セカンドライフは寮母さん 魔王を討伐した冒険者は魔法学園女子寮の管理人になりました

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70話 公爵様を迎えて その1

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翌朝、今日も勿論朝から雨である、タロウが食堂に入るとミナは寝台の上で毛布にくるまって何やらゴロゴロと蠢いていた、

「ミナー、朝だぞー」

タロウはまったくと顔を顰め、ミナは、

「うー・・・おあよー」

と呻いたようだ、

「ほれ、起きろ」

「うー、だるいー、寒いー」

「こらこら、もぅ・・・暫くそうしてろ」

タロウは優しく微笑むが、ミナに見えている筈も無い、タロウはさてとと食堂内を見渡し、まずはと木窓を開けて湿った冷たい空気を室内に取り込む、ミナが何やら呻いているがまるで無視して暖炉に向かうと慣れた手つきで火を焚いた、暖炉の隣りには薪と焚き付けが用意されており、火かき棒が積もった灰に突き刺さっている、タロウはこの光景を見る度に西洋だなーと奇妙な感慨に耽るのであるが、それはどうやらタロウがこちらの世界に完全に馴染んでいない証左でもある、タロウ自身はそれでいいと思っていた、なんとかかんとかやれている内は素直にこ状況を楽しむ事にしている、

「おう、起きたか」

二階からレインが下りて来た、

「おう、おはようさん」

「うむ、今日もミナはその有様だ、なんとかせい」

「いや、無理だよ」

「まぁな」

レインもまったくと鼻息を荒くした、増築された二階の風呂場と脱衣室の真上の部屋が洗面所兼洗濯場となっている、それは既に使用されており、便利に使われている様子で、特に生徒達にとっては早朝の寒い中井戸まで行って顔を洗う手間が無くなり、気が向いた時やちょっとした洗濯も便利になった、さらに壺の光柱が置かれている為夜間でも不自由無く使用できる、ケイスとオリビアが泣くほどに喜んでおり、ジャネットはそこまでかーとからかったら見事にやり返されたりもしていた、さらにトイレも関係者らへのお披露目が終わってすぐに使用され始めた、これには誰でもない、ソフィアが心の底から歓喜している、毎日のようになんらかの作業が必要であったオマルの始末から解放されたのだ、その気持ちは分かると誰もが理解を示し、そしてトイレの利便性と清潔さには歓喜を超えて絶賛の声が起こっている、このトイレは風呂以上に画期的であると声を揃えて褒め称えていた、さらに用足し後の手洗いも可能で、これはタロウが絶対にそうするようにと厳命したのであるが、そこまでするかと懐疑的であった生徒達も一度体験してみれば確かにこれは清潔で気持ちが良いとしっかりと習慣に組み込まれた様子で、タロウはまぁそうだろうなと微笑むしかない、タロウとしてはさらにウォシュレットは難しくてもビデは作れるかなと画策していたが、どうにも忙しくて手が回らなかった、次々と調子に乗ってあれだこれだと言い出しているのが悪いのだなと自覚しているが、何気にタロウ自身も楽しんでいたりする、我が事ながら困ったものである、

「そうじゃ、レスタの件じゃがな」

レインがタロウしかいないことを確認しつつ口を開いた、厨房ではゴソゴソとソフィアが動き出しているのが感じられるがソフィアであれば聞かれても問題は無いであろう、ミナはどうせ聞いてもいなければ訳も分からないはずだ、

「おっ、どう思う?」

タロウが炎の温もりに両手を当てながら振り返った、やはり寒いものは寒い、ミナの気持ちもよく理解できる、出来れば自分も毛布にくるまってゴロゴロしたい所であるが、それが出来ないのが人の親というものであろう、

「うむ、あれは素晴らしい才能じゃな、異常といえるほどに回転が早い娘じゃぞ」

レインも寒いのかタロウの隣りに蹲る、火が付けられたばかりの薪が炎をまとってジリジリと、黒色に変化するのが見てとれる、

「そうなのか?」

「なんだ、見えなかったのか?」

「そこまではね、でも、回転が早いで済まされるのか?」

「恐らくな、普通の者とは違うのが、意識とは別の意識が動いている感じだな、凡人の思考を同時に数十動かしていると言えば理解が易かろう」

「何だそれ?」

「ほれ、普通の者は一つの事物しか考えられないものであろう、無論、何かをしながら別の事を考える事は可能だが、その場合も考えている事は一つの事柄だ、単に身体が慣れて勝手に動いている状態だな」

