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本編
66話 歴史は密議で作られる その3
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「ソフィアいるー」
それから暫くしてユーリが気分転換にと食堂に顔を出す、しかし、食堂には誰もいない、あらっと思って厨房を覗くと、
「あっ、こっち・・・」
ソフィアが何やら壁に向かってゴソゴソとやっていた、
「ソフィアー」
ユーリがやれやれと厨房に入ると、
「ユーリ、これいいわよー」
ソフィアが満面の笑みで振り返った、
「へっ・・・」
ユーリはその笑顔を見つめて足を停めた、ここ暫く見たことのない程の笑顔であった、若かりし頃は些細な事でもこの笑顔を振り撒いていたように思う、大人として社会経験を積めば積むほどに無くしていったかけがえのない物の一つであろう、
「変な顔してないでこっちに来なさい、これは世の中が確実に変るわね」
ソフィアはあっさりと背を向けた、変な顔とは、とユーリは眉を顰めつつも大事な友人の異常な程の上機嫌である、ここは素直に聞いてみるかと歩み寄った、
「どしたの?」
「これよ、さっき漸く使えるようになったんだけど、これはいいわ、もう、タロウさんもさっさと使えるようにしてくれればいいのにー、もー」
普段の声から数段高い声でソフィアはキャッキャッと騒ぎ出す、その視線の先には銅の管を陶器板で挟んだ珍妙な物があった、
「あー、これかー」
ユーリはサビナから報告されたなと思い出す、溶岩板を応用した品でお湯を沸かす事が出来るとの事であったが実物はまだ目にしていなかった、
「使えるようになったの?」
「そうよー、ブラスさんがもう使えますよーって」
「へー、どんなもん?」
「もう完璧」
エッとユーリはソフィアを斜めに睨む、このへそ曲がりをして完璧とまで言わせる品であるとは思わなかった、
「なによりね、もう水汲みしないでいいのが素晴らしいわ、止水栓を開けるだけで水がでるのよ」
ソフィアは眼前にある銅製の止水栓を捻って見せた、途端、ジャバーっとばかりに水が流れ出す、
「おおっ・・・これは確かに・・・」
ユーリは思わず目を剥いた、勿論であるがこうなることは頭では理解していたし、ある程度想像も出来ていた、しかし、こうして実際に目にするとやはり違うもので、その勢いよく流れ出る水をじっくりと見入ってしまう、
「凄いでしょー」
それはソフィアも同じであるはずで、つまり、ソフィアもまた実際に目にして興奮していたのであろう、
「凄いわね・・・もしかして、上の階も?」
「そうみたいよ、出るのも流すのも繋げましたってブラスさんは言ってたし」
「なによそれ、私にも報告しなさいよ」
「今さっきの話しだもの、でね、でね」
とソフィアは水を止めると陶器板に手を伸ばし、簡単に起動させると、
「こうやって暫く待つと」
陶器板に二人の視線が突き刺さる、特に大きな変化は無いが、
「そろそろかな?」
ソフィアは一度試している為こんなもんかなと止水栓を開けた、すると、
「おおっ・・・」
感嘆の声がユーリの口を振るわせる、湯気を纏った水が、いや、お湯と呼んでよい水が先程同様の勢いで流れ落ちた、
「これはいいわね・・・」
「でしょー」
ソフィアがニヤニヤとユーリを見つめる、ユーリは思わずお湯に手を伸ばし、
「アチッ」
とすぐに手を引っ込めた、
「ねー、こんなに熱くなるとは思わなかったわ」
「そうね、確かサビナが流量を上げるか、陶器板を調整すればどーのこーのって言ってたけど」
「そうね、それは聞いた、取り合えず一番熱くしてみた」
「そういう事・・・でも、こんな熱いなんてこれは使えるわね」
「ねー、でもタロウさんがこれは飲み水には使わない方がいいかもって言っててねー」
「えっ、そうなの?」
「うん、なんでも、配管に鉛がどうのって言ってたかな・・・」
「あら・・・あー、鉛かー、そうかもね、うん、配管に含まれているかもか・・・」
ユーリはなるほどと頷く、鉛中毒に関しての研究論文をカトカにキーキー言われながら読んだ記憶がある、
「だから、料理とかお茶とかには使うなって言われてね」
