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本編
68話 冬の初めの学園祭 その16
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それから程無くしてクロノスとイフナースもその部屋に現れた、二人は学園長の様子に軽く驚きつつ、一応とアフラに良いのか?と問いかける、アフラはすまし顔で頷いた、関わり合う必要は無いとの事であろう、二人はまぁそういう事もあろうなとギャンギャンと猛り狂う三人を横目に、王妃達に向けて何やら難しそうな話しを続けるユーリに歩み寄った、二人としては昨晩の内に光柱は堪能しており、パッと見る限りやはり夜の方が美しいな等と思ってしまう、昼は昼でだいぶ趣きが異なるのだが美しさのみを求めるのであれば夜のそれには敵わないであろう、さらに今日も昨日と同じく曇天である、少しでも太陽光があればまた見栄えは変るのであろうが、厚い雲の下の光柱は若干精彩を欠いているように感じてしまう、それもまた好みの問題とも思えるが、
「あら、おはよう、早いわね」
ユーリは適当に説明を切り上げたらしい、王妃達の反応を見るにやはり難しかったらしく、専門用語を出来るだけ排して説明したつもりであったが、それが逆に良くなかったかな等と軽く反省していた、
「おはようさん、どうだイージス、勉強になったか?」
イフナースが柔らかい笑みをイージスに向けた、
「はい、えっと、難しかったですけど、興味深いです」
「正直だなー、いや、お前さんはそれでいい、難しいものは難しい、面白いものは面白い、何事も素直さが大事だぞ」
大人びた事を言うイフナースに、ウルジュラは思わず吹き出し、パトリシアも意外そうに実弟を見上げてしまう、二人の記憶にある限りイフナースが子供を相手にしている姿は無く、まして優しく声をかけるなど思いもよらなかったのだ、
「兄様、すんごい良い人みたいだー」
ウルジュラは素直な感想を口にしてしまい、
「そうね、あなた、子供好きだったかしら?」
パトリシアは不思議そうに問いかける、
「なっ、別にいいだろ、良い人でも子供好きでも悪い事では無い」
「そりゃそうだけどー、兄様らしくないー、ねっ、イージス君もそう思うでしょ」
「えっ?えっと、その・・・」
「こら、イージス君を困らせるんじゃないの」
「そうだけどー、意外だー、心外だー、驚愕だー、やっぱり変だー」
「おい、言い過ぎだ」
「そうね、それは言い過ぎ」
「だけどー」
「それこそどうでもいいわ」
クロノスがやれやれと遮った、なんのかんの言ってもこの姉弟、姉妹は仲が良い、特にイフナースが快癒してからはウルジュラは以前に比べより明るく奔放になったようで、パトリシアも心労の一つから解放されたと自分の身をより案じるようになっている、パトリシアの場合は自分の子と言い換えたほうが良いであろう、こうして冗談を口にして自然とじゃれ合うのもイフナースが健康であればこそであった、健全な兄弟仲がそこにはあった、
「で、今日の段取りはどうなっている?」
「あっ、そうね、じゃ、どうしようかな・・・学園長・・・」
ユーリが未だに詰められている学園長を伺うと、どうやら老婦人も流石に疲れて来たらしい、その声は先程よりも低くなっており、言葉数も少なくなっている、しかし学園長の様子は変らない、どうやらより陰険な物言いに変っただけで、責められている事は変わらない様子で、
「助けてやれ、かわいそうだ」
クロノスが気の毒そうな視線となる、
「そうね、では、皆様、こんな所です、お祭りを見物されるのであればゾーイを呼びますので、今暫くお待ち下さい」
ユーリはその場を一旦締め括り、王妃達はニコリと了承の意を表した、イージスは改めて光柱を見つめているがどうやらまた違う視点で観察しているようで、大きく眺めていたそれは細部を目で追っているように見える、実に賢そうな聡明な視線である、ユーリとしては生徒達もこのくらい素直で真面目であれば可愛いのにな等と思いつつ、
「学園長、殿下がお見えです、打合せを」
