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本編
68話 冬の初めの学園祭 その7
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ソフィア達が生徒の手記を見上げていた丁度その頃、
「マフダいたー」
「マフダー、何してんのー」
「マフダー、これ美味しいよー」
美容服飾研究会の展示場に幼い叫び声が響き、サビナはおっと驚き、マフダはビクッと肩を震わせて振り向いた、
「マフダ、隠れてたー」
「かくれんぼー」
「しっかりしろマフダー」
妹達の言いたい放題な暴言に、
「ええい、仕事中だー、静かにせー」
マフダは思わず怒鳴りつけるも、見物客の喧噪が遠くに響く中それは溶けて消えたようで、しかし、妹達は叱られているという意識も無く、マフダにまとわりついてくる、
「あら・・・あー、そっか、妹さん達か」
サビナは諸々を察して笑顔となる、少女達は手に手に綿飴を握っており、そのままマフダにまとわりつくものだから、マフダは慌てて食べてからにしろーとさらに怒鳴りつけていた、
「サビナ先生、お疲れ様です」
そこへフィロメナがニコニコと笑顔を見せる、いつも通りにバッチリと化粧を施し、祭りという事もあってか若干派手に見える服装で、その後ろには似たような衣装のそれと分かる女性達が続いていた、
「あら、いらっしゃい、もしかしてあれですか御家族で来たんですか?」
「御家族なんてそんな立派なものではないですよ」
フィロメナは謙遜しつつニコニコと微笑みを絶やさない、フィロメナの妹達も手に手に綿飴を持っており、それを時折口にしながら出展物である下着の列に気付いたようで、
「あっ、これかー」
「へー、すんごい数だね」
「そだねー、へーへー、あー、これ見たこと無いなー」
「あら、これ良さそう、マフダー」
と早速掲示物の前に集まっている、始まったばかりという事もありまだ来客は少ない、まして目的を持って出展物を見に来る者も少ないようで、見物人は学園内の出し物に一々足を止めていた、故に奥の方に出された美容服飾研究会の区画までは辿り着いた者は少なく、遊女達は遠慮無く下着の展示に飛び付く事が出来たようだ、マフダから事前に実物の下着を見れると聞いていた為で、それは是非見なければと姉達は気合を入れていた、
「なにー?」
「あれ、あれ見せてー」
「あー、触るなー」
「えー、駄目ー」
「駄目、見るだけ」
「けちー」
「そういう問題じゃないの、気になったならお店に行って」
「ぶー、マフダめー」
「子供みたいな文句を言うなー」
「何よ、子供の癖にー」
「どっちがだー」
数人の姉兼遊女を相手にし、さらに妹達をかまいつつマフダはギャーギャーと騒がしい、どうやらこれがマフダの素なのであろう、サビナは大したもんだと微笑み、フィロメナはニコニコと傍観している、フィロメナは既に下着の資料を事務所で見せて貰っている為特に目新しさを感じていない、挙句それを自慢げに語っており、他の姉妹達としてはフィロメナとマフダばかりと羨ましく思っていたのだ、かと言って同じように買い集める程暇では無く、事務所に押しかける等以ての外で、故に今回の掲示は大変に都合がよく是非ゆっくり見物したいと朝早くから足を運んだ次第である、
「あー、そうだ、ちゃんと説明してあげて」
サビナが振り返り、何事かと呆気に取られて遊女達を見つめている生活科の一人に声をかけた、この勢いではマフダが解説役になりそうであった為で、今日のマフダはあくまで裏方である、手伝ってもらっている外部の有識者といった立ち位置で、主役となるのはサビナであり生徒達でなければならない、
「あっ、はい、えっとですね」
