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本編
64話 縁は衣の元味の元 その12
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それから正午を迎える前に来訪者はさっさと引き上げた、どうせまた顔を会わせるのであろうが彼らも暇という訳では無いのであろう、しかしわざわざ顔を出さねばならなかったのはそれだけ家族がうるさかったという事でもあり、それはそれで大変だなとタロウは思いつつ内庭へ戻った、ソフィアは厨房で豆腐の調理にかかっている、昨日タロウから豆腐の活用を幾つか聞いた為今日はそれを実践してみようかと何気にやる気になっていたのであった、クロノスらによって見事に出鼻を挫かれた感はあったが、肉料理も作らないとうるさい面子も多い、使うつもりのなかった肉挽き機であったが一度使えばその後始末は面倒である為ついでに挽肉で何か作れないかしら等と考えていたりもする、
「こんなもんかな・・・取り合えず」
「そうですね、向こうも形になってきてますし」
タロウは顔を上げ、ブラスもやれやれと振り返る、その視線の先では職人達と生徒達が一仕事終えて手を休めていた、彼らは今朝から浄化槽の建屋に取り掛かっていた、寮の改築工事は一旦休止となっている、リノルトが担当する便器や先日実験された魔法板を使用した湯沸し器等の完成までは手が付けられないとのブラスの判断であった、
「そうなると・・・あれか、この後はエレインさんの所で打合せ?」
「その予定です、向こうの仕事もあるので明日はそっちに入りたいですね、生徒達も居るので使い倒そうかと・・・材も運び込んでますし」
「あー、悪いね段取り狂わせちゃって」
「全然ですよ、俺は楽しいくらいですし、職人達も生徒達も楽しんでますよ、ただ・・・完成が先に伸びちゃいますから、生徒達の手が増えたんでその分早くはなってますが・・・結局同じかな?・・・その点だけは御容赦頂ければなんぼでも付き合うんですが」
ブラスはニヤリと片眉を上げる、
「そういう訳にもいかんだろうな・・・まっ、明日には出来るんだっけ?」
「金属部品ですか?」
「うん」
「リノルトが今日中には完成させるって言ってましたから、銅管やら止水栓も径を合わせたいって言ってましたしね、あいつも何気に楽しんでると思いますよ、ひーひー言ってはいますがね、あれもちゃんとした職人ですから」
「ならいいけどね、何にしろ初めての仕事ばかりだろうから探り探りになっちゃうだろうしね」
「そうですね、でも、それが楽しいって分かってきました」
ブラスは気持ちの良い笑顔を見せる、
「そう言って貰えたら嬉しいよ、俺としては大工も鍛冶もやってはみたがやはり本職には敵わないからね、無理して作ってソフィアに何度使えないって怒られたことか・・・」
タロウはやれやれと木槌を道具箱に戻し、
「じゃ、こっちはこんなもんで、明日は・・・」
と軽く打合せを済ませて風呂場に向かった、建築途中の風呂場では無機質なコンクリートの床に、ミナとレインがニコリーネの指示の下タイルを並べており、
「これでいいのー?」
「いいと思うけど、駄目?」
「悪くはないのう」
「悪くはないかー・・・それって良くも無いって事だよねー」
「そうとも言う」
「レインちゃんは厳しいなー」
「厳しいねー」
とこちらはこちらで真面目に作業中のようであった、
「おう、今日はそろそろ終わるぞ、ニコさんはお店はいいのか?」
足場に寄りかかって顔を覗かせるタロウである、
「あっ、お店、もうそんな時間ですか?」
「うん、昼だね」
「あー、じゃ、お店やります、ミナちゃん、レインちゃん、御免ね」
「構わんぞ、しっかり稼ぐのじゃ」
「稼ぐのじゃー」
ニコリーネは二人に見送られバタバタと事務所へ向かい、残されたレインは、
「どうじゃ、タロウ、悪くは無いと思うぞ」
と並べられたタイルを示す、タロウが三人に任せたのは風呂場内の浴槽のある側の壁、脱衣室から入ってきて一番に目に入る最も目立つ壁のタイル絵であった、
「んー、こっちからだと分らんな」
タロウはどれどれと現場に入り、先程までニコリーネが立っていた場所に立つと、
「ほう・・・確かに悪くない」