と近寄りながら呼びかけた、それは学園長に対して投げた言葉では無く、フィロメナとフロリーナに向けた言葉である、すると、二人としてももう飽きていたのであろうアラッとすぐに振り向いた、学園長はやっと収まったとホッと一息吐いてすぐに、
「おはようございます、両殿下」
と逃げるようにクロノスの元に駆け寄った、
「おう、で、どうする?」
クロノスは見事な苦笑いを浮かべて近場のテーブルに着いた、イフナースもそれに倣い、ユーリと学園長も腰を下ろす、
「そうですな、まずはクレオノート伯ですが・・・」
漸く落ち着いて話せる事に学園長は心の底から安堵し、フィロメナとフロリーナはフンと鼻を鳴らすと、王妃達の元へ戻るのであった。
「イージス、やるか?」
「はい、やります、父上に教わっております」
「そうなのか?早過ぎないか?」
「父上は何事も早くて悪い事は無いと、出来るのであればやってみれば良いと仰ってました」
「へー・・・あいつも良い親父だな」
「はい、良い父上です」
そうかそうかとクロノスとイフナースは同時に破顔した、打合せを終えると男三人は連れ立って祭り見物としゃれこんでいる、王妃達にはゾーイが案内役として連れてこられ、パトリシアとマリエッテとその乳母、メイドの一人が貴賓室で留守番であった、
「では、どうするのかな?」
クロノスが受付の生徒に確認する、生徒はクロノスを見上げすぐに只者では無いと察するが、察したところで何ができる訳でも無い、他の客と同じく段取りを説明し、弓矢を準備をする、そこは修練場の外れ、授業でも使われている射場であった、かつてイフナースの魔法実験に使用され巨大な光柱が聳え立った場所でもある、三人が顔を出したのは戦術科男子の出し物で、触れ込みとしては王国軍と同じ弓と矢を使用し、的に当て続ける限り何本でも矢を放って良いそうで、その連続的中数を掲示して競い合う趣向であるらしい、見れば巨大な掲示板には昨日の最高記録が18本とある、その隣りには名前が記載されていた、
「ほれイージス、お前からだ」
「はい、頑張ります」
弓と矢は大人が使う代物である、イージスにはどう見ても大きすぎる代物であった、しかし、周りを見れば子供は皆その大きすぎる弓を扱い四苦八苦しながら一喜一憂しており、その保護者もまた楽しそうに笑っている、しかしイージスは確かに父親から教えらていると胸を張るほどには弓の扱いに慣れているらしい、普段使っているそれとは違うであろうが弦の張り具合を確認し、矢をつがえずに数度引き搾って感触を確かめる、
「では」
射場に立ったイージスは矢をつがえるとじっと的を見つめる、中々に堂に入った姿で、クロノスとイフナースも大したもんだとニヤニヤと微笑んでしまう、二人からすれば部下の息子でしかないのだが、それ故に猫可愛がりが出来るもので、それは祖父と孫の関係にも似ている、基本的に責任が無く躾ける必要も無い、互いの関係性からそう簡単に離れる事も出来ない、実に都合の良い遊び相手とも言えた、イージスは数度大きく呼吸を重ね、弓を引き搾る、その姿もまた様になっていた、弓が大き過ぎ、また矢も長い為その点はどうしようもなく不格好であるが、その身体の使い方は一般兵のそれと変わりない、
「ほう・・・」
「あぁ、大したもんだ」
「なぁ・・・」
二人が感心しているとパッとイージスは矢を放つ、心地良い風切り音が過ぎるが、的の手前で失速し、力なく地面に刺さった、
「うー・・・」
イージスは悔しそうに口を尖らせ唸ってしまう、
「あー、流石になー」
「うん、腕が短いからな、弓の力が足りないんだよ」
二人はそうなるだろうなと微笑むしかない、
「屋敷の・・・屋敷の弓なら届きました、この弓は駄目です」
イージスはパッと振り返る、やはり悔しいのであろう口をへの字に曲げており、顔を赤く染めていた、イージスとしてはクロノスという英雄とイフナースという王太子の前で、自分もであるが父の実力を見せつける絶好の機会だと気合を入れていたのである、それが的にも届かない不甲斐なさでは道具に当たるのも無理からぬ事であった、
「そうだな、子供の扱える弓では無かろう」
「うん、しかし、イージス、お前の射形は美しかったぞ、腰も入っていたし腕も伸びていた、狙いも上々、師匠が良いのかな?」
「はい、父上です、父上に教わっております」
「そうか、イザークは教導団向きかな?」