と生徒がハッと我に返って進み出た、サビナとは事前に打合せをしており、まずは下着の基礎知識から始まって、展示物の見方、実際の品のどの点を見るべきか等々を説明する手筈となっている、
「すいません、まずはこちらから」
生徒はキャーキャーと楽しそうな一行に大きく声をかける、途端に歓声は止み遊女達の視線が生徒に向かった、生徒はオッと驚きつつも打合せ通りに説明を始める、客を相手にするのは初めてであった為、若干早口であったが、真剣なその口調に遊女達はフンフンと真面目に聞き入っており、マフダはホッと安心しつつも妹達をいなし始めた、
「という事で、実際の品がこちらにあるのですが、すいません、本日は見るだけでお願いしたいです、当初は手に取って貰おうかと考えていたのですが、そうなると、他のお客様が見れない事になりますので、各一点ずつしかないものですから、御容赦頂ければ幸いです」
それが締めの一言となった、遊女達はなるほどと納得するしかない、フィロメナやマフダは手に取って胸に当てたりもしたそうであるが、流石にこの場でそれは難しいであろうと理解を示し、皆無言でじっくりと下着と掲示物とを見比べている、壁の掲示板にはソフティーと名付けられた下着の種類とその目的等が詳細に記述され、そのすぐ下に置かれたテーブルに、実際の下着とその品の説明として街中の下着掲示板と同じ内容の説明文が付されており、その下着の長所と取り扱っている店が明記されている、実に分かりやすい掲示方法となっていた、
「ごめんなさい、これの留め具の所見せて貰える?」
「はい、いいですよー」
「あー、ならこっちも、それと留め具ってどのくらい種類があるの?」
「えっとですね、確認しているだけですと・・・」
しかし一人が声を上げると、他の一人も口を出すもので、生徒はヒエーと内心で悲鳴を上げつつも親切に対応し、それを見ていた他の生徒も助けに入る、やがてワイワイと楽しそうな声で溢れ返った、裁縫云々がどうのこうの、下着の着け方がどうのこうのとより細かな質問も飛び交い始め、さらに、見た目はこれよね、いや、こっちが良いと手を伸ばさないようにしながらも顔を近づけじっくりと下着を観察する、
「なるほど・・・こうなるのか・・・」
サビナは少し離れてその様子を観察していた、遊女達の反応は上々のようで、これであれば他の一般女性にも充分に受けるであろうと手応えすら感じる、こういった出し物は初めての事であった、サビナとしては不安に感じていたのである、無論学園祭というこの行事もまた初めての事で、まず見物客が集まるかどうかも不安としてあったのであるが、どうやらそれは杞憂に終わりそうである、何せゆっくりとであるが人波がこちらに向かってきている、普段は年若い生徒達が我が物顔でゾロゾロと歩く廊下に、今日は子供から老人まで年齢も性別も違う有象無象がキョロキョロと物珍しそうに行き交っていた、その全てが見物客なのである、朝早くから大入り大盛況と評して過言ではない、
「フィロメナー、ワタアメ、食べたー」
「もっと欲しいー」
「欲しー」
「こりゃ、早い」
「はやくないー」
「おいしかったー」
「もっとー」
串をこれ見よがしに振り回す少女達の標的はフィロメナに移ったらしい、その隙にとマフダはサッと姿を消して、どこに行ったかと思えばうるおいクリームの机の奥に逃げ込んだようで、
「あー、フィロメナさん、あっちも是非、うるおいクリームは使ってます?」
サビナがニヤリと微笑む、
「あっ、はい、マフダに教えて貰って作りました、あれ良いですよね」
「ですよね、それの掲示もありますので」
「あら・・・それは良いかも」
フィロメナは小さな妹達を引き連れて小さな壺が並ぶテーブルに向かう、途端、
「マフダー、お腹空いたー」
「マフダー、ワタアメー」
「マフダー、なんだっけー」
標的がマフダに変わり、マフダはもーと小さく叫ぶのであった。