と目を細めた、そこには丘であろうか緩やかな台地と大樹、そして真っ青な空がタイルによって形作られている、
「しかしな、こう・・・遊び心が無くてな・・・」
レインは腕を組んで渋い顔である、ミナはもう半分飽きているのであろう、さっさと背を向けて何やらタイルを並べ始めた、
「遊び心かー、レインは良く分かってるなー」
「ふん、当然じゃ」
「確かにあれだね、ちょっと殺風景に見えるかな?」
「それもあるな」
「しかし、あまりゴチャゴチャしてもなー」
「そうなのじゃ」
と二人は同時に首を傾げる、タロウの頭の中にあるのはどうしても銭湯のそれであった、富士山と空、さらに松、場合によってはそこに太陽や雲が描かれる伝統的な銭湯絵と呼ばれるものである、本来それは湿気に強いペンキで描かれるものなのであろうが、王国にそのような便利な物は無い、タロウはであればとタイルでそれを描く事を思い付き、折角ニコリーネという熟練と呼ぶのは難しいが器用で立派な絵師がいるのだからと任せたのであった、しかし、ニコリーネとしては突然その様な事を言われても困惑し、何を描くべきかと題材から悩み始め、さらに自由に色を使えないという制約にも苦しみ始めた、タロウはそれもそうであろうなと、実際にタイルを貼る風呂場に作業場所を移し、さらにタイルを割ってタイルそのものの形状を変え、表現できるものを増やすのも可能であると実践してみせた、するとニコリーネも流石である、であればと半日経たずして壁に見立てた床には大作が生まれたらしい、しかし、その大作もレインからすれば今一つで、本人もまた納得はしていない様子であった、
「でも・・・これはこれで良いとも思うけどね・・・」
「そうなのじゃ」
「やっぱり今一つ?」
「そうなのじゃ」
レインもどうやらかなりの凝り性である、タロウとしては付き合いもそれほど長く無く、その正体故にどう付き合うべきかを今もって模索していたりする、しかし、ミナとはちゃんと姉妹のような関係で、ソフィアはそれを受け入れてミナと変わらない扱いであった、レイン自身もそれに文句は無さそうである、本人が良ければそれで良いかとタロウも気兼ねする事は無かったが、とはいっても信心深い者達からすれば大変に不敬どころか斬首に値するのであろうか等と思う事もあった、実に繊細な問題だなーととてもそう思えない程にのんびりと受け止めていたりする、
「出来たー」
ミナが勢いよく立ち上がった、タロウとレインが同時に振り返り、
「何が?」
とタロウは小首を傾げる、
「メダカー、ニャンコー」
ミナは見事に我が道を行っていたらしい、風呂場の片隅の床には確かにタイルで何やら描かれており、
「メダカとニャンコ?」
「うん、見てー」
ミナがタロウとレインの手を取る、
「あら・・・メダカだ・・・」
「ほう、ニャンコだのう・・・」
「でしょー」
ニンマリと笑顔を見せるミナである、そこには割ったタイルを組み合わせたちゃんとメダカと分かる絵とちゃんと猫に見える絵がちんまりと並んでいた、さらに刮目するべきはその大きさであろうか、どちらも大きくも小さくも無い、メダカと言われたらこの大きさだなと理解でき、猫と言われれば確かにと理解できる丁度良い大きさである、
「へー、ミナ、凄いな・・・」
「むふふー」
「うむ、悪くない」
「えへへー」
タロウとレインの褒め言葉にいよいよミナはそっくり返る、
「・・・あれだな・・・メダカ・・・泳がせるのも面白いかもな・・・」
「どういう事だ?」
「ん、浴槽の中もタイルを貼りたいんだよ、で、普通は単色で済ませるもんなんだが・・・そこにメダカを泳がせて・・・」
「ほう・・・面白そうだ・・・、であればだ、そのメダカをニャンコが見てるというのはどうだ?」
「・・・いいね・・・」
「いいでしょー」
どうやら新たな発想が生まれたらしい、三人はさらにあーだこーだと言い合いつつ片隅に立てかけてあった黒板に向かう、実際に大樹のそれに並べてしまっても良いのであるが、ニコリーネが不在のままそれをやるのは失礼どころか作品に対する冒涜であろうとタロウは考え、取り合えず今ある案を書き留める、さらに、であればとタロウは浴槽に座り込んで打ちっ放しのコンクリートに白墨で書き付けてみる、
「おっ、それが一番分かりやすいのう・・・」
