737 / 1,445
本編
64話 縁は衣の元味の元 その7
しおりを挟む
それから暫く食堂内も厨房もガヤガヤバタバタと忙しく、ブノワトとアンベルはソフィアと共に調理中の蒸し器を前にしてあーだこーだと打合せ中で、その後ろではメイド二人とマフダとリーニーは海水を煮詰めたり、豆乳の味見をしたりと忙しい、そこへ、
「なんか騒がしいね」
とタロウがふらりと厨房へ顔を出す、
「あら、戻ったの?」
ソフィアが振り返り、他の面々もお疲れ様ですと顔を上げた、しかし、その瞬間に、
「ちょっと、汚いわねー」
ソフィアの叫び声が厨房に響き渡る、
「分かってるよ、あれだな、やっぱあそこはどうしてもこうなるんだな」
タロウはヤレヤレと渋面を作って見せた、
「何やったか知らないけど、待って、入んないでよ」
ソフィアはまったくと溜息を吐き、
「そういう感じだから、これ終わったら一個持ってって、実物があれば早いでしょ」
とブノワトとアンベルに言い含め、
「あんたは、表から裏に回りなさい、お湯沸かすから」
と勝手口に向かった、
「頼むよ、あ、あれだ、ユーリとゾーイさんも似たような感じだから頼むな」
「えっ、あの二人も?」
「うん、今、上でお話し中だけどさ」
「そっ、あー、めんどくさいわね、水は用意するから自分でやんなさい」
「はいはい」
タロウはそのまま玄関へ向かい、ソフィアも内庭に入った、
「あの人がタロウさん?」
アンベルが誰にともなく質問する、
「そうだよ、私もあんまり会ったこと無いけどねー、たぶん良い人だと思う」
ブノワトが適当に答える、
「そうですねー、良い人ではあるんですけど・・・」
傍にいたリーニーが振り返った、
「うん、ソフィアさん以上にとんでもなくて・・・」
マフダも顔を上げる、
「ついていくだけで手一杯って感じです」
ティルは疲れた様に呟く、
「確かに」
ミーンはその手を止めずに大きく頷いた、
「それはまた・・・」
アンベルが今日何度目かの困惑した顔となる、ブノワトから世間話程度に聞いてはいたが、やはりこの寮は何かが違うとアンベルは感じ取った、それは実際にこの寮に一歩踏み入った瞬間から独特の奇妙な活気が感じられ、それは今まで経験した事のないものである、女性が集まっているからでもなく、若者が集まっている為でもない、そのどちらも合わせてさらに何かが根底に流れているとアンベルは感じた、その何かは二階での挨拶中にもアンベルの脳みそを必要以上に回転させ、それは食堂に下りて試食を楽しみ、厨房に入って蒸し器とやらの説明を受ける間もずっと感じられたもので、高揚感と言うには弱いが、何かに急き立てられるような感覚が頭というよりも足元からゆっくりと滲み上がってくるのである、
「そりゃそうだよー、経験が違うんださー」
と妙に老成した雰囲気を醸してブノワトはニコニコと若人を見渡した、年齢で言えば皆ブノワトよりは確かに若い、そうは言っても五年も十年も開いているわけではなかったが、
「あー、ブノワトねーさんよゆーだー」
マフダが珍しく茶化してくる、
「そりゃだって、少なくともあんたらよりは付き合いは長いからね」
「それだって、たかだか数か月でしょー」
「・・・バレてたか・・・」
「ねーさん、ひどいっすー」
「先輩は酷いもんなのよ」
「横暴だー」
「権力の乱用だー」
「虐待だー」
「いや、虐めてはないでしょ」
ブノワトの突っ込みでドッと笑いが起きた、アンベルも何を言っているんだかと口元を綻ばせる、どうやら義妹は上手い事若者達と付き合っているらしい、こういう関係は羨ましいなと感じてしまう、その頃三階では、
「なるほどねー」
と数枚の黒板と疲れた顔のゾーイを前にしてユーリはボリボリと頭をかいた、髪の奥に挟まった砂がポロポロと落ち、何とも不快なものである、カトカとサビナは二人が座るテーブルの横に立って黒板を覗き込んでいる、二人ともに真剣な顔であった、
「で、ああなったのか・・・」
ユーリは黒板をテーブルに置いてゾーイを見つめる、ゾーイは疲れた様子でハァと力なく答えた、
「ま・・・死にはしないでしょうけどね、取り合えずお疲れ様」