そしてやや落ち着いた頃合いを見計らって、
「サビナ先生、少し宜しいですか」
フィロメナがサビナに声をかけた、その後ろにはフィロメナよりは年若く、恐らく二十台前半であろう他の姉妹と同じように化粧を施した遊女然とした女性がやや硬い表情で畏まっている、
「はいはい、何かしら?」
サビナは少しずつであるが増えて来た見物客を見渡していた所で、手伝いの生徒もそろそろ忙しくなっている、マフダもなめらかクリームを手にして奥様方を相手にしていた、もう妹達の相手をしている暇も無いようである、
「はい、これ・・・っていうのも駄目だけど、私の妹でレネイと申します」
フィロメナが女性を紹介し、レネイと呼ばれた女性は小さく会釈する、
「レネイさん、サビナです、お世話になっております」
サビナは取り合えずと会釈を返した、
「で、以前お話していた染髪の件、技術者としてこの子をお願いしようかと・・・お願いするってのもなんか違うかしら」
フィロメナはうーんと首を傾げる、この場合は派遣になるのか、単純にお手伝いでよいのか何とも難しい所であった、
「あぁ・・・はいはい、すいません、すっかり忘れてました、はい、染髪ですね、確かに、あー・・・」
サビナは完全に忘れていた事に今気付いた、確かにそのような案件もあった、しかしそれ以上にバタバタと忙しくあの会合以降まるで話題にもならなかったのである、
「もう、それはどうかと思いますよー」
フィロメナは笑顔を浮かべながら非難する、
「確かに、どうかと思いますが、ごめんなさい、ここの準備もだし、まぁそれ以上に色々あって、はいはい、レネイさんですね、サビナです、よろしくお願いします」
慌てて改めて頭を下げるサビナに、レネイも慌ててお辞儀で返した、
「そうなると、どうしようかな、エレインさんと所長を交えてしっかりと話したいですね、失礼ですがレネイさんはその方面に詳しいとか?」
「そうなんです、私達の調髪は全部彼女にやらせてまして、本人も楽しんでやってるみたいだからいいかなーって、ねっ」
まるでお見合いの仲人のような口調となるフィロメナに、
「もう、そうですね、なんか他の姉妹よりは器用らしくて、整えるのは得意です、で、姉からお話を伺いまして、大変にその面白そうだと・・・こう言っては失礼かもしれませんが」
フィロメナのような押しの強さが無い奥ゆかしい言葉使いである、サビナはへーと思いながら、
「でも、遊女さんなんでしょ、忙しくないですか?」
「それは姉と話しまして、こちらを優先するようにと、何より遊女の御洒落にも役立つ事ですし、こちらの下着のように世の中の女性の為にも・・・とも・・・思いまして」
フィロメナの顔を確認しながらレネイは答え、フィロメナはウンウンと頷いている、どうやらしっかりと同意は形成されているらしい、
「そうですか・・・いや、ありがとうございます、そうですか、そうですね、確かに、うん、あー、さて、どうしようかな」
サビナはウンウンと唸りだす、どうやらフィロメナはしっかりと仕事を進めていたらしい、すっかり忘れていたと思わず口にしてしまったサビナであるが、こうして現実的に関わる人材を目にするとこれは動かなくてはならないと使命感を感じざるを得ず、と同時に段取りとしてどう組み上げるかと悩み始めた、まずはユーリに確認し、エレインと時間を定め、そしてタロウの忠告を入れながら慎重に進めるべき案件である、
「ふふっ、そんな悩まないで下さい、今日は取り合えず顔合わせという事で、何も今すぐにあれだこれだと動く事ではないですから」
フィロメナがニコニコと助け舟を出す、真剣に悩み始めたサビナを見て若干気の毒に感じてしまった、
「いえ、大丈夫です・・・そうですね、取り合えず所長が来てる筈なので、そちらに顔を出しましょう、エレインさんは後でもいいかな・・・ごめん、ちょっと席を外すわね」