「もう少し歳を食ったらな、その前にどこぞの軍団長にでもなるだろうさ、第七か第八か・・・まぁ、第七かな?昨日も会ったがそろそろ歳だろあいつも」
「それもそうか、なら、イージス、お前はそれの下で騎士団長にならねばな、精進しろよ」
「はい、勿論です」
イージスは背筋を伸ばして満面の笑顔となった、自分よりも父親を褒められたようだと理解しそれが何よりも誇らしい、
「さて、どうするイース殿、試すか?」
「おう、イージス、代われ」
「はい」
そしてイフナースが射場に立つ、イフナースとしてもクロノスとイージスの手前下手な姿は見せられない、それなりに緊張しつつ弓を引き搾り、どうにか三本、的には当てた、その度にイージスはキャッキャッとはしゃぎ、しかし四本目は見事に外れてしまう、
「あー・・・あれだな、やっぱり慣れない弓はいかんな」
と手にした弓を見つめて残念そうである、弓は確かに王国軍のそれと作りは同じであり、手入れも行き届いている、後はこの弓の癖を掴めば当てるのは造作も無いとイフナースは思っていたが、その癖を把握するのが何気に難しい、さらによく考えれば弓を握ったのも数年振りであった、病明け以降剣やら盾やらは握ったが弓には手を伸ばしていなかった、こっちの練習も必要だなとイフナースは自戒する、
「まぁな、しかしそんなもんだろ」
「はい、届いただけ凄いです」
「イージスー、お前と一緒にするな」
「はい」
イフナースの嫌そうな視線を満面の笑みで返すイージスであった、
「まったく、では、スイランズ殿、お主の番だ」
「そうだな、では、どうするか・・・」
クロノスが射場に入り弓を手にするが今度は小さすぎた、矢も同様に短い、こればかりはどうしようもない事で、クロノスは王国人の中でも巨漢とされる体躯を誇る、大は小を兼ねるが、小は大を兼ねないもので、特に道具や衣服はその最たるものであり、武具に関しては言わずもがなであった、
「どうした?ほれ、やってみせろ」
イフナースがニヤニヤと微笑み、イージスは期待に満ちた瞳を向けている、生徒達や見物客もなにやらでかいのが立ったと見つめている、クロノスはやはり目立つ、それもまた英雄の資質の一つであろう、
「ん・・・いや、これじゃ駄目だな、小さすぎる」
クロノスが眉間に皺を寄せて弓を弄るが、
「なんだ、やる前から負け惜しみか?」
イフナースはニヤニヤとけしかける有様で、
「おいおい・・・あー・・・じゃ、一つ俺の得意技を見せてやる」
クロノスはニヤリと微笑んだ、
「へー・・・なんだよ?」
「ふふん、これはいらんのだ」
クロノスは手にした弓をイージスに渡すと矢を数本束ねてその中程を右手で握った、何を始めたのやらとイフナースは訝しそうな顔となり、イージスも不思議そうに見上げている、
「まぁ、俺ほどの男になるとだ、弓なんてめんどい物は使わんのだ」
クロノスはニヤリとほくそ笑むと的に向かった、そして、矢を握った右腕を大きく振り被り力任せに振り下ろす、エッと観衆は驚き固まった、いくらなんでもそれは無謀である、祭りだからといってやっていい事と悪い事があり、眼前の大男のそれは完全に悪ふざけもいいところであった、しかし、
「わっ」
「えっ」
「あっ・・・」
非難の沈黙は驚愕の沈黙に変わった、クロノスが投げた矢は弓から放ったそれ以上の速度と風切り音でもって的へ直進し、その全ての矢が綺麗に的に命中したのである、
「ふぅ・・・いいか、イージス、弓矢の一番大事な事を教えてやる」
クロノスは満足そうに振り返ると呆気に取られて見つめるばかりの観衆は無視して、イージスを見下ろすと、
「弓には拘るな、拘るべきは矢だ、弓で相手を倒すのではない、相手を倒すのは矢なのだ、達人はな、矢にこそ拘る、弓は従、矢が主である、忘れるな」
唐突な講義にイージスはポカンと口を開けてしまうが、
「・・・はい、えっと、弓は従、矢が主ですね」
「そうだ、矢にこそ拘れ、それと・・・やっぱり弓にも拘るか、俺の真似を出来る奴はおらんからな」
アッハッハとクロノスは大笑し、ハイッとイージスの子供らしい溌剌とした返事が続いた、観衆はそこでやっとオーッと感嘆の声を発し、そしてまばらな拍手が沸き上がるそれは徐々に大きな拍手となって三人を包んだ、クロノスは右腕を軽く掲げて笑顔を振りまき答えとし、イフナースはまったくと嫌そうに微笑むのであった。