「なるほどね、それは考えてなかったかな・・・」
「それでも、だって、あれよ、洗い物は各段に楽になるわー」
「確かにね・・・冬場も痛い思いしなくて済むしね」
「そうなのよ、これからの季節、これは大事よ」
「それは分かる、うん、なるほどね・・・へー、大したもんだわ」
「ねー」
二人は惚れ惚れと陶器板を眺めた、流れ出るお湯は壁際に置かれた作業台のタライに溜まり、そのまま排水管に流れ落ちている、
「何か、すんごい贅沢ね・・・」
「まったくだわ、いいのかしら?」
「いいんじゃないの?あっ、じゃ、便器とかも使えるって事?」
「そうみたい、でも、一度ちゃんと点検しないとってブラスさんは言ってたかな?」
「それもそうね、使ってみたいわね」
「そうね、ついでに手洗いだっけ?タロウさんが増やした配管?」
「あー、あれも使えるのか・・・上で水を使えるのよね」
「でも、飲んじゃ駄目よ」
「それは分かったけど、手が洗えるって何気に便利よ」
「そうよねー、あっ、昨日のオシボリだっけ、あれいいわよね」
「うん、あれは良かったな、こっちでもできる?」
「できそうだけど蒸し器を使うってタロウさんに聞いたわよ」
「そうなの?」
「そうよ、昨日の打合せで話題にならなかった?」
「ならなかったかしら・・・それはだって些細な事だもの、料理に関してはそれほど話題にはならなかったし・・・」
「そうだろうけどさ・・・こっちでもやろうかしら?」
「それは賛成、そっか食事の前に手を洗うのもいいわよね」
「うん、昔タロウさんがガミガミ言ってたじゃない」
「あー、言ってたね、覚えてるわ」
「ねー、でも確かに病気にはなりにくいような気はするのよね、ちゃんと手を洗うと」
「そう?」
「そうよ、だから・・・生徒達に徹底しようかしら?」
「それは任せるわ」
「そうね」
二人が話し込んでいると、
「すいません」
と勝手口からブラスが顔を出す、
「あら、お疲れ」
ユーリがさっと振り向き、
「ブラスさん、これいいわよ」
ソフィアが再びの笑顔をブラスに向けた、
「それは良かった、で、なんですが、あの」
ブラスは困った顔である、
「どうかした?」
「はい、浄化槽の方確認したんですが、スライムとシジミって本当に入ってます?」
ブラスが申し訳なさそうに問う、
「入ってるわよ・・・」
「うん、私たち立ち会ってるし」
二人は何のことやらと顔を見合わせた、
「すいません、なら良いんですが、上から見ただけだと分らなくて・・・」
「あー・・・それもそうよね」
「そうかも・・・見えないわよね」
二人はそういう事かと納得した、
「そうなんですよ、なので、ちょっと不安で・・・」
「そういう事であれば・・・網かな?」
「たも網でも作る?」
「何それ?」
「お魚用に棒の先に網が付いたのがあるのよ」
「へー・・・知らなかった」
「そうよね・・・もしかしてこの街には無いかも・・・」
「そう?ブラスさん、たも網って分かる?」
「・・・なんですかそれ?」
「・・・無理そうね」
「予感的中・・・そっか、そういう道具も作らないと駄目だわね」
「そうみたいね」
「うん、じゃ、ブラスさん図面描くから作って」
ソフィアが珍しくもやる気を出してフンスと鼻息を荒くする、それだけ上機嫌なのであろう、ブラスはエッと驚きつつも、
「俺らで作れるものであれば・・・」
と静かに答える、
「大丈夫よ、簡単だし、もしかしたら探せばあるから」
ソフィアは陶器板に手を伸ばし動作を止め、お湯が水に変わった事を確認して止水栓も閉じると、
「黒板ある?」
「あっはい、持ってきます」
ブラスがヒョイと姿を消した、
「なに?妙にやる気出しちゃって」
ユーリがニヤニヤと茶化すも、
「偶にはねー、タロウさんが来てから色々と任せっきりだからねー」
ニヤリと微笑み返すソフィアである、そこへ、
「ソフィー、ワタアメー」
ミナがダダッと駆け込んできた、
「なに?どうしたの?」
「ワタアメー、ミナが作ったのー、上手くいったのー」
棒の先に何やらが付いたものをグイグイとソフィアに差し出すミナであった、ソフィアはなんだこれはとそれを見つめ、ユーリも今日も忙しい事だと呆れ顔となった、
