787 / 1,445
本編
66話 歴史は密議で作られる その14
しおりを挟む
それからの光景は昨日のそれと大きく変らない、異なる点は優雅で且つ穏やかなルートの響きが会場内を満たしている事であろうか、タロウが楽師に教授した曲はタロウの知るクラシックの名曲と俗に言う流行歌と呼ばれる曲である、ルートという柔らかい音しか出ない弦楽器の、そのアコースティカルな音色に合わせた選曲であった、しかし楽師に教授した時もそうであったがやはり耳慣れない曲ばかりであり、また曲としてしっかりと起承転結が出来ている完成した楽曲である、王国に於ける楽曲はあくまで吟遊詩人の弾き語りの為に作られた音頭と呼ぶ方が正しい曲か、祭りを囃す為に作られた伝統的な曲しかない、楽師はこのような旋律があったのかと度肝を抜かれ、フィロメナから急に依頼された事もあり高を括ってタロウと対したのであるが、あまりの技術の高さに目の色を変えざるを得なかった、
「あら、また曲が変りましたわね」
一皿目を終えてユスティーナは嬉しそうにナプキンで口元を拭う、テーブルナプキンにもだいぶ慣れたようで、なるほどこれは便利だと遠慮無く活用する事としたらしい、
「そうですね、今度のは何やら楽しくなりますね」
ソフィアも楽師を伺う、ソフィアはタロウの音楽好きは冒険者の頃から知っており、事あるごとにタロウの弾き語りを仲間と共に楽しんでいたが、曲を聞いてその題名を言い当てる程には詳しく無い、なにせタロウの歌い演奏する曲は多岐に渡る、これ程までに歌や曲があったのかと目を見張るほどであった、
「タロー、これ、なんてウター?」
ミナが大声でタロウを呼びつけ、ソフィアが慌てて叱る間もなく、
「ライディーンっていう歌だよー、それと、歌じゃなくて曲な」
すぐそばにいたタロウがニコニコと答えた、
「ライジーン?」
「ライディーン」
「変な名前ー」
「こりゃ、名曲だぞ、ライディーンだ、ちゃんと覚えろ」
「そうなのー、でも、いい感じー」
「おう、楽しくなるだろ?」
「うん、テッテッテー」
「テテテ、テッテテテッテー」
タロウはミナと共に右手を振ってリズムを刻む、二人は今にも踊りだしそうであった、
「テッテッテー」
「テケテテンテテンテンテーン」
つられてレアンも呟くとミナはニコニコと声を大きくし、人差し指を伸ばした右手を振り回す、二人の愛らしさに同席する者は皆笑顔となった、
「ほう、歌の造詣もあるとは・・・」
「これは知りませんでした」
明るく楽しんでいる別卓に視線を投げてカラミッド達も頬を緩ませた、
「寮で一度披露された事がありますわね」
エレインがポツリと呟く、
「そうなのよ、昔もよく歌ってたわよあの人、好きなのね」
「そうなのか?」
「そうなのよ、ミナも小さかったしね、子守歌とか何とか言ってたけど、毎回違う歌でね、逆にミナが目を覚ましちゃって・・・」
ユーリが懐かしそうに微笑む、
「ほう・・・すまぬがその昔の話しを聞きたいな、公・・・じゃなかった番頭殿とも近しかったとか・・・」
カラミッドが珍しくもユーリに直接問いかけた、カラミッドとユーリは顔見知りではあるがそれほど仲が良い訳では無い、ユーリは学園内の権力争いにおいて領主派閥には属していない為どうしてもカラミッドの心象は悪く、学園長に対してはその人柄というか政治に対する野心が欠片も無い事をカラミッドは薄々に感じ始めているが、その右腕となりつつあるユーリに関しては女性という事と立場の問題もありどうしてもカラミッドの前ではその本性を見せる事は無かった、ライニールの報告やユスティーナの評価を聞くにつけ、どうやらソフィアにも負けず劣らずの礼儀知らずらしいのであるが、その片鱗をカラミッドが直接目にする事は無かった、ユーリにしてもカラミッドに対する印象は良くは無い、下水道調査の折りの妨害は記憶に新しく、随分と陰険な事をするなと心証を大きく悪くしており、しかしユスティーナやレアンとの付き合いを経て、だいぶ和らいではいるし、立場が大きく違えば見えるものも大きく異なる、直接足を引っ張られたのはその一件のみであり、まぁ向こうには向こうの事情もあるであろうと考えないようにしていた、