「えー、書いていいのー」
レインはなるほどと感心し、ミナは非難の声を上げる、
「んー、ここはほら、漆喰で見えなくなるからな、今なら書いてもいいぞ」
「なら書くー」
ミナがワタワタと浴槽に下り、
「しょうがないなー、ちゃんと考えて書くんだぞ・・・ってミナあれだなちっこいな・・・」
とタロウは浴槽の床に立ったミナの小ささに気付いた、
「むー、タロウがでっかいのー」
「いや、その大小じゃなくてな、ちょっと座ってみ」
「ここに?」
「うん」
ミナは不思議そうにしゃがんで見せた、すると浴槽の半分程度の高さに顔が来る、
「ありゃ・・・そっか、あれだな踏み台と、腰掛けも欲しいかな・・・お湯の量にもよるけど・・・レスタさんとかでも深いかもな・・・」
とタロウはこれではゆっくり浸かれないだろうなとしげしげとミナを見つめる、
「どういうことー?」
ミナの純粋な質問に、
「んー、ミナがちっこいからなー、早く大きくなんないかなーって思ったの」
「むー、すぐなるー、おっきくなるー」
「だなー、もう重いもんなー」
「そうなのー、クロノスよりもおっきくなるのー」
ミナはピョンと立ち上がる、
「えー、それはお前、でかすぎるだろ」
「いいの、でっかくなるの」
「はいはい、じゃ、ミナはそっちの壁にメダカを・・・どうだろうな、良い感じに書いてみて」
「良い感じ?」
「うん、多過ぎず少な過ぎず、大き過ぎず、小さ過ぎずで」
「むー、注文多いー、難しいー」
「そうだねー、レイン、書いてあげてー」
「仕方ないのう」
レインもよっこらせと浴槽に入る、浴槽は三人入っても十分に広かった、そうは言っても先人男性一人と子供が二人である、これが成人女性となれば四人程度で丁度良い広さであろう、
「えっと、えっと、ニャンコはー?」
「ニャンコは水の中にいないだろう」
「確かにな」
「えー、いるー、ニャンコはどこにでもいるー」
「そうなのか?」
「そうなのよー、木の上とか、壁の上とか、手が届かない高いところー」
「壁?あー、塀の事か?」
「そうとも言う」
「そっかー、確かになー、どこにでもいるっちゃいるな・・・」
「でしょー」
「ミナは凄いなー」
「思い知ったかー」
「はいはい、思い知ったよー」
「あー、思い出した」
ミナはバッと振り返る、
「何だ?」
「アマアマでフワフワって言ってたー」
「・・・何だそれ?」
「タロウが昨日言ったのー、アマアマでフワフワなの作るって、言ったでしょー」
「・・・言ったか?」
「言ってたー、でも、アマアマでフワフワじゃなかったー」
タロウは何の事やらと流石に手を止めて振り返り、
「確かにな、アマアマでフワフワと言っておったな」
レインまでもがメダカを書きながらニヤリと同意する、
「・・・あー、確かに言ったかもな・・・でも、ちゃんとだって、プリンはアマアマだったし、蒸しパンはフワフワだっただろう?」
ミナとレインは昨日の事を言っているらしい、タロウもそう言えばそんな事を言ったかなとやっと思い出す、
「違うのー、あれはアマアマとフワフワなのー」
ミナの鼻息は収まらない、
「だから、アマアマでフワフワじゃないのさ」
「だからー、アマアマと、フワフワだったのー」
「あー・・・そういう事か・・・」
タロウはやっと理解した、ようは甘くてフワフワなものをミナは期待していたが、出て来たのは甘いものとフワフワなものだったのである、何もそんなことをとタロウは感心しつつも呆れるしかない、
「あー、じゃ、そのうち作るよ、アマアマでフワフワな」
タロウはさっさと作業に戻る、
「ほんとー?」
「ホントだよ、忙しいうちは難しいけどな、アマアマでフワフワな、覚えとく」
「ならいいー」
ミナもサッと視線を戻した、
「しかし、なんでそんな事急に言い出すかなー」
タロウがポツリと呟くと、
「ジャネットが言ってたー、これはアマアマとフワフワだってー、アマアマでフワフワじゃないねーって」
「・・・あいつはまったく・・・」
タロウの溜息がお湯の無い浴槽に響き、
「むー、レインもっと大きく書いてー」
「はいはい、こんなもんか?」
「むー・・・小さい方がいい・・・可愛くない・・・」
「じゃろう?」
ミナの拘りにレインもやれやれと溜息を吐くのであった。
「こんなもんかな・・・取り合えず」