「あら、おはよう、早いわね」
ユーリは適当に説明を切り上げたらしい、王妃達の反応を見るにやはり難しかったらしく、専門用語を出来るだけ排して説明したつもりであったが、それが逆に良くなかったかな等と軽く反省していた、
「おはようさん、どうだイージス、勉強になったか?」
イフナースが柔らかい笑みをイージスに向けた、
「はい、えっと、難しかったですけど、興味深いです」
「正直だなー、いや、お前さんはそれでいい、難しいものは難しい、面白いものは面白い、何事も素直さが大事だぞ」
大人びた事を言うイフナースに、ウルジュラは思わず吹き出し、パトリシアも意外そうに実弟を見上げてしまう、二人の記憶にある限りイフナースが子供を相手にしている姿は無く、まして優しく声をかけるなど思いもよらなかったのだ、
「兄様、すんごい良い人みたいだー」
ウルジュラは素直な感想を口にしてしまい、
「そうね、あなた、子供好きだったかしら?」
パトリシアは不思議そうに問いかける、
「なっ、別にいいだろ、良い人でも子供好きでも悪い事では無い」
「そりゃそうだけどー、兄様らしくないー、ねっ、イージス君もそう思うでしょ」
「えっ?えっと、その・・・」
「こら、イージス君を困らせるんじゃないの」
「そうだけどー、意外だー、心外だー、驚愕だー、やっぱり変だー」
「おい、言い過ぎだ」
「そうね、それは言い過ぎ」
「だけどー」
「それこそどうでもいいわ」
クロノスがやれやれと遮った、なんのかんの言ってもこの姉弟、姉妹は仲が良い、特にイフナースが快癒してからはウルジュラは以前に比べより明るく奔放になったようで、パトリシアも心労の一つから解放されたと自分の身をより案じるようになっている、パトリシアの場合は自分の子と言い換えたほうが良いであろう、こうして冗談を口にして自然とじゃれ合うのもイフナースが健康であればこそであった、健全な兄弟仲がそこにはあった、
「で、今日の段取りはどうなっている?」
「あっ、そうね、じゃ、どうしようかな・・・学園長・・・」
ユーリが未だに詰められている学園長を伺うと、どうやら老婦人も流石に疲れて来たらしい、その声は先程よりも低くなっており、言葉数も少なくなっている、しかし学園長の様子は変らない、どうやらより陰険な物言いに変っただけで、責められている事は変わらない様子で、
「助けてやれ、かわいそうだ」
クロノスが気の毒そうな視線となる、
「そうね、では、皆様、こんな所です、お祭りを見物されるのであればゾーイを呼びますので、今暫くお待ち下さい」
ユーリはその場を一旦締め括り、王妃達はニコリと了承の意を表した、イージスは改めて光柱を見つめているがどうやらまた違う視点で観察しているようで、大きく眺めていたそれは細部を目で追っているように見える、実に賢そうな聡明な視線である、ユーリとしては生徒達もこのくらい素直で真面目であれば可愛いのにな等と思いつつ、
「学園長、殿下がお見えです、打合せを」
と近寄りながら呼びかけた、それは学園長に対して投げた言葉では無く、フィロメナとフロリーナに向けた言葉である、すると、二人としてももう飽きていたのであろうアラッとすぐに振り向いた、学園長はやっと収まったとホッと一息吐いてすぐに、
「おはようございます、両殿下」
と逃げるようにクロノスの元に駆け寄った、
「おう、で、どうする?」
クロノスは見事な苦笑いを浮かべて近場のテーブルに着いた、イフナースもそれに倣い、ユーリと学園長も腰を下ろす、
「そうですな、まずはクレオノート伯ですが・・・」
漸く落ち着いて話せる事に学園長は心の底から安堵し、フィロメナとフロリーナはフンと鼻を鳴らすと、王妃達の元へ戻るのであった。
「イージス、やるか?」
「はい、やります、父上に教わっております」
「そうなのか?早過ぎないか?」
「父上は何事も早くて悪い事は無いと、出来るのであればやってみれば良いと仰ってました」
「へー・・・あいつも良い親父だな」
「はい、良い父上です」