ユーリとしては何ともかける言葉を無くしてしまう、荒野で行われた修練に、結局ユーリは最後まで付き合ってしまった、といってもイフナースの後はリンドとアフラであり、二人は自身の実力をしっかりと理解している為、タロウが思い切りやれとは言っても恐らく六分程度で魔法を放ったと思われる、ユーリから見てもそう解釈される程に大したものではなく、タロウもそれは見抜いていたらしいが特段注意する事は無かった、しかし、それは得意な魔法の事であって、不得意な魔法に関してはやはり両者とも見事に精彩を欠く、その後に披露された不得意な魔法に関しては見るも無残と評してよい、熟練者二人は共に苦笑いを浮かべて誤魔化した、やはりユーリやソフィアのように大概の魔法を意のままに操る事はそれだけでも難しく、ある意味で常人とそれ以外の区分けの一線となるのであろうか、
「しかしねー・・・まっ・・・頼んだのはこっちだしな・・・取り合えず言う通りにしてみるか・・・」
ユーリはどうしたもんだかと首を捻る、リンドとアフラの後、ゾーイの番となり、ゾーイもまた得意な魔法と不得意な魔法を披露した、先の三人と比較するとまるで児戯に等しい代物であったが、それでも十分に達者と言える技術であり、何も恥ずべきものではない、タロウは大したもんだと素直に目をむき、リンドとアフラはこれは使えるとその実力を認めるほどであった、しかし、ゾーイとしては何とも不愉快ではある、イフナースのそれは別として、リンドやアフラもまたゾーイから見れば別格である、それらと比べられては彼女にも矜持というものはある、どこか笑いものにされたような気がしたのであった、そして、タロウは先の三人を差し置いてまずはゾーイからと指南に入った、それは若干時間のかかる作業であり、タロウは丁度良いとユーリも巻き込むこととしたらしい、ゾーイに何やら伝え、ユーリには、
「毎日・・・毎朝かな?ゾーイさんの魔力を計って欲しい、ユーリの主観で構わないから」
とニヤリと笑いかける、実にムカつく顔であったが、ゾーイの修練はユーリが頼み込んだ事でもある為否とは言えず、引き受けざるを得なかった、そして、ゾーイはそのまま荒野に向かって数発の魔法を放ち、若干疲弊する程度で今日の修練は終えている、
「で、取り合えず最初に試したのがこれ?」
「・・・そうですね、タロウさんはこれが一番分かりやすいし、やりやすいとの事でした、私もそう思います」
ゾーイは少し休んで体力が戻ったのかスッと背筋を伸ばし、ユーリが差す黒板の項目を見つめる、黒板にはタロウとの打合せ記録が箇条書きとなっているが、主に魔力の鍛錬に関するものであった、
「でも・・・これって本当かしら?」
ユーリが首を捻る、
「その検証も合わせてとタロウさんは言ってました」
「そうなの?」
「はい、えっと・・・こっちだ、その遠方の魔法の島国でしたか、そこで仕入れた知識だと・・・」
ゾーイはサビナが覗き込んでいた黒板に手を伸ばし、サビナに目配せしてからスッとユーリの前に滑らせた、ユーリは一瞥し、
「なるほどね・・・その島に関しては聞いてるけど・・・そっか、魔法研究は何もこの国だけじゃないわよね」
「はい、魔族の国でも盛んだし、都市国家でも一部では深化しているぞって・・・」
「そうなのよね・・・それも興味深いけど・・・」
ユーリがフムと黒板を見つめる、タロウがゾーイに教示した魔力量を増やす方法というのは、大別して三つあった、一つは常に魔力を半分程度まで減らして生活する方法、もう一つは魔力欠乏に至らない程度に魔力を消費し就寝する方法、もう一つが常に魔力を使い続ける方法である、タロウはここにイフナースのように呪いの影響で魔力を増す方法もあるがそれは異例な上に変則的過ぎると説明を加えている、ユーリとしては随分とまぁ筋肉的な方策だなと思わざるを得ない、しかし、何とはなしに考えていた魔力を増やす方法論とも一部共通している概念ではある、タロウの提示したこれはその魔法島とやらで実践されているものなのであれば、若干であるが信憑性もあり、検証の必要もあろう、
「そうなるとあれ、これを一つ一つ試していくの?」
「はい、何でも人によるのだそうです、魔力を半減する方法で駄目な人でも、消費する方法で底上げが出来る場合があるんだとか、なので、取り合えずこの3つを試してみて、で、私に合った方法で気長にやるしかないと」
「そっか・・・そうなるとあれね、日々の魔力量の検査が重要になるわね」