とサビナは忙しくも楽しそうな生徒達に声をかけると、こちらですと二人の先に立った。
「マフダいたー」
「マフダー、何してんのー」
「マフダー、これ美味しいよー」
美容服飾研究会の展示場に幼い叫び声が響き、サビナはおっと驚き、マフダはビクッと肩を震わせて振り向いた、
「マフダ、隠れてたー」
「かくれんぼー」
「しっかりしろマフダー」
妹達の言いたい放題な暴言に、
「ええい、仕事中だー、静かにせー」
マフダは思わず怒鳴りつけるも、見物客の喧噪が遠くに響く中それは溶けて消えたようで、しかし、妹達は叱られているという意識も無く、マフダにまとわりついてくる、
「あら・・・あー、そっか、妹さん達か」
サビナは諸々を察して笑顔となる、少女達は手に手に綿飴を握っており、そのままマフダにまとわりつくものだから、マフダは慌てて食べてからにしろーとさらに怒鳴りつけていた、
「サビナ先生、お疲れ様です」
そこへフィロメナがニコニコと笑顔を見せる、いつも通りにバッチリと化粧を施し、祭りという事もあってか若干派手に見える服装で、その後ろには似たような衣装のそれと分かる女性達が続いていた、
「あら、いらっしゃい、もしかしてあれですか御家族で来たんですか?」
「御家族なんてそんな立派なものではないですよ」
フィロメナは謙遜しつつニコニコと微笑みを絶やさない、フィロメナの妹達も手に手に綿飴を持っており、それを時折口にしながら出展物である下着の列に気付いたようで、
「あっ、これかー」
「へー、すんごい数だね」
「そだねー、へーへー、あー、これ見たこと無いなー」
「あら、これ良さそう、マフダー」
と早速掲示物の前に集まっている、始まったばかりという事もありまだ来客は少ない、まして目的を持って出展物を見に来る者も少ないようで、見物人は学園内の出し物に一々足を止めていた、故に奥の方に出された美容服飾研究会の区画までは辿り着いた者は少なく、遊女達は遠慮無く下着の展示に飛び付く事が出来たようだ、マフダから事前に実物の下着を見れると聞いていた為で、それは是非見なければと姉達は気合を入れていた、
「なにー?」
「あれ、あれ見せてー」
「あー、触るなー」
「えー、駄目ー」
「駄目、見るだけ」
「けちー」
「そういう問題じゃないの、気になったならお店に行って」
「ぶー、マフダめー」
「子供みたいな文句を言うなー」
「何よ、子供の癖にー」
「どっちがだー」
数人の姉兼遊女を相手にし、さらに妹達をかまいつつマフダはギャーギャーと騒がしい、どうやらこれがマフダの素なのであろう、サビナは大したもんだと微笑み、フィロメナはニコニコと傍観している、フィロメナは既に下着の資料を事務所で見せて貰っている為特に目新しさを感じていない、挙句それを自慢げに語っており、他の姉妹達としてはフィロメナとマフダばかりと羨ましく思っていたのだ、かと言って同じように買い集める程暇では無く、事務所に押しかける等以ての外で、故に今回の掲示は大変に都合がよく是非ゆっくり見物したいと朝早くから足を運んだ次第である、
「あー、そうだ、ちゃんと説明してあげて」
サビナが振り返り、何事かと呆気に取られて遊女達を見つめている生活科の一人に声をかけた、この勢いではマフダが解説役になりそうであった為で、今日のマフダはあくまで裏方である、手伝ってもらっている外部の有識者といった立ち位置で、主役となるのはサビナであり生徒達でなければならない、
「あっ、はい、えっとですね」
と生徒がハッと我に返って進み出た、サビナとは事前に打合せをしており、まずは下着の基礎知識から始まって、展示物の見方、実際の品のどの点を見るべきか等々を説明する手筈となっている、
「すいません、まずはこちらから」