「そうですね、向こうも形になってきてますし」
タロウは顔を上げ、ブラスもやれやれと振り返る、その視線の先では職人達と生徒達が一仕事終えて手を休めていた、彼らは今朝から浄化槽の建屋に取り掛かっていた、寮の改築工事は一旦休止となっている、リノルトが担当する便器や先日実験された魔法板を使用した湯沸し器等の完成までは手が付けられないとのブラスの判断であった、
「そうなると・・・あれか、この後はエレインさんの所で打合せ?」
「その予定です、向こうの仕事もあるので明日はそっちに入りたいですね、生徒達も居るので使い倒そうかと・・・材も運び込んでますし」
「あー、悪いね段取り狂わせちゃって」
「全然ですよ、俺は楽しいくらいですし、職人達も生徒達も楽しんでますよ、ただ・・・完成が先に伸びちゃいますから、生徒達の手が増えたんでその分早くはなってますが・・・結局同じかな?・・・その点だけは御容赦頂ければなんぼでも付き合うんですが」
ブラスはニヤリと片眉を上げる、
「そういう訳にもいかんだろうな・・・まっ、明日には出来るんだっけ?」
「金属部品ですか?」
「うん」
「リノルトが今日中には完成させるって言ってましたから、銅管やら止水栓も径を合わせたいって言ってましたしね、あいつも何気に楽しんでると思いますよ、ひーひー言ってはいますがね、あれもちゃんとした職人ですから」
「ならいいけどね、何にしろ初めての仕事ばかりだろうから探り探りになっちゃうだろうしね」
「そうですね、でも、それが楽しいって分かってきました」
ブラスは気持ちの良い笑顔を見せる、
「そう言って貰えたら嬉しいよ、俺としては大工も鍛冶もやってはみたがやはり本職には敵わないからね、無理して作ってソフィアに何度使えないって怒られたことか・・・」
タロウはやれやれと木槌を道具箱に戻し、
「じゃ、こっちはこんなもんで、明日は・・・」
と軽く打合せを済ませて風呂場に向かった、建築途中の風呂場では無機質なコンクリートの床に、ミナとレインがニコリーネの指示の下タイルを並べており、
「これでいいのー?」
「いいと思うけど、駄目?」
「悪くはないのう」
「悪くはないかー・・・それって良くも無いって事だよねー」
「そうとも言う」
「レインちゃんは厳しいなー」
「厳しいねー」
とこちらはこちらで真面目に作業中のようであった、
「おう、今日はそろそろ終わるぞ、ニコさんはお店はいいのか?」
足場に寄りかかって顔を覗かせるタロウである、
「あっ、お店、もうそんな時間ですか?」
「うん、昼だね」
「あー、じゃ、お店やります、ミナちゃん、レインちゃん、御免ね」
「構わんぞ、しっかり稼ぐのじゃ」
「稼ぐのじゃー」
ニコリーネは二人に見送られバタバタと事務所へ向かい、残されたレインは、
「どうじゃ、タロウ、悪くは無いと思うぞ」
と並べられたタイルを示す、タロウが三人に任せたのは風呂場内の浴槽のある側の壁、脱衣室から入ってきて一番に目に入る最も目立つ壁のタイル絵であった、
「んー、こっちからだと分らんな」
タロウはどれどれと現場に入り、先程までニコリーネが立っていた場所に立つと、
「ほう・・・確かに悪くない」
と目を細めた、そこには丘であろうか緩やかな台地と大樹、そして真っ青な空がタイルによって形作られている、
「しかしな、こう・・・遊び心が無くてな・・・」
レインは腕を組んで渋い顔である、ミナはもう半分飽きているのであろう、さっさと背を向けて何やらタイルを並べ始めた、
「遊び心かー、レインは良く分かってるなー」
「ふん、当然じゃ」
「確かにあれだね、ちょっと殺風景に見えるかな?」
「それもあるな」
「しかし、あまりゴチャゴチャしてもなー」
「そうなのじゃ」
と二人は同時に首を傾げる、タロウの頭の中にあるのはどうしても銭湯のそれであった、富士山と空、さらに松、場合によってはそこに太陽や雲が描かれる伝統的な銭湯絵と呼ばれるものである、本来それは湿気に強いペンキで描かれるものなのであろうが、王国にそのような便利な物は無い、タロウはであればとタイルでそれを描く事を思い付き、折角ニコリーネという熟練と呼ぶのは難しいが器用で立派な絵師がいるのだからと任せたのであった、しかし、ニコリーネとしては突然その様な事を言われても困惑し、何を描くべきかと題材から悩み始め、さらに自由に色を使えないという制約にも苦しみ始めた、タロウはそれもそうであろうなと、実際にタイルを貼る風呂場に作業場所を移し、さらにタイルを割ってタイルそのものの形状を変え、表現できるものを増やすのも可能であると実践してみせた、するとニコリーネも流石である、であればと半日経たずして壁に見立てた床には大作が生まれたらしい、しかし、その大作もレインからすれば今一つで、本人もまた納得はしていない様子であった、
