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本編
66話 歴史は密議で作られる その9
それから暫くして、
「タロー、いたー」
ミナが階段を駆け下り厨房から出て来たタロウに猛然と頭から突っ込み、
「うわっ」
とタロウは慌ててその小さな身体を受け止めた、
「むふふー、おめかししたー」
褒めろとばかりにタロウを見上げるミナに、
「あー、おめかししたらおしとやかにするんだろ?」
ヤレヤレと見下ろすタロウである、
「おしとやかだよー」
「おしとやかな娘は走らないぞ」
「そんなのウソー」
「嘘じゃない」
「絶対ウソー」
「あのなー、ミナー、ああいうのをおしとやかって言うんだ」
タロウが見上げた先には、階段を下りてくるエレインが微笑んでおり、その後ろにはオリビアの姿もあった、
「ぶー、エレイン様は違うのー」
「何が?」
「何かー」
「君なー、そりゃ違うけどもさ」
「でしょー」
厨房の前でギャーギャーと騒がしい二人である、何事かと厨房からティルが顔を出すと、
「あー、ティルだー、何やってるのー」
ミナが振り向いてティルに駆け寄り、
「ミナちゃんか、いらっしゃい」
柔らかい笑みを浮かべ、
「今日は御洒落さんね」
「そうなのー、おめかししたのーおしとやかな日なのー」
キャッキャッと飛び跳ねるミナである、
「あー、ティルさん、このガキンチョにおしとやかとはどういうものか教えてくれないか・・・」
タロウが困った顔でミナの頭を押さえる、ミナはムーとタロウを見上げ、
「・・・それはまた・・・難しいですね」
「ティルさんでも?」
「もう少し大きくなったらでいいと思いますよ、ねー」
「ねー」
その通りと満面の笑みを向けるミナとこちらも笑顔で答えるティルである、タロウはこりゃ駄目だなと溜息を吐くしかなかった、しかし、
「あー、でも、ミナちゃん、ここはお仕事をする場所だから、静かにしなきゃ駄目なのよ」
ティルは一転小声になり腰を屈めてミナに目線を合わせる、
「そうなの?」
「そうよ、ガラス鏡のお店は知ってるでしょ」
「知ってるー、あっちー」
「でしょう、だからここはお店なの、それとね、上にはイース様もいらっしゃるし、怖ーい近衛のおじちゃんもいるんだから」
「えー、イース様怖くないよー、おっちゃん達も優しいよー」
「あー、それはね、ミナちゃんが良い子だからだね、怒ったら怖いんだぞー」
「そうなの?」
「そうなの、だから、ここでは静かでおしとやかにしないと駄目なの」
「むー、わかったー」
「うん、なら良し」
何をどう理解したのかを知るのは難しいがミナは落ち着きを取り戻し、ティルは笑顔で立ち上がると、
「今日も美味しい御馳走があるからね、もう少し待っててね」
と厨房に戻る、
「うん、待ってるー」
ミナは笑顔で振り返ると、
「タロー、ヒマー」
とやはり何も分かっていないのかタロウの足に抱きついた、
「こりゃ、静かにしなさい」
「静かでしょー」
「叫ぶな、まったく、取り合えず上行くか」
タロウはこれは誰かに預けない事にはどうしようもないだろうなと階段へ向かう、すると、
「あっ、タロウさん、お疲れ様です」
倉庫からバーレントがヒョイと顔を出す、その後ろにはマフレナの姿があった、
「ありゃ、いたの?」
「あー、誰だっけー」
ミナがバーレントに駆け寄る、慌ててタロウが押さえようとするがスルッと逃げるミナであった、
「誰って、バーレントだよ、ガラス屋の」
バーレントは苦笑いを浮かべ、マフレナもその笑みを隠している、
「ガラスー・・・あー、ガラス屋のおっちゃんだー」
「せめてお兄さんと呼びなさい」
「えー、おっちゃんでしょー」
「そうだがさ」
相手を変えて騒ぎ出すミナである、よほど元気が余っているのか、単に興奮しているだけなのか、恐らくそのどちらもであろう、
「では、私はここで」
マフレナがニコリとバーレントに一礼して店舗に入った、
「あー、御免ね、バーレントさん」
タロウがミナの両肩をガシリと捕まえる、
「いえいえ、何です?タロウさんまでおめかしして」