「はい、タロウさんは所長に頼むのがいいだろうとの事でした、客観的に計測できない以上、信頼できる観察者に任せるのが賢い方法だと」
「信頼ねー・・・」
とユーリは吐息を吐く、そんな重い言葉を使わなくてもゾーイを含めた助手達に嘘を吐く事は無いし、その必要もない、第一魔力量を増やすというのはユーリの研究の一つにもしている、まるで手が回っていないのであるが、
「まぁいいわ、じゃ、あれかしら、私から見て半分程度でいいの?」
「はい、どうでしょう、私としてはこれ位かなと思います」
ゾーイがユーリを静かに見つめる、ゾーイは荒野で無駄に魔法を使用している、ユーリは何をやっているのかと訝しくそれを見ていたが、こういう事であったのかとやっと理解していた、
「そうね、良いと思うけど・・・どうなのかしら、それを維持するの?」
「そうなんですよ、時間と共に回復するからそれを調整するのが面倒だろうなとタロウさんは仰ってました」
「そっ・・・そうよねー、まさか街中でぶっ放す訳にも行かないでしょうしね」
「ですよねー」
と二人は同時に首を捻った、すると、
「じゃ、あれですよ、魔法石に魔力を移せばいいんです」
カトカが唐突に口を挟む、
「あっ」
とユーリはカトカを見上げ、
「それ良いわね」
と思わず呟いた、
「はい、無色の魔法石の容量実験もしたかったんですけど、私はほら大したあれではないので後回しにしていたんですよね」
カトカがニヤリとほくそ笑む、
「そっか・・・それがありましたか」
ゾーイも思い出したように顔を上げた、
「えぇ、丁度良いと思いますよ、無色の魔法石は大量にありますしね」
カトカはゾーイには優しい笑みを向けた、その笑顔は肉体よりも精神に疲労を感じるゾーイにとってまさに女神の微笑みに見えた、
「そっか、何も生真面目に魔法を使う必要は無いもんね、お願いできる?」
「はい、じゃ、用意しますね、取り合えず20個もあればいいですかね」
カトカは軽い足取りで倉庫へ向かい、
「魔法石・・・便利ですね・・・」
サビナが静かに呟く、
「あっ、じゃあさ、ケイスさんにも試してもらおうかしら・・・」
とユーリがうーんと悩み始めたその時、
「ユーリー」
とソフィアがヒョイと階段から顔を出した、
「ん、なに?」
「お湯沸かしたわよ、髪洗いなさい」
「えっ、ホント?嬉しいわ」
「でしょうね、タロウさんも酷かったけどあんたもでしょ」
「そうなのよ、あー、でもあれ、大工さんいるんじゃないの?」
「もう帰ったわよ、工事中だけどお風呂場を使いなさい」
「・・・使えるの?」
「タロウさんに聞いたら湯浴み程度なら使える筈だって」
「そっか、じゃ、行く、ゾーイも洗うでしょ?」
唐突な所帯染みた会話であった、ゾーイはアッハイと寝ぼけた様に答えてしまう、
「そうだ、明日からお湯用意しておく?荒野ってそんなに埃っぽかったっけ?」
「今日は特別だったのよ、明日からは大丈夫そうだけど、どう?」
「大丈夫だと思いますよ、今日はほら、あれがあれだったので、明日からは・・・でも、タロウさんに聞いてみないとですね」
「らしいわよー」
「はいはい、じゃ、汚れないようにしろって言っておくわ」
ソフィアは適当に答えてその姿を消した、そこへカトカが魔法石をジャラジャラと鳴らしながらニヤニヤと戻ってくる、
「あっ、カトカごめん、それ後から、先に髪洗わせて」
ユーリとゾーイが立ち上がり、
「えーっ、折角持って来たのにー」
カトカのどこかふざけた嬌声が三階に響くのであった。
「なんか騒がしいね」
とタロウがふらりと厨房へ顔を出す、
「あら、戻ったの?」
ソフィアが振り返り、他の面々もお疲れ様ですと顔を上げた、しかし、その瞬間に、
「ちょっと、汚いわねー」
ソフィアの叫び声が厨房に響き渡る、
「分かってるよ、あれだな、やっぱあそこはどうしてもこうなるんだな」
タロウはヤレヤレと渋面を作って見せた、
「何やったか知らないけど、待って、入んないでよ」
ソフィアはまったくと溜息を吐き、
「そういう感じだから、これ終わったら一個持ってって、実物があれば早いでしょ」
とブノワトとアンベルに言い含め、
「あんたは、表から裏に回りなさい、お湯沸かすから」
と勝手口に向かった、