そうかそうかとクロノスとイフナースは同時に破顔した、打合せを終えると男三人は連れ立って祭り見物としゃれこんでいる、王妃達にはゾーイが案内役として連れてこられ、パトリシアとマリエッテとその乳母、メイドの一人が貴賓室で留守番であった、
「では、どうするのかな?」
クロノスが受付の生徒に確認する、生徒はクロノスを見上げすぐに只者では無いと察するが、察したところで何ができる訳でも無い、他の客と同じく段取りを説明し、弓矢を準備をする、そこは修練場の外れ、授業でも使われている射場であった、かつてイフナースの魔法実験に使用され巨大な光柱が聳え立った場所でもある、三人が顔を出したのは戦術科男子の出し物で、触れ込みとしては王国軍と同じ弓と矢を使用し、的に当て続ける限り何本でも矢を放って良いそうで、その連続的中数を掲示して競い合う趣向であるらしい、見れば巨大な掲示板には昨日の最高記録が18本とある、その隣りには名前が記載されていた、
「ほれイージス、お前からだ」
「はい、頑張ります」
弓と矢は大人が使う代物である、イージスにはどう見ても大きすぎる代物であった、しかし、周りを見れば子供は皆その大きすぎる弓を扱い四苦八苦しながら一喜一憂しており、その保護者もまた楽しそうに笑っている、しかしイージスは確かに父親から教えらていると胸を張るほどには弓の扱いに慣れているらしい、普段使っているそれとは違うであろうが弦の張り具合を確認し、矢をつがえずに数度引き搾って感触を確かめる、
「では」
射場に立ったイージスは矢をつがえるとじっと的を見つめる、中々に堂に入った姿で、クロノスとイフナースも大したもんだとニヤニヤと微笑んでしまう、二人からすれば部下の息子でしかないのだが、それ故に猫可愛がりが出来るもので、それは祖父と孫の関係にも似ている、基本的に責任が無く躾ける必要も無い、互いの関係性からそう簡単に離れる事も出来ない、実に都合の良い遊び相手とも言えた、イージスは数度大きく呼吸を重ね、弓を引き搾る、その姿もまた様になっていた、弓が大き過ぎ、また矢も長い為その点はどうしようもなく不格好であるが、その身体の使い方は一般兵のそれと変わりない、
「ほう・・・」
「あぁ、大したもんだ」
「なぁ・・・」
二人が感心しているとパッとイージスは矢を放つ、心地良い風切り音が過ぎるが、的の手前で失速し、力なく地面に刺さった、
「うー・・・」
イージスは悔しそうに口を尖らせ唸ってしまう、
「あー、流石になー」
「うん、腕が短いからな、弓の力が足りないんだよ」
二人はそうなるだろうなと微笑むしかない、
「屋敷の・・・屋敷の弓なら届きました、この弓は駄目です」
イージスはパッと振り返る、やはり悔しいのであろう口をへの字に曲げており、顔を赤く染めていた、イージスとしてはクロノスという英雄とイフナースという王太子の前で、自分もであるが父の実力を見せつける絶好の機会だと気合を入れていたのである、それが的にも届かない不甲斐なさでは道具に当たるのも無理からぬ事であった、
「そうだな、子供の扱える弓では無かろう」
「うん、しかし、イージス、お前の射形は美しかったぞ、腰も入っていたし腕も伸びていた、狙いも上々、師匠が良いのかな?」
「はい、父上です、父上に教わっております」
「そうか、イザークは教導団向きかな?」
「もう少し歳を食ったらな、その前にどこぞの軍団長にでもなるだろうさ、第七か第八か・・・まぁ、第七かな?昨日も会ったがそろそろ歳だろあいつも」
「それもそうか、なら、イージス、お前はそれの下で騎士団長にならねばな、精進しろよ」
「はい、勿論です」
イージスは背筋を伸ばして満面の笑顔となった、自分よりも父親を褒められたようだと理解しそれが何よりも誇らしい、
「さて、どうするイース殿、試すか?」
「おう、イージス、代われ」
「はい」
そしてイフナースが射場に立つ、イフナースとしてもクロノスとイージスの手前下手な姿は見せられない、それなりに緊張しつつ弓を引き搾り、どうにか三本、的には当てた、その度にイージスはキャッキャッとはしゃぎ、しかし四本目は見事に外れてしまう、
「あー・・・あれだな、やっぱり慣れない弓はいかんな」