「こりゃ、串を振り回すなと怒られたじゃろー」
レインがバタバタと厨房へ入ってきた、
「振り回してないー」
「人に向けるのは駄目じゃ」
「うー、でもー」
「まったく、タロウに怒られるぞ」
「うー、わかったー」
シュンとしてブスっと膨れるミナである、
「あー、はいはい、それがあれ?タロウの新しい料理なの?」
ユーリがそういう事かと微笑む、
「そうなのー、タロウがねー、約束守ったのー、アマアマでフワフワなのー、美味しいのー」
ミナはサッと顔色を変えてユーリに微笑む、
「へー、なに、新しい料理?」
ソフィアがしげしげと綿飴を見つめた、
「そうなの、アマアマでフワフワなのー、これー、ソフィーのー」
再びずいっと串を差し出すミナに、ソフィアはオッと身を仰け反らせるも、
「いいの?貰っても?」
「うん、上手くできたの、だから、ソフィーのー」
ニパーと輝く笑顔を見せるミナに、
「そっか、ありがと」
ソフィアはそっとその串を受け取った、そして改めてその綿飴とやらを観察する、
「ワタアメ・・・綿だわね・・・」
「そうね、綿だね・・・」
ユーリも顔を寄せた、確かにその名にふさわしい外観ではある、
「甘いの?」
ソフィアがミナを見下ろすと、
「そうなのー、えっとね、えっとね、アメを入れてグルグルするの、でね、でね、モヤモヤーが出てきてそれをクルクルーって集めるの、棒でー」
「そっか・・・」
「良く分かんないけど・・・」
「うん、アメから作ったからワタアメ?」
「そういう事かしら?」
見事な推理であった、
「そうじゃな、アメを熱してな、糸状にしてまとめるのじゃな、興味深いぞ」
レインがしたり顔でまとめる、
「へー・・・凄いわね」
「うん、どういう発想なのかしら・・・」
「いいから、食べてー、美味しいのー、とろけるのー」
ミナは今か今かとソフィアを見上げ、ソフィアはまぁそこまで言うのであればと軽く千切って口に運んだ、途端、
「わっ、アメだ・・・」
と目を見開き、
「すんごい美味しい・・・」
と驚きの声を漏らす、
「えっ、そうなの?」
「うん、あんたも食べてみなさい」
「あー・・・ミナ、食べていい?」
ユーリが一応とミナに確認すると、
「うー、ソフィーのだけどいいよー、ユーリなら許すー」
若干考えてミナが答える、どうやら意地悪な事を言いたかったらしいがそれどころでは無い様子であった、
「ありがと、優しいミナは大好きよー」
ユーリはニコリと微笑み、ソフィアもフフッと微笑んで軽く千切ってユーリに渡した、ユーリもしげしげと観察しパクリと頬張る、
「ん・・・美味しい、甘くてフワフワだ・・・へー、アマアマでフワフワだねー」
「でしょー、どうだー、まいったかー」
ミナは居丈高に踏ん反り返った、
「うん、これは参ったわ、へー、なんじゃこりゃ」
「ねー、これは面白いわね」
二人は次々と千切っては口に運び、小さなそれはあっという間に無くなった、
「美味しかった、ミナ、ありがとね」
「うん、これは凄いわ、大したもんだわ」
「えへへー、嬉しいー」
二人の賛辞にミナは遠慮なく頬を綻ばせる、
「なに?エレインさんの所でやってるの?」
「そうじゃな、まだあーだこーだとやっておるぞ」
「これは見にいかなくては、じゃ、ソフィア、また来るわ」
ユーリはバタバタと玄関に向かい、ソフィアはそう言えばユーリは何しに来たんだろうと思う、暇ではないはずであるが、暇なのかしらと首を傾げ、そこへ、
「失礼します」
ブラスが黒板を持って戻って来た、
「あー、大工のおっちゃんだー、ワタアメ食べるー?」
ミナがブラスに駆け寄り、
「?なに?」
ブラスが何のことやらと首を傾げた、
「ワタアメー、ミナが作ってあげるー」
ミナは叫んで玄関に走り、
「こりゃ、落ち着け」
レインが慌てて追いかけた、
「えっと・・・」
ブラスがソフィアを伺うと、
「あー、まぁ、いつもの事よ」
ソフィアは苦笑いを浮かべ、
「御免なさいね、黒板貸して」
と本来の用向きに戻るのであった。
それから暫くしてユーリが気分転換にと食堂に顔を出す、しかし、食堂には誰もいない、あらっと思って厨房を覗くと、
「あっ、こっち・・・」
ソフィアが何やら壁に向かってゴソゴソとやっていた、