「そう・・・ですね、ふふっ、それは番頭さんから聞いた方が宜しいかと・・・」
「いや、それなのじゃがな、ソフィアさんもユーリさんもあの頃は男・・・じゃったであろう」
レイナウトが懐かしそうに微笑んで口を開く、
「あら・・・あの頃から女ですよ、私もソフィアも」
ユーリがニヤリと返す、
「そうだがな、いや、伯爵、儂が先日ソフィアさんに会ってな、まず信じられなかったのがそれなのじゃ」
「と言いますと?」
「うむ、当時なタロウ殿達の一行にな随分と小さい子供がいるなと思ってな、やたら小汚いし、しかし、やたら甲高い声で男達を扱き使っておるし」
「あら、酷いですわね」
ユーリが口元を綻ばせ乍らもレイナウトを睨み、エレインやテラ、イフナースもこれは面白そうだと静かに二人の言葉を待つ、
「酷いもなにも、暫くして女子と知った時には驚いたぞ、二人して儂を笑ったではないか」
「そうでしたっけ?」
「そうじゃぞ、で、久しぶりに会ってみれば二人供、立派な女性の恰好をしている、たまげたわ、一目で分からんでな、ソフィアさんが番頭さん久しぶりと言うからな、こんな知り合いがおったかと、記憶力には自信があったのだがな、自分を疑ったわ」
アッハッハとレイナウトは笑う、
「でしょうね、その点番頭さんは変わらないですわね、あの金の首飾り以外は」
「ほう、そうか、それは褒め言葉と捉えよう」
二人はニヤニヤと微笑む、そこへ二皿目が運ばれてきた、こちらは昨日と全く同じコンソメスープである、
「あら、来ましたわね、こちらも素晴らしい一品ですわ」
ユーリは丁度良いと話題を変えた、カラミッドにしろエレインにしろ肩透かしを食らった感じである、若干名残惜しそうにスープに目を落とすが、
「ほう・・・これは美しいスープじゃな・・・」
「うむ、素晴らしい香りだ・・・」
その輝くような黄金色と湯気と共に漂う豊潤な香りに釘付けとなってしまう、
「・・・具は無いの?」
ユスティーナはその一皿を見つめて小首を傾げた、汁物と言えばスープの味もそうであるが具材を楽しむものでもある、少なくともユスティーナはそう思っており、王国の誰もが共通してそう考えてもいる、
「そうですね、私もそう思っておりました」
ソフィアがニコリと微笑む、
「はい、私も・・・ですが・・・」
サビナは嬉しそうにスプーンに手を伸ばし、カトカも先程の豆腐とまではいかなくてもうっとりとした笑顔を浮かべている、
「これが絶品なのですよ・・・少々・・・私は作ろうとは思いませんが・・・」
ソフィアが困った笑みを浮かべ、
「また、そんな事言ってー」
サビナが遠慮なくからかう、
「あー、サビナさんは作り方を知らないからそう言えるのよ」
「そうじゃな、これこそが贅沢と呼ぶに相応しいスープなのじゃぞ」
レインまでもが喜んでいるのやら怒っているのやら、難しい顔である、
「そうなのか?」
レアンが不思議そうにレインを伺う、
「うむ、少なくとも儂とソフィアがこのスープを作る事は無いな」
「あら・・・そんなに大変なの?」
「はい、そんなに大変なのです、ですが・・・」
「?」
「大変、美味しい品です、虜になるかもしれません」
「まぁ・・・」
「なんと・・・」
ユスティーナとレアン、マルヘリートはそこまでの品かしらとその一皿を見つめてしまう、
「さぁ、どうぞ、美味しいですよ」
ソフィアがスプーンを手にしてその一口を口に運んだ、途端、
「んー、美味しい・・・」
「ですねー、幸せー」