「でも・・・これはこれで良いとも思うけどね・・・」
「そうなのじゃ」
「やっぱり今一つ?」
「そうなのじゃ」
レインもどうやらかなりの凝り性である、タロウとしては付き合いもそれほど長く無く、その正体故にどう付き合うべきかを今もって模索していたりする、しかし、ミナとはちゃんと姉妹のような関係で、ソフィアはそれを受け入れてミナと変わらない扱いであった、レイン自身もそれに文句は無さそうである、本人が良ければそれで良いかとタロウも気兼ねする事は無かったが、とはいっても信心深い者達からすれば大変に不敬どころか斬首に値するのであろうか等と思う事もあった、実に繊細な問題だなーととてもそう思えない程にのんびりと受け止めていたりする、
「出来たー」
ミナが勢いよく立ち上がった、タロウとレインが同時に振り返り、
「何が?」
とタロウは小首を傾げる、
「メダカー、ニャンコー」
ミナは見事に我が道を行っていたらしい、風呂場の片隅の床には確かにタイルで何やら描かれており、
「メダカとニャンコ?」
「うん、見てー」
ミナがタロウとレインの手を取る、
「あら・・・メダカだ・・・」
「ほう、ニャンコだのう・・・」
「でしょー」
ニンマリと笑顔を見せるミナである、そこには割ったタイルを組み合わせたちゃんとメダカと分かる絵とちゃんと猫に見える絵がちんまりと並んでいた、さらに刮目するべきはその大きさであろうか、どちらも大きくも小さくも無い、メダカと言われたらこの大きさだなと理解でき、猫と言われれば確かにと理解できる丁度良い大きさである、
「へー、ミナ、凄いな・・・」
「むふふー」
「うむ、悪くない」
「えへへー」
タロウとレインの褒め言葉にいよいよミナはそっくり返る、
「・・・あれだな・・・メダカ・・・泳がせるのも面白いかもな・・・」
「どういう事だ?」
「ん、浴槽の中もタイルを貼りたいんだよ、で、普通は単色で済ませるもんなんだが・・・そこにメダカを泳がせて・・・」
「ほう・・・面白そうだ・・・、であればだ、そのメダカをニャンコが見てるというのはどうだ?」
「・・・いいね・・・」
「いいでしょー」
どうやら新たな発想が生まれたらしい、三人はさらにあーだこーだと言い合いつつ片隅に立てかけてあった黒板に向かう、実際に大樹のそれに並べてしまっても良いのであるが、ニコリーネが不在のままそれをやるのは失礼どころか作品に対する冒涜であろうとタロウは考え、取り合えず今ある案を書き留める、さらに、であればとタロウは浴槽に座り込んで打ちっ放しのコンクリートに白墨で書き付けてみる、
「おっ、それが一番分かりやすいのう・・・」
「えー、書いていいのー」
レインはなるほどと感心し、ミナは非難の声を上げる、
「んー、ここはほら、漆喰で見えなくなるからな、今なら書いてもいいぞ」
「なら書くー」
ミナがワタワタと浴槽に下り、
「しょうがないなー、ちゃんと考えて書くんだぞ・・・ってミナあれだなちっこいな・・・」
とタロウは浴槽の床に立ったミナの小ささに気付いた、
「むー、タロウがでっかいのー」
「いや、その大小じゃなくてな、ちょっと座ってみ」
「ここに?」
「うん」
ミナは不思議そうにしゃがんで見せた、すると浴槽の半分程度の高さに顔が来る、
「ありゃ・・・そっか、あれだな踏み台と、腰掛けも欲しいかな・・・お湯の量にもよるけど・・・レスタさんとかでも深いかもな・・・」
とタロウはこれではゆっくり浸かれないだろうなとしげしげとミナを見つめる、
「どういうことー?」
ミナの純粋な質問に、
「んー、ミナがちっこいからなー、早く大きくなんないかなーって思ったの」
「むー、すぐなるー、おっきくなるー」
「だなー、もう重いもんなー」
「そうなのー、クロノスよりもおっきくなるのー」