「へー・・・そんな事まで理解しているのか」

「当然じゃ、しかしな、あの娘はその思考を複数並列でこなしているらしいな、まぁ・・・珍しくは無いが、いや、珍しいか・・・」

「・・・それって・・・あれか、人格が複数あるって事か?」

「それは違うな、人格は一つじゃ」

「・・・待て・・・そうなると・・・俺の知識でも追い付かないぞ」

「そうなのか?」

「うん、聞いた事が無い・・・いや、俺の知っている天才って呼ばれてる偉人達がどういう思考をしていたかなんて分かりようがないからだけど・・・俺はほら、凡人だからな、だから・・・あれか、人格は一つで並列処理が可能な脳みそって事か?」

「じゃからそう言っておる、凡人とかでもある程度可能であろう、同時に幾つかの仕事を熟す事は」

「それは可能だがさ、お前さんの言う通り、その場合は身体と思考が別になっている事を差すぞ、思考を複数走らせるなんて・・・想像も出来ん・・・」

「じゃからそれが特別なのじゃ、本人も昨日の様子を見る限りそれが当然のようだからな、生まれついてなのだろう」

「真正の天才って事か」

「じゃな、しかし問題があるとすれば社会への適合と精神の維持じゃな・・・少し間違えれば妄想に囚われてしまう・・・そうなると・・・」

「分裂症?」

「そう呼ぶのか?」

「恐らく・・・詳しくない」

「そうか、まぁ、つまりは精神の病だな、そうなる恐れもある、環境次第かと思うが・・・それも昨日の様子だと、ここにいる限りは問題は無さそうだが・・・お前やユーリやソフィアを受け入れているこの奇妙な集団であれば、あの娘もその陰に隠れる・・・と思うが・・・さてな、難しい・・・」

「なるほど・・・確かにね・・・」

「あっ、気を付けろよ、その思考を真似しようなどとしたら病むだけじゃ、碌な事にならん」

「わかってるよ・・・って、そうは言っても理解しようとすると試したくもなるな・・・いや、駄目だ」

「うむ、駄目じゃ、混乱するばかりか、それに囚われる、そうなると戻ってこれなくなる」

「理解した、注意する」

「それで良い、でじゃ、あの娘には・・・どう対応するつもりじゃ?」

「・・・そだねー・・・ユーリと一緒に学園長に報告して・・・あっ、今の話しは無しでな、本人を交えた上で、異様に才能のある子だから、それに見合った環境と教育が必要だって助言しようかとは思ってた・・・」

「それだけか?」

「他にあるか?」

「その気になれば呼び出すぞ」

「何を?」

「全知の神」

「おいおい」

「あれも難儀な奴でな、全知の癖に動けない・・・いや、ここは全能の方が良いか・・・しかし、あいつはアホウだから・・・」

「だから、そっちの世界の連中は違うだろ」

「違わん、昔はそうやって優秀な者を集めたものじゃ」

「そんな事やってたのか?」

「無論じゃ、今でも時々やるぞ、儂は無駄じゃと言っておるのだが・・・まぁ、連れていかれた連中は皆あっちで元気で好きにやっておる、あれはあれで活気があって良いものだ・・・不毛だがな」

「それはだってさ・・・死んでからそっちにいくんじゃないの?」

「死者はいらん」

「ちょ・・・まぁ・・・お前さんの価値観はよくわからんからいいけどさ・・・そうなると、神殿連中が死後の世界云々言ってるのって・・・」

「ふん、そんなものありはせん、お主なら知っておろう、方便じゃ」

「ハッキリ言うなよ、ほら、こっちではそうなのかなって思うじゃない」

「無い」

「断言するなって」

「無いものは無い、但し、死の寸前に引き上げる事はある」

「えっ、それはあるの?」

「ある、ボニファースの親父もいるぞ」

「ボニファースって・・・陛下?」

「うむ、反対したのじゃがな、レンベッキオレスフォの馬鹿間抜けが面白そうだと言って連れて行きおった、向こうで戦争ごっこに御執心じゃ、中々の軍師らしいな」

「ありゃ・・・そんなに戦争好きなのか・・・陛下の親父さん」

「らしいな、儂は数える程しか会っておらん」

「そっか・・・そういうものか」

「そういうものじゃ、でだ、あの娘じゃがまだ幼い、ここ数年で傑物になるか知恵者になるか・・・」

「廃人になるか?」

「ハッキリ言うでない、しかし、その可能性も否めない、恐らくここに来なければそうなっていたであろうがな」

「あー・・・田舎だとそうなるかもな」

「確実になるな、そうなった者も数人招かれておる」

「そなの?」

「うむ、どいつもこいつも変人だが、それは良しとして、問題は孤立する事なのだろうな、昨日も凡人共に奇異の目で見られていたであろう、それは仕方のない事じゃな、カトカも良い所いっておるが・・・あれも招かれる資格はあるが・・・うん、まぁ、それはそれじゃ、でだ、あっちではな、似たような者が集まっているからだろうな、やっと普通の関係が築けるようでな・・・安定する・・・うん・・・結局は、人である事は変わらんからな、他人との交わり・・・それが大事なのじゃな、そう思える・・・」