「うむ、今日も良い出来じゃ・・・うん」
「美味しー」
ソフィア達は歓喜の声を上げる、
「まぁ・・・」
ユスティーナ達もまたそろそろと口に運ぶ、そして、
「これは・・・」
「確かに・・・」
「素晴らしい・・・」
「でしょー」
賛辞と驚愕の声を上げるしかない三人にミナはどうだと自慢げに微笑み、カラミッド達もまた言葉にならない唸り声で称賛を表した。
そして、スープが静かに愉しまれている間に蒸しパンが供された、これも昨日からの変更点である、イフナースの発案であったが、あのスープで蒸しパンを食べたいという何とも純粋な欲望から来たもので、タロウはそれは絶対美味しいでしょうねと笑顔で変更される事になったのだ、而してイフナースは早速と蒸しパンを千切ってコンソメスープに浸し口に放り込む、途端、
「これだ・・・これは美味い・・・」
しみじみと絞りだすように呟く、それを見た同席者達も我先にと蒸しパンを手に取るが、
「何じゃこれは?」
「パンなのか?」
「パンですわ、蒸しパンと呼んでおります」
イフナースが歓喜に震えている為、エレインが代わって蒸しパンの製法を説明すると、
「そのような調理方法があったのか?」
「湯気で茹でる?いや、蒸す・・・蒸すとは・・・」
カラミッドもレイナウトも蒸しパンの柔らかさと光るような白さに驚愕し、学園長もまた蒸しパンは初めてであった為、じっくりと観察してしまう、それはユスティーナやレアンも同様で、しかし、口にすれば、
「お、確かにパン・・・かもしれぬ・・・」
「うむ、そして柔らかいな・・・」
「美味しい・・・」
「フワフワですわね・・・」
「でしょー」
ミナは誇らしげな笑みで蒸しパンに噛り付く、
「ミナー、食べ過ぎないようにね、まだまだ出てくるんだから」
ソフィアは丁度良いと釘をさすことにした、蒸しパンばかり食べてはこの後のより濃厚な料理を愉しめなくなってしまう、
「大丈夫ー、お腹減ってるもん」
「それはわかるけど、ちゃんと考えて食べないと甘いものが入らなくなるわよ」
「甘いのはベツバラってジャネットが言ってたー」
「それは嘘です、お腹は一個なんだからね」
「うー」
「何じゃ、甘味も出るのか?」
レアンが驚いている、
「はい、そちらは最後の最後なので、少量なのですが、ゆっくり食事を楽しむようにしないと、美味しいからと食べ過ぎるのはあまり宜しくないですね」
ソフィアが最も大事な事をここで伝えた、実際に昨日も蒸しパンの食べ過ぎで苦しくなった所にアイスクリームが供され泣きながら無理して食べた生徒もいる、ジャネットとサレバ、レスタがそれで、ジャネットとサレバは調子にのって食べ過ぎ、レスタは食が細い為にそうなっている、
「なるほど、それは先に聞いておかなければな、うん」
レアンは頷くが、コンソメスープと蒸しパンの魅力には抗えないようで、あっという間に蒸しパンを一つ平らげ、スープをしっかりと堪能する、しかし、やはり足りないのであろう、皿に盛られた蒸しパンを恨めしそうに見つめてしまう、
「大丈夫です、会話を楽しみながらゆっくり上品に食すのが今日の食事会の肝ですから」
ソフィアはニコリと微笑む、見ればユスティーナもマルヘリートも若干物足りなさそうな顔であった、既にスープは綺麗に無くなっており、蒸しパンもまた手にした分は跡形も無い、
「次も美味しいですよ」
サビナも見かねて微笑んだ、
「そうなのか?」
「はい、次からはお魚とお肉料理になりますね、なので、そちらと蒸しパンを楽しむのが良いと思います」
「お魚?」
「はい、お魚です」
「それは楽しみだ」
「はい」
レアンは一転表情を明るくし、ユスティーナ達も目を丸くする、
「そうなのー、えっとね、えっとね、タロウ、なんだっけー」
ミナが振り返る、タロウはメイド達に目配せしながらサッと近付き、
