セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

今卓&

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本編

66話 歴史は密議で作られる その5

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「戻りましたー」

グルジアとレスタが食堂に入ると、

「へー・・・凄いっすねこれ・・・」

「ねっ、便利でしょ」

「はい、えっとこれもタロウさんが?」

「いや、これは学園長」

「あら・・・こんなもん隠してたんですか、あの先生・・・」

「みたいよー」

ブラスとカトカが額を突き合わせており、レインがこちらでもニマニマと席に着いている、しかし、帰ってきたばかりの二人は、

「わっ、カトカさんカッコいいー」

「うんうん、どうしたんですかー、それー」

グルジアが黄色い声を上げ、レスタも珍しく大声となった、

「あー、お帰りー」

カトカは何とも嫌そうに顔を上げ、

「お疲れ様」

ブラスも振り返るがどこか嬉しそうであった、妙にだらしない顔である、しかしそんな事はどうでもよいとばかりに、

「えー、あっそっかー、今日のあれのおめかしですねー」

グルジアはバタバタとカトカに駆け寄り、

「いいなー、綺麗だなー、凄いなー」

レスタも興奮してグルジアに続いた、

「もう、からかわないでよ、お仕事中なんだから」

カトカはしかし実に嫌そうに顔を歪めた、こうなるのが分かってはいたのであるが、やはりどうにも不愉快である、先程までも北ヘルデルから三階に戻った途端にユーリにキャーキャーと騒がれ、それはゾーイやサビナも同様の扱いであったのだが、やはりカトカのそれは違うらしく、ユーリはサビナとゾーイを巻き込んで嫌がるカトカに説教をする始末であった、タロウが何やら抱えて戻り、下にブラスが待っているぞと伝えてくれたお陰でその場は逃げ出したのであるが、結局こうして生徒達のおもちゃになってしまう、これだから嫌なのだとカトカは内心で大きく溜息を吐いた、

「そんな事言わないで下さいよー」

「そうですよ、美しいです、うん」

そんなカトカの気持ちにはまるで無関心な二人である、カトカと若干の距離を置いてキャーキャーと騒がしい、

「まったく・・・」

レインまでが呆れて二人を見上げた、

「えー、レインちゃんもそう思うでしょー」

「そうだがな、本人は嫌がっておるだろ」

「そうなんですかー、こんなに美しいのにー」

「じゃから、騒がれるのが嫌なのじゃ」

レインが巻き込まれる形であったがカトカの内心を適格に言葉にしたようで、カトカはエッとレインを見つめてしまった、ここでレインが助けになるなんてまるで思っていなかったのである、

「そうでしょうけどー」

「ねー、だって、だってー」

「うん、わー、やっぱり全然違いますよー」

「ですよねー」

「もう・・・分かった、分かったから、少し静かにして、お仕事中なの」

カトカはジロリと二人を睨むが、その冷たい視線もまた魅力的で、

「わっ・・・しびれる・・・」

「うん、ユーリ先生の気持ちが分かる・・・」

「うん、分かるね」

「なんか、ゾクゾクする・・・」

興奮した二人は低い声となるも、カトカの顔から目を離せない、

「まったく・・・ハー、これだから嫌なのよ」

カトカは呟いて二人を無視する事としたらしい、カトカは他の二人とタロウと共に北ヘルデルに向かい、訪問着を仕立てたのであるが、その場が正に常軌を逸していると表現するに正しい状況であった、北ヘルデル特有の寒さはまるで感じない天井の高い部屋に通されると、そこには大量の衣服が並んでおり、パトリシアはその中央にあって優雅に茶を傾けている、どうすればいいのかと取り合えず頭を下げる三人であったが、パトリシアは、ニコリと微笑むと、カトカはこれ、サビナはこれ、ゾーイはこれと、すでに目を着けていた服を指差し、業者であろう女性がバタバタと動き出した、そして、これまた始めての経験であったのが、三人はほぼ同時に全身鏡の前で着替えさせられたのであった、なるほどこう使うのが正しいのかもしれないと思ったのは嵐が落ち着いた後であったのだが、パトリシアは本人の確認も無しに、次はこれ次はこれと見事に三人をおもちゃにして楽しそうで、アフラも特に止める事も無く甲斐甲斐しく走り回っている、三人はどういう状況なのかと目を回して遠慮どころか拒否する事もできず、そして、上品な訪問着を五着、ついでだからと正装を二着、見繕う事になったのである、

