セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

今卓&

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66話 歴史は密議で作られる その14

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それからの光景は昨日のそれと大きく変らない、異なる点は優雅で且つ穏やかなルートの響きが会場内を満たしている事であろうか、タロウが楽師に教授した曲はタロウの知るクラシックの名曲と俗に言う流行歌と呼ばれる曲である、ルートという柔らかい音しか出ない弦楽器の、そのアコースティカルな音色に合わせた選曲であった、しかし楽師に教授した時もそうであったがやはり耳慣れない曲ばかりであり、また曲としてしっかりと起承転結が出来ている完成した楽曲である、王国に於ける楽曲はあくまで吟遊詩人の弾き語りの為に作られた音頭と呼ぶ方が正しい曲か、祭りを囃す為に作られた伝統的な曲しかない、楽師はこのような旋律があったのかと度肝を抜かれ、フィロメナから急に依頼された事もあり高を括ってタロウと対したのであるが、あまりの技術の高さに目の色を変えざるを得なかった、

「あら、また曲が変りましたわね」

一皿目を終えてユスティーナは嬉しそうにナプキンで口元を拭う、テーブルナプキンにもだいぶ慣れたようで、なるほどこれは便利だと遠慮無く活用する事としたらしい、

「そうですね、今度のは何やら楽しくなりますね」

ソフィアも楽師を伺う、ソフィアはタロウの音楽好きは冒険者の頃から知っており、事あるごとにタロウの弾き語りを仲間と共に楽しんでいたが、曲を聞いてその題名を言い当てる程には詳しく無い、なにせタロウの歌い演奏する曲は多岐に渡る、これ程までに歌や曲があったのかと目を見張るほどであった、

「タロー、これ、なんてウター?」

ミナが大声でタロウを呼びつけ、ソフィアが慌てて叱る間もなく、

「ライディーンっていう歌だよー、それと、歌じゃなくて曲な」

すぐそばにいたタロウがニコニコと答えた、

「ライジーン?」

「ライディーン」

「変な名前ー」

「こりゃ、名曲だぞ、ライディーンだ、ちゃんと覚えろ」

「そうなのー、でも、いい感じー」

「おう、楽しくなるだろ?」

「うん、テッテッテー」

「テテテ、テッテテテッテー」

タロウはミナと共に右手を振ってリズムを刻む、二人は今にも踊りだしそうであった、

「テッテッテー」

「テケテテンテテンテンテーン」

つられてレアンも呟くとミナはニコニコと声を大きくし、人差し指を伸ばした右手を振り回す、二人の愛らしさに同席する者は皆笑顔となった、

「ほう、歌の造詣もあるとは・・・」

「これは知りませんでした」

明るく楽しんでいる別卓に視線を投げてカラミッド達も頬を緩ませた、

「寮で一度披露された事がありますわね」

エレインがポツリと呟く、

「そうなのよ、昔もよく歌ってたわよあの人、好きなのね」

「そうなのか?」

「そうなのよ、ミナも小さかったしね、子守歌とか何とか言ってたけど、毎回違う歌でね、逆にミナが目を覚ましちゃって・・・」

ユーリが懐かしそうに微笑む、

「ほう・・・すまぬがその昔の話しを聞きたいな、公・・・じゃなかった番頭殿とも近しかったとか・・・」

カラミッドが珍しくもユーリに直接問いかけた、カラミッドとユーリは顔見知りではあるがそれほど仲が良い訳では無い、ユーリは学園内の権力争いにおいて領主派閥には属していない為どうしてもカラミッドの心象は悪く、学園長に対してはその人柄というか政治に対する野心が欠片も無い事をカラミッドは薄々に感じ始めているが、その右腕となりつつあるユーリに関しては女性という事と立場の問題もありどうしてもカラミッドの前ではその本性を見せる事は無かった、ライニールの報告やユスティーナの評価を聞くにつけ、どうやらソフィアにも負けず劣らずの礼儀知らずらしいのであるが、その片鱗をカラミッドが直接目にする事は無かった、ユーリにしてもカラミッドに対する印象は良くは無い、下水道調査の折りの妨害は記憶に新しく、随分と陰険な事をするなと心証を大きく悪くしており、しかしユスティーナやレアンとの付き合いを経て、だいぶ和らいではいるし、立場が大きく違えば見えるものも大きく異なる、直接足を引っ張られたのはその一件のみであり、まぁ向こうには向こうの事情もあるであろうと考えないようにしていた、