「ソフィアー」
ユーリがやれやれと厨房に入ると、
「ユーリ、これいいわよー」
ソフィアが満面の笑みで振り返った、
「へっ・・・」
ユーリはその笑顔を見つめて足を停めた、ここ暫く見たことのない程の笑顔であった、若かりし頃は些細な事でもこの笑顔を振り撒いていたように思う、大人として社会経験を積めば積むほどに無くしていったかけがえのない物の一つであろう、
「変な顔してないでこっちに来なさい、これは世の中が確実に変るわね」
ソフィアはあっさりと背を向けた、変な顔とは、とユーリは眉を顰めつつも大事な友人の異常な程の上機嫌である、ここは素直に聞いてみるかと歩み寄った、
「どしたの?」
「これよ、さっき漸く使えるようになったんだけど、これはいいわ、もう、タロウさんもさっさと使えるようにしてくれればいいのにー、もー」
普段の声から数段高い声でソフィアはキャッキャッと騒ぎ出す、その視線の先には銅の管を陶器板で挟んだ珍妙な物があった、
「あー、これかー」
ユーリはサビナから報告されたなと思い出す、溶岩板を応用した品でお湯を沸かす事が出来るとの事であったが実物はまだ目にしていなかった、
「使えるようになったの?」
「そうよー、ブラスさんがもう使えますよーって」
「へー、どんなもん?」
「もう完璧」
エッとユーリはソフィアを斜めに睨む、このへそ曲がりをして完璧とまで言わせる品であるとは思わなかった、
「なによりね、もう水汲みしないでいいのが素晴らしいわ、止水栓を開けるだけで水がでるのよ」
ソフィアは眼前にある銅製の止水栓を捻って見せた、途端、ジャバーっとばかりに水が流れ出す、
「おおっ・・・これは確かに・・・」
ユーリは思わず目を剥いた、勿論であるがこうなることは頭では理解していたし、ある程度想像も出来ていた、しかし、こうして実際に目にするとやはり違うもので、その勢いよく流れ出る水をじっくりと見入ってしまう、
「凄いでしょー」
それはソフィアも同じであるはずで、つまり、ソフィアもまた実際に目にして興奮していたのであろう、
「凄いわね・・・もしかして、上の階も?」
「そうみたいよ、出るのも流すのも繋げましたってブラスさんは言ってたし」
「なによそれ、私にも報告しなさいよ」
「今さっきの話しだもの、でね、でね」
とソフィアは水を止めると陶器板に手を伸ばし、簡単に起動させると、
「こうやって暫く待つと」
陶器板に二人の視線が突き刺さる、特に大きな変化は無いが、
「そろそろかな?」
ソフィアは一度試している為こんなもんかなと止水栓を開けた、すると、
「おおっ・・・」
感嘆の声がユーリの口を振るわせる、湯気を纏った水が、いや、お湯と呼んでよい水が先程同様の勢いで流れ落ちた、
「これはいいわね・・・」
「でしょー」
ソフィアがニヤニヤとユーリを見つめる、ユーリは思わずお湯に手を伸ばし、
「アチッ」
とすぐに手を引っ込めた、
「ねー、こんなに熱くなるとは思わなかったわ」
「そうね、確かサビナが流量を上げるか、陶器板を調整すればどーのこーのって言ってたけど」
「そうね、それは聞いた、取り合えず一番熱くしてみた」
「そういう事・・・でも、こんな熱いなんてこれは使えるわね」
「ねー、でもタロウさんがこれは飲み水には使わない方がいいかもって言っててねー」
「えっ、そうなの?」
「うん、なんでも、配管に鉛がどうのって言ってたかな・・・」
「あら・・・あー、鉛かー、そうかもね、うん、配管に含まれているかもか・・・」
ユーリはなるほどと頷く、鉛中毒に関しての研究論文をカトカにキーキー言われながら読んだ記憶がある、
「だから、料理とかお茶とかには使うなって言われてね」
「なるほどね、それは考えてなかったかな・・・」
「それでも、だって、あれよ、洗い物は各段に楽になるわー」
「確かにね・・・冬場も痛い思いしなくて済むしね」
「そうなのよ、これからの季節、これは大事よ」
「それは分かる、うん、なるほどね・・・へー、大したもんだわ」
「ねー」
二人は惚れ惚れと陶器板を眺めた、流れ出るお湯は壁際に置かれた作業台のタライに溜まり、そのまま排水管に流れ落ちている、
「何か、すんごい贅沢ね・・・」