「今度は何です、お嬢様?」
ふざけた口調でニコリと微笑む、
「おさかなー、昨日のおさかなー」
「ああ、鰯っていうんだ」
「イワシー、それー」
「聞いた事が無いな・・・」
「そうね・・・」
「どのようなお魚なんでしょう?」
ユスティーナ達が同時に首を傾げる、
「はい、見た目はそれほどですが美味なる事は確実です、きっと御満足頂けるものと思います」
タロウは多くを語らず柔らかい笑顔で誤魔化した、自分は今日は黒子である、料理の説明はイフナースなりサビナなりの役割で、それもまた打合せ済みである、テーブルを囲う者を主役とする為であった、
「それは楽しみね」
ユスティーナが微笑んで口元を拭う、
「はい、あっ、来ましたね」
その間にもスープの皿は回収され、流れるように次の皿が運び込まれた、そしてその一皿は見た目で称賛の声が上がる事は無かったが、その味には称賛の声が轟く事となった。
「あら、また曲が変りましたわね」
一皿目を終えてユスティーナは嬉しそうにナプキンで口元を拭う、テーブルナプキンにもだいぶ慣れたようで、なるほどこれは便利だと遠慮無く活用する事としたらしい、
「そうですね、今度のは何やら楽しくなりますね」
ソフィアも楽師を伺う、ソフィアはタロウの音楽好きは冒険者の頃から知っており、事あるごとにタロウの弾き語りを仲間と共に楽しんでいたが、曲を聞いてその題名を言い当てる程には詳しく無い、なにせタロウの歌い演奏する曲は多岐に渡る、これ程までに歌や曲があったのかと目を見張るほどであった、
「タロー、これ、なんてウター?」
ミナが大声でタロウを呼びつけ、ソフィアが慌てて叱る間もなく、
「ライディーンっていう歌だよー、それと、歌じゃなくて曲な」
すぐそばにいたタロウがニコニコと答えた、
「ライジーン?」
「ライディーン」
「変な名前ー」
「こりゃ、名曲だぞ、ライディーンだ、ちゃんと覚えろ」
「そうなのー、でも、いい感じー」
「おう、楽しくなるだろ?」
「うん、テッテッテー」
「テテテ、テッテテテッテー」
タロウはミナと共に右手を振ってリズムを刻む、二人は今にも踊りだしそうであった、
「テッテッテー」
「テケテテンテテンテンテーン」
つられてレアンも呟くとミナはニコニコと声を大きくし、人差し指を伸ばした右手を振り回す、二人の愛らしさに同席する者は皆笑顔となった、
「ほう、歌の造詣もあるとは・・・」
「これは知りませんでした」
明るく楽しんでいる別卓に視線を投げてカラミッド達も頬を緩ませた、
「寮で一度披露された事がありますわね」
エレインがポツリと呟く、
「そうなのよ、昔もよく歌ってたわよあの人、好きなのね」
「そうなのか?」
「そうなのよ、ミナも小さかったしね、子守歌とか何とか言ってたけど、毎回違う歌でね、逆にミナが目を覚ましちゃって・・・」
ユーリが懐かしそうに微笑む、
「ほう・・・すまぬがその昔の話しを聞きたいな、公・・・じゃなかった番頭殿とも近しかったとか・・・」
カラミッドが珍しくもユーリに直接問いかけた、カラミッドとユーリは顔見知りではあるがそれほど仲が良い訳では無い、ユーリは学園内の権力争いにおいて領主派閥には属していない為どうしてもカラミッドの心象は悪く、学園長に対してはその人柄というか政治に対する野心が欠片も無い事をカラミッドは薄々に感じ始めているが、その右腕となりつつあるユーリに関しては女性という事と立場の問題もありどうしてもカラミッドの前ではその本性を見せる事は無かった、ライニールの報告やユスティーナの評価を聞くにつけ、どうやらソフィアにも負けず劣らずの礼儀知らずらしいのであるが、その片鱗をカラミッドが直接目にする事は無かった、ユーリにしてもカラミッドに対する印象は良くは無い、下水道調査の折りの妨害は記憶に新しく、随分と陰険な事をするなと心証を大きく悪くしており、しかしユスティーナやレアンとの付き合いを経て、だいぶ和らいではいるし、立場が大きく違えば見えるものも大きく異なる、直接足を引っ張られたのはその一件のみであり、まぁ向こうには向こうの事情もあるであろうと考えないようにしていた、