と手にした弓を見つめて残念そうである、弓は確かに王国軍のそれと作りは同じであり、手入れも行き届いている、後はこの弓の癖を掴めば当てるのは造作も無いとイフナースは思っていたが、その癖を把握するのが何気に難しい、さらによく考えれば弓を握ったのも数年振りであった、病明け以降剣やら盾やらは握ったが弓には手を伸ばしていなかった、こっちの練習も必要だなとイフナースは自戒する、
「まぁな、しかしそんなもんだろ」
「はい、届いただけ凄いです」
「イージスー、お前と一緒にするな」
「はい」
イフナースの嫌そうな視線を満面の笑みで返すイージスであった、
「まったく、では、スイランズ殿、お主の番だ」
「そうだな、では、どうするか・・・」
クロノスが射場に入り弓を手にするが今度は小さすぎた、矢も同様に短い、こればかりはどうしようもない事で、クロノスは王国人の中でも巨漢とされる体躯を誇る、大は小を兼ねるが、小は大を兼ねないもので、特に道具や衣服はその最たるものであり、武具に関しては言わずもがなであった、
「どうした?ほれ、やってみせろ」
イフナースがニヤニヤと微笑み、イージスは期待に満ちた瞳を向けている、生徒達や見物客もなにやらでかいのが立ったと見つめている、クロノスはやはり目立つ、それもまた英雄の資質の一つであろう、
「ん・・・いや、これじゃ駄目だな、小さすぎる」
クロノスが眉間に皺を寄せて弓を弄るが、
「なんだ、やる前から負け惜しみか?」
イフナースはニヤニヤとけしかける有様で、
「おいおい・・・あー・・・じゃ、一つ俺の得意技を見せてやる」
クロノスはニヤリと微笑んだ、
「へー・・・なんだよ?」
「ふふん、これはいらんのだ」
クロノスは手にした弓をイージスに渡すと矢を数本束ねてその中程を右手で握った、何を始めたのやらとイフナースは訝しそうな顔となり、イージスも不思議そうに見上げている、
「まぁ、俺ほどの男になるとだ、弓なんてめんどい物は使わんのだ」
クロノスはニヤリとほくそ笑むと的に向かった、そして、矢を握った右腕を大きく振り被り力任せに振り下ろす、エッと観衆は驚き固まった、いくらなんでもそれは無謀である、祭りだからといってやっていい事と悪い事があり、眼前の大男のそれは完全に悪ふざけもいいところであった、しかし、
「わっ」
「えっ」
「あっ・・・」
非難の沈黙は驚愕の沈黙に変わった、クロノスが投げた矢は弓から放ったそれ以上の速度と風切り音でもって的へ直進し、その全ての矢が綺麗に的に命中したのである、
「ふぅ・・・いいか、イージス、弓矢の一番大事な事を教えてやる」
クロノスは満足そうに振り返ると呆気に取られて見つめるばかりの観衆は無視して、イージスを見下ろすと、
「弓には拘るな、拘るべきは矢だ、弓で相手を倒すのではない、相手を倒すのは矢なのだ、達人はな、矢にこそ拘る、弓は従、矢が主である、忘れるな」
唐突な講義にイージスはポカンと口を開けてしまうが、
「・・・はい、えっと、弓は従、矢が主ですね」
「そうだ、矢にこそ拘れ、それと・・・やっぱり弓にも拘るか、俺の真似を出来る奴はおらんからな」
アッハッハとクロノスは大笑し、ハイッとイージスの子供らしい溌剌とした返事が続いた、観衆はそこでやっとオーッと感嘆の声を発し、そしてまばらな拍手が沸き上がるそれは徐々に大きな拍手となって三人を包んだ、クロノスは右腕を軽く掲げて笑顔を振りまき答えとし、イフナースはまったくと嫌そうに微笑むのであった。
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追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
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子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
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ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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