生徒はキャーキャーと楽しそうな一行に大きく声をかける、途端に歓声は止み遊女達の視線が生徒に向かった、生徒はオッと驚きつつも打合せ通りに説明を始める、客を相手にするのは初めてであった為、若干早口であったが、真剣なその口調に遊女達はフンフンと真面目に聞き入っており、マフダはホッと安心しつつも妹達をいなし始めた、
「という事で、実際の品がこちらにあるのですが、すいません、本日は見るだけでお願いしたいです、当初は手に取って貰おうかと考えていたのですが、そうなると、他のお客様が見れない事になりますので、各一点ずつしかないものですから、御容赦頂ければ幸いです」
それが締めの一言となった、遊女達はなるほどと納得するしかない、フィロメナやマフダは手に取って胸に当てたりもしたそうであるが、流石にこの場でそれは難しいであろうと理解を示し、皆無言でじっくりと下着と掲示物とを見比べている、壁の掲示板にはソフティーと名付けられた下着の種類とその目的等が詳細に記述され、そのすぐ下に置かれたテーブルに、実際の下着とその品の説明として街中の下着掲示板と同じ内容の説明文が付されており、その下着の長所と取り扱っている店が明記されている、実に分かりやすい掲示方法となっていた、
「ごめんなさい、これの留め具の所見せて貰える?」
「はい、いいですよー」
「あー、ならこっちも、それと留め具ってどのくらい種類があるの?」
「えっとですね、確認しているだけですと・・・」
しかし一人が声を上げると、他の一人も口を出すもので、生徒はヒエーと内心で悲鳴を上げつつも親切に対応し、それを見ていた他の生徒も助けに入る、やがてワイワイと楽しそうな声で溢れ返った、裁縫云々がどうのこうの、下着の着け方がどうのこうのとより細かな質問も飛び交い始め、さらに、見た目はこれよね、いや、こっちが良いと手を伸ばさないようにしながらも顔を近づけじっくりと下着を観察する、
「なるほど・・・こうなるのか・・・」
サビナは少し離れてその様子を観察していた、遊女達の反応は上々のようで、これであれば他の一般女性にも充分に受けるであろうと手応えすら感じる、こういった出し物は初めての事であった、サビナとしては不安に感じていたのである、無論学園祭というこの行事もまた初めての事で、まず見物客が集まるかどうかも不安としてあったのであるが、どうやらそれは杞憂に終わりそうである、何せゆっくりとであるが人波がこちらに向かってきている、普段は年若い生徒達が我が物顔でゾロゾロと歩く廊下に、今日は子供から老人まで年齢も性別も違う有象無象がキョロキョロと物珍しそうに行き交っていた、その全てが見物客なのである、朝早くから大入り大盛況と評して過言ではない、
「フィロメナー、ワタアメ、食べたー」
「もっと欲しいー」
「欲しー」
「こりゃ、早い」
「はやくないー」
「おいしかったー」
「もっとー」
串をこれ見よがしに振り回す少女達の標的はフィロメナに移ったらしい、その隙にとマフダはサッと姿を消して、どこに行ったかと思えばうるおいクリームの机の奥に逃げ込んだようで、
「あー、フィロメナさん、あっちも是非、うるおいクリームは使ってます?」
サビナがニヤリと微笑む、
「あっ、はい、マフダに教えて貰って作りました、あれ良いですよね」
「ですよね、それの掲示もありますので」
「あら・・・それは良いかも」
フィロメナは小さな妹達を引き連れて小さな壺が並ぶテーブルに向かう、途端、
「マフダー、お腹空いたー」
「マフダー、ワタアメー」
「マフダー、なんだっけー」
標的がマフダに変わり、マフダはもーと小さく叫ぶのであった。
そしてやや落ち着いた頃合いを見計らって、
「サビナ先生、少し宜しいですか」
フィロメナがサビナに声をかけた、その後ろにはフィロメナよりは年若く、恐らく二十台前半であろう他の姉妹と同じように化粧を施した遊女然とした女性がやや硬い表情で畏まっている、