「まぁ・・・その、はい、取り合えずこちらはお受けします」

ブラスがだらしない顔のまま何とか取りまとめた、そして二人の女生徒の反応に、女性でもこうなるんだろうなと何気に感心していたりする、なにせ、カトカに関しては美女である事は誰もが一致する評価なのであろうが、その人が珍しくも上品な訪問着であり、先程まではミナとソフィアがいたが、じっくりと対面で話す事が出来たのだ、正常な一男性としてこれほどの幸運と栄誉は無いであろう、無論、つまらない事は言えないし、言った瞬間にこの寮には出入り禁止になってもおかしくない、そう強く自分に言い聞かせつつ、仕事に集中する事で何とか乗り切った、その顔が常以上に緩んでしまっていたとしてもである、

「宜しくお願いします」

カトカはさっさと逃げようと切り上げて腰を上げかけるが、

「これ、なんですか?」

レインが弄繰り回していたアバカスにレスタが気付いたらしい、

「アバカスって言うんだって、計算機なんだってさ」

ブラスがニヤリと答え、

「ふふん、これは便利じゃぞ」

レインもニヤリと微笑む、

「計算機?」

「そうよ、こうやって使うの」

カトカがどうやら落ち着いたらしいと、アバカスを手元に引き寄せて実際に使って見せる、すると、

「これは便利だ・・・」

「うん、確かに」

グルジアもレスタもすぐに真剣な瞳をアバカスに向ける、

「そっか、こんな簡単な事だったんだ・・・」

グルジアは目から鱗とカトカの隣に座りアバカスに触れる、カンカンと玉を弾き、なるほどと頷いた、商会で育った娘として、これほど便利な物もないであろう、

「そうなのよね、こんな簡単な事なのにね、今までなかったのがほんとに不思議」

「ですね・・・うわっ、何か私たちバカみたい・・・」

「そこまで言っちゃ駄目よ」

「ですけど・・・ねぇ」

グルジアが顔を上げて誰にともなく同意を求める、

「それは良く分かる、大いに分かる」

うんうんとブラスが頷き、レインはどこか冷ややかな笑みを浮かべた、

「ですよね、ほら、黒板に書いて計算するのが普通だと思ってましたけど・・・そっか、数字だけ出すならこんなでいいんだ」

「そうなんだよなー、俺らも地面に書いたりしてたけど」

「そうですよね、建築とかだとそうですよね」

「うん、これ、何にでも使えるよな」

「ですよー・・・凄いなー」

ブラスとグルジアが話し込んでいる隣で、レスタがそっとアバカスに手を伸ばす、そして、カンカンと玉を弾き、にやりと微笑むが、すぐにん?と首を傾げた、

「これって、エレインさんには教えたんですか?」

「まだよー、取り合えずほら学園長からの依頼だからねー、学園で教えたいみたいなんだわ」

「へー・・・それいいですね、そっか、学園長か、いや、これあっという間に売れますよ」

「そうだよな、商売してれば絶対欲しいよな」

「ですよ、だって、うん、あー、締め作業とか楽になるなー」

「・・・グルジアさんそんな事までしてたの?」

「そりゃだって、商会の娘ですもん、計算は子供のころからやらされましたよー」

「あっ、そりゃそうよね」

「そうなんです」

「えっ、商会の娘さんなの?」

「はい」

「それで建築?」

「好きなんです」

「それは前にも聞いたけどさ、あー・・・でも羨ましいかもな好きな事勉強できるって」

「そんな風に言われると・・・」

「悪い意味で言ってないよ、でも、それはとても幸せな事だよなって・・・思うな、うん」

「それは確かに、幸せよね」

「そうですけどー」

三人が若干脱線した話しになっていると、

「あの・・・」

レスタがおずおずと顔を上げる、

「ん、どうかした?」

カトカがニコリと微笑む、先程までの不興はすっかり消えていた、カトカとしても周りの反応には慣れている節があり、また、本人もどちらかと言えばサバサバした気質である、つまらない事に拘泥しないのもまた美女の一要因と言えよう、

