
即答するエーリクである、その品は銅か青銅の管である事は一目で分った、不可解なのはその形状である、一本の管を上下に何度も折り曲げ板状に形成しているようで、とてもではないが何を意図して作られたものか看破するのは難しい、
「わからんって・・・まぁそうだな、タロウ殿のやる事となるとそうもなろうな」
「うむ、での、こっちもじゃ」
エーリクは荷車に視線を落とす、そちらには複数の木箱が積まれており、その一つが開けられていた、
「これは?」
「捩じりバネって呼んでるみたいですよ」
タロウが学園長へ近寄り、ブラスもお疲れ様ですと学園長に会釈をする、
「おう、それは分かるぞ、この独特の形状はそれとしか言えん、しかし、この大きさでは何をするにも半端ではないかな?」
「そうですね、ちょっとこっち・・・大工関係では使わない大きさかもです、機械関係では逆にもう少し大きいですよね」
ブラスが捩じりバネを手にしてこちらも不思議そうに見つめ、タロウはニヤニヤとほくそ笑んでいる、
「だろうな、しかし、こんなに使って何をするつもりじゃ?」
「あー、こっちは今日は手を付けないので、完成したら披露しますよ」
タロウは誤魔化し笑いを浮かべる、その四つほどある木箱の全てがその捩じりバネなのであろう、かなりの量である、捩じりバネそのものもそこそこ大きい、大人の手と同じ程度の大きさであった、
「じゃ、どうしようかな・・・取り合えず、あっちから?」
タロウがここは自分が進めるべきだなとリノルトへ微笑みかけると、
「そうですね、先にこちらから」
ブラスと共に準備していたらしい大掛かりな木枠へ一同を誘う、
「これ、なにー?」
ミナがその木枠をポンポン叩き、
「また、大袈裟じゃのう」
レインも呆れて見上げている、
「まぁね、ちゃんと見れるようにしようと思ったらさ突貫だけどこうなったんだ」
ブラスがニヤニヤと二人に答える、そこへ、サビナが大荷物を持って合流した、
「あっ、御免ねサビナさん、さきにこっちやってみるから、そっちは後からになる」
タロウが律儀に謝罪すると、
「構いません、でも、それ、なんです?」
サビナもその仕掛けに目を奪われた、
「まぁ、ここまでする必要も無いんだけどね、ま、見ててよ」
とタロウは微笑みつつ、
「では、実験ですねー」
と一同を集めた、
「ジッケン、ジッケン」
楽しそうにピョンピョン跳ねるミナと、今日はまた次から次へと忙しい日だと目を細めるレインである、
「でね、これはリノルトさんに寮で使うオマル、便器だね、作ってもらいまして、その動作確認です」
「ほう・・・先日のトラップだな」
エーリクがギラリと目を輝かせ、
「それは良い、見てみたかったのじゃ」
学園長もズイッと身を乗り出す、
「はい、じゃ、リノルトさんお願いできる?」
「了解です、まずは通常はこういう風にオマルの中に水が溜まるようになっております」
リノルトが解説を始めた、その仕掛けは何のことは無い、成人男性程度の大きさの木枠を作り、その中心に青銅製の便器と配管を仕込んだもので、上部には桶が乗せられ水が流れるようになっている、つまり実際に設置するそのままを再現する為の工作物であった、タロウですらそこまでしなくてもと呆れてしまったのであるが、生徒達の手が余っていた為午前中の内に大雑把に組まれたものらしい、
「ほう、こうなるのか」
「なるほど・・・そして、ここで用を足すと」
「ふむ、汚物が丸わかりだのう」
「確かに」
学園長とエーリクが木枠の中を覗き込み、サビナはその脇から、ミナも背伸びをし、生徒達も交代交代で確認する、
「で、これに水を流す・・・」
ブラスが脚立に立って上部の桶に水を注いだ、すると、便器の内側を舐めるように水が流れ、ある程度溜まると、ズオッとばかりに便器内の水が排水される、
「おお、これは面白い」
「うむうむ、あれじゃな、まさにトラップじゃな」
「良い感じだねー」
「そうなのー?」
「うん、勢いもあるし、配管を太くしたのがいいかもね」
ちょこまかと歩き回るミナをタロウが抱き上げて一緒になって覗き込む、
「どうでしょう、確認したいのがこの水の溜まり具合とか、それと実際に流れるかどうかなんですよね、その汚物が」
リノルトがタロウに確認する、
「そうだね、溜まりはいいと思うよ、もう少しあっても良いと思うけど、配管と便器の大きさの兼ね合いもあるだろ?微調整できるようにしたいところだけど・・・難しいかな?上からの水が全体を流れるのは注文通りだね、理想的だ」
「へへ、苦労しました」
嬉しそうに微笑むリノルトである、
「ほう、さっきの流れも意図したものか?」
「そうですね、こういう形の便器ですと、こう座るんですが、ここ、溜まりの部分に汚物が、で、その周辺に尿が当たる事になるんです、そうなると、できればその尿の所も水で洗い流したいんですよね」
「なるほど、なるほど、その通りじゃな」
タロウがミナを抱えながらも身振り手振りで説明し、学園長やエーリク、生徒達もより理解を深める、
「では、どうしましょう、泥で試してみますか」
「そうだね」
流石にこの場で実際の汚物を使うわけにもいかず、リノルトは前回同様に内庭の外れから両手いっぱいの土塊を拾い上げ便器の溜まりへ滑り落とす、
「では、流します」
ブラスが再び桶に水を注ぐと、先程と同じように便器の内側を水が流れ、一定の高さになった瞬間、綺麗に土塊ごと排出された、排水管の先は庭の外れまで伸びており、あっという間に土塊と水が塊になって押し出された様子である、
「おお、上手くいくものじゃ」
「ほんとだー、綺麗になったー」
「うん、なんだ良い感じじゃない」
どうやら便器の試作品は上々の出来らしい、さらにサビナが持って来た荷物から、実際に便座として使う予定であった陶器を合わせてみたり、排水管の様子を調べてみたりと忙しくなる、