「そう・・・ですね、ふふっ、それは番頭さんから聞いた方が宜しいかと・・・」
「いや、それなのじゃがな、ソフィアさんもユーリさんもあの頃は男・・・じゃったであろう」
レイナウトが懐かしそうに微笑んで口を開く、
「あら・・・あの頃から女ですよ、私もソフィアも」
ユーリがニヤリと返す、
「そうだがな、いや、伯爵、儂が先日ソフィアさんに会ってな、まず信じられなかったのがそれなのじゃ」
「と言いますと?」
「うむ、当時なタロウ殿達の一行にな随分と小さい子供がいるなと思ってな、やたら小汚いし、しかし、やたら甲高い声で男達を扱き使っておるし」
「あら、酷いですわね」
ユーリが口元を綻ばせ乍らもレイナウトを睨み、エレインやテラ、イフナースもこれは面白そうだと静かに二人の言葉を待つ、
「酷いもなにも、暫くして女子と知った時には驚いたぞ、二人して儂を笑ったではないか」
「そうでしたっけ?」
「そうじゃぞ、で、久しぶりに会ってみれば二人供、立派な女性の恰好をしている、たまげたわ、一目で分からんでな、ソフィアさんが番頭さん久しぶりと言うからな、こんな知り合いがおったかと、記憶力には自信があったのだがな、自分を疑ったわ」
アッハッハとレイナウトは笑う、
「でしょうね、その点番頭さんは変わらないですわね、あの金の首飾り以外は」
「ほう、そうか、それは褒め言葉と捉えよう」
二人はニヤニヤと微笑む、そこへ二皿目が運ばれてきた、こちらは昨日と全く同じコンソメスープである、
「あら、来ましたわね、こちらも素晴らしい一品ですわ」
ユーリは丁度良いと話題を変えた、カラミッドにしろエレインにしろ肩透かしを食らった感じである、若干名残惜しそうにスープに目を落とすが、
「ほう・・・これは美しいスープじゃな・・・」
「うむ、素晴らしい香りだ・・・」
その輝くような黄金色と湯気と共に漂う豊潤な香りに釘付けとなってしまう、
「・・・具は無いの?」
ユスティーナはその一皿を見つめて小首を傾げた、汁物と言えばスープの味もそうであるが具材を楽しむものでもある、少なくともユスティーナはそう思っており、王国の誰もが共通してそう考えてもいる、
「そうですね、私もそう思っておりました」
ソフィアがニコリと微笑む、
「はい、私も・・・ですが・・・」
サビナは嬉しそうにスプーンに手を伸ばし、カトカも先程の豆腐とまではいかなくてもうっとりとした笑顔を浮かべている、
「これが絶品なのですよ・・・少々・・・私は作ろうとは思いませんが・・・」
ソフィアが困った笑みを浮かべ、
「また、そんな事言ってー」
サビナが遠慮なくからかう、
「あー、サビナさんは作り方を知らないからそう言えるのよ」
「そうじゃな、これこそが贅沢と呼ぶに相応しいスープなのじゃぞ」
レインまでもが喜んでいるのやら怒っているのやら、難しい顔である、
「そうなのか?」
レアンが不思議そうにレインを伺う、
「うむ、少なくとも儂とソフィアがこのスープを作る事は無いな」
「あら・・・そんなに大変なの?」
「はい、そんなに大変なのです、ですが・・・」
「?」
「大変、美味しい品です、虜になるかもしれません」
「まぁ・・・」
「なんと・・・」
ユスティーナとレアン、マルヘリートはそこまでの品かしらとその一皿を見つめてしまう、
「さぁ、どうぞ、美味しいですよ」
ソフィアがスプーンを手にしてその一口を口に運んだ、途端、
「んー、美味しい・・・」
「ですねー、幸せー」
「うむ、今日も良い出来じゃ・・・うん」