「そういう日もあるんだよ、仕事は忙しい?」
「はい、お陰様で、今日も2件納品に伺いまして、こっちらにも納品ですね」
「へー、伺うって事はあれ?お客さんに直接?」
「はい、受注生産の形をとってまして、納品までうちでやってます」
「そうだったんだ、そりゃ忙しいよね」
「そうですね、ですが、まぁ、何とか」
事務的な大人の会話にミナはキョロキョロと二人を見上げている、
「あっ、忙しいのは承知で頼むんだけどさ、新しい品を作って欲しいかなって思ってるんだけど、どうだろう?」
タロウはあれがあったなと思い出す、以前ガラス鏡店を訪れた際にはあまりの喧噪でゆっくりと話す事も難しく、水槽やら何やらを購入してそれで終わりであったのだ、
「新しい品ですか?」
「うん、あのね・・・」
とタロウが話しを続けようとした瞬間に、
「詳しくお聞かせ下さい」
エレインが店舗から突然出て来た、エッと二人は驚く、中で聞き耳を立てていたのであろうか、
「すいません、丁度通りかかったもので」
二人の反応にエレインはニコリと誤魔化し笑いを浮かべた、店舗では午後の来客も終わり、テラとケイランが事務作業中であった、一応と店舗に顔を出したエレインであったが特にする事も無い、コーバとベーチェも食事会の準備に出向いており、今日の商談の結果についてはいつも通りにテラからの報告書を確認するだけで十分で、つまりエレインは邪魔でしかなかったのだ、
「あ、そうだね、じゃ、ゆっくり話せる所がいいかな?」
「はっ、はい」
「では、こちらへ」
エレインがニコニコと笑顔で二人を店舗に迎え入れた、
「うふふー、見てていい?見てていい?」
ミナがこれ幸いとタロウを見上げ、並んだ鏡を指差した、
「ん、あー、いいかな?」
「はい、ミナちゃん、鏡には触らないでね」
「わかってるー」
エレインの笑顔にミナは笑顔で応えて全身鏡に走っていった、そしていつも通りに遊び道具にし始めたようで、
「ありゃ、悪いね」
「いえいえ、それよりも、その新商品なんですが」
エレインはわざとらしく新商品を強調してテラに目配せする、テラはん?と顔を上げ、すぐにキラリとその瞳を輝かせると、
「今日はこんなもんでしょう、ケイランさんも上の準備を手伝って下さい、マフレナさんは上がりでいいですよ」
と指示を出して自分も腰を上げ、
「こちらへ」
と応接テーブル上の黒板やら紙類を集め始めた、タロウはこれはあからさまに邪魔したかなと首を傾げ、バーレントもいいのかなと疑問がその顔に浮かぶが、
「で、どういった物なのですか?」
エレインが率先して着席し、爛々とその瞳を輝かせている、
「あー、じゃ、まぁ」
タロウとバーレントはその押しの強さに負けたのかやっと腰を下ろすと、
「これなんだけどね」
タロウは懐から砂時計を取り出してバーレントの前にチョコンと置いた、
「やっぱりこれですわね」
エレインは歓喜の声を上げ、テラは何だろうと書類をまとめながら砂時計を見つめ、オリビアもうんうんと頷いている、
「そうだねー、でも、バーレントさんの所も忙しいだろうから無理にとは言わないんだけどさ」
しかし、タロウは一応と遠慮がちである、タロウが以前覗いた時には広い工場で大量のガラス鏡が作られており、職人達は皆黙々と作業に従事していた、コッキーやデニスとも挨拶は交わしたのであるが、何とも邪魔しているようで申し訳ないと思う程に忙しくしていたのである、
「なんですかこれ?」
バーレントもシゲシゲと砂時計を見つめる、確かに見ただけでその用途に気付く者はいないであろう、
「時計なんだよ、砂時計」
「エッ」
バーレントとテラが目を見開き、エレインがニマニマと笑顔を浮かべる、エレインもまた染髪の実験の折りにこの小さな砂時計の存在を知りたまげたものである、こんな簡単に時間を計れるとはまるで思っていなかったのだ、さらに新しい単位を作ったとカトカ達の説明を受け、それもまたとんでもないと驚いたほどである、
「こうやって、使うんだよ」
タロウは砂時計を逆さに置いた、それだけであるが、バーレントとテラは、あっと声を上げ、