「あの・・・ですね、この玉って・・・こんなに必要なんでしょうか?」

レスタが不思議そうにアバカスの玉を一つ弾いた、エッと三人の視線がレスタに集まり、レインもオッと強い視線をレスタに向ける、

「どういう事?」

カトカが真剣な口調となる、

「えっと・・・たぶんなんですが、えっと、えっと」

レスタはどう説明するべきかと言葉を探し、四人の視線が集まる中、

「あの・・・この玉って5個あれば計算できると思うんです・・・よ、ね・・・」

とアバカスを弾きながらその理屈を説明しだした、

「えっと、これ玉が10個ありますけど、たぶん、9個でいいんですよ、で、そう考えたら、5の玉を別にして、1の玉を4つ?つまり玉は5個で間に合うんじゃないかなって・・・」

それは実に単純な言葉であったが、

「待って、それ面白い、どういう事?」

カトカが猛然とレスタに向かう、

「えっと、えっと、黒板借ります」

レスタはカトカの前にあった黒板に手を伸ばし、続けて説明する、

「えっと、玉が10個だとこうして、右から左?逆でもいいですけど、端に寄せるんですよね、で、私が思ったのが、まず9個でいいんです、こんな感じ・・・で、でも、これだとだったらもっと減らしたいなって思ったら、こうやって、5の玉を一個にするんで、で、真ん中に寄せる感じで、で、こうすると、1から4はそのままで、5になったらこれをこうして、6の時は・・・」

「5と1が1つ?」

「そうです、そうすれば9まで表示できて、で、10になったら」

「そっか、上の段に1をあげて、無しにする・・・」

カッカッとレスタは黒板を鳴らし、不安そうに顔を上げた、

「・・・確かにそうかも・・・」

「えっ、凄い・・・」

「うん、計算できるね・・・」

「出来ますよね」

「ほう・・・これは大したもんじゃな・・・いや、凄いぞこれは」

やっと理解できた他三人と、レインまでもが目を丸くしている、

「ですよね、出来ますよね」

レスタはホッと安堵の吐息を吐いた、たどたどしく説明しながらも、自信はあったのであるがやはり他者の理解は難しいのかなと不安感があった、しかし、どうやらカトカもグルジアもブラスでさえ納得出来たらしい、良かったーと内心で微笑み、思い付きではあったが間違ってはいなかったなと嬉しく思う、

「・・・レスタさん、あなた天才だわ・・・」

カトカが呆然と呟き、

「異論はないのう・・・」

レインが突然半身を揺する、今にも踊りだしそうな所を強引に押さえているのであろうか、どういう感情表現なのか不明であるが、心底感心し喜んでいるのは理解できた、

「えへへ・・・そんな事無いですよー」

レスタが頬を染めて俯いた、

「いいえ、そんな事あります・・・うん、ブラスさん、この10玉のアバカスと、5玉のアバカスを作って下さい、いや、待って下さい・・・違うな、やっぱり作って下さい」

どっちだよとブラスは呆れつつ、

「あっ、はい、そうですね、はい、作ります」

と頷かざるを得ない、

「で、レスタさん、学園長と話しましょう、その前に、所長とも話しましょう、今すぐに」

カトカがガタリと立ち上がる、レスタはエッとカトカを見上げ、

「ほら、行きますよ」

カトカはアバカスと黒板を引っ掴むと階段へ走り、

「早くなさい」

椅子に座ったままのレスタを叱りつける勢いである、レスタはハイッと大声を上げて立ち上がり階段へ向かった、そこへ、

「はーい、次レインよー、打合せは終わったのー?」

厨房からソフィアが顔を出し、

「おめかし終ったー」

訪問着に着替えたミナが駆け込んでくる、しかし、食堂内ではポカンとあっけに取られた顔の三人が階段を見つめており、

「どした?」

ソフィアが首を傾げ、

「どした?」

ミナがそれを真似て首を傾げるのであった。
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