「しかし、これは実際に使ってみないと分らんじゃろうな・・・」
学園長が腕を組んで首を傾げた、
「そうですね、でも、現状よりかは遥かに楽で清潔ですよ」
「それは分るぞ、学園長どうだ、学園にも設置しようではないか」
エーリクも興奮気味である、生徒達から改築に関する状況を報告されており、それは聞けば聞くほどに興味をかき立てられるものであった、無論自身でも排水トラップに関して研究を始め、さらに建築物の中へ配管を通すという点に関しても考察程度であるが毎晩頭を悩ませている、
「そうだな・・・実に素晴らしい・・・学園としても欲しいが・・・実際にこれが完成するのはいつになる?」
しかし学園長は慎重であった、首を傾げて疑問を口にしタロウを睨む、
「そうですね、ブラスさん、完成はいつ?」
「えーっと・・・まずはこいつを必要なだけ作成する必要があるのと、風呂場の仕上げを・・・」
とブラスがタロウを伺う、
「あっ・・・それもあったね」
タロウがアチャーと頭をかいた、
「はい、それとその、今日のそっちのそれも設置しないとですから・・・他には厨房ですね、配管は済ませてありますんで、どうしたものかと・・・」
とどうやらブラスのタロウに配慮した曖昧な弁によると、大元の工事は大体完成しているらしい、残ったのは建築部分から先、便器なり浴槽なりといった実用部分であり、それには悉くタロウが口を出していた、その為当初の予定から若干なりとも変更点が多く、ブラスとしてはタロウからの指示待ち的な状態であったのである、ブラスとしては急遽生徒達の分の手が増えた為作業全体が早まったという事もあり、今この場で初めて口にする事でもあった、
「あー、そういう事ね・・・悪い、俺が急がなきゃだな」
タロウは申し訳なさそうな顔となる、
「うん、であれば、そちらを進めて欲しい、スイランズ様や領主様へも報告したいと思う、なにせあれだろう、これを活用するとするならば地下の遺跡を使うのが最も賢いであろう?」
「そうみたいですね、俺もそのうち見に行こうと思って行ってないんですよねー」
「うむ、そうなると政治的な話しになってくる、学園に浄化槽を新たに作るにしても・・・手間であろうしな」
学園長は寂しそうに口を開けている浄化槽を睨んだ、そちらは先日の排水試験の後から何もしていない状態である、
「確かに、そうなると、俺次第って事かな?取り合えず」
「そうですね、すいません」
タロウは苦笑いとなりブラスも曖昧な笑みで答えとする、
「そうか、そうなるとやはりちゃんと完成を見た方が良かろう、この便器も素晴らしいが風呂とやらも気になる、合わせて建物内での水の活用や取り回しを全体として見なければ片手落ちになろう、これはこの便器だけの問題では無さそうだからな」
「確かに、確かに、その通りだな、流石学園長だ良く見えている」
学園長の言葉にエーリクは実に嬉しそうに大きく頷いた、そこへ、
「学園長・・・わっ、エーリク先生も」
ユーリがバタバタと内庭へ駆け込んできた、
「おう、ユーリ先生どうした?」
「どうしたもこうしたも、会議ですよ、来てください」
「むっ、そんな時間か?」
「まだ、早いですけどね、学園長がいないと示しってものがつかないんです」
「むぅ・・・しかしだな」
「しかしもなにもないですよ、今日は居て貰わないと困るんです」
腰に両手を当てて踏ん反り返り、ギリッと学園長を睨みつけるユーリであった、そして、
「エーリク先生もです、学園祭の打ち合わせなんだから顔を出して下さい、まさか何も発表されないつもりですか?」
とキツイ視線をエーリクに向ける、
「むっ、しかしだな」
「だから、しかしもなにもないんですよ、絶対に顔を出すようにと厳命したと思いますが」
ユーリは頬をひく付かせて二人に詰め寄る、タロウはこれは本気で怒ってるようだとその経験から察し、
「あー、先生方、先にそちらを、こちらはほら、生徒さん達もいますから」
「・・・そうか・・・」
「しかしだな・・・」
と愚図る老人二人に、ユーリはいよいよ大声を上げそうになった瞬間、
「おう、タロウいるか?」
さらにめんどくさい顔がヒョイと現れる、クロノスとイフナースであった。
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アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
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アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
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⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』
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追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~
-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
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※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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