「なるほど・・・」
「うん、時計ですね」
「だろう?」
二人共に巨大な装置としての砂時計は既知である、それは大きな街であればほぼ確実にあるもので、時を告げる方法は様々であるがそれは役所の重要な仕事となっていた、そしてそれの構造は全く一緒である、巨大な砂袋か砂箱に砂を入れ、それを小さな穴から落として時間を計測する、しかして眼前にあるこの小さな細工物もまたその機能をその小さなガラス管の中で実現していた、二人が一目で理解できる程に単純明快な代物である、
「そういう事ですわね」
エレインがニヤリと勝ち誇る、全くもってエレインの手柄と言える事は何も無いのであるが、その品の存在を知っているという事だけで優越感を感じるものなのであろう、
「どうだろう?上下の土台部分は木になるけど、中はガラスでね、この砂が最後まで落ちるってのが大事なのと、砂の質かな・・・うん、この砂を少し研究した方がいいと思うんだけど、構造は簡単だよね」
「はい、確かに・・・えっと、良く見せて貰ってもいいですか?」
バーレントが恐る恐ると手を伸ばし、じっくりと砂時計を観察する、その間も砂は静かに流れ落ちている、
「・・・なるほど、これなら作れますね、ガラスの管・・・で、中央をへこまして・・・砂・・・そっか、砂は確かに重要ですね・・・ですが・・・はい、作れます、何とかなります」
バーレントが顔を上げた、
「だろうね、で、まぁ、これはおいおいかなって思うけど、中央のへこみはそれほど気にする必要は無くてね、砂の量で時間を決める感じになるんだな、だから」
とタロウはさらに二つの砂時計を取り出す、小さいものと大きいものであった、
「この小さい方は同じ時間を計れるんだけど、砂の量が違うんだよ、中央の径が少しばかり違うんだろうね、で、こっちの大きい方はそのまま砂の量を増やして三倍かな、の時間を計れるんだな」
「あっ、なるほど・・・」
「へー、そうなんですか」
エレインとオリビアも砂時計に関してはしっかりとタロウから説明されていない、その為素直な感嘆の声を上げてしまう、
「だから・・・まぁ、取り合えず試作を作ってみてかな?ガラス管は難しくないだろうけど、その後の砂の部分とか台座とか?そこが少しばかりめんどくさい・・・と思うよ」
「そうですね・・・はい、確かに・・・」
バーレントはその三本の砂時計を見つめて真剣な瞳となる、
「うん、取り合えずやってみて、すぐにとは言わないけどね、試作品が出来たら教えてよ」
タロウはあっさりと微笑んだ、そこへ、
「あー、それー、ミナ、知ってるー」
遊ぶのに飽きたのか、一人ではつまらなかったのかミナがダダッと走ってきた、
「こりゃ、邪魔するな、お仕事中だ」
タロウがサッとミナを小脇に抱える、あまりの早業にミナはなすすべも無く両手両足をぶらつかせるも、
「むー、あのねー、あのねー、ひっくり返してジッと見てるのよー、でねでねー」
と楽しそうに微笑み両手をバタつかせた、
「あー、そういう事だから取り合えず頼むよ、その3本は持って行っていいから」
タロウがミナを抱え上げ自分の足に座らせた、途端、エヘヘーと嬉しそうに微笑むミナである、
「分りました、お預かり致します」
バーレントは恭しく砂時計を手にし、
「販売はお任せ下さい」
エレインはニヤリと微笑む、
「ん、好きにすればいいよ、ただそんなに売れそうも無いけどね、ほら、ソフィアもあんまりピンと来てなかったみたいだから」
「そう・・・なんですか?」
「うん、便利だぞーって言ってもさ、よく考えればそれほど使う機会って無いよね、主婦の方とかは」
「・・・かもですね」
テラがうーんと首を捻り、
「染髪の際には使えます」
しかしエレインがそう断言すると、
「まぁね、だから早めに作ってもらえると嬉しいかな」
「はい、了解しました、その、行き詰ったらお知恵をお借りしても・・・」
バーレントは一応と確認する、
「ん、協力はするさ、なっ?」
タロウがミナに微笑みかけると、
「うん、キョーリョクするー、まかせて、おっちゃん」