「美味しー」
ソフィア達は歓喜の声を上げる、
「まぁ・・・」
ユスティーナ達もまたそろそろと口に運ぶ、そして、
「これは・・・」
「確かに・・・」
「素晴らしい・・・」
「でしょー」
賛辞と驚愕の声を上げるしかない三人にミナはどうだと自慢げに微笑み、カラミッド達もまた言葉にならない唸り声で称賛を表した。
そして、スープが静かに愉しまれている間に蒸しパンが供された、これも昨日からの変更点である、イフナースの発案であったが、あのスープで蒸しパンを食べたいという何とも純粋な欲望から来たもので、タロウはそれは絶対美味しいでしょうねと笑顔で変更される事になったのだ、而してイフナースは早速と蒸しパンを千切ってコンソメスープに浸し口に放り込む、途端、
「これだ・・・これは美味い・・・」
しみじみと絞りだすように呟く、それを見た同席者達も我先にと蒸しパンを手に取るが、
「何じゃこれは?」
「パンなのか?」
「パンですわ、蒸しパンと呼んでおります」
イフナースが歓喜に震えている為、エレインが代わって蒸しパンの製法を説明すると、
「そのような調理方法があったのか?」
「湯気で茹でる?いや、蒸す・・・蒸すとは・・・」
カラミッドもレイナウトも蒸しパンの柔らかさと光るような白さに驚愕し、学園長もまた蒸しパンは初めてであった為、じっくりと観察してしまう、それはユスティーナやレアンも同様で、しかし、口にすれば、
「お、確かにパン・・・かもしれぬ・・・」
「うむ、そして柔らかいな・・・」
「美味しい・・・」
「フワフワですわね・・・」
「でしょー」
ミナは誇らしげな笑みで蒸しパンに噛り付く、
「ミナー、食べ過ぎないようにね、まだまだ出てくるんだから」
ソフィアは丁度良いと釘をさすことにした、蒸しパンばかり食べてはこの後のより濃厚な料理を愉しめなくなってしまう、
「大丈夫ー、お腹減ってるもん」
「それはわかるけど、ちゃんと考えて食べないと甘いものが入らなくなるわよ」
「甘いのはベツバラってジャネットが言ってたー」
「それは嘘です、お腹は一個なんだからね」
「うー」
「何じゃ、甘味も出るのか?」
レアンが驚いている、
「はい、そちらは最後の最後なので、少量なのですが、ゆっくり食事を楽しむようにしないと、美味しいからと食べ過ぎるのはあまり宜しくないですね」
ソフィアが最も大事な事をここで伝えた、実際に昨日も蒸しパンの食べ過ぎで苦しくなった所にアイスクリームが供され泣きながら無理して食べた生徒もいる、ジャネットとサレバ、レスタがそれで、ジャネットとサレバは調子にのって食べ過ぎ、レスタは食が細い為にそうなっている、
「なるほど、それは先に聞いておかなければな、うん」
レアンは頷くが、コンソメスープと蒸しパンの魅力には抗えないようで、あっという間に蒸しパンを一つ平らげ、スープをしっかりと堪能する、しかし、やはり足りないのであろう、皿に盛られた蒸しパンを恨めしそうに見つめてしまう、
「大丈夫です、会話を楽しみながらゆっくり上品に食すのが今日の食事会の肝ですから」
ソフィアはニコリと微笑む、見ればユスティーナもマルヘリートも若干物足りなさそうな顔であった、既にスープは綺麗に無くなっており、蒸しパンもまた手にした分は跡形も無い、
「次も美味しいですよ」
サビナも見かねて微笑んだ、
「そうなのか?」
「はい、次からはお魚とお肉料理になりますね、なので、そちらと蒸しパンを楽しむのが良いと思います」
「お魚?」
「はい、お魚です」
「それは楽しみだ」
「はい」
レアンは一転表情を明るくし、ユスティーナ達も目を丸くする、
「そうなのー、えっとね、えっとね、タロウ、なんだっけー」
ミナが振り返る、タロウはメイド達に目配せしながらサッと近付き、
「今度は何です、お嬢様?」