「頼むよ、あ、あれだ、ユーリとゾーイさんも似たような感じだから頼むな」
「えっ、あの二人も?」
「うん、今、上でお話し中だけどさ」
「そっ、あー、めんどくさいわね、水は用意するから自分でやんなさい」
「はいはい」
タロウはそのまま玄関へ向かい、ソフィアも内庭に入った、
「あの人がタロウさん?」
アンベルが誰にともなく質問する、
「そうだよ、私もあんまり会ったこと無いけどねー、たぶん良い人だと思う」
ブノワトが適当に答える、
「そうですねー、良い人ではあるんですけど・・・」
傍にいたリーニーが振り返った、
「うん、ソフィアさん以上にとんでもなくて・・・」
マフダも顔を上げる、
「ついていくだけで手一杯って感じです」
ティルは疲れた様に呟く、
「確かに」
ミーンはその手を止めずに大きく頷いた、
「それはまた・・・」
アンベルが今日何度目かの困惑した顔となる、ブノワトから世間話程度に聞いてはいたが、やはりこの寮は何かが違うとアンベルは感じ取った、それは実際にこの寮に一歩踏み入った瞬間から独特の奇妙な活気が感じられ、それは今まで経験した事のないものである、女性が集まっているからでもなく、若者が集まっている為でもない、そのどちらも合わせてさらに何かが根底に流れているとアンベルは感じた、その何かは二階での挨拶中にもアンベルの脳みそを必要以上に回転させ、それは食堂に下りて試食を楽しみ、厨房に入って蒸し器とやらの説明を受ける間もずっと感じられたもので、高揚感と言うには弱いが、何かに急き立てられるような感覚が頭というよりも足元からゆっくりと滲み上がってくるのである、
「そりゃそうだよー、経験が違うんださー」
と妙に老成した雰囲気を醸してブノワトはニコニコと若人を見渡した、年齢で言えば皆ブノワトよりは確かに若い、そうは言っても五年も十年も開いているわけではなかったが、
「あー、ブノワトねーさんよゆーだー」
マフダが珍しく茶化してくる、
「そりゃだって、少なくともあんたらよりは付き合いは長いからね」
「それだって、たかだか数か月でしょー」
「・・・バレてたか・・・」
「ねーさん、ひどいっすー」
「先輩は酷いもんなのよ」
「横暴だー」
「権力の乱用だー」
「虐待だー」
「いや、虐めてはないでしょ」
ブノワトの突っ込みでドッと笑いが起きた、アンベルも何を言っているんだかと口元を綻ばせる、どうやら義妹は上手い事若者達と付き合っているらしい、こういう関係は羨ましいなと感じてしまう、その頃三階では、
「なるほどねー」
と数枚の黒板と疲れた顔のゾーイを前にしてユーリはボリボリと頭をかいた、髪の奥に挟まった砂がポロポロと落ち、何とも不快なものである、カトカとサビナは二人が座るテーブルの横に立って黒板を覗き込んでいる、二人ともに真剣な顔であった、
「で、ああなったのか・・・」
ユーリは黒板をテーブルに置いてゾーイを見つめる、ゾーイは疲れた様子でハァと力なく答えた、
「ま・・・死にはしないでしょうけどね、取り合えずお疲れ様」
ユーリとしては何ともかける言葉を無くしてしまう、荒野で行われた修練に、結局ユーリは最後まで付き合ってしまった、といってもイフナースの後はリンドとアフラであり、二人は自身の実力をしっかりと理解している為、タロウが思い切りやれとは言っても恐らく六分程度で魔法を放ったと思われる、ユーリから見てもそう解釈される程に大したものではなく、タロウもそれは見抜いていたらしいが特段注意する事は無かった、しかし、それは得意な魔法の事であって、不得意な魔法に関してはやはり両者とも見事に精彩を欠く、その後に披露された不得意な魔法に関しては見るも無残と評してよい、熟練者二人は共に苦笑いを浮かべて誤魔化した、やはりユーリやソフィアのように大概の魔法を意のままに操る事はそれだけでも難しく、ある意味で常人とそれ以外の区分けの一線となるのであろうか、
「しかしねー・・・まっ・・・頼んだのはこっちだしな・・・取り合えず言う通りにしてみるか・・・」