ミナがニコーと微笑むのであった。
「タロー、いたー」
ミナが階段を駆け下り厨房から出て来たタロウに猛然と頭から突っ込み、
「うわっ」
とタロウは慌ててその小さな身体を受け止めた、
「むふふー、おめかししたー」
褒めろとばかりにタロウを見上げるミナに、
「あー、おめかししたらおしとやかにするんだろ?」
ヤレヤレと見下ろすタロウである、
「おしとやかだよー」
「おしとやかな娘は走らないぞ」
「そんなのウソー」
「嘘じゃない」
「絶対ウソー」
「あのなー、ミナー、ああいうのをおしとやかって言うんだ」
タロウが見上げた先には、階段を下りてくるエレインが微笑んでおり、その後ろにはオリビアの姿もあった、
「ぶー、エレイン様は違うのー」
「何が?」
「何かー」
「君なー、そりゃ違うけどもさ」
「でしょー」
厨房の前でギャーギャーと騒がしい二人である、何事かと厨房からティルが顔を出すと、
「あー、ティルだー、何やってるのー」
ミナが振り向いてティルに駆け寄り、
「ミナちゃんか、いらっしゃい」
柔らかい笑みを浮かべ、
「今日は御洒落さんね」
「そうなのー、おめかししたのーおしとやかな日なのー」
キャッキャッと飛び跳ねるミナである、
「あー、ティルさん、このガキンチョにおしとやかとはどういうものか教えてくれないか・・・」
タロウが困った顔でミナの頭を押さえる、ミナはムーとタロウを見上げ、
「・・・それはまた・・・難しいですね」
「ティルさんでも?」
「もう少し大きくなったらでいいと思いますよ、ねー」
「ねー」
その通りと満面の笑みを向けるミナとこちらも笑顔で答えるティルである、タロウはこりゃ駄目だなと溜息を吐くしかなかった、しかし、
「あー、でも、ミナちゃん、ここはお仕事をする場所だから、静かにしなきゃ駄目なのよ」
ティルは一転小声になり腰を屈めてミナに目線を合わせる、
「そうなの?」
「そうよ、ガラス鏡のお店は知ってるでしょ」
「知ってるー、あっちー」
「でしょう、だからここはお店なの、それとね、上にはイース様もいらっしゃるし、怖ーい近衛のおじちゃんもいるんだから」
「えー、イース様怖くないよー、おっちゃん達も優しいよー」
「あー、それはね、ミナちゃんが良い子だからだね、怒ったら怖いんだぞー」
「そうなの?」
「そうなの、だから、ここでは静かでおしとやかにしないと駄目なの」
「むー、わかったー」
「うん、なら良し」
何をどう理解したのかを知るのは難しいがミナは落ち着きを取り戻し、ティルは笑顔で立ち上がると、
「今日も美味しい御馳走があるからね、もう少し待っててね」
と厨房に戻る、
「うん、待ってるー」
ミナは笑顔で振り返ると、
「タロー、ヒマー」
とやはり何も分かっていないのかタロウの足に抱きついた、
「こりゃ、静かにしなさい」
「静かでしょー」
「叫ぶな、まったく、取り合えず上行くか」
タロウはこれは誰かに預けない事にはどうしようもないだろうなと階段へ向かう、すると、
「あっ、タロウさん、お疲れ様です」
倉庫からバーレントがヒョイと顔を出す、その後ろにはマフレナの姿があった、
「ありゃ、いたの?」
「あー、誰だっけー」
ミナがバーレントに駆け寄る、慌ててタロウが押さえようとするがスルッと逃げるミナであった、
「誰って、バーレントだよ、ガラス屋の」
バーレントは苦笑いを浮かべ、マフレナもその笑みを隠している、
「ガラスー・・・あー、ガラス屋のおっちゃんだー」
「せめてお兄さんと呼びなさい」
「えー、おっちゃんでしょー」
「そうだがさ」
相手を変えて騒ぎ出すミナである、よほど元気が余っているのか、単に興奮しているだけなのか、恐らくそのどちらもであろう、
「では、私はここで」
マフレナがニコリとバーレントに一礼して店舗に入った、
「あー、御免ね、バーレントさん」
タロウがミナの両肩をガシリと捕まえる、
「いえいえ、何です?タロウさんまでおめかしして」
「そういう日もあるんだよ、仕事は忙しい?」
「はい、お陰様で、今日も2件納品に伺いまして、こっちらにも納品ですね」
「へー、伺うって事はあれ?お客さんに直接?」
「はい、受注生産の形をとってまして、納品までうちでやってます」
「そうだったんだ、そりゃ忙しいよね」
「そうですね、ですが、まぁ、何とか」
事務的な大人の会話にミナはキョロキョロと二人を見上げている、
「あっ、忙しいのは承知で頼むんだけどさ、新しい品を作って欲しいかなって思ってるんだけど、どうだろう?」
タロウはあれがあったなと思い出す、以前ガラス鏡店を訪れた際にはあまりの喧噪でゆっくりと話す事も難しく、水槽やら何やらを購入してそれで終わりであったのだ、
「新しい品ですか?」
「うん、あのね・・・」
とタロウが話しを続けようとした瞬間に、
「詳しくお聞かせ下さい」
エレインが店舗から突然出て来た、エッと二人は驚く、中で聞き耳を立てていたのであろうか、
「すいません、丁度通りかかったもので」
二人の反応にエレインはニコリと誤魔化し笑いを浮かべた、店舗では午後の来客も終わり、テラとケイランが事務作業中であった、一応と店舗に顔を出したエレインであったが特にする事も無い、コーバとベーチェも食事会の準備に出向いており、今日の商談の結果についてはいつも通りにテラからの報告書を確認するだけで十分で、つまりエレインは邪魔でしかなかったのだ、
「あ、そうだね、じゃ、ゆっくり話せる所がいいかな?」
「はっ、はい」
「では、こちらへ」
エレインがニコニコと笑顔で二人を店舗に迎え入れた、
「うふふー、見てていい?見てていい?」
ミナがこれ幸いとタロウを見上げ、並んだ鏡を指差した、
「ん、あー、いいかな?」
「はい、ミナちゃん、鏡には触らないでね」
「わかってるー」
エレインの笑顔にミナは笑顔で応えて全身鏡に走っていった、そしていつも通りに遊び道具にし始めたようで、
「ありゃ、悪いね」
「いえいえ、それよりも、その新商品なんですが」
エレインはわざとらしく新商品を強調してテラに目配せする、テラはん?と顔を上げ、すぐにキラリとその瞳を輝かせると、
「今日はこんなもんでしょう、ケイランさんも上の準備を手伝って下さい、マフレナさんは上がりでいいですよ」
と指示を出して自分も腰を上げ、
「こちらへ」
と応接テーブル上の黒板やら紙類を集め始めた、タロウはこれはあからさまに邪魔したかなと首を傾げ、バーレントもいいのかなと疑問がその顔に浮かぶが、
「で、どういった物なのですか?」
エレインが率先して着席し、爛々とその瞳を輝かせている、
「あー、じゃ、まぁ」
タロウとバーレントはその押しの強さに負けたのかやっと腰を下ろすと、
「これなんだけどね」
タロウは懐から砂時計を取り出してバーレントの前にチョコンと置いた、
「やっぱりこれですわね」
エレインは歓喜の声を上げ、テラは何だろうと書類をまとめながら砂時計を見つめ、オリビアもうんうんと頷いている、
「そうだねー、でも、バーレントさんの所も忙しいだろうから無理にとは言わないんだけどさ」
しかし、タロウは一応と遠慮がちである、タロウが以前覗いた時には広い工場で大量のガラス鏡が作られており、職人達は皆黙々と作業に従事していた、コッキーやデニスとも挨拶は交わしたのであるが、何とも邪魔しているようで申し訳ないと思う程に忙しくしていたのである、
「なんですかこれ?」
バーレントもシゲシゲと砂時計を見つめる、確かに見ただけでその用途に気付く者はいないであろう、
「時計なんだよ、砂時計」
「エッ」
バーレントとテラが目を見開き、エレインがニマニマと笑顔を浮かべる、エレインもまた染髪の実験の折りにこの小さな砂時計の存在を知りたまげたものである、こんな簡単に時間を計れるとはまるで思っていなかったのだ、さらに新しい単位を作ったとカトカ達の説明を受け、それもまたとんでもないと驚いたほどである、
「こうやって、使うんだよ」
タロウは砂時計を逆さに置いた、それだけであるが、バーレントとテラは、あっと声を上げ、
「なるほど・・・」
「うん、時計ですね」
「だろう?」
二人共に巨大な装置としての砂時計は既知である、それは大きな街であればほぼ確実にあるもので、時を告げる方法は様々であるがそれは役所の重要な仕事となっていた、そしてそれの構造は全く一緒である、巨大な砂袋か砂箱に砂を入れ、それを小さな穴から落として時間を計測する、しかして眼前にあるこの小さな細工物もまたその機能をその小さなガラス管の中で実現していた、二人が一目で理解できる程に単純明快な代物である、
「そういう事ですわね」
エレインがニヤリと勝ち誇る、全くもってエレインの手柄と言える事は何も無いのであるが、その品の存在を知っているという事だけで優越感を感じるものなのであろう、
「どうだろう?上下の土台部分は木になるけど、中はガラスでね、この砂が最後まで落ちるってのが大事なのと、砂の質かな・・・うん、この砂を少し研究した方がいいと思うんだけど、構造は簡単だよね」
「はい、確かに・・・えっと、良く見せて貰ってもいいですか?」
バーレントが恐る恐ると手を伸ばし、じっくりと砂時計を観察する、その間も砂は静かに流れ落ちている、
「・・・なるほど、これなら作れますね、ガラスの管・・・で、中央をへこまして・・・砂・・・そっか、砂は確かに重要ですね・・・ですが・・・はい、作れます、何とかなります」
バーレントが顔を上げた、
「だろうね、で、まぁ、これはおいおいかなって思うけど、中央のへこみはそれほど気にする必要は無くてね、砂の量で時間を決める感じになるんだな、だから」
とタロウはさらに二つの砂時計を取り出す、小さいものと大きいものであった、
「この小さい方は同じ時間を計れるんだけど、砂の量が違うんだよ、中央の径が少しばかり違うんだろうね、で、こっちの大きい方はそのまま砂の量を増やして三倍かな、の時間を計れるんだな」
「あっ、なるほど・・・」
「へー、そうなんですか」
エレインとオリビアも砂時計に関してはしっかりとタロウから説明されていない、その為素直な感嘆の声を上げてしまう、
「だから・・・まぁ、取り合えず試作を作ってみてかな?ガラス管は難しくないだろうけど、その後の砂の部分とか台座とか?そこが少しばかりめんどくさい・・・と思うよ」
「そうですね・・・はい、確かに・・・」
バーレントはその三本の砂時計を見つめて真剣な瞳となる、
「うん、取り合えずやってみて、すぐにとは言わないけどね、試作品が出来たら教えてよ」
タロウはあっさりと微笑んだ、そこへ、
「あー、それー、ミナ、知ってるー」
遊ぶのに飽きたのか、一人ではつまらなかったのかミナがダダッと走ってきた、
「こりゃ、邪魔するな、お仕事中だ」
タロウがサッとミナを小脇に抱える、あまりの早業にミナはなすすべも無く両手両足をぶらつかせるも、
「むー、あのねー、あのねー、ひっくり返してジッと見てるのよー、でねでねー」
と楽しそうに微笑み両手をバタつかせた、
「あー、そういう事だから取り合えず頼むよ、その3本は持って行っていいから」
タロウがミナを抱え上げ自分の足に座らせた、途端、エヘヘーと嬉しそうに微笑むミナである、
「分りました、お預かり致します」
バーレントは恭しく砂時計を手にし、
「販売はお任せ下さい」
エレインはニヤリと微笑む、
「ん、好きにすればいいよ、ただそんなに売れそうも無いけどね、ほら、ソフィアもあんまりピンと来てなかったみたいだから」
「そう・・・なんですか?」
「うん、便利だぞーって言ってもさ、よく考えればそれほど使う機会って無いよね、主婦の方とかは」
「・・・かもですね」
テラがうーんと首を捻り、
「染髪の際には使えます」
しかしエレインがそう断言すると、
「まぁね、だから早めに作ってもらえると嬉しいかな」
「はい、了解しました、その、行き詰ったらお知恵をお借りしても・・・」
バーレントは一応と確認する、
「ん、協力はするさ、なっ?」
タロウがミナに微笑みかけると、
「うん、キョーリョクするー、まかせて、おっちゃん」
ミナがニコーと微笑むのであった。
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