ミナはピョンと立ち上がる、
「えー、それはお前、でかすぎるだろ」
「いいの、でっかくなるの」
「はいはい、じゃ、ミナはそっちの壁にメダカを・・・どうだろうな、良い感じに書いてみて」
「良い感じ?」
「うん、多過ぎず少な過ぎず、大き過ぎず、小さ過ぎずで」
「むー、注文多いー、難しいー」
「そうだねー、レイン、書いてあげてー」
「仕方ないのう」
レインもよっこらせと浴槽に入る、浴槽は三人入っても十分に広かった、そうは言っても先人男性一人と子供が二人である、これが成人女性となれば四人程度で丁度良い広さであろう、
「えっと、えっと、ニャンコはー?」
「ニャンコは水の中にいないだろう」
「確かにな」
「えー、いるー、ニャンコはどこにでもいるー」
「そうなのか?」
「そうなのよー、木の上とか、壁の上とか、手が届かない高いところー」
「壁?あー、塀の事か?」
「そうとも言う」
「そっかー、確かになー、どこにでもいるっちゃいるな・・・」
「でしょー」
「ミナは凄いなー」
「思い知ったかー」
「はいはい、思い知ったよー」
「あー、思い出した」
ミナはバッと振り返る、
「何だ?」
「アマアマでフワフワって言ってたー」
「・・・何だそれ?」
「タロウが昨日言ったのー、アマアマでフワフワなの作るって、言ったでしょー」
「・・・言ったか?」
「言ってたー、でも、アマアマでフワフワじゃなかったー」
タロウは何の事やらと流石に手を止めて振り返り、
「確かにな、アマアマでフワフワと言っておったな」
レインまでもがメダカを書きながらニヤリと同意する、
「・・・あー、確かに言ったかもな・・・でも、ちゃんとだって、プリンはアマアマだったし、蒸しパンはフワフワだっただろう?」
ミナとレインは昨日の事を言っているらしい、タロウもそう言えばそんな事を言ったかなとやっと思い出す、
「違うのー、あれはアマアマとフワフワなのー」
ミナの鼻息は収まらない、
「だから、アマアマでフワフワじゃないのさ」
「だからー、アマアマと、フワフワだったのー」
「あー・・・そういう事か・・・」
タロウはやっと理解した、ようは甘くてフワフワなものをミナは期待していたが、出て来たのは甘いものとフワフワなものだったのである、何もそんなことをとタロウは感心しつつも呆れるしかない、
「あー、じゃ、そのうち作るよ、アマアマでフワフワな」
タロウはさっさと作業に戻る、
「ほんとー?」
「ホントだよ、忙しいうちは難しいけどな、アマアマでフワフワな、覚えとく」
「ならいいー」
ミナもサッと視線を戻した、
「しかし、なんでそんな事急に言い出すかなー」
タロウがポツリと呟くと、
「ジャネットが言ってたー、これはアマアマとフワフワだってー、アマアマでフワフワじゃないねーって」
「・・・あいつはまったく・・・」
タロウの溜息がお湯の無い浴槽に響き、
「むー、レインもっと大きく書いてー」
「はいはい、こんなもんか?」
「むー・・・小さい方がいい・・・可愛くない・・・」
「じゃろう?」
ミナの拘りにレインもやれやれと溜息を吐くのであった。
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彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
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石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
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子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
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ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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