「そう・・・ですね、ふふっ、それは番頭さんから聞いた方が宜しいかと・・・」

「いや、それなのじゃがな、ソフィアさんもユーリさんもあの頃は男・・・じゃったであろう」

レイナウトが懐かしそうに微笑んで口を開く、

「あら・・・あの頃から女ですよ、私もソフィアも」

ユーリがニヤリと返す、

「そうだがな、いや、伯爵、儂が先日ソフィアさんに会ってな、まず信じられなかったのがそれなのじゃ」

「と言いますと?」

「うむ、当時なタロウ殿達の一行にな随分と小さい子供がいるなと思ってな、やたら小汚いし、しかし、やたら甲高い声で男達を扱き使っておるし」

「あら、酷いですわね」

ユーリが口元を綻ばせ乍らもレイナウトを睨み、エレインやテラ、イフナースもこれは面白そうだと静かに二人の言葉を待つ、

「酷いもなにも、暫くして女子と知った時には驚いたぞ、二人して儂を笑ったではないか」

「そうでしたっけ?」

「そうじゃぞ、で、久しぶりに会ってみれば二人供、立派な女性の恰好をしている、たまげたわ、一目で分からんでな、ソフィアさんが番頭さん久しぶりと言うからな、こんな知り合いがおったかと、記憶力には自信があったのだがな、自分を疑ったわ」

アッハッハとレイナウトは笑う、

「でしょうね、その点番頭さんは変わらないですわね、あの金の首飾り以外は」

「ほう、そうか、それは褒め言葉と捉えよう」

二人はニヤニヤと微笑む、そこへ二皿目が運ばれてきた、こちらは昨日と全く同じコンソメスープである、

「あら、来ましたわね、こちらも素晴らしい一品ですわ」

ユーリは丁度良いと話題を変えた、カラミッドにしろエレインにしろ肩透かしを食らった感じである、若干名残惜しそうにスープに目を落とすが、

「ほう・・・これは美しいスープじゃな・・・」

「うむ、素晴らしい香りだ・・・」

その輝くような黄金色と湯気と共に漂う豊潤な香りに釘付けとなってしまう、

「・・・具は無いの?」

ユスティーナはその一皿を見つめて小首を傾げた、汁物と言えばスープの味もそうであるが具材を楽しむものでもある、少なくともユスティーナはそう思っており、王国の誰もが共通してそう考えてもいる、

「そうですね、私もそう思っておりました」

ソフィアがニコリと微笑む、

「はい、私も・・・ですが・・・」

サビナは嬉しそうにスプーンに手を伸ばし、カトカも先程の豆腐とまではいかなくてもうっとりとした笑顔を浮かべている、

「これが絶品なのですよ・・・少々・・・私は作ろうとは思いませんが・・・」

ソフィアが困った笑みを浮かべ、

「また、そんな事言ってー」

サビナが遠慮なくからかう、

「あー、サビナさんは作り方を知らないからそう言えるのよ」

「そうじゃな、これこそが贅沢と呼ぶに相応しいスープなのじゃぞ」

レインまでもが喜んでいるのやら怒っているのやら、難しい顔である、

「そうなのか?」

レアンが不思議そうにレインを伺う、

「うむ、少なくとも儂とソフィアがこのスープを作る事は無いな」

「あら・・・そんなに大変なの?」

「はい、そんなに大変なのです、ですが・・・」

「?」

「大変、美味しい品です、虜になるかもしれません」

「まぁ・・・」

「なんと・・・」

ユスティーナとレアン、マルヘリートはそこまでの品かしらとその一皿を見つめてしまう、

「さぁ、どうぞ、美味しいですよ」

ソフィアがスプーンを手にしてその一口を口に運んだ、途端、

「んー、美味しい・・・」

「ですねー、幸せー」

「うむ、今日も良い出来じゃ・・・うん」

「美味しー」

ソフィア達は歓喜の声を上げる、

「まぁ・・・」

ユスティーナ達もまたそろそろと口に運ぶ、そして、

「これは・・・」

「確かに・・・」

「素晴らしい・・・」

「でしょー」

賛辞と驚愕の声を上げるしかない三人にミナはどうだと自慢げに微笑み、カラミッド達もまた言葉にならない唸り声で称賛を表した。



そして、スープが静かに愉しまれている間に蒸しパンが供された、これも昨日からの変更点である、イフナースの発案であったが、あのスープで蒸しパンを食べたいという何とも純粋な欲望から来たもので、タロウはそれは絶対美味しいでしょうねと笑顔で変更される事になったのだ、而してイフナースは早速と蒸しパンを千切ってコンソメスープに浸し口に放り込む、途端、