ふざけた口調でニコリと微笑む、
「おさかなー、昨日のおさかなー」
「ああ、鰯っていうんだ」
「イワシー、それー」
「聞いた事が無いな・・・」
「そうね・・・」
「どのようなお魚なんでしょう?」
ユスティーナ達が同時に首を傾げる、
「はい、見た目はそれほどですが美味なる事は確実です、きっと御満足頂けるものと思います」
タロウは多くを語らず柔らかい笑顔で誤魔化した、自分は今日は黒子である、料理の説明はイフナースなりサビナなりの役割で、それもまた打合せ済みである、テーブルを囲う者を主役とする為であった、
「それは楽しみね」
ユスティーナが微笑んで口元を拭う、
「はい、あっ、来ましたね」
その間にもスープの皿は回収され、流れるように次の皿が運び込まれた、そしてその一皿は見た目で称賛の声が上がる事は無かったが、その味には称賛の声が轟く事となった。
1
あなたにおすすめの小説
使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)
犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。
意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。
彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。
そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。
これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。
○○○
旧版を基に再編集しています。
第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。
旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。
この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
クラスで異世界召喚する前にスキルの検証に30年貰ってもいいですか?
ばふぉりん
ファンタジー
中学三年のある朝、突然教室が光だし、光が収まるとそこには女神様が!
「貴方達は異世界へと勇者召喚されましたが、そのままでは忍びないのでなんとか召喚に割り込みをかけあちらの世界にあった身体へ変換させると共にスキルを与えます。更に何か願いを叶えてあげましょう。これも召喚を止められなかった詫びとします」
「それでは女神様、どんなスキルかわからないまま行くのは不安なので検証期間を30年頂いてもよろしいですか?」
これはスキルを使いこなせないまま召喚された者と、使いこなし過ぎた者の異世界物語である。
<前作ラストで書いた(本当に描きたかったこと)をやってみようと思ったセルフスピンオフです!うまく行くかどうかはホント不安でしかありませんが、表現方法とか教えて頂けると幸いです>
注)本作品は横書きで書いており、顔文字も所々で顔を出してきますので、横読み?推奨です。
(読者様から縦書きだと顔文字が!という指摘を頂きましたので、注意書をと。ただ、表現たとして顔文字を出しているで、顔を出してた時には一通り読み終わった後で横書きで見て頂けると嬉しいです)
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』
とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~
-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる