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本編
69話 お風呂と戦場と その8
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翌日、午前の早い時間からイフナースの屋敷には厳めしく固い表情の男達が集っていた、王国側にはクロノスとイフナース、メインデルトとタロウが並び、リンドとメインデルトの補佐官であるエメリンス、第六軍団軍団長補佐であるシームの顔もある、対する伯爵側はカラミッドとレイナウト、リシャルトと文官が数名、軍の指揮官であろう人物と警備の兵も帯同している、つまりこれは対帝国を主題とした本格的な会議となる、
「では、始めさせて頂く」
メイドが茶を配し引き下がった所でクロノスが口を開いた、カラミッドとレイナウトがゆっくりと頷き、文官達は黒板を構え直す、
「まずは現状報告、そこから相談事となる、リンド」
「はい、私から報告させて頂きます」
リンドは咳ばらいを一つ挟んで、衝立に貼られた荒野の地図の隣りに立った、そして流れるように荒野の調査報告が始まる、王国側はすでに何度も耳にしている内容であるが、カラミッド側はそうではない、リンドは荒野の施設から始まって日ごとに増える転送陣の位置を指し示し、広大な焼け野原について説明した、これにはカラミッドらはなんだそれはと一様に眉を顰めるが、とりあえず全ての報告を聞く事として押し黙っている、さらにリンドは昨夕の調査隊の結果を報告すると、
「ここまでが中間報告になります、調査そのものは順調・・・無論荒野そのものの謎を解明するのはまだまだこれからですが、成果としては満足いくものと陛下も評価されております、次に、調査隊の健康状態についてお伝えします」
と続けた、カラミッドらはどういう事かとさらに眉間の皺を深くする、調査隊の待遇に関しては当初の説明であれば、当初想定した程に過酷なものでは無く、実際に転送陣の設置個所と先程の説明を聞けば毎日のように連絡を取り合っている事が類推できた、
「これはタロウ殿とロキュス相談役の調査によって判明した事となります」
リンドは前置きしつつ荒野に置ける魔力減衰に関して口頭で説明し始めた、ルーツの名は出せない、故にタロウとロキュスの名でカラミッド側の信用を得る策である、ルーツは例え新たに授かった偽名を使おうとも影に徹する事が必要であると考えており、国王もまたそうするようにと指示を徹底していた、
「以上、本日迄、昨夕迄ですな、の報告となります」
リンドはそう締め括り一礼する、王国側は静かに頷き、領主側は愕然としながら頷くしかなかった、そして、
「すまんが、タロウ殿、先程の魔力減衰であったか、それは真なのか・・・」
カラミッドがゆっくりと重苦しい言葉を吐いた、その背後に座るリシャルトも信じられないといった表情で、それは文官達も兵士達も同様のようである、
「あっ・・・はい、そうですね、真実と思っております」
タロウは一応とクロノスとメインデルトを伺い、二人が頷いたのを確認して口を開く、立場上勝手に発言する訳にはいかなかった、
「それは、あれか、あの荒野だけで収まっているものなのか?」
「と・・・言いますと?」
「この街にも影響があるのかと、そこを危惧している」
「あっ、なるほど、それは無いですね、はい、ロキュス参謀殿もその点は問題無いと、ただ経常的に調査した訳では無いので、何らかの影響はあるのかもしれませんが、生活に支障をきたすものではありません、そこは確認済みです、実際に自分もこちらに来てから特に大きな変化はありませんしね、街中にまでは影響していないと考えられます」
「そうか・・・ならよいが・・・するとあれか、あそこでの開発が上手くいかなったのもそれが原因か?」
「その可能性も考慮できるかと思います、魔力減衰がどのような症状であるかはかつての大戦以降、周知されておりますので、それと比べて頂くのが宜しいかと・・・どうでしょうリシャルトさん、当時の作業員の様子等は記録に無いものでしょうか?」
タロウはより実情を把握しているであろうリシャルトへ視線を向けた、勿論であるがタロウはかつての記録を確認し、魔力減衰に関して確証を得るに至っている、これは暗に昔の記録を調べれば良いとの助言でもあった、
「申し訳ありません、全ての記録には目を通しておりますが・・・確実な事は・・・」
リシャルトは深刻な顔で口元を引き締める、悔しいと思う気持ちもあるが、自分の記憶力を試されたようで腹立たしくもあった、
「そうですね、すいません、ですが、私が見る限り、魔力減衰は確実に起きています、リンドさんからの説明の通り、あの地の巨大な岩塊は宝の山であると同時に、どうやらやたらとやっかいな代物のようです、まだまだ調査が必要であると思いますが、その点に関しては誰もが共通して認識している事かなと考えます」
確かにと頷く者が多かった、タロウはこんなもんかなとクロノスへ目配せし、クロノスは小さく頷くと、
「では、ここから相談事となる、まずは調査隊に関してなのだが」
次の議題に移った、王国側からの要望として調査隊の人員補充と交換が提案される、やはりというべきか調査隊は昨日の時点でその半数が何らかの不調を訴えていた、ルーツから魔力減衰に関する説明をした訳では無く、自発的に進言されたもので、ルーツはやはりなと確証を得るに至っている、カラミッドはそういう事であるならば早急に対応する事を確約し、明日の朝にも選抜した人員を送る事とした、王国側も同様の対応となる事が明言される、タロウは何ともめんどくさい状況だなとも思うが、元々相反する勢力が手を組んで動いている事もある、何事もじっくりと進める必要があるであろう、
「すまんな、すると、その体調不良の者はどうなる?」
レイナウトが疑問を呈した、先程のカラミッドもそうであるが、まずは街や部下を心配するあたり、やはりこの二人は為政者として優秀な部類であろう、
「はい、街に戻って静養すれば三日も経たずに元気になりますよ」
クロノスから目配せされたタロウが明るく答えた、
「そういうものなのか?」
「そういうもんです、私もね冒険者の頃に一度痛い目を見ましたが・・・まぁ、翌々日には何とかなりましたから、調査隊の人達は皆頑健ですからね、私で二日なら、三日もあれば元通り、復調されましょう、その間・・・そうですね、特に出来る治療も無いので家で寝てるように言って下さい、なんなら美味しい物でも食べさせて、ゆっくり休ませる、それだけです」
タロウは笑いさえしなかったが笑顔を見せる、実際に魔力減衰は寝てれば治る、一時的に死にかけるだけであって死に至る事は少ない、重篤な場合は本気で死ぬと思える程に苦しいものなのであるが、翌日には割とケロッとしており、翌々日には普通に動けるもので、症状が軽いであろう調査達の脱落者も三日もあれば元通りになる筈である、
「そうか、なればよい・・・うん、その者らに状況を確認する事も可能であろうな」
レイナウトは納得しつつクロノスを睨む、暗に何かを仕掛けられたのかもしれないという猜疑であった、
「構わんよ、精々言えるのは体調不良を訴えた者は魔力を持っている者で、平気な顔をしているやつは魔力が無いってだけだ、ユーリの言葉じゃないがな、魔力持ちは確かに便利で有能なんだが、いざって時は魔力の無いやつの方が使える、ゆえに双方の利点を生かすべきだとな・・・俺も全く同意見だよ」
クロノスはニヤリと笑顔で返した、カラミッドとレイナウトはユーリの名を聞きつつ、そういうものかなのかと納得せざるを得ない、二人共にライニールとユスティーナからユーリとソフィア、クロノスの関係を改めて聞いており、少なくとも当時の現場を知っているレイナウトは間違いはなさそうだとお墨付きを与えている、リシャルトはそのような経緯であればユーリもソフィアもいくら調査してもその正体が分らないはずだと納得するしかなかった、公的な記録には田舎から出て来た冒険者程度の記録は残っていない、王国には戸籍も人別帳も存在しない、あるとすれば貴族名鑑と、役人名簿、兵役時に作られる男性のみの名簿程度で、平民出身の冒険者で女性であるユーリとソフィアをいくら調べた所で、その名が残る資料は皆無である、ある意味でリシャルトの調査をも裏付ける証言であった、
「あっ、そうだ、もう一つある」
クロノスが人差し指を上げ、
「殿下がな、自分と同じ朝食と夕食を提供していたらしい」
ハッ?とカラミッドとレイナウトが同時に何を言い出すのやらと首を傾げた、
「別に悪い事ではないだろう」
イフナースがクロノスを睨みつけた、ルーツからは特に何も言われていない、イフナースとしてはちょっとした親切心でそのように手配しただけである、
「悪くはないさ、だがな、聞く限り豪勢だったぞ、俺の朝飯よりも御立派だ、朝からハンバーグなぞ、贅沢の極みだろ、調査隊が贅沢を言い出したらお前の責任だからな、まったく」
「ん?」
とその場に居た全員が不思議そうにクロノスを見つめる、
「あー、そういう事か、お前冗談が下手だな、その口調では笑えないぞ、領主様も先代様も困惑してるじゃないの、そりゃ一国の王子様と同じ飯を食っていたらな、贅沢にもなるさ」
タロウが一人ガッハッハと笑い、そういう事かとやっと王国側の面々が苦笑いとなる、イフナースは不貞腐れたように腕を組んで踏ん反り返った、
「なんだ、分かり難かったか?」
クロノスがフンスと鼻息を荒くした、
「そういう問題じゃないよ、深刻な話しをしてるんだ、冗談は顔だけにしておけ」
「それこそどういう意味だよ」
「そのままだ、ほれ、次、皆さん暇じゃないんだよ」
「・・・ふん、では、次だ、戦場の設定とその活用に関して議論したい」
クロノスは渋い顔で議題を進めた、領主側の面々はポカンと見つめていたが、一連のやり取りを顧みるに、なるほど、クロノスの戯言であったかと理解し、どうやらそれをタロウがちゃんと戯言として治める所に治めたのであった、タロウの機転が無ければそのまま空転していたであろう、
「先程の説明にあった焼野原なんだがな、ここを戦場と定めたいと考える、ここでの議論の後、現場を確認して貰いたいと思うが・・・地図を見てくれ・・・」
クロノスは真面目な口調で地図へと視線を向け、一同もそれにつられて地図に向かった、こうして会議は予定通り進み、一同は荒野の焼野原に降り立った、
「これは広いな・・・」
「確かに・・・戦場とするには確かに正しいですな」
カラミッドとレイナウトが黒色の焼野原を見渡す、リシャルトら部下達も勿論同行し、その広大な平原を前にして言葉も無い、
「でだ、先程も話したが、この地の調査も必要と考えている、調査隊は一日で縦断したのだが、大人の足で日の出ている間、順調に歩いてやっと端に届くほどだ、どれだけ広いか分かるだろ?」
「なるほど・・・」
クロノスの言葉にカラミッドとレイナウトは同時に頷いた、地図上で広い広いと連呼されたが実際に目にすれば確かに広い、それも目障りな巨岩も無く、只々まっ平らな平原である、これが草原であったれば素晴らしい農地ともなろうが、悲しいかな焼野原であった、灰色の厚い雲と合わさって、色数の少ない景色は陰鬱なものである、
「明日から王国軍の調査部隊を入れる、そちらからも出してもらえると嬉しいがどうかな?」
「それは構いませんし、やぶさかではないですが、その魔力減衰に関してはどう対処するつもりですかな?」
「あー・・・それなんだがさ、ここの調査は通いにする予定だ」
「通い?」
「あぁ、天幕やら何やらは持ち込むが、ここに常駐するのは少数、多数は軍団基地に戻らせる」
「・・・また、けったいな事・・・」
「いや、可能であろうな」
レイナウトが実に嫌そうに顔を顰めた、
「まずな、何かと便利なんだよ、あれは」
クロノスの視線の先には転送陣があった、
「そういう事ですか・・・」
「そういう事だ、で、お前さん方にも一揃え提供したいと考えるがどうする?」
「・・・それは・・・」
「どういうことだ?」
「どうも何も、今日もさ、馬車を連ねて屋敷に来るのは構わんが、ガラス鏡店の邪魔になるだろ」
「それは致し方あるまい」
「確かに、そういうものです」
「そうだがさ、だから、殿下の屋敷と、荒野の施設か、その二か所を結ぶ転送陣を伯の望む所に設置してやるよ、殿下の屋敷とはそっちの屋敷、荒野の施設とは軍の施設で結んでしまえ、大分楽になるぞ」
「そっ、そんな簡単に・・・」
「王国の秘術ではないのか?」
カラミッドとレイナウトは素直に目を丸くし、リシャルトも信じられないと絶句している、
「別に構わん、第一使える者が居らんだろ、使うとなるとこっち側から動かすしかないからな、そういう意味で考えると、こちら側に都合が良すぎる、まぁ、こちら側としてはそちら側をどうにかしようという意思は無いが、そちら側は懸念するのではないかな?」
「確かに・・・」
「そう・・・なるか」
「うん、まぁ、検討しておいてくれ、こちらとしても今後急な連絡が必要になる事もあろう、この場所もさっさとお前さん達には見ておいて欲しかったんだよ、後回しにされたと騒がれたくないからな、まぁ、出来れば荒野の施設に常駐する者が居ても良いが・・・あそこの施設も魔力減衰の問題がある、取り合えず暫くの間は信用してくれとしか言いようが無い・・・うん、で、転送陣だが、運用としては小部屋が一つあれば良い、担当者を一人、メイドでも従者でも側に立たせておけ、こちらの襲撃を恐れるのであれば鍵のかかる小部屋か牢獄内にでも設置すれば良い」
クロノスはニヤリと微笑む、半分冗談のつもりであったのだが、どうやら今日のクロノスは悉く外す日であるらしい、カラミッドもレイナウトも苦笑いすら見せず、クロノスは寂しそうに口元を歪ませるのであった。
「では、始めさせて頂く」
メイドが茶を配し引き下がった所でクロノスが口を開いた、カラミッドとレイナウトがゆっくりと頷き、文官達は黒板を構え直す、
「まずは現状報告、そこから相談事となる、リンド」
「はい、私から報告させて頂きます」
リンドは咳ばらいを一つ挟んで、衝立に貼られた荒野の地図の隣りに立った、そして流れるように荒野の調査報告が始まる、王国側はすでに何度も耳にしている内容であるが、カラミッド側はそうではない、リンドは荒野の施設から始まって日ごとに増える転送陣の位置を指し示し、広大な焼け野原について説明した、これにはカラミッドらはなんだそれはと一様に眉を顰めるが、とりあえず全ての報告を聞く事として押し黙っている、さらにリンドは昨夕の調査隊の結果を報告すると、
「ここまでが中間報告になります、調査そのものは順調・・・無論荒野そのものの謎を解明するのはまだまだこれからですが、成果としては満足いくものと陛下も評価されております、次に、調査隊の健康状態についてお伝えします」
と続けた、カラミッドらはどういう事かとさらに眉間の皺を深くする、調査隊の待遇に関しては当初の説明であれば、当初想定した程に過酷なものでは無く、実際に転送陣の設置個所と先程の説明を聞けば毎日のように連絡を取り合っている事が類推できた、
「これはタロウ殿とロキュス相談役の調査によって判明した事となります」
リンドは前置きしつつ荒野に置ける魔力減衰に関して口頭で説明し始めた、ルーツの名は出せない、故にタロウとロキュスの名でカラミッド側の信用を得る策である、ルーツは例え新たに授かった偽名を使おうとも影に徹する事が必要であると考えており、国王もまたそうするようにと指示を徹底していた、
「以上、本日迄、昨夕迄ですな、の報告となります」
リンドはそう締め括り一礼する、王国側は静かに頷き、領主側は愕然としながら頷くしかなかった、そして、
「すまんが、タロウ殿、先程の魔力減衰であったか、それは真なのか・・・」
カラミッドがゆっくりと重苦しい言葉を吐いた、その背後に座るリシャルトも信じられないといった表情で、それは文官達も兵士達も同様のようである、
「あっ・・・はい、そうですね、真実と思っております」
タロウは一応とクロノスとメインデルトを伺い、二人が頷いたのを確認して口を開く、立場上勝手に発言する訳にはいかなかった、
「それは、あれか、あの荒野だけで収まっているものなのか?」
「と・・・言いますと?」
「この街にも影響があるのかと、そこを危惧している」
「あっ、なるほど、それは無いですね、はい、ロキュス参謀殿もその点は問題無いと、ただ経常的に調査した訳では無いので、何らかの影響はあるのかもしれませんが、生活に支障をきたすものではありません、そこは確認済みです、実際に自分もこちらに来てから特に大きな変化はありませんしね、街中にまでは影響していないと考えられます」
「そうか・・・ならよいが・・・するとあれか、あそこでの開発が上手くいかなったのもそれが原因か?」
「その可能性も考慮できるかと思います、魔力減衰がどのような症状であるかはかつての大戦以降、周知されておりますので、それと比べて頂くのが宜しいかと・・・どうでしょうリシャルトさん、当時の作業員の様子等は記録に無いものでしょうか?」
タロウはより実情を把握しているであろうリシャルトへ視線を向けた、勿論であるがタロウはかつての記録を確認し、魔力減衰に関して確証を得るに至っている、これは暗に昔の記録を調べれば良いとの助言でもあった、
「申し訳ありません、全ての記録には目を通しておりますが・・・確実な事は・・・」
リシャルトは深刻な顔で口元を引き締める、悔しいと思う気持ちもあるが、自分の記憶力を試されたようで腹立たしくもあった、
「そうですね、すいません、ですが、私が見る限り、魔力減衰は確実に起きています、リンドさんからの説明の通り、あの地の巨大な岩塊は宝の山であると同時に、どうやらやたらとやっかいな代物のようです、まだまだ調査が必要であると思いますが、その点に関しては誰もが共通して認識している事かなと考えます」
確かにと頷く者が多かった、タロウはこんなもんかなとクロノスへ目配せし、クロノスは小さく頷くと、
「では、ここから相談事となる、まずは調査隊に関してなのだが」
次の議題に移った、王国側からの要望として調査隊の人員補充と交換が提案される、やはりというべきか調査隊は昨日の時点でその半数が何らかの不調を訴えていた、ルーツから魔力減衰に関する説明をした訳では無く、自発的に進言されたもので、ルーツはやはりなと確証を得るに至っている、カラミッドはそういう事であるならば早急に対応する事を確約し、明日の朝にも選抜した人員を送る事とした、王国側も同様の対応となる事が明言される、タロウは何ともめんどくさい状況だなとも思うが、元々相反する勢力が手を組んで動いている事もある、何事もじっくりと進める必要があるであろう、
「すまんな、すると、その体調不良の者はどうなる?」
レイナウトが疑問を呈した、先程のカラミッドもそうであるが、まずは街や部下を心配するあたり、やはりこの二人は為政者として優秀な部類であろう、
「はい、街に戻って静養すれば三日も経たずに元気になりますよ」
クロノスから目配せされたタロウが明るく答えた、
「そういうものなのか?」
「そういうもんです、私もね冒険者の頃に一度痛い目を見ましたが・・・まぁ、翌々日には何とかなりましたから、調査隊の人達は皆頑健ですからね、私で二日なら、三日もあれば元通り、復調されましょう、その間・・・そうですね、特に出来る治療も無いので家で寝てるように言って下さい、なんなら美味しい物でも食べさせて、ゆっくり休ませる、それだけです」
タロウは笑いさえしなかったが笑顔を見せる、実際に魔力減衰は寝てれば治る、一時的に死にかけるだけであって死に至る事は少ない、重篤な場合は本気で死ぬと思える程に苦しいものなのであるが、翌日には割とケロッとしており、翌々日には普通に動けるもので、症状が軽いであろう調査達の脱落者も三日もあれば元通りになる筈である、
「そうか、なればよい・・・うん、その者らに状況を確認する事も可能であろうな」
レイナウトは納得しつつクロノスを睨む、暗に何かを仕掛けられたのかもしれないという猜疑であった、
「構わんよ、精々言えるのは体調不良を訴えた者は魔力を持っている者で、平気な顔をしているやつは魔力が無いってだけだ、ユーリの言葉じゃないがな、魔力持ちは確かに便利で有能なんだが、いざって時は魔力の無いやつの方が使える、ゆえに双方の利点を生かすべきだとな・・・俺も全く同意見だよ」
クロノスはニヤリと笑顔で返した、カラミッドとレイナウトはユーリの名を聞きつつ、そういうものかなのかと納得せざるを得ない、二人共にライニールとユスティーナからユーリとソフィア、クロノスの関係を改めて聞いており、少なくとも当時の現場を知っているレイナウトは間違いはなさそうだとお墨付きを与えている、リシャルトはそのような経緯であればユーリもソフィアもいくら調査してもその正体が分らないはずだと納得するしかなかった、公的な記録には田舎から出て来た冒険者程度の記録は残っていない、王国には戸籍も人別帳も存在しない、あるとすれば貴族名鑑と、役人名簿、兵役時に作られる男性のみの名簿程度で、平民出身の冒険者で女性であるユーリとソフィアをいくら調べた所で、その名が残る資料は皆無である、ある意味でリシャルトの調査をも裏付ける証言であった、
「あっ、そうだ、もう一つある」
クロノスが人差し指を上げ、
「殿下がな、自分と同じ朝食と夕食を提供していたらしい」
ハッ?とカラミッドとレイナウトが同時に何を言い出すのやらと首を傾げた、
「別に悪い事ではないだろう」
イフナースがクロノスを睨みつけた、ルーツからは特に何も言われていない、イフナースとしてはちょっとした親切心でそのように手配しただけである、
「悪くはないさ、だがな、聞く限り豪勢だったぞ、俺の朝飯よりも御立派だ、朝からハンバーグなぞ、贅沢の極みだろ、調査隊が贅沢を言い出したらお前の責任だからな、まったく」
「ん?」
とその場に居た全員が不思議そうにクロノスを見つめる、
「あー、そういう事か、お前冗談が下手だな、その口調では笑えないぞ、領主様も先代様も困惑してるじゃないの、そりゃ一国の王子様と同じ飯を食っていたらな、贅沢にもなるさ」
タロウが一人ガッハッハと笑い、そういう事かとやっと王国側の面々が苦笑いとなる、イフナースは不貞腐れたように腕を組んで踏ん反り返った、
「なんだ、分かり難かったか?」
クロノスがフンスと鼻息を荒くした、
「そういう問題じゃないよ、深刻な話しをしてるんだ、冗談は顔だけにしておけ」
「それこそどういう意味だよ」
「そのままだ、ほれ、次、皆さん暇じゃないんだよ」
「・・・ふん、では、次だ、戦場の設定とその活用に関して議論したい」
クロノスは渋い顔で議題を進めた、領主側の面々はポカンと見つめていたが、一連のやり取りを顧みるに、なるほど、クロノスの戯言であったかと理解し、どうやらそれをタロウがちゃんと戯言として治める所に治めたのであった、タロウの機転が無ければそのまま空転していたであろう、
「先程の説明にあった焼野原なんだがな、ここを戦場と定めたいと考える、ここでの議論の後、現場を確認して貰いたいと思うが・・・地図を見てくれ・・・」
クロノスは真面目な口調で地図へと視線を向け、一同もそれにつられて地図に向かった、こうして会議は予定通り進み、一同は荒野の焼野原に降り立った、
「これは広いな・・・」
「確かに・・・戦場とするには確かに正しいですな」
カラミッドとレイナウトが黒色の焼野原を見渡す、リシャルトら部下達も勿論同行し、その広大な平原を前にして言葉も無い、
「でだ、先程も話したが、この地の調査も必要と考えている、調査隊は一日で縦断したのだが、大人の足で日の出ている間、順調に歩いてやっと端に届くほどだ、どれだけ広いか分かるだろ?」
「なるほど・・・」
クロノスの言葉にカラミッドとレイナウトは同時に頷いた、地図上で広い広いと連呼されたが実際に目にすれば確かに広い、それも目障りな巨岩も無く、只々まっ平らな平原である、これが草原であったれば素晴らしい農地ともなろうが、悲しいかな焼野原であった、灰色の厚い雲と合わさって、色数の少ない景色は陰鬱なものである、
「明日から王国軍の調査部隊を入れる、そちらからも出してもらえると嬉しいがどうかな?」
「それは構いませんし、やぶさかではないですが、その魔力減衰に関してはどう対処するつもりですかな?」
「あー・・・それなんだがさ、ここの調査は通いにする予定だ」
「通い?」
「あぁ、天幕やら何やらは持ち込むが、ここに常駐するのは少数、多数は軍団基地に戻らせる」
「・・・また、けったいな事・・・」
「いや、可能であろうな」
レイナウトが実に嫌そうに顔を顰めた、
「まずな、何かと便利なんだよ、あれは」
クロノスの視線の先には転送陣があった、
「そういう事ですか・・・」
「そういう事だ、で、お前さん方にも一揃え提供したいと考えるがどうする?」
「・・・それは・・・」
「どういうことだ?」
「どうも何も、今日もさ、馬車を連ねて屋敷に来るのは構わんが、ガラス鏡店の邪魔になるだろ」
「それは致し方あるまい」
「確かに、そういうものです」
「そうだがさ、だから、殿下の屋敷と、荒野の施設か、その二か所を結ぶ転送陣を伯の望む所に設置してやるよ、殿下の屋敷とはそっちの屋敷、荒野の施設とは軍の施設で結んでしまえ、大分楽になるぞ」
「そっ、そんな簡単に・・・」
「王国の秘術ではないのか?」
カラミッドとレイナウトは素直に目を丸くし、リシャルトも信じられないと絶句している、
「別に構わん、第一使える者が居らんだろ、使うとなるとこっち側から動かすしかないからな、そういう意味で考えると、こちら側に都合が良すぎる、まぁ、こちら側としてはそちら側をどうにかしようという意思は無いが、そちら側は懸念するのではないかな?」
「確かに・・・」
「そう・・・なるか」
「うん、まぁ、検討しておいてくれ、こちらとしても今後急な連絡が必要になる事もあろう、この場所もさっさとお前さん達には見ておいて欲しかったんだよ、後回しにされたと騒がれたくないからな、まぁ、出来れば荒野の施設に常駐する者が居ても良いが・・・あそこの施設も魔力減衰の問題がある、取り合えず暫くの間は信用してくれとしか言いようが無い・・・うん、で、転送陣だが、運用としては小部屋が一つあれば良い、担当者を一人、メイドでも従者でも側に立たせておけ、こちらの襲撃を恐れるのであれば鍵のかかる小部屋か牢獄内にでも設置すれば良い」
クロノスはニヤリと微笑む、半分冗談のつもりであったのだが、どうやら今日のクロノスは悉く外す日であるらしい、カラミッドもレイナウトも苦笑いすら見せず、クロノスは寂しそうに口元を歪ませるのであった。
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-第二部(11章~20章)追加しました-
【あらすじ】
「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」
王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。
彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。
追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった!
石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。
【主な登場人物】
ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。
ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。
アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。
リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。
ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。
【読みどころ】
「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。
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いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
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