ユーリはどうしたもんだかと首を捻る、リンドとアフラの後、ゾーイの番となり、ゾーイもまた得意な魔法と不得意な魔法を披露した、先の三人と比較するとまるで児戯に等しい代物であったが、それでも十分に達者と言える技術であり、何も恥ずべきものではない、タロウは大したもんだと素直に目をむき、リンドとアフラはこれは使えるとその実力を認めるほどであった、しかし、ゾーイとしては何とも不愉快ではある、イフナースのそれは別として、リンドやアフラもまたゾーイから見れば別格である、それらと比べられては彼女にも矜持というものはある、どこか笑いものにされたような気がしたのであった、そして、タロウは先の三人を差し置いてまずはゾーイからと指南に入った、それは若干時間のかかる作業であり、タロウは丁度良いとユーリも巻き込むこととしたらしい、ゾーイに何やら伝え、ユーリには、
「毎日・・・毎朝かな?ゾーイさんの魔力を計って欲しい、ユーリの主観で構わないから」
とニヤリと笑いかける、実にムカつく顔であったが、ゾーイの修練はユーリが頼み込んだ事でもある為否とは言えず、引き受けざるを得なかった、そして、ゾーイはそのまま荒野に向かって数発の魔法を放ち、若干疲弊する程度で今日の修練は終えている、
「で、取り合えず最初に試したのがこれ?」
「・・・そうですね、タロウさんはこれが一番分かりやすいし、やりやすいとの事でした、私もそう思います」
ゾーイは少し休んで体力が戻ったのかスッと背筋を伸ばし、ユーリが差す黒板の項目を見つめる、黒板にはタロウとの打合せ記録が箇条書きとなっているが、主に魔力の鍛錬に関するものであった、
「でも・・・これって本当かしら?」
ユーリが首を捻る、
「その検証も合わせてとタロウさんは言ってました」
「そうなの?」
「はい、えっと・・・こっちだ、その遠方の魔法の島国でしたか、そこで仕入れた知識だと・・・」
ゾーイはサビナが覗き込んでいた黒板に手を伸ばし、サビナに目配せしてからスッとユーリの前に滑らせた、ユーリは一瞥し、
「なるほどね・・・その島に関しては聞いてるけど・・・そっか、魔法研究は何もこの国だけじゃないわよね」
「はい、魔族の国でも盛んだし、都市国家でも一部では深化しているぞって・・・」
「そうなのよね・・・それも興味深いけど・・・」
ユーリがフムと黒板を見つめる、タロウがゾーイに教示した魔力量を増やす方法というのは、大別して三つあった、一つは常に魔力を半分程度まで減らして生活する方法、もう一つは魔力欠乏に至らない程度に魔力を消費し就寝する方法、もう一つが常に魔力を使い続ける方法である、タロウはここにイフナースのように呪いの影響で魔力を増す方法もあるがそれは異例な上に変則的過ぎると説明を加えている、ユーリとしては随分とまぁ筋肉的な方策だなと思わざるを得ない、しかし、何とはなしに考えていた魔力を増やす方法論とも一部共通している概念ではある、タロウの提示したこれはその魔法島とやらで実践されているものなのであれば、若干であるが信憑性もあり、検証の必要もあろう、
「そうなるとあれ、これを一つ一つ試していくの?」
「はい、何でも人によるのだそうです、魔力を半減する方法で駄目な人でも、消費する方法で底上げが出来る場合があるんだとか、なので、取り合えずこの3つを試してみて、で、私に合った方法で気長にやるしかないと」
「そっか・・・そうなるとあれね、日々の魔力量の検査が重要になるわね」
「はい、タロウさんは所長に頼むのがいいだろうとの事でした、客観的に計測できない以上、信頼できる観察者に任せるのが賢い方法だと」
「信頼ねー・・・」
とユーリは吐息を吐く、そんな重い言葉を使わなくてもゾーイを含めた助手達に嘘を吐く事は無いし、その必要もない、第一魔力量を増やすというのはユーリの研究の一つにもしている、まるで手が回っていないのであるが、
「まぁいいわ、じゃ、あれかしら、私から見て半分程度でいいの?」
「はい、どうでしょう、私としてはこれ位かなと思います」
ゾーイがユーリを静かに見つめる、ゾーイは荒野で無駄に魔法を使用している、ユーリは何をやっているのかと訝しくそれを見ていたが、こういう事であったのかとやっと理解していた、
「そうね、良いと思うけど・・・どうなのかしら、それを維持するの?」
「そうなんですよ、時間と共に回復するからそれを調整するのが面倒だろうなとタロウさんは仰ってました」
「そっ・・・そうよねー、まさか街中でぶっ放す訳にも行かないでしょうしね」