「まったくだわ、いいのかしら?」
「いいんじゃないの?あっ、じゃ、便器とかも使えるって事?」
「そうみたい、でも、一度ちゃんと点検しないとってブラスさんは言ってたかな?」
「それもそうね、使ってみたいわね」
「そうね、ついでに手洗いだっけ?タロウさんが増やした配管?」
「あー、あれも使えるのか・・・上で水を使えるのよね」
「でも、飲んじゃ駄目よ」
「それは分かったけど、手が洗えるって何気に便利よ」
「そうよねー、あっ、昨日のオシボリだっけ、あれいいわよね」
「うん、あれは良かったな、こっちでもできる?」
「できそうだけど蒸し器を使うってタロウさんに聞いたわよ」
「そうなの?」
「そうよ、昨日の打合せで話題にならなかった?」
「ならなかったかしら・・・それはだって些細な事だもの、料理に関してはそれほど話題にはならなかったし・・・」
「そうだろうけどさ・・・こっちでもやろうかしら?」
「それは賛成、そっか食事の前に手を洗うのもいいわよね」
「うん、昔タロウさんがガミガミ言ってたじゃない」
「あー、言ってたね、覚えてるわ」
「ねー、でも確かに病気にはなりにくいような気はするのよね、ちゃんと手を洗うと」
「そう?」
「そうよ、だから・・・生徒達に徹底しようかしら?」
「それは任せるわ」
「そうね」
二人が話し込んでいると、
「すいません」
と勝手口からブラスが顔を出す、
「あら、お疲れ」
ユーリがさっと振り向き、
「ブラスさん、これいいわよ」
ソフィアが再びの笑顔をブラスに向けた、
「それは良かった、で、なんですが、あの」
ブラスは困った顔である、
「どうかした?」
「はい、浄化槽の方確認したんですが、スライムとシジミって本当に入ってます?」
ブラスが申し訳なさそうに問う、
「入ってるわよ・・・」
「うん、私たち立ち会ってるし」
二人は何のことやらと顔を見合わせた、
「すいません、なら良いんですが、上から見ただけだと分らなくて・・・」
「あー・・・それもそうよね」
「そうかも・・・見えないわよね」
二人はそういう事かと納得した、
「そうなんですよ、なので、ちょっと不安で・・・」
「そういう事であれば・・・網かな?」
「たも網でも作る?」
「何それ?」
「お魚用に棒の先に網が付いたのがあるのよ」
「へー・・・知らなかった」
「そうよね・・・もしかしてこの街には無いかも・・・」
「そう?ブラスさん、たも網って分かる?」
「・・・なんですかそれ?」
「・・・無理そうね」
「予感的中・・・そっか、そういう道具も作らないと駄目だわね」
「そうみたいね」
「うん、じゃ、ブラスさん図面描くから作って」
ソフィアが珍しくもやる気を出してフンスと鼻息を荒くする、それだけ上機嫌なのであろう、ブラスはエッと驚きつつも、
「俺らで作れるものであれば・・・」
と静かに答える、
「大丈夫よ、簡単だし、もしかしたら探せばあるから」
ソフィアは陶器板に手を伸ばし動作を止め、お湯が水に変わった事を確認して止水栓も閉じると、
「黒板ある?」
「あっはい、持ってきます」
ブラスがヒョイと姿を消した、
「なに?妙にやる気出しちゃって」
ユーリがニヤニヤと茶化すも、
「偶にはねー、タロウさんが来てから色々と任せっきりだからねー」
ニヤリと微笑み返すソフィアである、そこへ、
「ソフィー、ワタアメー」
ミナがダダッと駆け込んできた、
「なに?どうしたの?」
「ワタアメー、ミナが作ったのー、上手くいったのー」
棒の先に何やらが付いたものをグイグイとソフィアに差し出すミナであった、ソフィアはなんだこれはとそれを見つめ、ユーリも今日も忙しい事だと呆れ顔となった、
「こりゃ、串を振り回すなと怒られたじゃろー」
レインがバタバタと厨房へ入ってきた、
「振り回してないー」
「人に向けるのは駄目じゃ」
「うー、でもー」
「まったく、タロウに怒られるぞ」
「うー、わかったー」
シュンとしてブスっと膨れるミナである、
「あー、はいはい、それがあれ?タロウの新しい料理なの?」
ユーリがそういう事かと微笑む、
「そうなのー、タロウがねー、約束守ったのー、アマアマでフワフワなのー、美味しいのー」
ミナはサッと顔色を変えてユーリに微笑む、