「なるほど・・・そういうものか・・・」

「恐らくな、そうやって才ある者を集めるのも楽しみであったりするが、やり過ぎるとな・・・こっちが覚束なくなる・・・自重しろと言っているのだが・・・まぁ、それも関係無い、取り合えずこっちの対応は見物させて貰う、本人次第な事もあるが、楽しみではあるな」

「・・・それは良い意味でと捉えていいのか?」

「勿論だ、お前さんらが何をどう与えるかはわからんが、何に興味を持ってどう対応するかはあくまで本人次第じゃろ、やりたくない事も出来るだろうが、それではつまらん、その内自発的に動き出すであろうからな、何をどうしたいのか、したくなるのかかな?予想できるものではあるまい」

「やろうと思えば出来るんだろ?予想?」

「それがつまらんのだ」

「そっか・・・確かにな、結果を知っては過程を楽しめない・・・」

「その通りじゃ」

「でも、先に結果を知るのもそれはそれで面白いと思うぞ、どう思考するかをトレースできる、そうなるとまた別の発見がある・・・観察者にとってはね」

「トレース・・・逆算か・・・それも良いが・・・儂には合わんな」

「うん、まぁ、楽しみ方はそれぞれだ、好きにするさ」

「だな・・・しかし、儂らはお前の言う観察者ではないぞ」

「そうなのか?」

「そうじゃ、あんな趣味の悪い者共と一緒にするな、調停だ儂らは」

「その為には観察が必要だろう?っていうか観察者ってそんなのがいるの?」

「いるな、陰気で不愉快な連中だ・・・お前も見られているぞ」

「えっ、そなの?」

「そうじゃ、儂の知ったことではないがな」

「そう・・・なんだ・・・それは・・・まぁ、いいか、手出しはしなさそうだね、名前と雰囲気から察すると」

「だな、あいつらには手も足も無いからな、見るだけ聞くだけ、嗅ぐだけ・・・つまらん」

「・・・嗅ぐのか」

「嗅ぐな、あっ時々舐めてるらしい」

「舐める?」

「味を知る為?」

「そりゃまた・・・悪趣味だなー」

「だな・・・」

レインはこんなもんかとスクッと立ち上がると、

「ミナ、起きろ、温まったぞ」

と振り向いた、

「えー・・・もうちょっと・・・」

ミナは尚もぞもぞと蠢いている、二度寝に落ちないあたりが逆に凄いなとタロウは思いつつ、

「メダカがお腹空いてるって言ってるぞー」

と追い打ちをかけてみた、

「うー、言ってないー、メダカは口きかないー」

「口答えするでない」

「ブー、寒いー、ダルイー」

「ダルイのはしょうがないがさ、動いていれば何とかなるぞ」

「そうじゃ、何とかなるものじゃ」

「ウソー、ダルイー」

まったくと微笑みつつタロウも腰を上げてメダカの水槽に向かった、毎朝の作業である、手桶を手にして覗き込むとメダカはついーっとあらぬ方向に泳ぎ出す、そして、

「あれ・・・レインこれなんだ?」

タロウが小さな変化を敏感に感じ取ったようで、小さな異変に気が付いた、

「何じゃ?」

「ほら、水草の・・・あれ・・・これ卵だな・・・メダカの」

「ムッ・・・ほう、これは初めて見たぞ」

「レインでもか?」

「うむ、しかし、この季節・・・いや、メダカの産卵はいつでも可能か・・・」

「だね、へー・・・なんだ、快適なんだな・・・」

「じゃな・・・あれじゃ、日中は温かいしな、夜は厳しいが・・・」

「あー、夜にも何かしてやるか・・・陶器板で温めてやればって思ってたんだけど・・・」

「それが良かろう」

「だね」

タロウとレインが頷き合って、ニヤリとほくそ笑みゆっくりと振り返る、ミナの顔が毛布の中からピョコンと飛び出しており、

「タマゴ?」

と小さく首を傾げた、

「あれ?ダルイんじゃなかったのか?」

「そうじゃぞ、もう少し楽にしていろ、病気かもしれん、風邪は引き始めが肝心じゃからな、暖かくしてないといかんぞ」

「ムー、タマゴー、見せてー」

勢いよく立ち上がり二人の間に割って入るミナであった。
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