「これだ・・・これは美味い・・・」

しみじみと絞りだすように呟く、それを見た同席者達も我先にと蒸しパンを手に取るが、

「何じゃこれは?」

「パンなのか?」

「パンですわ、蒸しパンと呼んでおります」

イフナースが歓喜に震えている為、エレインが代わって蒸しパンの製法を説明すると、

「そのような調理方法があったのか?」

「湯気で茹でる?いや、蒸す・・・蒸すとは・・・」

カラミッドもレイナウトも蒸しパンの柔らかさと光るような白さに驚愕し、学園長もまた蒸しパンは初めてであった為、じっくりと観察してしまう、それはユスティーナやレアンも同様で、しかし、口にすれば、

「お、確かにパン・・・かもしれぬ・・・」

「うむ、そして柔らかいな・・・」

「美味しい・・・」

「フワフワですわね・・・」

「でしょー」

ミナは誇らしげな笑みで蒸しパンに噛り付く、

「ミナー、食べ過ぎないようにね、まだまだ出てくるんだから」

ソフィアは丁度良いと釘をさすことにした、蒸しパンばかり食べてはこの後のより濃厚な料理を愉しめなくなってしまう、

「大丈夫ー、お腹減ってるもん」

「それはわかるけど、ちゃんと考えて食べないと甘いものが入らなくなるわよ」

「甘いのはベツバラってジャネットが言ってたー」

「それは嘘です、お腹は一個なんだからね」

「うー」

「何じゃ、甘味も出るのか?」

レアンが驚いている、

「はい、そちらは最後の最後なので、少量なのですが、ゆっくり食事を楽しむようにしないと、美味しいからと食べ過ぎるのはあまり宜しくないですね」

ソフィアが最も大事な事をここで伝えた、実際に昨日も蒸しパンの食べ過ぎで苦しくなった所にアイスクリームが供され泣きながら無理して食べた生徒もいる、ジャネットとサレバ、レスタがそれで、ジャネットとサレバは調子にのって食べ過ぎ、レスタは食が細い為にそうなっている、

「なるほど、それは先に聞いておかなければな、うん」

レアンは頷くが、コンソメスープと蒸しパンの魅力には抗えないようで、あっという間に蒸しパンを一つ平らげ、スープをしっかりと堪能する、しかし、やはり足りないのであろう、皿に盛られた蒸しパンを恨めしそうに見つめてしまう、

「大丈夫です、会話を楽しみながらゆっくり上品に食すのが今日の食事会の肝ですから」

ソフィアはニコリと微笑む、見ればユスティーナもマルヘリートも若干物足りなさそうな顔であった、既にスープは綺麗に無くなっており、蒸しパンもまた手にした分は跡形も無い、

「次も美味しいですよ」

サビナも見かねて微笑んだ、

「そうなのか?」

「はい、次からはお魚とお肉料理になりますね、なので、そちらと蒸しパンを楽しむのが良いと思います」

「お魚?」

「はい、お魚です」

「それは楽しみだ」

「はい」

レアンは一転表情を明るくし、ユスティーナ達も目を丸くする、

「そうなのー、えっとね、えっとね、タロウ、なんだっけー」

ミナが振り返る、タロウはメイド達に目配せしながらサッと近付き、

「今度は何です、お嬢様?」

ふざけた口調でニコリと微笑む、

「おさかなー、昨日のおさかなー」

「ああ、鰯っていうんだ」

「イワシー、それー」

「聞いた事が無いな・・・」

「そうね・・・」

「どのようなお魚なんでしょう?」

ユスティーナ達が同時に首を傾げる、

「はい、見た目はそれほどですが美味なる事は確実です、きっと御満足頂けるものと思います」

タロウは多くを語らず柔らかい笑顔で誤魔化した、自分は今日は黒子である、料理の説明はイフナースなりサビナなりの役割で、それもまた打合せ済みである、テーブルを囲う者を主役とする為であった、

「それは楽しみね」

ユスティーナが微笑んで口元を拭う、

「はい、あっ、来ましたね」

その間にもスープの皿は回収され、流れるように次の皿が運び込まれた、そしてその一皿は見た目で称賛の声が上がる事は無かったが、その味には称賛の声が轟く事となった。
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