「へー、なに、新しい料理?」
ソフィアがしげしげと綿飴を見つめた、
「そうなの、アマアマでフワフワなのー、これー、ソフィーのー」
再びずいっと串を差し出すミナに、ソフィアはオッと身を仰け反らせるも、
「いいの?貰っても?」
「うん、上手くできたの、だから、ソフィーのー」
ニパーと輝く笑顔を見せるミナに、
「そっか、ありがと」
ソフィアはそっとその串を受け取った、そして改めてその綿飴とやらを観察する、
「ワタアメ・・・綿だわね・・・」
「そうね、綿だね・・・」
ユーリも顔を寄せた、確かにその名にふさわしい外観ではある、
「甘いの?」
ソフィアがミナを見下ろすと、
「そうなのー、えっとね、えっとね、アメを入れてグルグルするの、でね、でね、モヤモヤーが出てきてそれをクルクルーって集めるの、棒でー」
「そっか・・・」
「良く分かんないけど・・・」
「うん、アメから作ったからワタアメ?」
「そういう事かしら?」
見事な推理であった、
「そうじゃな、アメを熱してな、糸状にしてまとめるのじゃな、興味深いぞ」
レインがしたり顔でまとめる、
「へー・・・凄いわね」
「うん、どういう発想なのかしら・・・」
「いいから、食べてー、美味しいのー、とろけるのー」
ミナは今か今かとソフィアを見上げ、ソフィアはまぁそこまで言うのであればと軽く千切って口に運んだ、途端、
「わっ、アメだ・・・」
と目を見開き、
「すんごい美味しい・・・」
と驚きの声を漏らす、
「えっ、そうなの?」
「うん、あんたも食べてみなさい」
「あー・・・ミナ、食べていい?」
ユーリが一応とミナに確認すると、
「うー、ソフィーのだけどいいよー、ユーリなら許すー」
若干考えてミナが答える、どうやら意地悪な事を言いたかったらしいがそれどころでは無い様子であった、
「ありがと、優しいミナは大好きよー」
ユーリはニコリと微笑み、ソフィアもフフッと微笑んで軽く千切ってユーリに渡した、ユーリもしげしげと観察しパクリと頬張る、
「ん・・・美味しい、甘くてフワフワだ・・・へー、アマアマでフワフワだねー」
「でしょー、どうだー、まいったかー」
ミナは居丈高に踏ん反り返った、
「うん、これは参ったわ、へー、なんじゃこりゃ」
「ねー、これは面白いわね」
二人は次々と千切っては口に運び、小さなそれはあっという間に無くなった、
「美味しかった、ミナ、ありがとね」
「うん、これは凄いわ、大したもんだわ」
「えへへー、嬉しいー」
二人の賛辞にミナは遠慮なく頬を綻ばせる、
「なに?エレインさんの所でやってるの?」
「そうじゃな、まだあーだこーだとやっておるぞ」
「これは見にいかなくては、じゃ、ソフィア、また来るわ」
ユーリはバタバタと玄関に向かい、ソフィアはそう言えばユーリは何しに来たんだろうと思う、暇ではないはずであるが、暇なのかしらと首を傾げ、そこへ、
「失礼します」
ブラスが黒板を持って戻って来た、
「あー、大工のおっちゃんだー、ワタアメ食べるー?」
ミナがブラスに駆け寄り、
「?なに?」
ブラスが何のことやらと首を傾げた、
「ワタアメー、ミナが作ってあげるー」
ミナは叫んで玄関に走り、
「こりゃ、落ち着け」
レインが慌てて追いかけた、
「えっと・・・」
ブラスがソフィアを伺うと、
「あー、まぁ、いつもの事よ」
ソフィアは苦笑いを浮かべ、
「御免なさいね、黒板貸して」
と本来の用向きに戻るのであった。
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ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~
-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
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※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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