「はいはい、何かしら?」
サビナは少しずつであるが増えて来た見物客を見渡していた所で、手伝いの生徒もそろそろ忙しくなっている、マフダもなめらかクリームを手にして奥様方を相手にしていた、もう妹達の相手をしている暇も無いようである、
「はい、これ・・・っていうのも駄目だけど、私の妹でレネイと申します」
フィロメナが女性を紹介し、レネイと呼ばれた女性は小さく会釈する、
「レネイさん、サビナです、お世話になっております」
サビナは取り合えずと会釈を返した、
「で、以前お話していた染髪の件、技術者としてこの子をお願いしようかと・・・お願いするってのもなんか違うかしら」
フィロメナはうーんと首を傾げる、この場合は派遣になるのか、単純にお手伝いでよいのか何とも難しい所であった、
「あぁ・・・はいはい、すいません、すっかり忘れてました、はい、染髪ですね、確かに、あー・・・」
サビナは完全に忘れていた事に今気付いた、確かにそのような案件もあった、しかしそれ以上にバタバタと忙しくあの会合以降まるで話題にもならなかったのである、
「もう、それはどうかと思いますよー」
フィロメナは笑顔を浮かべながら非難する、
「確かに、どうかと思いますが、ごめんなさい、ここの準備もだし、まぁそれ以上に色々あって、はいはい、レネイさんですね、サビナです、よろしくお願いします」
慌てて改めて頭を下げるサビナに、レネイも慌ててお辞儀で返した、
「そうなると、どうしようかな、エレインさんと所長を交えてしっかりと話したいですね、失礼ですがレネイさんはその方面に詳しいとか?」
「そうなんです、私達の調髪は全部彼女にやらせてまして、本人も楽しんでやってるみたいだからいいかなーって、ねっ」
まるでお見合いの仲人のような口調となるフィロメナに、
「もう、そうですね、なんか他の姉妹よりは器用らしくて、整えるのは得意です、で、姉からお話を伺いまして、大変にその面白そうだと・・・こう言っては失礼かもしれませんが」
フィロメナのような押しの強さが無い奥ゆかしい言葉使いである、サビナはへーと思いながら、
「でも、遊女さんなんでしょ、忙しくないですか?」
「それは姉と話しまして、こちらを優先するようにと、何より遊女の御洒落にも役立つ事ですし、こちらの下着のように世の中の女性の為にも・・・とも・・・思いまして」
フィロメナの顔を確認しながらレネイは答え、フィロメナはウンウンと頷いている、どうやらしっかりと同意は形成されているらしい、
「そうですか・・・いや、ありがとうございます、そうですか、そうですね、確かに、うん、あー、さて、どうしようかな」
サビナはウンウンと唸りだす、どうやらフィロメナはしっかりと仕事を進めていたらしい、すっかり忘れていたと思わず口にしてしまったサビナであるが、こうして現実的に関わる人材を目にするとこれは動かなくてはならないと使命感を感じざるを得ず、と同時に段取りとしてどう組み上げるかと悩み始めた、まずはユーリに確認し、エレインと時間を定め、そしてタロウの忠告を入れながら慎重に進めるべき案件である、
「ふふっ、そんな悩まないで下さい、今日は取り合えず顔合わせという事で、何も今すぐにあれだこれだと動く事ではないですから」
フィロメナがニコニコと助け舟を出す、真剣に悩み始めたサビナを見て若干気の毒に感じてしまった、
「いえ、大丈夫です・・・そうですね、取り合えず所長が来てる筈なので、そちらに顔を出しましょう、エレインさんは後でもいいかな・・・ごめん、ちょっと席を外すわね」
とサビナは忙しくも楽しそうな生徒達に声をかけると、こちらですと二人の先に立った。
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