「ですよねー」
と二人は同時に首を捻った、すると、
「じゃ、あれですよ、魔法石に魔力を移せばいいんです」
カトカが唐突に口を挟む、
「あっ」
とユーリはカトカを見上げ、
「それ良いわね」
と思わず呟いた、
「はい、無色の魔法石の容量実験もしたかったんですけど、私はほら大したあれではないので後回しにしていたんですよね」
カトカがニヤリとほくそ笑む、
「そっか・・・それがありましたか」
ゾーイも思い出したように顔を上げた、
「えぇ、丁度良いと思いますよ、無色の魔法石は大量にありますしね」
カトカはゾーイには優しい笑みを向けた、その笑顔は肉体よりも精神に疲労を感じるゾーイにとってまさに女神の微笑みに見えた、
「そっか、何も生真面目に魔法を使う必要は無いもんね、お願いできる?」
「はい、じゃ、用意しますね、取り合えず20個もあればいいですかね」
カトカは軽い足取りで倉庫へ向かい、
「魔法石・・・便利ですね・・・」
サビナが静かに呟く、
「あっ、じゃあさ、ケイスさんにも試してもらおうかしら・・・」
とユーリがうーんと悩み始めたその時、
「ユーリー」
とソフィアがヒョイと階段から顔を出した、
「ん、なに?」
「お湯沸かしたわよ、髪洗いなさい」
「えっ、ホント?嬉しいわ」
「でしょうね、タロウさんも酷かったけどあんたもでしょ」
「そうなのよ、あー、でもあれ、大工さんいるんじゃないの?」
「もう帰ったわよ、工事中だけどお風呂場を使いなさい」
「・・・使えるの?」
「タロウさんに聞いたら湯浴み程度なら使える筈だって」
「そっか、じゃ、行く、ゾーイも洗うでしょ?」
唐突な所帯染みた会話であった、ゾーイはアッハイと寝ぼけた様に答えてしまう、
「そうだ、明日からお湯用意しておく?荒野ってそんなに埃っぽかったっけ?」
「今日は特別だったのよ、明日からは大丈夫そうだけど、どう?」
「大丈夫だと思いますよ、今日はほら、あれがあれだったので、明日からは・・・でも、タロウさんに聞いてみないとですね」
「らしいわよー」
「はいはい、じゃ、汚れないようにしろって言っておくわ」
ソフィアは適当に答えてその姿を消した、そこへカトカが魔法石をジャラジャラと鳴らしながらニヤニヤと戻ってくる、
「あっ、カトカごめん、それ後から、先に髪洗わせて」
ユーリとゾーイが立ち上がり、
「えーっ、折角持って来たのにー」
カトカのどこかふざけた嬌声が三階に響くのであった。
1
あなたにおすすめの小説
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
クラスで異世界召喚する前にスキルの検証に30年貰ってもいいですか?
ばふぉりん
ファンタジー
中学三年のある朝、突然教室が光だし、光が収まるとそこには女神様が!
「貴方達は異世界へと勇者召喚されましたが、そのままでは忍びないのでなんとか召喚に割り込みをかけあちらの世界にあった身体へ変換させると共にスキルを与えます。更に何か願いを叶えてあげましょう。これも召喚を止められなかった詫びとします」
「それでは女神様、どんなスキルかわからないまま行くのは不安なので検証期間を30年頂いてもよろしいですか?」
これはスキルを使いこなせないまま召喚された者と、使いこなし過ぎた者の異世界物語である。
<前作ラストで書いた(本当に描きたかったこと)をやってみようと思ったセルフスピンオフです!うまく行くかどうかはホント不安でしかありませんが、表現方法とか教えて頂けると幸いです>
注)本作品は横書きで書いており、顔文字も所々で顔を出してきますので、横読み?推奨です。
(読者様から縦書きだと顔文字が!という指摘を頂きましたので、注意書をと。ただ、表現たとして顔文字を出しているで、顔を出してた時には一通り読み終わった後で横書きで見て頂けると嬉しいです)
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』
とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~
-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる